運命のセミナー
私が働いている『フラワーショップ ストライプス』は、切り花から鉢植えまで幅広く扱っている結構規模の大きい生花店。
私自身も、ギフト関係の会社を経営している両親の影響で幼い頃からここに客として通っていて、昔から花に関する仕事に憧れを持っていた。
園芸系の専門学校を出て、就職してから今年で4年目。好きなことを仕事に出来ている自分は幸せだと思う。毎日が楽しい。
「三浦さん、ちょっといいかしら?」
開店前のまだ涼しい時刻。
広い温室で鉢植えの花に水やりをしていた私に、ヒゲ面で強面のオネエ店長が一枚のチラシを差し出した。
「来月のこれ参加してくれる?」
水やりの手を止め、差し出されたチラシを見ると、最初に『商工会議所』というワードが目に入った。
店長が何やら堅苦しい話をしようとしているのを感じ取り、少し身構えながら指差された箇所に視線を移す。
そこに書かれていたのは『管理職セミナー』という更に堅苦しいワード。まさかこれに私を参加させようというのか。
「……え、管理職? 私管理職になるんですか!?」
「いずれそうなるかも知れないからねぇ。一応、3年勤めた社員全員に通過儀礼として参加してもらってるの」
「あ、そういうことですか……。びっくりした……」
「うふふ。まぁ立候補するなら構わないけど。上に話通しとくわ。どう?」
「いえ、私にはまだ早いです」
中川店長は気さくで話し易くて優しい人。
正直、4年前の入社試験で初めて店長を見た時はその厳つい姿に怖じ気付いてしまい、採用が決まった時も嬉しさ半分絶望半分で素直に喜べなかった。
でも、中身が優しいオネエだと知った今は店長を誰よりも信頼し、年の離れた姉のように慕っている。
「三浦さん」
「はい?」
「気を付けてね」
「え?」
「あなたちょっと目立つから、研修先でヘンな人に目を付けられないように。またストーカーみたいなのが来たら手に負えないわ」
「……あ、はは。はい。その節はすみませんでした」
「まぁ、また何かあったら私がヒネるけどさ。じゃ、来月よろしくね。泊りがけで2日間だから」
私が今ここでバイヤーとして働いているのはこれが主な理由。元々は店舗の販売員として雇われた身だったのに、ちょっと危ないお客様からの謂れのない苦情(好意をあしらわれた腹いせ)によって裏方に回ることになった。
異動の話が出た時、最初は自分に交渉事なんか務まるのかと不安だったけど、チーフバイヤーのアシスタントとして同行しながら修行して、最近ようやく独り立ちできた。
とは言っても、今のところ私が担当しているのは、店と契約している花卉農家との形式的なやり取り程度。大きな商談や新たな契約先の開拓はベテランの仕事だ。
私は元々一匹狼気質で一人旅には慣れているし、一応英語も喋れるから海外出張の時は重宝される。この仕事に就いてから、実はこちらの方が天職だったことに気付いた。
「三浦さん、おはよう」
「おはようございます」
「水やりありがとう。今日は天気いいわねぇ」
「ですね。久しぶりに太陽見ました」
水やりを粗方終えた頃、先輩たちが続々と出勤してきた。みんな人柄が良く、若手社員の私を可愛がってくれるから仕事がやり易い。
ホースを巻き取って事務所へ向かおうとした時、チーフバイヤーの本間さんがこちらへ向かって来た。
本間さんは私の上司に当たる40代女性。歳を感じさせない若々しい人。私の師匠であり、目標にしている人でもある。
「おはようございます」
「おはよう。今日は店にいるの?」
「はい。この先はしばらく出ない予定です」
「じゃあ後で作って欲しい書類があるんだけど、時間大丈夫?」
「大丈夫です。……あ、一つだけ仕事片付けてからでもいいですか?」
「助かる。急がないからいつでもいいよ」
この店では店頭での販売の他にネット販売もやっていて、裏方仕事には事欠かない。出張の予定がない時はパソコンに向かって事務仕事をしたり、受注したフラワーギフトのアレンジメントを手伝ったりしている。
それから、変わらない日々を過ごすこと1ヶ月。
店長から参加を指示されたセミナーへ出向くため、普段は着ないスーツをピシッと身に着け、いつもより少し気合いを入れて化粧した。
店長からは「気を付けて」と釘を刺されたものの、何をどう気を付けていいやらサッパリ分からない。TPOをわきまえようとすると、背が高いのも災いして勝手に目立ってしまうし、かと言って汚い格好をする訳にもいかないし。
ドレッサーの前でため息をつき、これまでの苦い経験を思い出す。恵まれた容姿ゆえの悩みは他人には話しづらい。よほど親しい相手じゃない限り迂闊に話せない。
その点、男性なのに女性的な中川店長との出会いは私にとってホントに幸運だった。以前、私が販売員をしていてストーカー被害に遭った時、他の女性社員には話しづらくて店長に相談した。
すると店長は、強面の容姿を最大限に活かしてストーカーを追い払ってくれた。あの時の男らしい低い声と、その直後のオネエへの豹変が今でも忘れられない。
さすがにプライベートに突っ込むのは失礼だから店長の私生活については全然知らないけど、なんとなく自分に通じるものがある気がして一方的に心の距離を縮めている。
腕時計を確認して長い髪を1つに縛り、電車の時間に間に合うように早めに家を出た。
そういえば、高校時代は外見を男に寄せたくて髪を短くしていた。自分は性同一性障害なんじゃないかと疑ったこともある。実際、当時密かに想いを寄せていた相手は女性だった。
所属していたバレーボール部の1年後輩、遠山優衣。
最初は彼女の清楚な見た目に惹かれた。自分の見た目を男に寄せようとしたのは彼女の気を引きたかったからだ。
優衣は私を『那央さん』と呼んで懐いてくれた。私も優衣を特別に可愛がった。
だけど優衣には彼氏がいた。仲良くなるごとに彼氏の話題が増え、そのうち露骨な下ネタを言うようになり、最終的には「誰にも言わないでくださいね」と、二股をかけている事実まで聞かされてしまった。
清楚な見た目に反してかなりの遊び人。人は見た目では判断できないものだとこの時学んだ。そして、これ以上傷付きたくないという本能からか、優衣に対する私の恋心は少しずつ薄れていった。
お互いに高校を卒業した後、一度だけバレーボール部のOG会で顔を合わせた。この時私には同じ専門学校で出会った彼氏がいた。優衣の方は大学に進学して相変わらず遊び呆けていたらしい。あれから2年が経った今はどちらとも疎遠になっている。
ホームに停まった電車に乗り込むと、早朝の時間帯だからか乗客はそんなに多くなかった。とは言っても座席はほぼ埋まっている。私は車両の中ほどに立って吊革に掴まった。
普段、店で仕事をする時は車で通っている。少し遠くへ出向く時は電車を使う。
私は車の運転自体は得意な方なのに、何故か妙に方向音痴でカーナビを使ってすら道に迷うことがある。
車で道に迷うと結構悲惨なことになる。間違って狭い道に入り込んでしまったら方向転換も容易じゃないし、周りの車の流れによっては行きたい方向になかなか行けなくて余計に迷ってしまう。
だったら乗り馴れた電車を使って徒歩で迷った方がリスクは低い。前に1人の出張で道に迷った時も徒歩だからこそ何とかなった。
なんかさっきから目の前に座ってるおばちゃんにやたらとジロジロ見られてるけどそれでも電車の方がいい。
スマホを取り出しておばちゃんの視線に気付かないフリを続けたものの、私の忍耐力はわずか2分で底をついた。
さりげなくおばちゃんから離れて20分後、ようやく目的の駅に到着した。セミナー会場は駅前のビルの中だ。
本間さんが私を心配して分かりやすく描いてくれた地図を見ながら駅前通りを歩いた。
地図のお陰で迷うことなく目的のビルに辿り着き、エレベーターに乗ってセミナー会場へと足を運んだ。
廊下で受付を終え、ドアを開いて会場を見渡した直後、場違いな空気に圧倒されて息が止まってしまった。4、50人はいそうな参加者のほとんどは30代以上の男性で、私と違って本物の管理職っぽい人ばかりだった。
中にはちらほら女性もいるけど、どの人も結構年配の人で、やっぱりみんな本物の管理職っぽい。
私は遠慮がちに中に入り、ドアの横で硬直しながら必死に偽物っぽい人を探した。こんな中に1人だけ小娘が混じっていたら追い出されるかも知れない。チラチラ視線を感じるのが更に気まずい。
その時、後ろから「おはようございます」と声がして、1人の女性が私の横を通り過ぎた。私が咄嗟に「おはようございます」と返すと、女性は会釈して会場内に溶け込んで行った。
若い。
多分私より年上だけど明らかに若い。
そして美人。
清楚な雰囲気を見て優衣を思い浮かべた。
一瞬だけ『この人私と同じ偽物かも』と期待した。でも堂々としたあの態度を見る限り、実は本物の管理職なのかも知れない。
講習の開始時刻が迫り、講師が会場に入って来たのを見て私は諦めた。これはもう本物のフリを通すしかない。
でも、この講習のあと交流会が予定されている上、更に講習は明日の夕方まで続く。本物を演じ切るのはかなり大変そうだ。
私は管理職っぽさをイメージして、わざとツンとした態度で空いている席に座った。
ーー
背筋を伸ばして講師の話を聞く。
右手に持ったシャーペンは一応動いてはいるものの、資料に書いているのは講義とは全く関係のない落書き。
小さい頃から学校の勉強があまり得意じゃなかった私は、授業中にいつもこうして教科書に落書きばかりしていた。
でも逆に興味のあることに対する集中力はすごい。専門学校に入ってからは人が変わったように真面目に勉強するようになった。
そういえば、店に帰ったらレポートを出せとか言われてるんだった。
それを思い出して改めて背筋を伸ばした。学生みたいなことをしている場合じゃない。
気を取り直して今度は本気で講師の話を聞く。
『管理職セミナー』という堅苦しい響きから、もっとガチガチな小難しい話ばかりなのを覚悟していたのに、案外コミュニケーションとか心理学とかその辺に重点を置いた親しみやすい話が多かった。これなら普通にレポートにまとめられそうだ。
昼の12時を迎え、ひとまず昼休みということで午前の講義が終了した。一息ついてスマホを見ると店長からメールが入っていた。
『お疲れ様(^^)レポートすぐじゃなくていいわよ(^^)』
顔文字が古臭くて1人で笑ってしまった。
『お疲れ様です(^^)承知しました(^^)』と返信してビル近くのコンビニに走り、おにぎりを3個購入して会場に戻った。一応飲食オッケーということで、参加者の何人かがここで食事をしていた。
そして午後の講義が始まった。
眠気と戦いながら背筋を伸ばし続け、約1時間後に講師の話がひと段落したあと、何やらクジ引きでグループを作るという話になった。
席を立ってそれとなく参加者たちを見渡し、朝にドアの前で挨拶を交わしたあの女性の姿を探した。
視界に入った彼女の姿をさりげなく目で追う。講師が用意したクジを1枚引き、『D』と書かれたメモ紙を持ってDグループの席の前に立った。
すると、あの女性がこちらに近付いて来た。彼女も同じDグループなのだろうか。
女性が私の目の前で立ち止まった時、クールに無表情を貫いていた私の顔が一瞬緩んだ。コソッと手元を見ると、メモ紙には『D』と書かれている。私は思わず女性に声を掛けた。
「Dですか?」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ。女性が一緒でなんか安心しました」
優しく微笑んだ彼女に胸がときめいた。こんな感情何年ぶりだろう。やっぱり私は女性にしかときめかないようだ。
その後のグループディスカッションでは『若手社員の定着と育成』というテーマで意見を出し合った。
私はそんなことより隣に座っている藤沢希さんのことが気になって仕方がなかった。
グループ内の最初の自己紹介で、藤沢さんがブライダル企業に勤めていることと、営業企画部で係長として働いていることを知り、若そうなのに管理職だった事実に少しショックを受けた。
ショックを受けつつ、私は目の前の課題もそこそこに頭の中でこの後のことを考えていた。ブライダル企業ということは花を扱う機会が多いはず。ということは、私が自分の仕事の話をすれば興味を持ってくれるに違いない。
藤沢さんはこの後の交流会に参加するのだろうか。そればかりが気になって腕時計をチラチラ見てしまう。
ようやく講習終了の17時を迎え、今日のところは解散となった。この後18時から同じビルの和食料理店で交流会がある。私はすかさず藤沢さんに声を掛けた。
「あの……」
その時藤沢さんはスマホを耳に当てて電話をし始めたところだった。そのまま席を立ち去ってしまい、私はその場にポツンと取り残された。
ここでハッと我に返る。
店長の「気を付けて」の言葉をここでまた思い出した。
交流会、すなわち飲み会だ。アルコールの入った男性は気が大きくなって女性に絡みたがる。自分で言うのもナンだけど、これまでの飲み会で男性から絡まれなかった試しがない。
店の飲み会なら自分から店長に絡みに行って逃れることができるけど、1人も味方のいない今の状況ではさすがに逃れようがない。
あれこれ考えた結果、もし藤沢さんが交流会にいなかったらさっさとホテルに退散する、ということにした。
その時、席に座ったままの私に1人の男性が声を掛けてきた。
参加者の中では比較的若そうなその男性は、「お疲れ様です」と言って私に名刺を差し出した。
とりあえず失礼のないように席を立ち、私もバッグから名刺入れを取り出す。
「山田太郎です。どこかの会社で普通の仕事をしてます」
もはや私の耳にはこのようにしか聞こえなかった。店長からの注意と藤沢さんのことで頭の中が一杯になっていた私には、既にこれ以上の情報を処理する余裕は残っていなかった。
今はとにかく、目の前の山田太郎さんを無難にやり過ごすことが先決だ。
私はひとまず親しみやすさを消すために無理やり冷たい表情を作った。スキを見せたらどう来られるか分からない。
「生花店『フラワーショップ ストライプス』で仕入れを担当しております。三浦那央と申します。よろしくお願い致します」
「三浦さんは管理職をされてるんですか?」
「いえ、現時点ではヒラ社員です。次期管理職候補として今回のセミナーに参加させていただきました」
「そうなんですね。あの、まだお若いですよね? 若いのに偉いなぁと思って」
「若さにかまけて努力を怠ることを好みませんので。更なる高みを目指して常日頃から精進しております」
「あ……、そ、そうですか」
私がツンとした態度でクールに質問に答え続けると、山田太郎さんはだんだん間が持たなくなってきた様子を見せ、適当に話を切り上げてこの場を去って行った。
それにしてもこれを続けるのはホントに疲れる。反動でいきなり笑い出してしまいそうだ。
変な疲労感を抱えたまま会場を出ると、廊下の奥の薄暗い場所にソファーがあることに気付いた。あそこなら誰も来ないだろうし、スマホをいじって時間を潰すことができる。
そして猫の動画に癒されること約30分。
そろそろ参加者が集まっている頃だろうと思い、階段を降りてすぐ下の階の和食料理店へ向かった。
胸が高鳴っている。
藤沢さんはいるだろうか。
店の前にはスーツの男性陣がゾロゾロと集まっていた。名刺交換している人たちもいてなんだか堅苦しい。とりあえず外から見る限り藤沢さんの姿はない。
私も何度か名刺交換を求められ、さっきの山田太郎さんとのやり取りと同じようなことを繰り返した。
やっと落ち着いた頃、ドキドキしながら店の入り口に並んだ。そしてようやく中を見渡せる場所に来た時、貸し切り状態の広い店内を視線だけで一望した。
ーーいた!
座敷の隅に藤沢さんの姿を見つけて舞い上がったのも束の間、藤沢さんが両側を男性に挟まれて楽しそうに談笑しているのを見て、これは私が割り込むスキはないなとガッカリしてしまった。
でも宴会は長い。終了時刻までの間にスキを突けばいいのだ。そしてその前に自分が拘束されるのを避ける必要がある。
私はもう一度キリッと表情を引き締め、すぐに逃げられそうな場所を選んでそこに座った。
そして気難しいキャリアウーマンを演じること約1時間。私の隣に来る男性がそろそろいなくなってきたのを見計らい、藤沢さんの近くの空いている席にさりげなく移動した。
ここからが本番だ。まだ彼女の隣には男性がいる。この人が席を外し次第私は動く。
そして、ついにその時は来た。
私は内心焦りつつも、デキる女の余裕を醸しながら彼女の隣に座った。
「……あの、藤沢さんでしたよね?」
「はい。藤沢希です。先程はありがとうございました」
こうして見るとやっぱり優衣に雰囲気が似ている。私好みの清楚な美人だ。
それにしても心臓がまずいことになっている。多少アルコールの影響もあるかも知れない。男性たちがひっきりなしに注いでくれるビールをチビチビ飲み続けていたせいだ。
「こちらこそありがとうございました。ディスカッション楽しかったです。……あ、三浦那央です」
あらかじめ用意しておいた名刺入れから名刺を差し出すと、藤沢さんからもすぐに名刺が差し出された。
こういうプライベートに近い場での名刺交換はあまり経験がない。座ったままでわりと適当になってしまったけど、藤沢さんは全然気にしていない様子だった。
「三浦さんはお花屋さんなんですね」
「はい。主にバイヤーやってます」
「バイヤーっていうと、やっぱり日本全国飛び回ってるんですか?」
「時々。年一くらいで海外に行ったりもします。海外でしか手に入らない品種もありますから」
「え、すごい! 憧れます。そういうお仕事」
藤沢さんの反応を見て心の中でガッツポーズを作った。やっぱり女性は海外が関わる仕事には食い付きがいい。
もう自分の表情なんか気にしていられない。この際だからこのまま素で行くことにした。
「藤沢さんはブライダル関係のお仕事を?」
「ええ。プランナーのサポートが主な仕事です」
「じゃあ私の仕事とどこかで繋がってるかも知れないですね」
「あ、確かにそうですね。面白いなぁ」
そこから話は弾み、話題はお互いのプライベートに及んだ。
一番知りたかった既婚者かどうかの質問には望んでいた通りの答えが返ってきた。年齢は私の6歳上の29歳。もう少し若いと思ってたけどそれはまあいい。そしてどうやら彼氏もいない様子。
更にお互いの住まいは車で20分圏内。もしこの先プライベートで会う機会が出来ても安心だ。
「あの三浦さん、多肉植物も詳しいですか?」
「はい。それなりには」
「実は欲しい品種があるんですけど、なかなかお花屋さんに出回ってなくて」
その上藤沢さんは多肉女子。
ここで重要な情報を得た。
植物の話なら大抵合わせることができる。これは植物好きが相手ならかなりの強みだ。
「品種は何ですか?」
「玉扇錦です」
「え、マニアック!」
「あはは、確かに。前から集めてるんですよ。万象とか」
「好みがシブいなぁ」
『玉扇』『万象』というのは、ハオルチアという種類の多肉植物の品種名だ。
私の勝手なイメージで言うと、かわいいインテリア的なものではなくて本格的な盆栽っぽい品種。見た目もちょっとゴツくて、特に状態のいいものはすごい高価で取引されている。場合によっては数十万の値が付くほどだ。
多肉植物好きの女性は多いけど、大抵見た目が可愛らしいものやキラキラした綺麗なものを好む。その点、藤沢さんは結構マニア寄りらしい。
でも、その方が逆に都合がいい。
こんなマニアックな話題について行ける人はあんまりいないはずだ。
「ちなみに、予算はどれくらいですか?」
「1万円前後でしょうか。あまり高いものには手が出せないので」
「そこまで高価なものは普通の店にはあんまり並ばないと思います。ネットで買った方がいいかも知れませんね」
「そっか……。ネットだとどんな状態のものが送られて来るか分からないから不安なんですよね。結構高いし」
私はこれをチャンスと取った。
今後の繋がりを作るならこうするしかない。
「じゃあ、今度うちの店で仕入れますよ。良さそうなのがあったら」
「え、いいんですか?」
「多肉専門の農家さんとも取引があるので一応聞いてみます。今度連絡しますね」