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社交界デビューの日


 あれから、3年。

 わたしはすごく頑張った。


 元気になってもらいたいと周囲に必死に訴えて、ユリアンの病状を理解していった。


 ユリアンは気分が悪くなると食事が少なくなる。その状態で体調が元に戻らないうちに、またもや悪い血が滞っているという診断が下り、血を抜く。


 なんでも怪我以外の体の不調は体内のバランスが崩れることで血が滞り淀むことが原因らしい。聖魔法を受ければどんな人でも治るのが一般的。

 ただしユリアンの場合、聖職者の聖魔法だけでは治りきらなかった。要するに聖女のような強い聖魔法でないとダメだということだ。


 お金が無かったり、治らなかった人は体調が悪ければ悪い血を抜き、新しい血を作るように促す。対症療法ではあるが、そうした治療をすることで、次第に自分で浄化できるようになる。


 極端な話、ちょっと具合が悪かったら血を流して、2、3日ゆっくりすれば健康体になるという理屈。たいていの人はこの対症療法でいけちゃうのが怖いところ。


 流石、異世界。魔力バンザイである。


 逆に聖職者の聖魔法でも治らないユリアンは出来損ないのレッテルを貼られることになったわけだ。


 ユリアンが悪いわけじゃないのに。

 彼の立場を改めて知って、怒りが湧いた。

 健康な人ならまだしも、ユリアンのように病弱な人から血が増えないうちに血を抜いていればそりゃあ、具合も悪くなるのは当然だ。


 でもこの世界ではこれが標準医療。否定するとこちらが糾弾されてしまう。なので、とにかく鉄分の多い食事をとるように仕向けた。


 この世界で鉄分の多い食事と言えば、レバーパテとブラッドソーセージだ。魚は普段の食事にはないし、ほうれん草だってあるかどうかわからない。それにブラッドソーセージ、ユリアンはあまり好きじゃない。


 気持ちはわかるけどね。びっくりするほど赤黒いし。日本人的な感覚でブラッドソーセージのスープを見たら食欲が失せた。


 前世の記憶が戻る前のマリアンヌの記憶からこの料理がとても美味しいことは理解している。でも見た目でダメになった。目を閉じれば食べられるとは思うけど……そこまでの熱意はなかった。


 だからレバーパテをとにかく食べさせた。時にはパンに挟んだものやパイに包んで焼いてもらって、体力をつける目的でピクニックにも行った。


 そんな努力の結果。


 ユリアンは男性成人と認められる18歳になるまでに、すっかり健康になった。健康になれば今まで遅れがちだった教育も成長もどんどん進み、とても優秀な人材に育ってしまった。あまりの優秀ぶりにわたしのお父さまが小躍りしてしまうほどだ。最近はユリアンと色々と話し込んでいる。ユリアンと結婚出来たら、我が家の未来は安泰だ。


 こうしてユリアンは今日、社交界デビューの日を迎えた。


 玄関フロアで待っていたユリアンは二階から降りてきたわたしを見て、嬉しそうに笑う。


「そのドレス、とてもよく似合っているよ」

「ありがとう。ユリアンも素敵よ」


 今日の装いはユリアンのたっての願いで、二人がお揃いになるように仕立てられた。お互いの色を宝石に取り入れ、誰が見ても婚約者だとわかるようになっている。


 独占欲が分かりやすい装いは初め恥ずかしいと思っていたけれど、こうして嬉しそうにしてもらえるとよかったのかもと思えた。


「今夜、マリアンヌをエスコートできるのが嬉しい。僕だけのお姫さまだ」


 きらきらとした表情で微笑まれて、目が潰れそう。見慣れているはずなのに、どきりとしてしまうのが恥ずかしい。

 ユリアンが健康に微笑んでいられることが嬉しい気持ちと、今日、ヒロインと恋に落ちるんだと思うと胸がぎゅっとした。


 もっとも健康になったユリアンはヒロインの聖魔法など必要としていないから、もしかしたらもしかするかもしれないけど。それは期待薄だろう。


 なんせゲームの世界。

 ヒロインのための舞台だ。


 こんなにも自分の未来が気になるならユリアンよりも自分の保身に走ればよかったかな。

 チラリとそんな気持ちがわいてきたが、血を抜くユリアンを見て放っておくことなどやっぱりできない。


 二人で参加する最後の夜会になるかもしれない。

 一生の思い出になるように夜を過ごそうと決めた。



 想像通り、現実は無情で。

 ユリアンと離れたほんの少しの時間。

 ヒロインがユリアンに助けられていた。


 特徴的なふわふわなピンクブロンドに人を惹きつける大きな瞳。襞の多い華やかなドレスもよく似合っている。

 ちょっときつめな感じのわたしとは大違いだ。誰だって庇護欲を掻き立てられる容姿に惹かれるはずだ。


 遠くからでも二人が見つめ合っているのが分かった。BGMが流れ、花が乱れ飛んでしまいそうなほど、絵になる二人。

 ゲームの記憶なんてほとんどないけど、恋に落ちた瞬間と説明されても納得してしまう。


 涙が出そうになったけど、こればかりは仕方がない。ユリアンがもしヒロインとの結婚を望むならちゃんと別れてあげよう。……爵位も財産もない状態だけど、ヒロインが聖女だから問題ないだろうし。


 とはいえ、胸はずっと痛くて、苦しくて。

 前世を自覚してから3年間で、わたしもマリアンヌと負けないほどユリアンを好きになっていたことに気が付いた。


 どんなに辛くてもユリアンの気持ちをちゃんと確かめようと、ゆっくりと二人に近づく。ユリアンはこちらに気が付くと、ぱっと笑顔を見せた。


「マリアンヌ。遅くなってごめん」

「いいのよ。そちらの方は?」


 さり気なくヒロインの方を見た。ヒロインはうっとりとした様子でユリアンを見上げているが、ユリアンはあまり気にならないようだ。


「ああ、ぶつかりそうになっただけ」

「怪我はない?」

「うん」


 もう病弱ではないけれど、ちょっとのことが心配になる。ユリアンはわたしの手を取ると、そっと唇に寄せた。


「ダンスを申し込んでも?」

「ユリアン?」

「ずっと夢だったんだ。頑張れたのはマリアンヌとダンスを踊ると決めていたから」


 うん?

 あれ、ヒロインはいいのかな?


 ちらりとヒロインの方を見ればすごい形相でこちらを睨んでいる。どうやらユリアンは彼女にロックオンされたようだ。


 もしかしたら彼女も転生者なのかしら? そうであっても不思議はないけど、違うような気もする。


「あの! わたし、ダンスの相手がいなくて」

「そうなんだね。だったらエスコートしてくれた人に頼めばいいと思うよ?」


 ヒロインの遠回しの誘いが分からなかったのか、ユリアンが首をかしげている。その間にしっかりと手を握られ、腰にも腕が回されていた。


「これからはちゃんと前を見て歩いてね。僕と違って怒る人もいるだろうから」


 清々しい笑顔でそう告げると、ユリアンはヒロインを振り返ることなくわたしをダンスフロアに連れて行った。音楽に乗せてステップを踏みながら、よくわからない展開にわたしはひたすら首をひねった。


「マリアンヌ」

「な、なに?」

「ちゃんと僕に集中して。他のことを考えたらダメだよ」

「もちろんユリアンのことを考えているわ」

「嘘も駄目。何を気にしているの?」


 ひやっとした言葉に背筋が凍った。恐る恐る彼を見上げれば、優しい笑顔なのに目が怖い。


「さっきの令嬢、どこの家の人だったかしらと思って」


 近くもないが遠くもない疑問を口にして見た。ユリアンはそれを聞いて冷ややかな空気を緩めた。


「マリアンヌが知らないなら、僕と同じで今日デビューしたのかもね」

「もし困っているようなら……」

「マリアンヌ。僕は君としか踊らないよ」


 痛みを感じるほど強く手を握られてびっくりした。


「え? え??」

「僕はね、マリアンヌだけがいたらいいんだ。だから二人でいるときは他に意識を向けないで。それから必要ないのに、他の女の相手をさせようとするのも駄目」


 あれ?

 なんだか雰囲気が?


「ずっとマリアンヌが好きだった。君だけだ。役に立たない僕を心から愛してくれたのは」

「ユリアン」

「マリアンヌは? 僕のことを愛している?」

「もちろんよ。ユリアンには誰よりも幸せになってもらいたいわ」


 気のせいかと思いつつ、本心を口にする。ユリアンはとても嬉しそうにとろけるような笑顔を見せた。ユリアンの笑顔なんて見慣れているはずなのに、頭が沸騰してしまいそうなほどの破壊力に鼻血が出そうだ。


「僕もマリアンヌに幸せになってもらいたい。ああ、よかった。同じ気持ちでないなら閉じ込めてしまおうと思っていたんだ」

「え? 閉じ込めて?」

「大丈夫だよ。マリアンヌが僕を愛し続けている限り独り占めするのを我慢するから」


 まさかのヤンデレ枠――――――!!!


 でも、まあ。

 今までもほぼ二人の世界だったし?

 愛してくれているのならそれもいいかも?


 Fin.


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