王国暦1093年春 波乱万丈過ぎる使い魔召喚
「ジン、ジン・グレイス、速く来い!!」
ある春の日、ここアメリア王国、国立学園高等部では、使い魔の召喚の儀式が行われていた。
そしておれ、ジン・グレイスもその授業を受けている中の一人だった。
「はあ、憂鬱だ」
こっそり盛大なため息をもらした。
後ろでは、すでに召喚を終えた生徒がクスクス笑っている。
「おい、見ろよ。次あの属性なしの落ちこぼれだぜ」
「本当だ。ある意味、楽しみだよなぁ~どんなのが出てくるか。」
「きっと、ちっちゃい、うさぎとか、犬だぜ。」
「いや、もしかしたら何も出ないかも」
「ははっ!!!ありうる」
そして、あははははと、声をあげて笑うクラスメートたち。
全く遠慮するつもりないな。
それにしても、
「落ちこぼれ、ね」
また、盛大なため息をつく。
本当に落ちこぼれだった方がまだましだったかも…
「ジン、気にする事ないわよ。あんなやつらの言うことなんて。」
横にいた、髪を二つに結んだ少女が言う。
その言葉に、思わず曖昧な笑みを返してしまう
そう言ってくれる少女には悪いが、正直あいつらの言っていることは、余り気にしてないのだ。
「ありがとうレンカ、でも、おれ気にしてな…「ゴラアアア、ジン、さっさと来ねえかああああ!!」…うわっ!!ぐっ!!!??」
ゴスッ
ものすごいスピードで、出席簿が飛んできた。んでもって角が当たった。
半端なく痛い
「ちょっと、ジン大丈夫!?」
「あはは、大丈夫、大丈夫。じゃあ先生もああ、言っているからおれもう、行くね」
頭をさすりながら、先生の所に歩き出す。
「ジン!!」
名前を呼ばれたから振り返ればそこには、顔を真っ赤にしたレンカがいた。
え、可愛い
「何?」
「し、死んだりしたら、許さないんだから」
最後の方はかなり小声だったけど、ちゃんと聞こえた。
だから俺は、レンカの頭をポンと叩いて、笑いかけた。
「ん、大丈夫。ありがとうな心配してくれて」
そう言って、また歩き出す。
うん。今レンカがどんな顔を、しているか振り返らなくても分かる。
きっと、さっきよりも顔を真っ赤にして……
「し、心配なんてしてないわよ!!ばかぁ!!!」
いやぁレンカは、ツンデレだなあ。
そういう所が、とても可愛いと思います。
そして、先生の所に着けば、足元には召喚陣があった。
「先生、出席簿投げるの止めてくださいよ」
そう言いながら、出席簿を渡せば先生は、それをひったくる様に受け取り、
「はっオレの娘といちゃつくのがわりぃんだよ!お前にうちの娘はやらん!!!
それにお前には効かねえだろ?なあ、鍵守」
親バカ全開で、おれを指差しながら言っていた先生は
最後にそう小声で、呟いた。
その言葉におれは、思わず顔を苦くする。
鍵守、それは鍵魔法を使う、唯一の人物であり、王国最強の人物のギルドネーム。
それが、学校のみんなが知らない本当のおれ。
鍵魔法を使ってしまえば、すぐにおれが何なのかバレてしまう。
だから、属性なしの落ちこぼれを演じる。
普通の子供で居たいから。
学園にいる間だけでも…。
少し感傷に浸っていたら、また頭を出席簿で叩かれた。
今度は、平面でベシベシと
「おら、さっさとやれ」
…………出席簿で叩くのは、切実に止めてもらいたいのだが言っても聞いてくれないだろう。おれは大人しく従った。
「へい、へい。やりますよ~と」
眼を閉じて、集中する。
使い魔は、魔力の質と量で決まる。つまり、属性が有ろうが無かろうが、隠していようがあまり関係ない。
質と量さえ良ければ、強い奴が出てくる可能性がある。
話の分かる良い奴なら、属性を隠してくれる配慮もしてくれる時もある。
でもそういう奴らは、大体にして往々、契約の条件に戦闘を申し込んで来る事が多い。
そのまま、明確なルールを決めずに戦闘を行った質と量が多いだけの奴が命を落とした、なんて話は昔ゴロゴロ有ったらしい。
(俺は、学園じゃまともに魔法使えないからな~。でも、負けると殺されてもおかしくないし)
さっき、レンカが死ぬなと言ったのはそういうことだ。
でも後の事を考えても仕方がないし、先生のイライラが頂点を達し、ステップダンスのリズムみたいなものを刻み始めたので召喚陣に、魔力を流す。
(どうせなら、最高質の魔力を流すか…。)
そっちの方が、話の分かる奴が出てくるかもしれない
。
そして深く息を吸って、呪文を唱える。
「我、共に戦い、共に笑い、共に過ごす者を求める者。我がいらえに応え、出よ」
召喚陣が眼を開けていられないほど、激しく光る。
そして、おれの視界は完全に白く染まった。
始まった時と同様、急に光りが収まる。
眼を開けると、そこは見慣れた学園の校庭ではなく、今にも崩れそうな建物の中だった。
「成る程これは、噂に聞く逆召喚っていうやつか。」
逆召喚とは、召喚した者の大きさが、大きすぎる時や、力が強すぎる時に召喚を行った者を相手の魔力を利用して、逆に召喚する学園の自動防衛システムのことをいう。
おれのように力を隠したい者に取っては、好都合だ。
逆召喚バンザイ
でも、帰った時言い訳どうしよう
そんな事を思いながら、おれは辺りを見渡したがしかし、なにもないし誰もいない。
「あれ?」
さらに見渡すがやはり、何も……いや、今、眼の端に何か見えたような
チカリと、視界の端に引っかかった所を見ると、床がぼんやり光っていた。
「何だ?」
光っている床に近づいて驚いた。
それは今は失われた魔法とよばれる、逆展開の召喚陣だったのだ。
「凄いな、初めてみる。
……にしても、これがあるっていうことは多分この下に空間があって、何かいるってことだよな…?」
とりあえず、辺りをもう一度、見渡す。多分下の空間に行く階段か、または、別の方法があると思うんだが。
そして、壁に穴が開いているのを見つけた。
見つけたが、
「あー、だめか」
壁の穴は、確かに下に続く階段があったのだろうが、崩れていて、降りることはできなかった。
「他に、降りる手段はなさそうだし………ああ、もう!!しょうがない!!見ている奴なんか何処にも居ないんだし、大丈夫だろ!!!」
おれはボックスを開いた。
ボックスとは、空間魔法の一種で、異空間に穴を開けて、自分の好きな物を入れておくことができる便利な魔法だ。
無属性魔法で、誰でも使えるが、その容量は使い手の魔力総量に依存する。
そのボックスの中から鍵を一つ出した。
今出した鍵は、大地の鍵だが、この鍵はいくつか種類があって、鍵を使うことでおれは、魔法を施行ことができる。
例えば今みたいに…。
「大地の鍵よ、我の求めに応じて、閉ざされし地を開きたまえ。解錠」
そう言って、床に鍵を差す。
すると、床はまるで扉が開くように動いた。
これが鍵魔法のいいところだ。
空間に扉を開くように、閉じるように差し込むことで、全属性の魔法を自由自在に操れる。
炎の鍵を使えば、炎魔法を使えるし、炎魔法に向かって、水の鍵を使えば、炎魔法を封印することができる。
応用すれば、人の体を流れている魔力を封印することだってできるのだ。
床に開いた扉のような穴を覗き込むと、深く、広い空間が広がっていた。
「うわっ、深」
思わず、そう呟く程深かった。
もう一度ボックスを開いて今度は風の鍵を出した。
「風の鍵よ、我の求めに応じて、その空気質量を固め我の足場となれ。施錠」
風がおれの周りに集まってフワリと動いた。
足を持ち上げて、大きく開く空間に一歩踏み出した。
そのまま歩めば、カツリと固い感覚。
無事、足場は完成したようでひと安心だな。
だが広い空間の下まで、降りれるかと思ったけど途中で止まってしまった。
「また魔法陣だ。これは、眠りの陣か?」
床と、天井の間には、また魔法陣があった。
その魔法陣は、対になっていて、間にいる者を、強制的に眠らせる力がある物だ。
でも、ずいぶん古く、劣化しているな。
「これなら、なんとか解けるか?ん~でも…」
おれには、不安があった。
この魔法陣は、魔力の供給さえ止めてしまえば、すぐに解ける。でも劣化していたとはいえ、未だに魔力の供給は、止まっていない。
そうまでして、眠らせ続ける者と、契約なんてできるのか?
契約できたとして、御しきれるのか?
深く息を吸って、眼を閉じ考える。
(多分この下にいるのは、力の強い奴だ。もしかしたら、殺されるかも知れない。
それでも、それでも……おれはそいつと、契約しよう)
きっと、こんな暗くて、今にも崩れそうな所で眠り続けるのは、怖いだろうから。
眼を開く。
そうして、俺は眠りの魔法陣を、破壊した。
その後は何事もなく、床
に着地する事ができた。
床がまだぼんやり光っているが、どうやら上の魔法陣を破壊したからといって、下の魔法陣もすぐに力を失うという訳ではないらしい。
「さてと、」
おれは辺りをまた、見渡した。魔法陣の中心には、何もいない。
と、そこで壁の近くに、魔法陣よりも強い光りを放っている者を見つけた。
駆け寄って見ると、そこには……
「おい、お前ら大丈夫か!?」
おれと、似たような歳の少年が二人、やたらと豪華なベットに横たわっていた。
(こいつら、獣人か?)
一人は黒髪うさぎ耳、もう一人は銀髪犬耳だった。
そこで黒髪うさぎ耳の少年の姿がぶれる。
「あれ?」
どこに行った?と考える間もなく首に、冷たさを感じる。
「貴様、何者だ。何故、ここに居る」
冷たい声に、冷たい殺気、そして首元に突きつけられた、ナイフ。
それに俺は、マジかよ。と、思う。
俺が眼で追いつけないなんて、と
うさぎ耳の少年が、イラついたように続ける。
「さっさと答えろ。お前は………「ゴガームニャムニャ、もう、食えねえって~」そんなベタな寝言が有ってたまるかーー!!」
銀髪犬耳の少年の寝言に邪魔されて、言葉を遮られたうさぎ耳の少年は、またすごいスピードで犬耳の少年の所に戻って、腹に蹴りを入れていた。
ゴガン!!!!!!!!!
「ゲフッ……ん~ふああ」
ものすごい痛そうな蹴りだったのだが、犬耳少年は何も無かったように欠伸をして、頭をボリボリかきながらこちらを見て
「あーニート、これどういう状況?」
と、聞いてきた。
まあ、眼を覚ましたら知り合いが自分を蹴っていて、後ろには見知らぬ俺がいるのだ。
そう聞くのも当たり前だと思う。
思うが、頑丈過ぎないか???
今の音明らかに鈍器で踏み抜いた音がしたぞ!?
それに、ニートと呼ばれたうさぎ耳の少年はあっさり答え、おれを親指で指した。
「知らん。眼を覚ましたらコイツがいた。」
それに、犬耳少年は納得したようにうんうん、頷いて
「あーなるほど、それで問答無用で攻撃したと。それからどうして、俺を蹴ることになるんだ?」
きょとんとした顔でニート?を見上げる犬耳少年。
ブチン
……何かが切れる音がした。
「何故、我が貴様を蹴ることになるかだって?いい度胸だな、フリーター。いいか、よおく聞け?き、さ、ま、の、自業自得だよ!!!」
頭をガシッとつかんでニート?は、地を這うような声を出した。
「痛い、痛い。出る、出るから中身!!」
ギチギチと頭の骨が軋む音がした。
「ふははは、貴様の頭はどれくらい耐えれるんだろうな?リーンより強いか、試してみようじゃないか」
「ぐぎゃあああ」
フリーターと呼ばれた犬耳少年は、あまりの痛さにのた打ち回るがニート?は、まだ頭を掴んでいた。
て言うか、ええ?おれ放置?
数分後、さんざんフリーター?のことをいたぶって、満足したのか、ニート?は、無駄に豪華で大きい椅子に腰掛けていた。
「あいてて、おいニート、頭が少し縮まったような、気がするんだが……」
「はあ、知らん。気のせいじゃないか?それか、貴様の脳ミソの容量に対応して縮んだんだろ」
「いや、それどんな怪奇現象だよ!!!??」
大きいため息をついて、知らないふりをするニートと、突っ込むフリーター。
なんか二人とも……
「仲、良いな…」
「「どこが!?」」
二人して、同時に聞いてきた。
そういう所が。と言ったらこの二人は、また喧嘩をするんだろうなとか思ってしまった。
「ああ、ゴホン……悪いな、少年。いきなり攻撃したり、放置したりして。」
咳払いひとつして、フリーターの方が取り繕うように謝ってきた。
「ああ、いえ、大丈夫です。」
多分、とは言わなかった。
うん、大丈夫、大丈夫。攻撃は、ナイフ向けられただけだし。ニート?の速さには、驚いたけど。
「うん、大丈夫なら良かった。じゃあさしあたっては、問答をしようか」
そう、言って、彼はにっこり笑った。
……そうして、おれと彼らの問答が始まった。
「えっと、じゃあ、まずは自己紹介な。俺の名前は天鴇 振汰。天鴇が名字で、振汰が名前な。よろしく。んでもってこっちが、ニー……「月代 仁兎だ」」
振汰の言葉を遮って、仁兎が自分の名前を言った。
なんというか、やっぱり仲、良いな。
「おれは、ジン・グレイスです。えっと、二人の名前って、ニートとフリーターじゃないんですか?」
「「断じて、違う!!」」
また、二人の声がハモった。仁兎が頭痛を抑えるように手を額に当てて、
「これは、あだ名みたいな物だ」
「まあ、お互い認めてないけどな。あ、それと、敬語使わなくていいから。」
手をひらひらさせて、振汰が付け加えるように言った。
「んじゃあ、次の質問な~。ずばり、何故、ここにグレイス君が居るかだな」
……おれは、諸事情があってグレイス君と呼ばれ慣れていない。
なんか気恥ずかしくて体がもぞもぞする。
「ジンでいいで……いや、いいぞ」
敬語を使おうとしたら、二人とも睨んできたから言い直す。
「おれがここに居る理由は……」
おれは今までの、経緯を話した。
「……と、言うわけでおれはここに居るんだけど。あのー、二人とも聞いてる?」
気づいたら、二人とも何故かストレッチをしていた。
「おー聞いてる、聞いてる。」
そんな関節をバキバキ鳴らして答えられても、全然誠意が伝わらない。
ていうか、痛そうだな、おい。
「つまり、貴様は、使い魔を求めてここにきたのだろう?…よっと。貴様、我らを使い魔にしたいのか?」
こちらも関節をバキバキ鳴らして聞いてくる。
改めて契約したいか、したくないかと聞かれたらどっちだろう。
この光景見てたら、さっき決めた覚悟がちょっと揺らぎそうになる。
確かにこいつらを使い魔にしたら、退屈はしないだろう、でも、多分面倒事にも巻き込まれる事は必至だ。
つい数分前に会ったばかりだけど、それくらいは分かる。
「その前に、おれも聞いて良いか?」
少し、話をそらしてみる。まだ結論を出せない。
「おー、いいぞ。……ニート、もう少し、強く引っ張れ。」
「む、こうか?」
「あ、ちょ、待て待て待て!!!ニート俺の間接其処まで曲がんなああああ」
今度は、二人ストレッチをしながら、答えてくる。
さらに、関節がバキバキ鳴る音が響いた。
どんだけ、関節固いんだよ!!
あまりの音にそう思ってしまったが、やっぱり違うと考えを改める。
多分これは、それほどまでに、間接が強ばっている証拠だ
「二人は、どれだけの間ここで眠っていたんだ?」
「「知らん(ない)」」
二人とも声を合わせて、あっさり答えた。
バキバキバキバキ
「えっと、じゃあ、二人の種族は?獸人?」
「「知らん(ない)」」
バキバキバキ
バキバキバキ
これも、簡潔にあっさり答えられた。あと、間に入る間接の鳴る音が本気で痛そう。
それにしても、自分達の種族すら知らないとなるとまさかとは、思うが
「二人って、もしかして、記憶喪失?」
「「違う」」
違うらしい。
しばらくして、関節がほぐれたのか、腕をぶらぶらさせながら、振汰がさっきの説明をする。
「俺らは、自分たちが何者かは、分かっているつもりだよ。寝る前の記憶もはっきりしてるし」
ただ、と言って自分たちの腕に巻きついている鎖と、未だ光り続ける床を見つめる。
その言葉の先を仁兎がため息をつきながら続けた。
「はあ、この世界の我らが何者なのか、分からないだけだ。」
ずいぶんと、意味深な言葉だ。まるで自分たちが異世界の住民みたいに……。
おれが首を傾げていると、仁兎が見透かしたように
「貴様、我らがこの世界の住民だと思っているのか?」
と、聞いてきた。おれはさらに首を傾げて、
「違うのか?」
「違う」
聞いたら即、否定された。
そして仁兎と、振汰は眠る前にあったことをかいつまんで話してくれた。
それをおとなしく体育座りで聞いた。
「と、言うわけで俺達は、ここで眠っていた訳だけど、一応聞くけどジン、自称偉大なる魔術師イグルスって知っているか?」
「いや、知らない。」
ほんとに知らない。
誰それ??
つか、自分で自分の事偉大なるって言える感性、そのおっさん大丈夫か??
その言葉に、二人とも吹き出した。
「ブハッ……ま、まじかよ、あんだけ堂々と名乗っていたのに、後世に名が残ってないとか……」
「くく、これは、痛々しいを通り越して、哀れに思えてくるな。」
二人は、さんざんその自称偉大なる魔術師イグルスの事を馬鹿にしてしばらく、腹を抱えて笑っていた。
ひとしきり笑ってから、
「で?どうする?」
と、聞かれた。その質問の真意は分かっている。
先ほど、ここに降りる前に決めた決意は、嘘じゃない。でも、
「まだ、迷いが有る。と言った顔だな。まあ、それも当たり前か」
見透かされている。と思った。それに振汰はうんうん、頷きながら
「そりゃ、そうだよな。使い魔の召喚の儀式したら、何故かこんなところにいて、しかも使い魔候補の俺達が異世界で魔王や、勇者していたなんて聞いたら、どうすれば良いか迷うよな。」
俺は、思う。
もし、俺とこいつらが契約しなくても、こいつらをここに封じ込めていた魔法陣はもう、ないのだ。こいつらは、外に出れるだろう。
でも、その後は?
こいつらは、この世界の事を知らない。自分たちが何者なのかも、わずかな情報しかない。
それは、多分記憶喪失とあまり変わらないと思う。
だから、俺は決めた。
「おれは、お前たちと、契約するよ。」
その言葉に二人は、目を見張って、それから後ろを向いて、コソコソ、話し出した。
「おい、俺契約なんて、主側しかしたことないぞ」
「我もだ。部下しか持ったことない。」
コソコソ話しているが、普通に全部聞こえる。
内容が内容のせいで、不安になるんだが??
しばらく、コソコソ、チラチラ、此方を見ながら話していた二人は、最終的に真正面からこちらを見て盛大な咳払いをした。
「ゴホン、あー取りあえず、我らと何故契約することにしたか、聞こうか。」
……明らかに話をそらしたのが分かった。
でも、その質問に答えるのは、吝かではない。おれの気持ちを知ってもらいたいから
「おれは、今の日常が好きだよ。」
その言葉に二人は、何言ってんだ?コイツ。みたいな顔をして、
「だが、我らの存在は、確実にお前の好きだという日常を壊すぞ。」
そう、二人の存在は、確実に日常を壊すだろう。
でも、それでもおれは、
「おれは、今みたいに馬鹿やって、騒いで、笑っていたい。でも、お前たちの事を知ってしまったから、お前たちを放っておいたら気になってしまう。おれは、迷子を放っておけない主義なんでな。」
最後は、少し茶化すような言い方になってしまった。
二人は顔を真っ赤にして、
「「迷子じゃないやい!!」」
と叫んだ。やっぱり、仲良いよ、お前ら。
閑話休題
気を取り直してから、振汰は立ち上がって指の関節をパキッと、鳴らした。
「あー、んじゃ、契約の条件を出すな。一つは、俺達の正体が何なのか探すのに協力すること。もう一つは、」
「この、鬱陶しい鎖を外す方法を見つけることに協力しろ。」
仁兎は、座ったままで続けた。
「それだけでいいのか?て言うか、契約方法わかんないじゃなかったか?」
契約方法わから無かったら、契約できないだろ。
それに、振汰は今度は首をコキコキ ならして一度伸びをしてから答える。
「ん、うん。ああ、わかんない。わかんないから、昔、俺が契約したとき、使い魔がやった方法でする。」
さっきから、指をパキパキ鳴らしたり、伸びをしたりしているんだが、もしかして、かなり荒っぽいやり方じゃ……
「一応聞くけど、そのやり方って?」
「ガチバトル!!!一発でも攻撃があたれば、多分大丈夫だと思う」
やっぱりか……
それにしても実際問題として、おれはこいつらに攻撃が当てることが出来るのだろうか。
長い間眠っていたとしても、どうやらさっきから動きを見ている限り、そこまで支障が有るように見えない。
相手は異世界で、魔王や、勇者だったのだ。
無事で済む未来が見えない。
でも、それしか方法がないのなら、従うしかないのだろう。
「分かった。全力でやるから、よろしく。」
振汰は、ニッカリ笑って
「そうこなくっちゃ。安心しろって、二対一なんてセコい真似しないし、俺は魔法を使わねえ。」
その言葉に、少なからず、ホッとした。
でも、同時に不安になる。振汰と契約出来ても次は、仁兎が控えている。
そんな連続で戦えるか?
「考えている所悪いが我は、戦闘はせんぞ」
そう、仁兎は言ってきた。思わず顔を上げる。
仁兎は、椅子に頬杖をつき
「別の方法を思い出したからな。」
そう言ってニヤリと笑った。
……その顔がかなり凶悪に見えたのは気のせいだと思いたい。
「あ、そっちは魔法じゃんじ使っていいから!んじゃ、難しい話しは無しにしてニート、カウント」
ものすごく嬉しそうな顔で、振汰は構えをとる。
お前、戦闘狂とかいわないよな?
おれも鍵をボックスから無数に出した。
今度の鍵は、無属性の物が多い。相手の魔力の流れを止めたり、体の動きを制限したり、自分に使って、体のリミッターを外して、通常では有り得ない力を出したりする鍵。
文字通りの全力。魔法を使わないと言った相手にいささか、やりすぎではないか。
と、言われてもおかしくない力だが、この力を使っても一撃さえ当てることが出来るかどうか分からない。
それ程強い力を感じる。
「五、四、三」
静かに仁兎がカウントをする。この場の緊張感が高まるのが分かった。
「二、一、……スタート」
瞬間に振汰の体がぶれる。
速い!!
でも……
背後で振汰の腕と、仁兎の腕を繋ぐ伸縮自在の鎖がジャラリと鳴った。
「仁兎程じゃない!!」
後ろを振り向いて、蹴りを放つ。もう体には身体強化を施してある。
すぐに振汰に当たる感触が有ると思ったが、全くない。
「なっ!!」
チャラリ
先ほどとは、比べようも無いほどの軽い鎖の音。
気づいときには、もう遅かった。振汰はおれの後ろ、さっきまでおれが向いていた方向にいて笑い、パチパチと手を軽く叩いた。
「お~、速い速い。でも残念。フェイント」
そして、振汰はおれに向かって蹴りを放った。反射的に避ける。
あの蹴りはヤバい。さっきから見ていて、なんとなくだが、そう思う。
蹴りもそうだが、仁兎と振汰の二人がはいている靴のヤバさは半端ないと思う。
だって、あいつら少し歩くたび床に罅が、入っている。
あんな物で蹴られたら、骨が何本か折れる。折れるだけならまだましだが、再起不能になる可能性もある。
「へえ、これを避けるか。んじゃ、もうひとつ、スピード上げるかな。」
(さらに、速くなるのか!?ええいままよ!!!)
そして、俺は束の中から二本の鍵を出した。
出した鍵は、無属性の相手の動きを制限するものと、自分の体のリミッターを外すものだ。
おれは、無属性の鍵魔法が昔から得意で、これなら詠唱無しで使える。
まずは振汰の速さに追いつく為に自分の体のリミッターを外す。
「無属性系-Ⅲ解錠」
途端に周りの世界の動きがゆっくりになる。
人間の脳は持っている力を半分以上、リミッターで封印しているという。もし、そのリミッターを外したら?
答えは簡単。制限をなくした体は、その持てる力を全力で出せるようになる。
だが、体を限界まで使うので、タイムリミットは5分。それ以上使えばただではすまない。
この状態で、振汰の動きに追いついて攻撃出来れば、御の字。
それが無理ならもうひとつの鍵で振汰の動きを制限して、その隙に攻撃する。
おれは一気に助走をつけて振汰との距離を詰める。
鍵の有効範囲は、対象者から10センチ前後。つまり懐。そこまで近づけば何とかなる。
「おっと、スピード上がったか?……ああ、なるほどリミッターを外したのか。んじゃ、俺もまだスピード上げても大丈夫だな。」
まだスピードが上がるのか!!。今のおれも、かなりのスピードなのに相手は、まだ余裕綽々だ。
(やっぱり、このまま攻撃するのは無理がある。鍵を使うか……)
俺は、今出せるギリギリのスピードでさらに速くなった振汰に、何とか追いついた。
そして、振汰の体から10センチ。俺は鍵を回した。
「無属性系ーⅣ施錠」
振汰の動きを制限する。
それに、振汰は少し驚いた顔をして、だけどそれ以上に楽しそうな顔で笑った。
「すげえ!!体がうまく動かねえ!!。これが鍵魔法か……。体動かねえから靴脱ごっと。」
そう言って、本来なら指一つ動かせないはずなのに、かなりスムーズな動きで靴を脱いだ。
それに俺は戦慄する。そして、何かを考える前に振汰の体が消えた。
「おー軽い軽い。やっぱ、あの靴は重すぎんだよな。」
そんな声が上から響く。
それに反応して構える前に俺は蹴られた。あの、重そうな靴のない素足で。
ガスッ
「かはっ」
いわゆる延髄切り。俺の意識は、闇に落ちていった。
その後のことは、仁兎に聞いた。
俺が振汰に延髄切りを受けた後、振汰は華麗に着地して振り返り、
「あ、やべ……」
と、つぶやいたらしい。
うん。そんなことつぶやくくらいなら最初から、延髄切りなんてしないでほしい。
「あ、あのー、ジン君?生きてますか?」
恐る恐る、俺に手をかけようとしたら、意識のないはずの俺がその手を払いのけて、振汰の足を払ってそして胸の中心、心臓の有る部分に拳を当てたらしい。
「おー、意識ないのに、すげえな……。っとこれで契約完了かな?」
その言葉に反応するように、おれの体は、床に倒れたそうだ。
「ん、うん……」
ーー眼が覚めたら、目の前にモザイクがかった何かに優雅に座る仁兎がいた……。
うわあ、と思う。
はっきり言って関わりあいたくない。だが、そんな思いは相手に伝わる訳もなく仁兎はこちらを見て、
「む、起きたか」
と、言った。あまり聞きたくないのだが、気になるのでモザイクがかった何かを指差して、
「一応聞くけどそれなに?」
「勇者の屍」
あっさり答えられた。
勇者の屍ってことは、振汰だよな。何かすごいドロドロのグチャグチャなんだけど
「大丈夫かそれ?つか、生きてるか?」
「大丈夫だ、問題ない。5秒もすれば治る」
「いや、治んねえから!!」
そう言って振汰が勢いよく起き上がる。その瞬間にモザイクがほどけるが普通に綺麗な姿だった。
でも、さっきまでのモザイクがかった光景が幻だったとは思えない。
だとしたら、本気で5秒で治ったとしか……。
こいつらならありえそうで怖いな。
「あいてて、死ぬかと思ったぞニート」
頭を打ったのか、さすりながら仁兎に文句を言う。その言葉に仁兎は鼻で笑って
「はっ、人を半身不随にしかけてよくいうわ、この戦闘狂が!」
「うう」
何というか言葉も無い感じ。ていうか、
「半身不随ってまさか」
今は、体に異常は無い。むしろいつもよりも調子がいいくらいだ。
「ああ、首の骨がポッキリ逝っていた。まあ、我が即座に治したがな。貴様、その歳肩凝りが半端なかったぞ?大丈夫か?もう、バッキバキに固かったが」
知らないうちに九死に一生していた。
あと、肩凝りが解消していた。
体の調子が良いのは、そのせいか
「あ、でも契約は出来たぞ」
……あっさり伝えられたんだけどおれはいつの間に振汰は攻撃を当てたのだろうか?
「上から目線が気に食わん。土下座しろ」
仁兎が振汰に蹴りを入れる。
「ちょっ痛っ、ごめんなさい」
仁兎の攻撃をよけつつ、土下座してきた。
器用だなおい
まあ、こんな光景を見せられたらこっちも謝れとは言えない。
「まあ、契約出来たならそれでいいや。それじゃ、次は仁兎だな。」
話しをそらした。
これ以上仁兎が振汰をしばくのを見ているのはいたたまれない。
「ふむ、そうか。ではフリーター、ジンをとり押さえろ。」
「了~解」
そんなことを言って振汰はまた、すごいスピードで俺の後ろに回ってガッチリと、俺の動きを封じた。
「え、ちょっ何?ていうか仁兎、何その超高濃度の魔力まとっている右手」
正面の、仁兎の鎖に繋がれて無い右手には、これでもかという程の高濃度の魔力がまとわりついていた。
「まあ、簡潔に言うとだな……我の魔力に耐えて見せろ」
そう言って仁兎は俺の右胸に掌底をうちこんだ。
「かはっ」
右胸には心臓や、脳みその次に大事な魔力を作る器官、魔臓器がある。
今仁兎は、その器官がある場所に思い切り、魔力をぶち込んだことになる。
俺の意識は、また闇に沈んでいった。
……………………………………………………………気がつくと俺は綺麗な川のほとりの花畑に居た。
あ~これは、あれか。俺、もしかして死んだ?
魔臓器に大量に魔力ぶち込まれたからな。
他人の魔力は少量なら薬にもなろうが、あれだけ大量ならそりゃ死ぬわ
そう思っていたところで、俺は誰かに肩をポンと叩かれた。
「あん?」
横を見ると浅黒い肌をした、金髪の男が歯を煌めかせながら立っていた。
「ヘイ、ボーイ、知ってるかい?三途の川のほとりで作った酢物は、最高にうまいんだぜ☆」
「はあ、そりゃまた、なんで」
何か聞いちゃいけないような気がするんだが、何故か口が動いた。
「そりゃあ、もちろん“さん”ばい“ず”で出来てるからさっ☆」
思い切り、良い笑顔でサムズアップしてきた。
ブチン
何かが切れる音が鳴った
「そんなこったろうと思ったよっ!!」
俺の右ストレートが炸裂したところで目が覚めた
「………ずいぶんと珍妙な夢を見たんだな………。」
残念な物を見る目で見られた!!
「って違う!!お前ら俺を殺す気か!!」
二人して俺が死んでもおかしく無いような攻撃しやがって!!!!
「使い魔契約とは、常に命掛けの勝負ではないのか?」
こてりと、想像以上に幼い仕草で首をかしげる仁兎。
正論だ。使い魔とは一生付き合うことが多い。
それなのに、命のやり取りが出来ないでどうする。
と、いうような事を前に先生が言っていた気がする。
これに関しては、もう文句を言えそうに無い気がした。
「あーうん、ごめんなさい。ところで、振汰は?」
辺りを見回すが、振汰の姿が見えない。
「フリーターなら上だ。」
「上?」
よく見ると、仁兎の鎖が上に伸びていた。
………恐ろしく長いんだが、あの鎖は何処まで伸びるんだろうか。
「おー、ジン起きたかああああああぁ」
ドガアアアン
上と言うか、天井のほうからものすごい速さで、振汰が落下してきた。
「よし」
何がよしなのかさっぱり分からんが、あの高さから落ちてきたのに、平然としている時点で、もう人外としか言いようがない。
「それで?上はどうだった?」
その光景に慣れているのか呆れているのか、仁兎が無表情で振汰に聞いた。
「あ~、うん。大丈夫だよ。ジンの帰還用魔法陣もちゃんとあったし。…………うん。大丈夫、大丈夫」
怪しい!!明らかに目をそらして振汰が答えた。
ガキリ
仁兎が勢いよく振汰の頭を掴んで、
「貴様、いったい上で何をしてきた?」
「ぐぎゃあああ、痛い!!答える、答えるから、万力みたいな力で頭潰そうとするのは止めてくれ。」
なんというか悲惨だな。
というか俺、また空気かよ!!
数分後
「で?上で何をした」
今度は蔑んだ目で振汰を見ながら仁兎が、もう一度問う。
振汰は正座をしながら答えた。
「実は、ヒラクのボタンと間違えて、ヒラタのボタンを押しまして………。」
「は?」
これは、俺の声。だって意味が分からん。
ヒラタって何???
だがその言葉に、仁兎は後ずさって、
「貴様、まさかあの、平たいのにどこかごついどら焼きみたいなゴーレムを呼んだんじゃ………。」
「その通りです。はい。」
「いかん、あれは地味少年でありながら、最強説を唱えられたマジックアイテムオタクの作った怖い勇者人形を使わなくては、退却せんぞ!!!!」
………俺、思ったんだけど、仁兎もたいがい、バカなんじゃないかと。
「ちっ、仕方ないこれを使うか。」
そう言って、仁兎は指をパチンと鳴らすとそこには、
「まてまてまてっ!!なんで俺のこしみの姿なんだよ!!!」
振汰の姿で服とこしみのをつけた石像が二体あった。
………完全な変態だな。
「む、これでラリアットかますのではなかったか?」
仁兎の顔が完全ににやけている。
「止めて、そろそろ、いろんな意味でやばいからっ!!マジ止めて!!」
そう言っている振汰もなにげに顔がにやけている。
「……お前らさあ、実はかなり楽しんでね?」
「「かなり!!」」
二人同時で答えられた。
なんというかこの二人を見ていると、本当に面白いし、完全に仲良しじゃん。
「ふむ。まあおふざけは、この位にして昇るか」
あっさりと、振汰の石像を消してから仁兎は言った。
「一応言っとくけど、魔法使ったら魔力に反応してヒラタが攻撃仕掛けて来ると思うから気をつけろよ。」
振汰の言葉に仁兎は、心底馬鹿にした顔で鼻で笑いながら
「はっ、もとよりこの程度、魔法を使うまでもないわ」
そして、はねたかと思ったら、仁兎はもう地上5メートル位に浮いていて、その後も左右の壁を踏み台にして、ピョン、ピョンはねてあっさり天井の穴までついてしまった。
「ひゃーすげぇ、さすがニート、伊達に魔王やってねぇな~。」
「振汰は出来ないのか?あれ」
俺は言うまでもなく出来ないが、仁兎とためをはっているように見える振汰がこんなに驚くとは……。
俺の疑問に振汰は手をヒラヒラ振りながら、
「俺?できねえよ。さすがにあの高さになるとなあ、せいぜい、半分位のところまでしか跳べないと思うぜ」
……半分でも十分すごいと思うのは、俺だけか?
ドゴオォンッ
そこまで考えたところで、上からものすごい爆発音が聞こえてきた。