第4話
第4話
私があなたを正しく導いてみせる!なんて言ったものの、とりあえず言葉を喋れるようにならないといけない。
それとこの世界の情報集めと、この家ハイルウェルツ家のことも知らないと。
(やることは沢山ある……。けど、今はまだ言葉も満足に話せないし1人で出歩くことも出来ない。やることは限られているわね)
「お嬢様……とても難しい顔をしていらっしゃいますね~。何を考えてるのでしょ~」
1人で頭を悩ませながら思考を巡らせていると、ベルが私の顔を覗きに来た。
(おっと、いけない。子供らしからぬ顔をしていたみたいね。子供に擬態しなければ)
「ぁう~う~」
私は短い手足をじたばたとさせながらベルの方へ伸ばす。
(どう? 私がこの1年で身につけた子供らしい仕草、完璧なんじゃない?)
「あらあら~。まるで計算されたかのようなあざとさですね~」
私の体がビクリと跳ねた。
(も、もしかして、ベルって、意外と鋭い?)
「んふふ~。そんな所も可愛いお嬢様です~」
ベルは私の体を抱き寄せゆりかごのように体を揺らす。とても心地の良い動きに眠気がやってくる。
(ダメだわ……。この体ほんとに考え事ができない……。すぐ、眠く……なっちゃう…)
私はベルにあやされながら目を閉じた。
母が物心つく前には亡くなっていた私には、ベルの温かさが新鮮で心地よくて涙が出そうなくらい安心するものだった。
(そういえば………エレナーゼの体の……私の母親は……何故私に1回も、会いにこないのかしら……)
そんな事を薄れいく意識の中考えながら私は心地よい眠りに入った。
▽▽▽▽
それからまた2年の月日が流れた。
私がこの世界にきて3年が経過、つまり私は3歳になったのだ。
「べる、きょうもにいさまは、くるのかしら」
私はある程度の文章を話せるようになり、外を駆け回ることもできる程に成長した。
「はい~、きっとお見えになるでしょうね~」
ベルは私の手をひきながら、私の自室へと向かっている。
赤ちゃんの頃は、部屋の中が私の全てだったが、1歳を過ぎた頃からはベルの胸に抱かれ外を散歩するようになっていた。
外、といってもハイルウェルツ家の屋敷の庭だけだが。その庭も今ではベルに抱かれることも無く、自分の足で歩ける。
庭を散歩する時に分かった事と言えば、この屋敷は驚くほど大きく、そんじょそこらの金持ちの家ではない、ということだ。
(確かジギルは侯爵と言っていたような)
私は貴族の階級には詳しくなく、『侯爵家』がどれ程のものなのか理解できないでいた。ベルもまだ家の事を教えるには早いと踏んでいるらしく、基本的なマナーは指導してくれるが家の事には触れてこない。
(今度、私の方から聞いてみようかな)
そして何よりも気になるのは、この家の家族関係だ。ジギルは三男だと言っていたから、私には兄がジギルを除いて2人いるはずだ。
だが、私はこの家で使用人こそ見るものの、ジギル以外の家族を見たことがない。
逆に何故ジギルだけは、好かれているようには到底思えない私に会いに、足繁く通うのか不思議に思った。
「なんで、にいさまは、いじわるばかりいうのに、わたくしのへやに、くるのかしら」
この数年で、私の『お嬢様言葉』も板についてきた。最初は『ですわ』なんて恥ずかしくて使えなかったが、乳母兼教育係のベルが意外にも厳しく怖かったので仕方なくこの話し方をしている。
「……ジギル様はきっと寂しいのですよ~」
(寂しい?あいつが?)
「にいさまは、さびしいの?」
ベルは躊躇っている様子を見せながらも私に話した。
「長男のアルヴィン様と次男のカーティス様がとても優秀な方達で、三男のジギル様はいつも比べられているのですよ~」
それに、と付け加えるベルの声が暗くなる。
「旦那様は厳しいお方ですから………」
私は、まさか、と思いベルに尋ねる。
「ジギルにいさまは、いじめられているの?」
「………さ、お嬢様お部屋につきましたよ~」
ちょうど私の部屋の前に着いてしまったようで、ベルは何も答えてはくれなかった。
私も深追いはせず、もう何も聞かなかった。
ベルはこの家に雇われの身だ。雇い主の良くない噂をこれ以上ベルの口から言うことは出来ないのだろう。
(あのジギルが家でそんな扱いだったとはね……。でも、)
私は拳を握りしめた。
(境遇には同情する。それでも、ベルに対して行ってきた所業を肯定することはできないわ。それに、)
あのままでは、きっと、ジギルは本当に一人ぼっちになってしまう。