第25話
3限目の魔法学の授業は特に何事もなく終わった。
ただ、体術学での教師を魔法で吹き飛ばした一件を知ってか知らずか魔法学担当の教師が私に時々視線を送っては眉を寄せるという行動を何度か繰り返していた。
よく響く鐘の音が私の初日の学園生活の終わりを告げていた。
「エレナ、帰るよ」
ロナが私を呼んだ。
どうやら昨日と同じく今日も帰路を共にしてくれるらしい。
「ええ」
私は返事をしロナと共に外に出る。
学校側から今日の一件で呼び出しかなにかをくらうかと思ったが特になんの反応もなかった。
(それもそれで不気味ね……)
学園の大きな門をくぐり数分歩いたところで、ロナの歩く速さが少し速くなった。
私が不思議に思っていると、ロナは視線を真っ直ぐに前に向けたまま小声で話した。
「誰かに後をつけられている」
私は思わず振り返りそうになったが、振り向くな。と諭された。
「……人数は?」
「5.6人程度。全員男……いや1人女だね。恐らくこういったことに手慣れている奴らだ。……心当たりは?」
私は首を横に振った。
前世では家柄のせいでよく尾行をされていたものだが、この世界に転生してからはこういったことは初めてだ。
「……体術学の一件に関係した人達かしら」
「あぁ。有り得るね。あの教師の回し者か、または女が王子の熱狂的ファンってところかな」
確かに私は今日の一件でどうやらアルフルド王子のファン達も敵に回したようだった?
(原因は全く見当がつかないのだけれど)
私達は曲がり角に入ろうとしていた。ここの道は極端に人通りが少ない。後ろをつけている者達が私達を襲うとしたらここしかないだろう。
ロナは私の方をちらりと見た後、口角を上げて笑みを浮かべた。
「あぁ、そうだ。今日は何だかんだお前に出番を取られたからな。体術学で見せられなかった私の実力見せてあげるよ。……来るよ」
横から風を感じたその瞬間、隣を歩いていた筈のロナが姿を消した。否、消したように見えた。
ドガッと人が倒れた音が背後から聞こえ数秒遅れて私が振り返ると、後をつけていたであろう男の内の一人が地にひれ伏していた。
「グガッ……!!?」
ロナが拳を前に突き出していたこと、男の左頬が切れていたことから恐らくロナが殴り倒したのだろう。
(だけど、何も見えなかった……!)
「て、てめぇ! 気づいていやがったのか!」
男のうちの1人が叫ぶ。
「そりゃあ下手な尾行だったからね」
ロナの予想通り男の人数は今倒した男を含めて5人だ。だが、女の姿が見当たらない。
「……悪いが怪我、してもらうぜ」
男の格好は顔を隠すように深くフードを被っていたたが、どうみても学生のようではない。
「もっと悪いけど、お前らはエレナーゼに指一本も触れられないよ」
ロナがにやりと微笑むと男は勢いよく此方に突進してきた。
「うるぁああああ!!」
男達の拳が飛ぶがロナにはかすりもしない。男がロナの背後を取った、と感じときには既にロナは視界から消えている。
スピードが、違う。
ロナはひとつひとつの攻撃を確実に相手に当て人数を減らしていった。
(凄い、想像以上だわ……)
圧倒的な状況が一変したのはロナが最後の1人を地に伏せさせた時だった。
「やっぱり強いわね、ロナは」
「え………むぅっ!」
ロナの戦闘に気を取られ背後に立っていた女に気が付かず口を塞がれてしまった。
「……! エレナーゼ!!」
「ロナ、動かない方が身のためよ」
私の口を塞いだのはどうやら貴族の女子生徒でも教師の回し者でもないようだ。
縦ロールの金髪が私の視界に入る。
(この髪型は……)
ロナが眉間のシワを深くさせ彼女の名前を呼んだ。
「カリーナ!」
「此方にばかり気を取られていていいの?」
「……!? むー!!」
(ロナ! 後ろ!)
ロナは更に10人程の男達に囲まれていた。
「ちっ……最初のは囮か!」
「勘がいいこと。付け加えるとすればその人達は最初の男達とは格が違うわよ。私の家の武闘のエキスパートなんだから。父の部下を少し借りたの」
ロナは拳を握り直し腰を低く据える。
「なんでお前がこんなことを? 何の得になる?」
「……貴女は知らなくていい事、なんて言うのも可哀想ね。一つだけ教えるとしたら、そうね。私の存在意義は父の邪魔者を消すこと。ただそれだけよ」
「お前の父親の邪魔者? それがエレナーゼなのか?」
「…………あんた達、やりなさい。ただ殺してはダメよ。ロナは私のライバルなんだから」
「むむむーー! んー!」
(あの人数では流石のロナでも危ない……! それに理由は分からないけど、話を聞くにカリーナの狙いは私だけなはず! ロナを巻き込む訳には……)
「カリーナ!」
(ロナ!)
「何?」
「私が負けるまでの間はエレナーゼに手を出すな」
「……いいわよ」
(駄目よ、ロナ!)
「……よし、来いよ。私が相手してやる」
男達は不気味な笑みを浮かべ一斉に攻撃を仕掛けた。いや、仕掛けようとした。
男達の手はロナには届かなかった。
何故なら目前に現れたからだ。
先程までそこには存在しなかったはずの
──二匹の獣が
獣は人間の大きさなどを遥かに超えていた。
黒い目は男達を射抜くように爛々と輝き、体は灰色の毛並みをしている。
2匹の獣の地を這うような咆哮が響く。
長い咆哮の後、獣は口を開いた。
『『お控えなすって』』
人の言葉を喋るはずもない獣が人間の言葉を話し、その声はまるで地震が起きたかのように大地を揺らした。
男のうちの一人が獣の名を零れるように呼んだ。
「…………グレイ、ウルフ……」
灰色の2匹の狼は男達を薙ぎ倒す。




