第23話
吹き飛ばした教師を一瞥すると気絶しているようだが特に怪我は負っていないようだ。
(一応手加減はしたけど一撃で気絶するのは予想外ね……)
私は1つ溜息をつき振り返る。
(ロナちゃんと見ていたかな。試合前心配してる様子だったけどこれで安心してくれたよね)
私はロナを探し近くに寄ろうとした。ぶっきらぼうに「やるじゃん」なんて褒めてくれるだろうか。
そんなことを考えながらロナに微笑みかける私はまるで尻尾を振る犬に見えるかもしれない。
「どうでした? ロ「ち、近寄るな!」……え?」
これはロナの声ではない。
誰が、と思い声の方へ向くと審判をしていたアルフルドがロナと私の間で身体を震わせながら此方を睨んでいた。
(ロナしか見てなくてこんなに近くに居るのに気が付かなかったわ。にしても、いきなり声を荒らげてどうしたのかしら)
「あの……?」
「やはりな! 僕に良い格好を見せようとこんな事をしたのだろうが愚直な考えだ! 確かに君の魔法は少し、ほんの少し優秀な様だがそれぐらいで僕に近付けると思うなよ」
「……???」
(この人は一体何を言っているのかしら)
「惚けた顔をしたって無駄だぞ。現にそんな笑顔を振りまいて僕に近寄ろうとしただろう。褒めて貰えるとでも思ったのか?」
「え、いや、」
「今更言い訳をしたところで無駄だ」
アルフルドは私の話に耳を傾けない様子だ。
(私は貴方じゃなくてロナに褒めてもらおうとしただけなのだけれど)
「あの…………っ!」
私は言い分を聞いてもらおうとしたその時、鼻の先に剣の切っ先が向けられる。
アルフルドの剣、ではない。
気配すら感じなかったがアルフルドの後ろに控えるように立っている赤い髪の男が剣を構えている。
格好を見るに生徒では無いようだ。王子の騎士、といったところだろうか。
「それ以上近付くことは許されない」
「…………」
私は彼とは初対面のはずだが、彼の声からは激しい憎悪が感じられた。
「噂通りの卑しい女だな、貴様は。流石はハイルウェルツの娘だ」
「……私の噂、ですか」
男は鼻で笑う。
「あぁ、お前の穢らわしい噂はよく耳にする。実の兄を誘惑したそうじゃねぇか」
体がピクリと跳ねた。
(は? 私が兄を誘惑しただって?)
何も言わない私の態度を肯定と見たのだろうか、赤髪の男は続ける。
「実の兄を手篭めにとり好き放題の生活、使用人を物のように扱い礼儀作法もまともに学ばなかったんだろう? それで家族に見放されるなんて自業自得も甚だしい」
「……それが私の噂ですの?」
「知らねぇとでも思っていたのか?」
(成程ね。母が父かは知らないがこの噂を流したのは恐らく私の両親だわ。私の素行によってハイルウェルツから勘当した事にすれば体裁は守られるものね)
周りの生徒が何も言わない様子を見るとこの噂はもう既に広まっているようだ。
母が茶会か何かで流したのだろうか。
私は否定するのも馬鹿らしく思えた。
恐らく事実を話しても彼らは信じないだろう。
憎しみ、卑下、醜穢。私に向けられる目の訳を理解した。
(実の兄に手を出した阿婆擦れ女、私はこの人達にそう見られているのね)
体の力が抜けるような立っていられない気分に陥る。悔しさよりも疲労感が私の体を支配していた。
「……やめろくそ兄貴」
私は先程まで微動だにしなかった鼻の先に向けられた剣先が、少し揺れるのを見逃さなかった。
この赤髪の男を兄貴、そう呼んだのは
「……ロナ」
「その剣を下ろせ」
「……何故だロナ。お前だってこいつが、ハイルウェルツが憎いだろう」
「……そいつ自身と私達のことは別件だよ。それにエレナーゼは噂通りの女じゃない。噂は噂だ」
ロナの言葉が私の胸に落ちる。
抜けていた力が私の体に再び蘇ったようなそんな気分がした。
ロナが拳を強く握り構えた。
「その剣を下ろしな。じゃないと例え兄貴でも容赦しない」
「……」
赤髪の男が剣を鞘に収める。
事態が収拾に向かったかと思うとアルフルドが口を開いた。
「リューク、君の妹か」
「……はい」
「君に妹が居たことは初耳だが、まあいい。今日は君の妹に免じて帰るとしよう。エレナーゼ・ハイルウェルツ、君とは二度と会わないことを願っているよ」
そう言い捨てて離れていく2人の背中を私は最後まで見つめた。
見物していた生徒も散り散りに消えていった。残ったのは私とロナ、今も尚気絶している教師であった。
「エレナ…………すまない」
ロナが顔を伏せて謝った。
「何がです?」
「あれ、私の兄貴なんだ。今は離れて暮らしてるけど、その」
先程の赤髪の男を思い出す。
王族の騎士は確か爵位が高い者でないとなれない筈だ。だが、ロナはただの農民だと言っていた。ロナの話は嘘には思えなかった。
ということは、ロナの兄は爵位を持ち、ロナは農民だということなんだろう。
(そしてこれは私の勘でしかないけれど、そうなった理由はハイルウェルツにある)
「その……「いいわよ」」
ロナがやっと顔を上げた。
良かった、丁度彼女には俯いている姿など似合わないと思っていたところだった。
「無理に話さなくていいの。貴方が私に聞いて欲しくなったら話して」
「エレナ……ごめんエレナーゼ」
「……ね、お腹がすいたわ」
「あ、あぁ。そう言えばもう昼過ぎだ。食堂に案内するよ、着いてきて」
「まぁ楽しみだわ」
「それより教師をぶっ飛ばすなんてどうなっても知らないぞ」
「え」
私はロナの事をまだ何も知らない。
ロナも私の事を知らない。
それでも彼女は私の噂を真向から否定してくれた。私の為に拳を握ってくれた。
彼女はきっと私自身をちゃんと見てくれる。
今はそれだけでいい。そう思えた。




