第22話
sideアルフルド・ユーシュタリア (2)
グランドに訪れると既に人集りが出来ていた。皆噂のエレナーゼ・ハイルウェルツを見物しにきたのだろう。
「……! みて! アルフルド王子よ!」
「いつ見ても格好良いですわ」
「男でも見惚れる美しさだ……」
「従兄弟のリルム様も素敵!」
「私は怖いけどリューク様も素敵だと思うわ!」
僕達に気付いた女子生徒、いや男子生徒も感嘆の声を上げる。いつもの光景なのでさして気にせずに人集りの中心に目を向ける。
エレナーゼは丁度グランドを走り終わったようで肩で息を切らしていた。
──銀髪だ
綺麗な銀髪は上手くまとめられているがそれでもよく目立つ。だが、その銀も彼女の容姿の引き立て役になっている程に美しい女だと思った。
「ふぅん、結構可愛い子じゃん。……勿体ないなぁ。ハイルウェルツ侯爵の娘じゃなかったら男にちやほやされていい人生送れただろうね」
自他ともに認める女好きのリルムだが、口説く為の手段以外で女性を褒めるのは珍しい。
そしてこんな迂闊な発言をするのも珍しいことだった。
「リル、やっちゃったなぁ」
「え? ……あ」
ようやくリルムは気付いた。
周りを取り囲んでいた取り巻きの女子生徒達に今のリルムの発言を聞かれていたことを。
リルムは手が早いことで有名だが、女から恨みを買わないのは手を出していい相手と良くない相手を見極めるのが上手い事と、もう1つ。特定の女を特別扱いしない、からであった。
そんなリルムがエレナーゼ・ハイルウェルツを本人を前にせずに褒めた。口説く為ではなく本心から褒めてしまった。
これを聞いた女子生徒はどう思うか。
勿論、妬みの矛先は、エレナーゼ・ハイルウェルツに向かうだろう。
現に女子生徒達は彼女を苦虫を噛み潰したような顔で睨んでいる。
「これから彼女の学園生活はどうなるかな」
「迂闊だった!」
「はは、きっとこわーい貴族の姉様方に絞られるだろうね」
そんなことになっているとはつゆ知らず、エレナーゼ・ハイルウェルツは凛とした声を場に轟かせる。
「恐れながら私、先生に手合わせ願いたいですわ」
その場がザワつく。
先程まで睨んでいた女子生徒達も他の生徒も面白いものを見つけたかのように笑い声を漏らす。
この嘲笑はきっと彼女の耳に届いているはずだ。だが彼女は此方に目を向けない。
目前にいる教師だけを見つめる。
その姿すら美しい。
(だが、一体何故そんなことを……?)
「卑しい子ね」
ポツリ、と女子生徒の声が落ちた。
「どういうことですの?」
「あの子きっとアルフルド王子達に気づいたのよ。それで王子達にアピールする為にあんなことを言ってるのだわ」
「確かに……王子達が来たタイミングと合うわ」
「でしょう? きっとそうよ。いいえ絶対そうですわ!」
1人の女子生徒から伝染していくように話が広がっていく。
色々な所から「卑しい」「下賎だわ」というような声が聞こえてくる。
(……なるほど。そういう事か。僕達にアピールして貴族クラスに返り咲こうとでも思っているのか。それとも僕達と良い中に、なんて浅はかな考えでも持っているのかな)
僕は腐るほどそんな人間達を見てきた。権力のため家の為自らの保身の為、僕達王族に近付く人間は下心しかない。彼女もその1人なのだろう。珍しいことでは無い。
「……ハイルウェルツらしいやり方だ」
後ろに控えていたリュークが吐き捨てるように言った。
「ふむ」
僕は彼女の元へと歩き出す。
周りにいた生徒達が気づき道を開ける。
気配は感じないがリュークも後ろから着いてきているだろう。
僕は教師とエレナーゼに近づき声をかける。
「僭越ながら僕に審判をやらせて頂けないかな?」
エレナーゼ・ハイルウェルツが驚いた顔を見せた。
(わざとらしい……)
そう思ったが、顔には出さず微笑んでみせる。
「初めまして。エレナーゼ・ハイルウェルツさん。噂には聞いてるよ」
エレナーゼは胸に手を当てて礼をした。
彼女の一挙手一投足に品を感じる。一通りの礼儀作法は学んでいるようだ。
「存じて頂いて恐悦ですわ。このようなお見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」
(あぁ、やはり僕に良い格好を見せようとしているのか)
彼女の魂胆を見抜き、僕は告げる。
「見苦しい、だなんて。大丈夫だよ。君のことは侯爵家の娘なんて思ってないから。平民クラスなんでしょ? 可哀想に」
「……そう、ですか」
「うん、だから格好なんて気にしないで」
(ここまで言えば彼女の愚かな希望を捨てさせる事は出来ただろうか)
僕はエレナーゼの落ち込んでいる様子を見て少し気分が良くなった。
身の程を教えることが出来たようで嬉しい。
態々審判を買ってでただけでも有難く思うだろう。
「そろそろ始めようか」
僕の一言により教師とエレナーゼは臨戦態勢に入る。僕は数歩後ろに下がり2人から距離をとる。
万が一流れ弾が飛んできたとしても、リュークがどうにかするだろう。
「準備はいいかい。では、試合はじめ!」
エレナーゼは緩やかに顔を上げる。
その顔には穏やかな微笑みを浮かべていたが瞳はまるで血に飢えた狼のようだ。
──目が、離せない
体が戦慄する。これは、この感情は畏れだ。
僕は目の前の女に畏敬を覚えたのだ。
教師も同じ様子だ。試合の合図は終わったというのに動く気配が全くない。
ほうけた顔で彼女の姿に見とれている。
エレナーゼはその薄い唇を開いた。
「水炎風波動」
囁くような詠唱と共に1つの魔方陣が浮かび上がる。そこから放出された魔法によって教師の体は数メートル先にまで吹き飛んだ。
「いいこと? 皆さん。混合魔法はこうやって1つの魔法陣でもつくれるですわよ?」
次回からエレナーゼ視点に戻ります




