第20話
私達は全員何とか走りきることができた。
皆肩で息をする中、カリーナとロナは涼しい顔をしていた。私も魔法のおかげで疲れを一切感じていなかったが、息を切らしている様子を装う。
「ふむ。全員走り切ったか」
教師はつまらなさそうな顔をして鞭を撫でた。
(腹立つわね。叩きたかった、なんて顔をしてるわ)
「よし、それでは試合を始める」
休憩も無しに教師は組み合わせを決めていった。勿論カリーナとロナは相変わらずの組み合わせだったようだ。
「お前達の試合は見るに耐えるものだ。励めよ」
私は、というと特に話したことも無い男子生徒とあたっていた。
「ぼ、僕はニンファだよ。よ、よろしく」
オドオドとしているどこか頼りない男子生徒だ。ニンファは挨拶をしてくれたが、私は答えられない。
「ごめんなさい。ニンファさん。私やり合いたい方がいらっしゃいますの」
「えっ、だ、駄目だよぅ。先生の組み合わせ通りにしないと、叩かれちゃうよ」
「御心配ありがとうございます。ですが、大丈夫ですわ」
私は背筋を伸ばし2回深呼吸をする。
(もしかしたら、この提案は受け入れられないかもしれない。そうすると私はあの鞭で叩かれる。だけど……!)
「先生」
男の視線がこちらに向く。
知性の欠けらも無い獣のような目だ。
「……なんだ。エレナーゼ・ハイルウェルツ」
教師は鞭を握る。
「恐れながら私、先生に手合わせ願いたいですわ」
その場がザワつく。
いつの間に居たのか見物していた貴族クラスの生徒達が面白そうに声を上げて笑い出す。
「ほぅ……? いいだろう」
「まぁ、ありがとうございます」
私は手を頬に当てて微笑む。
あくまでも上品に高貴さを持ちながら。
「諸君らの試合は一旦中止だ。俺とハイルウェルツの試合を見学しとけ」
私はグランドの真中に移動し、男と向き合う。
「ルールはありまして?」
「……殺さなければ何でもアリ、なんてのはどうだ?」
教師はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべる。
私は喉を鳴らして笑う。
「まぁ! 良いルールですわ!」
私の態度に気を悪くしたのか教師はその顔から笑みを消した。
「……今にその綺麗な顔グチャグチャにしてやるよ」
私は見物者に目を向けると遠くからでもよく目立つ赤い髪の少女と目が合った。
相変わらず顔は無表情だが、何故か心配しているのだと分かる。
(大丈夫よ、ロナ。見てて)
「僭越ながら僕に審判をやらせて頂けないかな?」
凛とした声と共に金色の髪のこの世のものとは思えない程の美しい少年が目前に現れた。彼の姿はどこか見覚えがある。
(彼は確か……)
「アルフルド王子!?」
彼を前に教師が跪く。
周りの女子生徒からは黄色い悲鳴がとんだ。
「王子?」
「初めまして。エレナーゼ・ハイルウェルツさん。噂には聞いてるよ」
私はハッとし胸に手を当てて頭を下げる。
「存じて頂いて恐悦ですわ。このようなお見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」
私の服は泥だらけでとてもではないが、貴族の娘が王家のものに見せる姿ではない。
アルフルドは綺麗な微笑みを浮かべる。
「見苦しい、だなんて。大丈夫だよ。君のことは侯爵家の娘なんて思ってないから。平民クラスなんでしょ? 可哀想に」
「……そう、ですか」
「うん、だから格好なんて気にしないで」
見物者からクスクスと笑い声が聞こえた。
「あの子勘違いしちゃって」
「恥ずかしいこと」
「貴族どころか女としてなんて見られてないわよねえ」
「思い上がりも甚だしいわ」
「あんな子先生に滅茶苦茶にされちゃえばいいのに」
(よくもまぁ、言ってくれるじゃない)
「うん、君の勘違いも解けたようで嬉しいよ。そろそろ始めようか」
「……ええ」
「よろしくお願いします王子」
私は雑念を振り払う。
目の前の者に意識を集中させる。
良い具合に感情が溢れだしている。
(私の魔力の源は)
「準備はいいかい」
(『怒り』の感情)
「では」
(この感情を力に魔力を溢れださせる)
「試合はじめ!」
貴族じゃないと言われようが私は自らの気品を損ねたりしない。
最後の最後まで高貴さ高潔さ、そして
極道としての畏れを。
私はゆるりと顔を上げ微笑むと目前にいた教師も横から見ていたアルフルドも息を飲んだ。
「「……っ!」」
そして囁くように詠唱する。
「水炎風波動」
私の言葉と共にひとつの魔法陣が浮かび上がりそこから水と炎と風の混合魔法が繰り出される。
その魔法はがたいの良い教師の体を数メートル吹き飛ばした。
私はずっと言いたかった事を告げる。
「いいこと? 皆さん。混合魔法はこうやって1つの魔法陣でもつくれるですわよ?」
次回いきなり現れたアルフルド王子視点です