第19話
移動した場所は広いグランドの様な場所だ。
グランドといっても下を見ると芝生になっており、更には魔法がかけられていた。
(これは、衝撃を和らげる魔法だわ。さすが貴族の学校ね)
私は芝生にかけられている魔法の解読を数秒で終わらせる。
私は、魔法の解読が見ただけで、しかも一瞬の内にできる人間がそういる訳ではないことは知らないでいた。
平民クラス全員がグランドに集まった。
ほとんどの者の浮かべている表情が固いことに気づく。
緊張、不安、悲哀、兎に角良い表情ではない。
(噂は本当のようね……)
ルフレード学園に流れるひとつの噂。
平民クラスが受ける授業のひとつ『体術学』はまるで兵隊の訓練のように厳しく、流血沙汰もよくあることである、というものだ。
教師のストレス発散に使われたり、この学園に通う貴族の娯楽に使われたりするという。
「御機嫌よう平民クラスの諸君」
地を這うような低い声が響く。
声の主はがたいの良い男だった。
その男の存在に気付くとクラスの人達は機敏な動きで列を成す。
私はというと、もちろん出遅れた。
訳はなく、ロナが腕を引き列に連れ行ってくれていた。
がたいのいい男は体術学を教える教師だったようだ。教師はおもむろに口を開くと挨拶も無しに言い放った。
「まずは10周だ」
全員の顔が引き攣る。
(このだだっ広いグランドを10周ですって?)
教師は腰元に付けていた縄を取り出す。
あれは鞭、だろうか。
パチン!
「きゃっ」
肌を弾く音と共に悲鳴が耳に届いた。
「何をしている? 早く走れ」
(もしかしてアイツ女子生徒を鞭で叩いたの?)
女子生徒の腕から血が流れ出す。
誰も止めもしない。非難の声も出さない。
皆顔を強ばらせ女子生徒から目を背ける。
(これがこの学園のやり方なの……!)
体が動き出しそうになった瞬間ロナに腕を掴まれた。
赤い瞳と視線が交じ合う。
やめろ
そう瞳が言っていた。
「どうした? また叩かれたいのか」
「……皆行くわよ」
カリーナの声と共にクラス全員が走り出した。どうやらカリーナがこのクラスのリーダーであることは本当のようだ。
そして思ったよりもクラスを率いている。
「ほら、お前も」
「……ええ」
私は走り出し、数人を追い越す。
ロナは私の少し後ろにくっついていてくれた。
「お前意外と体力あるのか? こんなに飛ばして大丈夫なのか?」
「っわた、し 1周もっ もたないかも……」
半週ほど走ったところで私は既に息が切れていた。
(魔法については色々と勉強してきたけれど体力はつけてこなかったわ……!)
「……お前アイツに追いつこうとしてるのか」
私の視線の先には腕から血を流しながらも懸命に走っている女子生徒がいる。
(くそ、あの子結構速い!あと少し……!)
「……っねえ! 貴方!」
女子生徒は走りながらこちらを振り返った。
目には涙を浮かべている。
「少し……スピードを、わ、私に、っ合わせて!」
「えっ、」
彼女は私に声をかけられて戸惑っているようだ。だが、今はそんなことはどうでもいい。
「あの、教師に、っバレない……ように、此方に腕を! 伸ばして……!」
息が持たない。私は自分が思うよりも体力が無かったようだ。
彼女は戸惑いながらも腕を此方に差し出す。
「いい子ね」
私は血が今も尚流れている彼女の腕を観察する。想像以上に深く切られている。
(これはあの鞭に威力向上の魔法が仕掛けられているわね)
私は腕に手を当て囁く。
「回復」
彼女の腕が淡い光を放つと血の跡は残っているが、傷跡は綺麗に消えていた。
「ふぅ……も、いいわよ。行って」
私は走るスピードを落とした。
彼女は後ろへと下がっていく私と腕を交互に見比べている。
前世ではゲームの中で回復魔法など当たり前にあったが、この世界では回復魔法を使える者は希少らしい。
だからだろう。前を走っている彼女も後ろにいるロナも驚いた顔をしているのは。
彼女は驚きながらも声には出さず「ありがとう」と口で呟いた。
私は2回軽く手を振り返す。
彼女はそれを見届けた後、先程よりも早いペースで走り出した。
「お前回復魔法使えるのか」
「え、え。……っまぁね!」
「……大丈夫?」
「ねぇ、これ、って、走りきれないと、ど、なるの、かし、ら」
私はチラリと教師を見る。
鞭を手元で遊ばせながら私達の様子を楽しそうに見ている。
「まぁ、アレでお仕置きだろうなぁ」
「そ、れはこまる、わね」
「……いざとなったらバレないように抱えてやるよ」
ロナは私とは対照的に全く息が切れていない様子だ。それどころか汗ひとつかいていない。
(この学園にいる以上何かは秀でているのだから、こっち方面だとは思ったけれど……)
平民クラスでは平凡な人間はいないと言える。
金を持っているもの、人脈があるもの、魔法に秀でているもの、頭脳明晰なもの……。様々な何かの分野に秀でている者がこの場にいるのだろうが、ロナは恐らく『体術学』を得意としているのだろう。
「は、はぁはぁ、ひゅっ」
(あーやばい、過呼吸になりそう)
ロナが私を抱えようとしているのを手で制す。冗談かと思ったが本気だったようだ。
「けっこ、う、かほ、ごね、あなた」
「五月蝿い。お前どうする気だ。退場は出来ないよ。私はお前が鞭で叩かれるところなんて見たくないからな」
「ず、るはしたくない、のだけれど」
私は自分の胸に手を当てる。
ドクドクと鼓動が早い。爆発してしまいそうだ。
「回復」
息切れが治る。だがこれでは直ぐにまた体力は無くなるだろう。
「身体強化」
体が軽くなるのを感じた。何処までも走れそうな力が漲るような感覚だ。
「体力強化」
これで魔力が持つ限りは何処まででも走れるだろう。
「ズルはしたくなかったのだけれどね」
「……いや、それでいい」
「……ねえロナ」
私はロナにひとつの提案をしようとする。
「はぁ、お前は意外と面倒見がいいというか、なんというか」
「あら、言う前から分かったの? 流石ね」
私は最後尾を走っているグループに視線を送る。全員足がもつれている。今は3週目に入ったところだ。10周など到底無理だろう。
「私は魔法を使ってズルしてるのに、彼らを見捨てる訳にはいかないわ」
「魔法使ってやるのか。それはいいけどバレたらどうする。それに4、5人はいるよ。魔力は持つのか」
「魔力に関しては問題ないわ。バレたらどうするのかって問いには答えかねるわね」
「バレたらバレた時に、か?」
私はロナに微笑みだけを返す。
「お前は意外と良い奴? なのか?」
「意外とって何よ。……私は良い奴、なんじゃなくて仁義を通しているのよ」
「じんぎ?」
「ふふ、じゃあスピードおとす、のはバレバレだから彼らが周回遅れになった時に一人一人体力強化を使うわ」
身体強化は足を早くしたり体を軽くしたりだから、とりあえずは必要ないだろう。
最後尾の彼らがいきなり早くなったらバレる可能性が高いからだ。
回復を使うと楽にはしてやれるが流石に彼らにバレる。回復のことを一人一人に説明するのは面倒だ。
だから彼らが自覚しないくらい尚且つ10周を走りきれる程度の体力強化をする。
「……好きにしな。サポートはする」
「ふふ、ありがとう」
ロナはもう私の中では頼れる存在ナンバーワンになっている。
それにしても、と私は先頭を走っている彼女を見る。
縦ロールの金髪を揺らしながら先頭を走るのはカリーナだ。
「カリーナさん、意外と肉体派なのね」
「あぁ、私の次に強いよ」
体力だけではなく武術も心得ている、ということか。
「それでも貴方の次なのね」
「謙遜なんて犬も食わん」
なんて事も無いようにいうロナだが嘘にも見えない。恐らく本当にロナの方が上手なのだろう。
「次で分かるさ。あの教師はいつも走らせた後試合をさせる」
「試合?」
「あぁ。ランダムで相手を選ばれてルールなしの戦いだよ。武器あり魔法ありの何でもありさ」
「……アイツ悪趣味ね」
「まぁね。その試合ではいつも私とカリーナが組まされる。負けたことは無い」
「そう、私はどうしようかしら」
「……怪我すんなよ」
「ふふ、ええ。任せて。……そうね、ひとついい案が浮かんだわ」
「……」
ロナは私を怪訝そうな顔で見ていたが、私は私の素晴らしい考えに夢中で気づかなかった。
(とっってもいい事思いついちゃった!)
そんなことを考えながら、周回遅れで追いついたグループの背中に一人一人触れて体力強化をかけていった。




