第18話
鐘の音と共に教師がクラスに入ってくる。
「今日は魔法学の応用について復習する」
ルフレード学園では主に貴族としての知識やマナー、そして魔法について勉強する。
だが、本当の意味でのこの学園の存在意義は貴族同士の交流をもつ、ということだ。
親に公爵家の子息息女とコネを持つように言われていたり、事業に必要なパイプを持つように言われていたりと様々であるが、要は家の為にこの学園に通っている者が殆どである。
だがそれも平民クラスには関係の無い話だ。ごく一部には貴族と良い仲に、なんて浅はかな考えを持つ者もいるが、この学園で平民クラスなど貴族と関われる機会は殆どない。
ならば、平民クラスは何を学ぶのか というと大きく分けて3つある。
1つは今受けているこの授業『魔法学』もう1つが商いや需要供給などを学ぶ平民には欠かせない『商学』、そして3つ目に『体術学』だ。
『体術学』は警備兵や兵隊、騎士になる者を育成するためのものだ。噂によると貴族様を護るために、とこの学園は異様なまでに体術学に力を入れているらしい。
(貴族による貴族のための学園、って感じね。体術学か~ 体を動かすのは好きだけどあの授業はどうも評判がよろしくない。不安だわ)
「ねえねえエレナーゼさんは魔法って得意?」
私の思考はかけられた声によって止まる。
隣の席のエルニスが、口元に手を当て私に小声で話しかけてきたようだ。
私は前の板書をみる。
(地の魔法と水の魔法を掛け合わせる? 魔法陣を三重構造にしてそこに二重構造の陣を重ねて、って……)
魔法学の応用、と言っていたがどれもジギルに既に教わっていた内容だ。
だから、難しい内容ではない。
その筈だが、私は理解できないでいた。
「あの魔法は……多重構造の魔法陣では無いと出来ないことなのでしょうか?」
エルニスは一瞬、卑下した様な、いや、馬鹿にしたような表情を覗かせた。
「やだエレナーゼさんってば、魔法学が苦手なのね。そうよ、あの魔法は多重構造の陣じゃないとできないわよぅ。だって、属性の違う魔法を掛け合わせるのよ? 」
「そう……なのですわね」
エルニスは私の品定めが終わったかのように顔を前に向けた。
どうやら彼女の中で私は、『自分より劣る人間』だと判定されたようだ。
「ふふ」
「クスクス」
後ろの席や前の席、私の周りの席から笑い声が聞こえた。私とエルニスの話を聞かれていたようだ。
(あの内容は私には到底理解できないわ)
私は残念に思い、溜息を吐く。
(何故あんな効率の悪い魔法陣になるのか理解できないわ)
私は地の魔法と水の魔法を掛け合わせることは7歳の時にとうに出来ていた。
ジギルは兄と比べると劣るものの、一般的に考えれば優秀な人間である。実際この学園もジギルは首席で卒業している。
その優秀すぎるジギルに魔法を教わったのだ。私は魔法学の知識は十分すぎる程に持っていた。
言うなれば学園の授業などに必要のないくらいに。
故に知っていたのだ。
あの魔法は多重構造の魔法陣じゃなくても出来る、ということを。
(いえ、むしろ多重構造になることで消費する魔力が大きくなってるわね)
私は周りから聞こえる嘲笑を耳にしながら、つまらない授業が終わるのを待った。
▽▽▽▽
「何かあったのか」
鐘の音が授業の終わりを告げ教師がクラス火から出ていくのを見送ると、ロナが私の元へ近づいた。
先程の私の周りの様子を見ていたのだろう。
「いえ……。ねえ、ロナは魔法得意?」
「いんや」
ロナは隠さず素直に首を横に振った。
「扱えない訳ではないけどね。どうにも、魔法陣やらなんやらの細かい事は苦手だ。魔法ってのは神経を使うだろ? 私みたいな不器用な人間には向いてなかった」
「ふふ、そう」
「お前は魔法学とか得意そうだな」
「ええ、そうね。苦手ではないわ」
ロナはにやりと笑った。
「そりゃ謙遜か?」
「……さっきの魔法、地と水の魔法を掛け合わせるってやつはね。1つの陣で出来るのよ」
そう。わざわざ多重構造にし魔力の消費を増やす方法よりも効率的で簡単な方法がある。
「1つの魔法陣に2つの要素を交ぜるのよ」
「待った」
ロナが顔を顰めて手を挙げる。
「お前が魔法学が苦手どころか得意だって事は分かった。あとお前が説明しようとしていることが、私には分からないことが私には分かるよ」
勘弁してくれ、という様子に私は微笑みを返す。
「ふふ、そう。確かに貴方は魔法学よりもあっちの方が似合ってるしね」
私は板書の予定表を指さす。
予定表には今日の授業の予定が書かれている。
先程受けた魔法学の後に続く文字は、体術学だ。
ロナが私の指差す方を見て、肩をすくめた。
歯をみせてニヤリと笑う。
「さあ、どうかな? 実際にその目で見て確かめるといいよ」
私達は着替えを済ませ次の授業が行われる場所へと移動した。




