第17話
ジギルは申し訳なさそうに私に謝った。
「すまない、門の前で待とうとしていたのだが、あの警備兵に絡まれてしまってな」
あんな風に揉めた後だというのに、門の前で待とうとしていたジギルの精神力に驚く。
「いえ、優しい方に送って頂けましたから大丈夫ですわ」
私は頬に手をあて微笑む。
固まっているジギルの横を通り抜け自室へと向かう。
後ろの方でジギルが「男か男なのか」と叫んでいるのが聞こえたが、まぁ気にしないでおこう。
▽▽▽▽
心地よい朝だ。
「おはよう、エレナーゼ」
「おはようございます、兄さん」
私は制服に着替え朝食をとる。もちろん髪は昨日と同じようにお団子にしラントリクスの髪飾りを付けている。
「今日も一緒に行こう」
ジギルの提案に私は首を横に振る。
「いえ、恐らくお迎えが来てくれているので」
約束もしていないというのに私は確かな確信をもつ。きっと数十分後には屋敷の前に赤い髪の少女が面倒臭そうな顔をして立っているだろう。
「……男じゃないだろうな?」
「さぁ、どうでしょう」
私はクスクスと喉を鳴らす。
ジギルが本当に焦ったような表情をしているのがおかしくてたまらない。
「ご馳走様。美味しかったわ」
使用人が皿を下げ紅茶を入れてくれる。
良い香りが私の鼻腔に広がりまだ少し覚醒しきっていなかった脳を活性化させてくれる。
暫くジギルとゆっくりとした朝の時間を楽しんでいたが、ベルが終わりの時間を告げる。
「お嬢様~。そろそろ御準備を~」
「ええ。そうね、そろそろ行くわ」
「気を付けるんだぞ。何かあったらすぐ僕に言うんだ、いいな?」
どこか心配性なジギルに微笑みを返す。
「はい、では行ってきます」
私は屋敷の外へと出る。
昨日別れた場所と同じところに赤い髪の少女が壁に背を預け立っていた。
私に気付くと早々に溜息をつく。
「あら、顔を見て溜息をつかれるなんて自信を無くすわ」
「よく言うよ。私がここに居ることを当たり前のような顔しやがって。可愛くない女だこと」
やはりロナは私を迎えに来てくれたようだ。
ロナの家からこの屋敷は学園の反対側の道だというのに。
「おはよう。ロナ」
「……おはよ、エレナ」
(エレナ、初めて人にそう呼ばれたわ。擽ったいけど嬉しい……)
私は上がる口角を必死に抑えながらロナの隣を歩く。
途中で私のにやけ顔に気付いたロナに気持ちが悪いと言われ、少しショックを受けたのは置いておこう。
▽▽▽▽
私は生徒の視線を一身に集めながらも高等部平民クラスへと向かう。
ロナはこれまで目立たずに過ごしてきた様だが私と一緒に居て良いのだろうか、と今更ながらに思った。
私と一緒にいるとロナまで目立ってしまうだろう。恐らく良くない噂も流れる。
(まぁ、もう手放す気はないけれどね)
クラスは相変わらず戸を開ける前でも分かるほど騒がしいようだ。
だが、私が戸をあけ中に入ると今までの喧騒が嘘のように静かになる。
そして私のすぐ後ろにいたロナが続いてクラスの中に入るとざわつきが少し戻った。
「一匹狼だったロナが」なんて聞こえてくる。
(ロナって一匹狼、なんて言われてるんだ。ふふ、彼女らしいわね。それに狼なんて私にぴったりだわ)
私はロナを横目に見て少し笑っていると髪型が崩れない程の強さで頭を軽く叩かれた。
私とロナの様子を見ていた周りの生徒もどよめいていたが、誰よりも食いついたのはエルニスだった。
私が席に着くと一目散に話しかけてきた。
「ねえねえ! いつの間にあの子と仲良くなったの? ロナ……さんってずっと誰ともつるんでいなかったんだよ? たった一日であんなに仲良くなったの? それとも元から知り合いだった?」
マシンガントークは健在である。
私はエルニスの方へ体の向きを変え諭すように言い聞かせる。
「エルニスさん、人間肝心なのは挨拶ですわ」
「あっ、ごめんなさい。つい私ったら。おはよう!エレナ!」
「おはようございます。エルニスさん、どうか私の事はエレナーゼとお呼びください」
「え、えっとぉ、ごめん呼び名はまだ気が早かったかな?」
「まぁ、まだ親しくもなってはいませんから」
私とエルニスの間で妙な空気が流れる。
少し引き目も感じるがここまで付け離せば私に関わってくることは無いだろう。
だが、私のこの考えは甘かったのだとすぐに後悔することとなった。




