第15話
クラスの視線が銀髪の少女の元へと集まる。
浮かべている表情は様々だ。
軽蔑したような視線を向ける者、近くにいた席の者達同士でクスクスと嘲るように笑っている者、何ら関心を向けていない者。
その者達の心情は分からないが、ただ一つ確かなのは銀髪の少女はこのクラスに馴染めていない、ということだ。
「丁度いいな、君は彼女の横の席にしよう。明日からはあの席を使ってくれ」
教師はクラスの可笑しな雰囲気に気付いていないかのように私を銀髪の少女の隣の席に誘導した。
(いえ、これは気付いているはずだわ。このクラスのヒエラルキーに。どうやら見て見ぬ振りを決め込んでいるようね)
私は誘導された席へと向かいながらこのクラスの立ち位置を把握していく。
私と同じ銀髪の少女は最底辺、恐らくこちらに気味の悪い笑顔を向けている少女がリーダー的存在、周りを固めている者達は取り巻きで、教師やその他の生徒は無関心ってところだろう。
私は銀髪の少女の横に立つ。
ベルには第一印象が今後の力関係の形成に大きな影響を及ぼす、と教わった。確か前世の父も同じような事を言っていたことを覚えている。
私はとびきり上品な微笑みを浮かべ挨拶をする。様子を覗き見ていた男子生徒が頬を赤らめたのには気付かなかった振りをした。
「お初におめにかかります、エレナーゼ・ハイルウェルツと申しますわ。お名前を伺っても?」
銀髪の少女は顔を花のようにぱっと輝かせる。
「うわぁ! 本物の貴族様っぽーい!」
私は思わず笑顔を作ったまま固まってしまう。
彼女は挨拶の教育を受けてこなかったのだろうか。
「……あなたのお 名 前は?」
ゆっくりと分かりやすく強調したつもりだ。
頭の弱そうな彼女でも理解して貰えただろうか。
だが、私は直ぐにこの質問をしたことを後悔する。
「あっ、ごめんなさい。エルニス・モンタリオです! 爵位は男爵なんですけど、ほとんど平民とは変わらなくて。あっ、この髪驚いた!? 銀髪に見えるかもしれないけど、よく見て! 白色なの。白髪よ白髪! 貴方のような綺麗な銀とは似ても似つかない! 髪の毛綺麗ねぇ! 羨ましいわっ!! でも、よく銀色に間違えられてハイルウェルツ侯爵家のご令嬢ですか?なんて聞かれるの! あっ、気を悪くしないで! ちゃんと誤解は解いているのよ! 私は親に捨てられてなんていないもの! あっ!ごめんなさい!忘れて!そうそう、私のことはエルって呼んでください!」
「……よろしくお願いしますわ、エルニス様」
「……は、はは。 ふふふふ、エレナってば結構面白いのね!」
「……ふふ」
(はぁ、何となく私の女としての勘が告げているわ)
このエルニス・モンタリオは関わってはいけないタイプだということを。
「さぁ、挨拶は済んだろ。今日は解散だ。」
教師の一言によりその場は解散する事となる。私は1日目すら迎えていない挨拶の段階だというのに胃がキリキリと傷んだ。
(あぁ、早く家に帰りたいわ)
▽▽▽▽
私はクラスを出て門へと向かう。
門へと続く並木道は花や木のアーケードとなっている。
並木道を歩いていると生徒の視線が痛いほど向けられた。皆遠巻きに見ていただけだったが、1人だけこちらに向かってきている少女がいた。
目立つような容姿をしていたためよく覚えている。
あのクラスで無関心を決めこんでいた生徒の内の1人だ。
燃えるような赤い短髪に赤い瞳の少女。
派手な見た目をしている割にはクールな顔付をしている。
彼女は私に近付き、一瞬その意志の強そうな赤い瞳に迷いの色をのせたが、意を決したように声をかけた。
「なぁ、お節介かとは思ったんだけどさ。あの子には関わらない方がいいぞ」
女性らしからぬ話し方ではあったが、私はよっぽどエルニスより好感を持てた。
「ふふ、貴方も名前を教えてくれないの?」
彼女は私の返しが予想外だったようで驚いたように目を見開いた。
「あ、あぁ。いや、悪い。私の名前はロナだ。農民だからお前ら貴族様達のような立派な名前は無い。ただのロナだよ」
彼女は目線を下に向け頬を搔いた。
「よろしくね、ロナ。私もただのエレナーゼよ。呼びやすいように呼んで」
「……変な女だな。話し方もさっきと違うじゃないか」
「貴方にはこっちの方がいいんじゃないかと思って。気分を害されたのでしたら、改めますわ」
「……分かってて聞くのはタチが悪いぞ。楽に話してくれていい」
「ふふふ、ごめんなさい。それで?」
ロナはこちらを伺うように見た。
目が合うとロナの赤い瞳が良く見えた。
綺麗だ、と思った。
私のような赤みがかった黒の瞳などではない。濁りのない純粋な赤だ。
「私に何か教えてくれようとしていたのでしょ? 関わるな、でしたっけ」
「あ、ああ。……全くお前のペースに巻き込まれた。いや、忘れてくれていいよ。お節介な助言をしようかと思ったけど、話して分かったよ。お前なら平気そうだ」
「あら? どういう意味?」
「……はぁ」
ロナは赤い綺麗な髪をガシガシと搔いた。
短いのが勿体ない。長ければもっと綺麗な事だろう。
だが、男性的なその見た目が彼女の性格にはよく似合っていると思った。
「言葉遊びをする趣味はないぞ。そんな頭も無いしな。分かってるんだろう?」
「残念だわ。ロナとのお喋り楽しいのに」
ロナは今度はジトリと私を睨む。
「ふふ、ごめんなさい。えっと、そうね。彼女は面倒臭そうだわ。関わる気は毛頭無いわね」
「そ。ならいい」
「でも、なんでそんなお節介を? 貴方はそんなに進んで厄介事に首を突っ込むようには見えないけれど」
「……別に。深い意味は無い」
私はもう用は済んだとも言いたげに踵を返そうとしていたロナのスカートを掴んだ。
彼女の動きとは反対に持ち上がるスカートに焦ったようにこちらへと体を戻す。
「お、おい!」
「あら、もうお話を辞めてしまうの? 寂しいわ」
「おま、……えな……」
私は計算でも思惑がある訳でもなく、本当に心の底から彼女が立ち去るのが『寂しい』と感じた。
視線を下ろして地面を見つめる私は、まるで小さな子供が駄々を捏ねているようだろう。
まだ年齢的には15歳なのだから子供と言えば子供なのだが、いろいろとキツイものがある、そう分かっているのに『寂しい』という思いが止められない。
そんな私の姿を見てロナは深い溜息をつく。
呆れさせてしまっただろうか。
「はぁ……お前は本当に掴めないな。妙に大人みたいに飄々としているかと思えば、赤ん坊のように拗ね出す」
「ごめんなさい。私にもよく分からないの」
なぜこんなにも寂しいのだろうか。
出会ったばかりの彼女と話をするのがそんなに楽しかったのだろうか。
(そう言えば……この世界にきて初めてハイルウェルツ家に関係していない人間と心から会話を楽しんだ)
そうだ、前世ではよくあった普通の事ではないか。
「貴方が初めて、だからかも」
「何が」
「友達」
初対面なのに、彼女の見た目話し方空気感全てが私の味方だと私に囁いてくれている。
傲慢な言い方をしてしまえば、私は彼女を気に入ってしまったのだ。
「っお前は! 恥ずかしい奴だ!」
真っ赤な髪と同じくらいの色に顔を染めた彼女の大きな声がその場に響いた。
昼に少し一悶着があった口髭の警備兵がこちらを訝しげに見ていた。
(そう言えばここはまだ学園の中だったわね)




