第12話
私はベルに制服を着せてもらい髪を整えてもらう。
制服はベースが紺色で前世の日本の制服と何処と無く似ている気がする。
スカートは膝下まであり淑女の着る制服、といった感じだ。
赤色のリボンがふんわりと胸元にあり目を引く。
(可愛い制服だわ。それに素材が拘っているわね。肌触りがいい)
ふと目の前の鏡に目を向ける。
銀髪の髪は癖もなく腰元まで真っ直ぐに伸びている。
紺色の制服に銀がよく映えている。
(この髪、目立たないかしら)
私は私の髪を丁寧に梳かしてくれているベルに声をかける。
「ねえ、銀色の髪ってこの家では兄さん以外に見ないけど、珍しいの?」
「ええ、そうですね~。この国じゃあ銀髪と言えばハイルウェルツ家と言われるほど珍しいですね~」
「えっ」
(何それ目立つの確定じゃない? それにハイルウェルツ家の娘ってこともすぐバレるってこと?)
私が今日から通うルフレード学園は初等部から高等部まである一貫校だ。
そして生徒は9割が貴族の息子娘である。
学園は完全な階級社会となっており、貴族でも爵位ごとにクラスが分けられ待遇も変わってくる。
だが、残りの1割である平民クラスは扱いが酷いという。
主に成績の優秀者や何かに秀でた者が学費の免除を理由に入学するらしいが殆どの人間が卒業を前に辞めることになる、と噂されている。
それ程までに所謂『差別』を受けているのだ。
爵位は、王族、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順でついている。
エレナーゼの家は二番目の侯爵である。
もちろん階級は上の上だ。
だが、侯爵家であるはずのエレナーゼは平民クラスに在籍することになった。
娘を学校に行かせないのは体裁が悪い、だが貴族のクラスで良い思いをさせるのも癪だ。と思った両親がこのような処置をとったらしい。
私としては今更貴族との関わりなど面倒だし願ったり叶ったりなのだが。
(平民クラスにハイルウェルツ侯爵家の娘がいるなんて目立つ要素しかない……!)
「ベル……? もう既に先が思いやられるのだけれど……」
「大丈夫ですよ~。 私楽しみなんです~。お嬢様なら絶対に学園で何かやらかすと思うんですよね~」
「ベル? ねえベルさん。それ絶対いい事じゃないと思うの」
鏡越しに見るベルは本当に楽しみそうににこやかに笑っていた。
(やらかす、なんて。縁起が悪いこと言わないでよ……)
「さ、できましたよ~」
「…………わ、」
思わず息が漏れる。
銀の髪はお団子に結えられている。
そしてキラキラと輝く髪飾りがお団子の近くにとめられていた。
「可愛い! これお花…?」
「そうです~。それ、お嬢様がお好きなお花ですよね~。お庭に咲いているのを可愛らしいお顔でいつも見ていましたから~」
「そ、なの。好きなのこのお花」
「ラントリクス、でしたっけ~? ピンク色の可愛いお花ですよね~」
「うん……でもこれ、どうして」
「私とジギルからの誕生日と入学プレゼントです~」
ジギル様、ではなくジギルと言ったということは乳母としてではなく家族としてのプレゼントということなのだろう。
「あり、がとう、……ありがとう! 嬉しいわ! こんなに嬉しいの生まれて初めて!」
この世界ではラントリクスと呼ばれるこの花は前世の日本に咲く花、桜によく似ている。
(父の背中の入墨に大きく桜が彫られていたのよね……。私はあの背中が大好きだった)
「ありがとう。とってもとっても大事にする」
「はい~、またジギルにも言ってあげてください~」
「うん!」
ねえ、と私は続ける。髪飾りの他にも気になっていた事がある。
「この髪型、少しでも目立たないようにしてくれた?」
私の長い髪はゆるくお団子にまとめられている。
「これで気付かれる事は無い~なんていう風には、ならないと思いますけど~。気休め程度にしかなりませんね~」
「うんん、ありがとう」
確かにまとめられている、というだけで銀色の髪はまだよく目立つ。だが、ベルのその心遣いが嬉しく思う。
「……エレナーゼお嬢様。奥様旦那様の変わりに、なんて図々しいことは言いませんが、私はお嬢様のこと愛してますよ」
「うん、知ってるよ。私もベルのこと大好き」
「これから辛いことたくさん経験されると思います。私はなんの助けにもなれないことでしょう」
「そんなことないよ、充分すぎるくらい助けてもらってる」
ベルは首を横に振り、後ろからそっと抱きしめてくれた。
相変わらずベルの腕の中は心が落ち着く。
多分これが母親、って存在なんだと思う。
「どうかお嬢様のお心が傷つかず、安らかに平穏に暮らしていける日が来ることを心から願ってます。お嬢様の心も体もぜーんぶ丸ごと守ってくれる存在がきっと現れます」
「……だといいな」
「……早くジギルのような素敵な殿方を捕まえて私に紹介してくださいね~」
ベルの調子がいつも通りに戻る。
私はふっと笑顔が零れた。
ベルには本当に叶わない。
私が不安に思ってたこと全部理解して、した上で直接的には触れずに勇気づけてくれる。
「ふふ、兄さんのような素敵な人が存在するといいけど」
「んん~、そうですね~。ジギル程の殿方はそういないでしょうね~」
「ふふふ」
ベルが私の乳母でよかった。
ベルがジギルの恋人でよかった。
私は平民クラスでどんなに腫れ物扱いされても、貴族に嬲られても強く生きられる。
そう思えた。
(だいすき、ベル)
私とベルの会話を聞いていた男がひとり。
壁に項垂れ涙を流していた。
「僕の妹も僕の婚約者も尊すぎ……まとめて僕が幸せにしてやる……」
ジギルは妹と婚約者の会話を盗み聞きし、そう決意していた。
ラントリクスは勝手に考えました。