第2話 予感
……。……。……。
……。……。
……。
「ご主人様。ご主人様。朝でございます。起きて下さいませ」
「ん……朝か。随分と変な夢を見たもんだ」
俺はゆっくりと目を覚ます。するとそこには……。
「おはようございます。ご主人様。本日も気持ちのいい朝でございますよ」
「……」
「ご主人様?」
「お前……誰だ」
「え? 私ですか? メイドの……ユーリカでございますが」
「メイド?」
「はい」
……どうなってやがる。メイド? う、急に頭の中に色々な記憶が飛び交って……ぐっ!
「ぐ……はぁ、はぁ……はっ」
「だ、大丈夫でございますか!」
「あ、ああ。大丈夫だ。問題ない、ユーリカ」
「あぁ……よかった。ご主人様に何かありましたら、ユーリカは、生きていられません」
夢、ではなかった、らしい。あの出来事は。どうやら、俺はマジもんの『転生』とやらをしてしまったらしい。それほど驚いていないのは、何故か? あの声が言っていた、《時間跳躍》のせいだろう。ようするに、生まれてから十七年間の記憶が俺にはあるわけ。だから、自分が何者かもよくわかる。俺は……エリク。エリク・ユーファシア・ラディウスだ。大貴族・ラディウス家の跡取り息子。そこにいるのは、俺の世話係をしている、ユーリカ・ミストルフィンだ。小さい頃からの付き合いで、妹みたいなものだ。
まあ、妹は妹でいるのだが……。
その時だった。がたがたと音を立ててドアを開ける少女が現れたのは。
「お兄様っ! どうかされたのですか! わたくしの愛しいお兄様! ユーリカ、何をしているのです! 早く医者を!」
「え、あ、でも……」
「……サリア。問題ないから。ちょっと、色々と思い返してただけだ」
「思い返していた? 何をです?」
「それは……」
「まさか……お兄様」
「なんだ」
「わたくしとの愛溢れるお時間を、思い返していたのですね! あぁ……素敵」
「違う」
「そ、そんなっ……! では、何を……」
「もう、その話はいいだろ。着替えるから、出ていってくれ」
「では、お召し物を脱がせて頂きますね、ご主人様……」
「あぁ……って、ちょっとまて!」
「はい?」
「ユーリカ、お前が脱がせるのか?」
「はぁ……いつもしておりますが」
……そういえば、そうだった。突然、夢の内容とか生前の自分の記憶が甦ったせいで、混乱している。いかん……年頃の女の子に着替えさせて貰うとか。いいのか? やばくね? 緊張するんだが。おかしい。記憶ではいつもしていたことなのに、まるで『初体験』のような感覚に襲われているのだ。恐るべし《時間跳躍》。
「では、失礼致しますね……」
「お、おう……」
「やっぱり、お兄様……なんだか、様子が変ですわね。どうかされたのかしら?」
「って、お前まだいたのか! さっさと出て行けよ!」
「仕方ありませんわね、ここはユーリカに任せますわ。頼みますわよ」
「はい。お任せ下さい、お嬢様」
ユーリカが俺の寝巻きを脱がしていく……うう、ドキドキする。心臓がバクバクいってるぞ。いかん。って、まずい。意識したら朝のアレが……下のアレがぁあああああ!
「では、下の方も……」
「いや、下はいい! 俺がするから!」
「は、はぁ……そうですか。畏まりました。では上の方だけ……」
ふぅ……危ないところだった。大体、朝のお着替えとか、男は朝はアレしてるんだから、ダメだろ。ていうか、ユーリカは毎日俺のアレを見ていたことに。うわっ、ダメだ。想像するな。想像しなくても、記憶にあるんだけど!
「……」
「あの、本当に大丈夫でしょうか? ご主人様」
「あ、あぁ。大丈夫、大丈夫。そう、俺は大丈夫……大丈夫だ」
「……? では、失礼致しますね」
そうして、俺は着替えを終わり、朝食を済ませて、学校へと出かけることにした。
俺の通う学園は、聖・ラディウス学園。名前の通り、俺の家が創設した学園だ。理事長は母親がしている。とんでもねえ、大貴族の家に生まれて来たらしい。すげえな、ほんと。
隣には、ユーリカとサリアがいる。二人共、同じ学園に通っているからだ。
「今日のお兄様はご様子がおかしいですから……不安ですわ」
「そうですね、ユーリカも心配です。今日は学園から上級生に重要な発表があるらしいので」
「重要な発表?」
「そうですわ。毎年、学園の伝統行事といいますか。何かしらの試験を卒業前の生徒に行う習わしでしてよ。お兄様」
伝統行事ねぇ……。今年は何をやるんだか。めんどくさいことじゃないといいけど。
そういって、俺達はのどかな風景を見ながら街を歩いていた時だった。
一人の女の子が俺の横を通り過ぎたのは。
「えっ──」
なんだ、今の……?
「どうかしましたか? お兄様」
「いや、なんか凄い魔力を感じなかったか?」
「? さあ……わたくしにはわかりませんでしたが」
「ユーリカもです」
「……そうか」
気の所為、だったのか?
女は横目で、エリクをちらっと見て、目線をすぐに戻した。
『どうした?』
「いや……あいつ、私の『フェイクスキル』を見破っていた可能性がある」
『何? 冗談だろ。お前のフェイクスキルはAランクスキルの一級品だ。そこらの連中に見破れるようなものじゃあない。ギルドの上位連中や、聖騎士団の奴らならともかく、見た所ただの学生連中じゃねえか。無理に決まってんだろ』
「……そうね」
そうして、女達は去って行った。