反撃開始
学園から脱出した僕達は、“闇の門”を出た先にある“タナトス区”にいた。
タナトス区は所謂未開拓地で、深い森が広がっている。
ごく稀に街に現れる魔物はタナトス区から来ている、と言われているくらいだそうだ。
そんな危険な場所に逃げ込むのはどうかと僕は思うのだが。
「アリシア、何で家に戻らなかったの?」
「それは危険だと踏んだからです。敵は明確に私達を狙っていました。となれば、私の家は真っ先に押さえられるでしょう」
「でも、住宅地は“シャイターン区”でしょ?アリシアの家は“シルフ区”じゃないか」
「敵が内部にいたという事は、学園の防衛システムが機能していない……つまり中枢が敵の制御下になっていると考えるのが妥当です」
成程、アリシアの家くらい名簿から簡単に特定出来るという訳だ。
「よりによって学園長不在の時に……いや違う」
「マスミも気付いたようですね」
タイミングが重なったのは偶然ではない、このテロを起こす為にヴィロワールを排除したのだ。
「間違いなく、学園長を拉致したのは内部の人間で、その犯人があの兵士達を手引きしたのでしょう」
「一体誰が……」
となれば、学生達を操って僕達を襲わせたり、飛竜を呼び寄せたのも内部の人間である。
僕はその事に憤りを禁じ得ない。
「……恐らく、ゲイル代理です」
「学園長代理が?」
ゲイルは騒動をすぐに沈静化し、僕らのカリキュラムを復帰させる事に尽力していた。
そんな彼が黒幕とは考えにくい。
「学園長代理は頑張ってたじゃないか」
「だからこそ、です。事件発生から冷静になるのも手を打つのも早すぎるんですよ」
それはゲイルが有能だからと言えば良いのだろうが、僕はアリシアの捜査を邪魔した点から、もう一つの可能性を疑った。
……もとから事件が起きる事を知っていたのなら、アリシアが言いたいのはそういう事だろう。
「確かに、学園長代理なら学園長も油断するし、学生達を洗脳するのも難しくないかも……でも目的は?」
「それが分からないのです。アルカディアを支配したところで、本国のシャングリラに潰されるのがオチですし、私達が狙われた理由もまだ分かりません」
「……洗脳して第二魔法体系の力を手に入れるとか?」
「確かに、私の場合はその可能性も否定出来ません。しかし、マスミを手に入れたところでリスクに釣り合うメリットがあるのでしょうか?」
「……」
何気に酷い事を言われた気がするが、確かにその通りだ。
「それで、どうするの?」
「今日はもう動けませんね、きっと彼らは私達も、探しています」
「……まさか野宿になるの?」
魔物が生息する森で野宿など、自殺行為だ。
「察しが良くて助かりますよ」
淡々と肯定するアリシア。
「絶対危ないって!」
「そうですね、まぁ嘘ですから安心して下さい」
「またか!」
「この私が何の備えもしてない訳ないでしょう」
アリシアは微笑んで森の奥へ歩き始めた。
「ちょ、ちょっと!」
僕は慌てて追いかけた。
…
「ここです」
アリシアは一本の大木の前で立ち止まった。
「これは……」
その木の上には、木々の葉に隠れるようにツリーハウスがあった。
「解錠」
アリシアが指を鳴らすと、魔道具が反応して縄梯子が降りてきた。
そして縄梯子を素早く登っていく。
「!」
スカートの中が見えそうになったので、僕は慌てて目を逸らした。
「上がって下さい」
アリシアに言われ、僕も登ってツリーハウスに入った。
「ここは一体何なの?」
小綺麗なツリーハウスの中を見回しながらアリシアに訊く。
「探偵とは恨みを買う商売ですからね、万が一に備えた私の別荘兼隠れ家です」
「あぁ、成程ね。確かにアリシアは色んな人に恨まれそうだね」
「……あれ?私って人望無いんですか?」
「あると思ってんの?」
「流石に心外ですね、ただの嘘吐きなのに」
「それだよ」
いつもクールな真顔か微笑で何を考えているのか分からない、そして言葉が嘘にまみれていて、人望などある筈が無い。
まぁ、アリシアは人を傷つける嘘は言わない、それは今まで一緒に過ごして分かったつもりだ。
故に、僕はアリシアを信頼している。
……最も、それを言うのは照れ臭いけど。
「そんな事より、水や食料は大丈夫なの?」
「大丈夫です、保存食と水は常に備蓄してあるので。それと、はい」
「おっと」
アリシアが僕に放ったのは、濡れタオルだった。
「タオルを古くなった水で濡らしました。飲むには適していませんが、これくらいには使えます。私は壁の方に向いておくので、ささっと身体を綺麗にして下さい」
そう言ってアリシアは背を向けた。
「有難う」
僕もアリシアに背を向け、服を脱いだ。
「……?」
そういえば、僕がアリシアに会ったのは一週間くらい前で、僕は大怪我をしていた。
痛みは確かに無かったが、僕の身体には傷痕すら無かった。
不思議に思いながらも身体を拭いた。
「よし、有難うアリシ……あ」
「あ」
服を着た僕はタオルを返そうと後ろに振り返って……固まった。
アリシアも身体を拭いていて、あられも無い下着姿だったのだ。
おまけに……上は着けていない。
「な、な……!」
アリシアの白い顔が耳まで赤くなっていく。
「ご、ごめんっ!」
僕は慌てて額を床に叩きつけ、アリシアを見ないようにしつつ謝罪の意を表明した。
「この……変態!」
「あぐぅっ!」
後頭部を踏みつけられ、僕の顔は床にめり込んだ。
…
夜、気まずい気分のまま保存食と水だけの食事を済ませた僕達は新たな問題に直面した。
「夜の森って冷えるよね」
「勿論です。ついでに、このツリーハウスに空調システムなんて都合良いものはありません」
僕達の前にある問題とは、“一つしかない寝袋”だった。
「まぁ仕方ありません、一晩の辛抱です」
「え?」
アリシアはさっさと寝袋に入った。
「僕は……」
「ほら」
アリシアは大きめの寝袋の中で端に寄った。
「嘘だよね?」
「こればかりは嘘じゃありません。反撃する前に体調崩したら元も子も無いので」
確かに最もなのだが、もっとこう……その何だ、アレだ。
色々無かったのか。
「恥じらいとか警戒心とか無い訳……!?」
そう言う僕はどんな顔をしていただろう、赤かっただろうか。
「恥じらいに関しては我慢すれば良いだけです。警戒心に関しては、別にマスミとならそういう関係になるのも吝かじゃありませんので」
「なっ!?」
僕は顔が熱くなるのを感じた。
「嘘です、変な事したら〈獄魔雷〉撃ちます」
「やらないよ!っていうかソレ即死攻撃だよね!?」
「冗談ですよ、撃つのは〈邪閃光〉なので安心して下さい」
「安心出来る要素が何処にも無いんだけど!?」
「ま、信用してますから早く入って下さい」
「はぁ……」
こうして僕達は、背中合わせで一晩過ごした。
よく眠れなかったのは言うまでも無い。
…
翌朝、僕達は日の出と同時に行動を開始した。
僕は地上、アリシアは木の上を移動している。
「……マスミ」
アリシアは木の上から僕に呼び掛けた。
「うん、分かってる」
タナトス区から学園に入る為のゲートに、いつもの衛兵がいなかった。
代わりにいたのは、昨日襲ってきた得体の知れない兵士だ。
「どうするの?」
僕は音を立てずに剣を抜きながら頭上のアリシアに問う。
僕が叩いても良いが、僕だと仕留める前に通報される可能性がある。
かといって、アリシアの魔法だと中の人間に感知されてしまう。
「私が無力化します、マスミは待機です」
そう言ってアリシアは木々を跳び移り、門に接近していく。
「!誰かいるのか!?」
兵士が木の上に向かって吼えた。
アリシアが気付かれたようだ。
「ぽんぽこりん、ぽんぽこりん」
「何だ、ただの狸か……」
この兵士、馬鹿だ。
アリシアもアリシアで誤魔化しが雑過ぎると僕は思う。
「って、何故狸がこんな所にいる!?」
違うそっちじゃない。
「そもそも狸はそう鳴かんだろおべあっ!?」
アリシアが木から飛び出し、その勢いで兵士の顔面に膝蹴りを叩き込んだ。
「ちょっと、眠ってて、下さいねっ!」
先日窃盗犯に使ったのと同じコンボで追撃して兵士を吹っ飛ばし、気絶させた。
「行きましょう」
「相変わらずえぐい体術使うね」
「強いですからね。それに、耐魔性能の高い装備をしている相手にも通用しますから」
僕達は門を通った。
「よぉ、そろそろ来ると思ってたぜ」
グレーディアが出迎えた。
操られていた学生と違い、正気を保っているようだ。
「グレーディア……君は洗脳されてないようだね、手を貸してくれるかな」
「今は非常事態です、普段の事は今は忘れて下さい」
僕達が走りだそうとした時、グレーディアが不気味な笑みを浮かべた。
「マスミ、止まって下さい!」
「〈大地の鉄槌〉」
「!?」
地面から岩石の柱が突き出し、僕達を打ち上げた。
「がはっ!」
「グレーディア……!」
アリシアは着地に成功したが、僕は背中から落ちた。
「ちっ、当たりが甘かったか」
右の足首がやられた。
「げほっげほっ……どうして……?」
「どうもこうも、俺はゲイル学園長に従っただけだ」
「ゲイル代理は学園長ではありません」
「ヴィロワールがいなかったら、もうあのオッサンが学園長だろ」
成程、正気を保っている筈だ。
最初からゲイルに従っているのなら、そもそも操る必要が無いからだ。
「それで、貴方に私達を倒せるとでも?」
「テメェこそ、着地も出来ねぇそのポンコツを守りながら俺に勝てんのか?」
「……くっ」
僕は唇を噛んだ。
「んじゃ、ここで消えて貰うぜ」
無数の岩が僕達を包囲した。
「……立てますか?」
「さっき足が……あれ?」
痛みが無い。
「戦えるよ」
「おいおい、どんな再生力してんだよ……」
グレーディアが顔をひきつらせるが、僕にも分からない。
「では、グレーディアをここで倒します。〈闇剣錬成〉」
闇剣を編み、右手に持った。
「私が岩を潰します、マスミはグレーディアを叩いて下さい」
言うが早いか、闇剣で岩を片っ端から砕き始めた。
「分かった」
僕は剣を構える。
「冗談はやめてくれよ、嘘吐き探偵。コイツに俺の相手が務まるのかよ」
グレーディアが僕を嘲笑う。
「やってみようじゃないか……!」
僕は地を蹴って突撃を仕掛ける。
「遅ぇよ……〈魔岩拡散弾〉!」
グレーディアが足を踏み鳴らすと地面から無数の岩石が飛び出し、僕に襲い掛かる。
「うぐあっ!?」
それでも僕は踏み込み、剣で斬りかかる。
「っとマジか〈大地の攻殻〉!」
土砂がグレーディアに集い、鎧となった。
「こんなの砕いてや……あれっ!?」
僕の剣が鎧に食い込んだ。
「確かに、岩の鎧なら砕けただろうぜ。だがな、コレは砂や小石を圧縮した鎧だ。おらぁ!」
「うぐっ!」
岩の拳が僕の腹にめり込む。
「はん、やっぱテメェなんかが……おい?」
僕は腕にしがみついていた。
「捕まえた……!」
「は?…………がっ!?」
漆黒のレーザーが後ろから鎧を貫き、グレーディアの腹を貫通していた。
「〈邪閃光〉……コレは防げないでしょう?」
「てっ、テメェ……岩を潰すんじゃ……」
「あぁ、アレですか?……嘘に決まってるじゃないですか」
真顔で言い放つアリシア。
彼女の意図に気付いていた僕も大概だけど、アリシアは鬼畜だと思う。
「く、クソッタレが……!」
グレーディアが倒れ、鎧も霧散した。
「はぁ、はぁ……流石に効いたよ。すぐに良くなりそうだけど」
腹を押さえるが、痛みが引くのが異様に早い。
「前々から思ってたのですが、マスミのその再生力どうなってるんですか?貴方は魔術師じゃない、自動治癒がかかってる訳ありません」
「分からないけど、僕が“世界”って呼ばれるのと何か関係があるのかな?」
「もし、マスミに“世界”と呼ばれる再生能力があったとして、それをここまでして手に入れる必要があるのでしょうか?」
「さぁ……っと、休んでる暇は無さそうだね」
操られた学生達と、得体の知れない兵士達がこちらに向かって来ていた。
「面倒ですね、撃破と無力化を分けないといけません」
「じゃあ全員気絶の方向で行こう、みねうちで」
…
襲ってくる敵達も烏合の衆で、大した事は無かった。
とはいえ、稀に飛んでくる飛竜は厄介だったが。
「何処に向かってるの?」
「召喚施設です。取り敢えずワイバーンの供給を止めます……おや?」
進路上に、見知った少女が佇んでいた。
「エリン!」
「無事だったのですね!」
「……〈氷河崩落〉」
安堵して駆け寄ろうとする僕達に、無数の氷塊が降り注いだ。
はい、今朝仮面ライダー見てて投稿遅れました篠風 錬矢です(アホ野郎)!
ちょっとだけサービス入れましたよ今回。
妄想力豊かな人なら挿し絵無くても大丈夫だと信じてます。
さて、また次回お会いしましょう!
До свидания!