闇の因縁
「な、何だって……!?」
かのバルハート卿はアリシアの父親で、アリシアに殺された。
その衝撃的事実に僕達は硬直した。
「う、嘘だよね?いつもの……」
レイが絞り出すように言うが、アリシアは首を横に振った。
「いいえ?私の〈獄魔雷〉の最初の犠牲者です。確かに、この手で暗殺しました。父は……否、あの男は、人の皮を被った怪物でしたから」
父を殺した、その事実を一切悪びれる事無く明かすアリシアに、軽い恐怖すら感じた。
「待ってアリシア」
「エリン?」
エリンが割り込んだ。
「アリシアは親の愛情を受けずに育った私に同情しながら、私に親の愛情の大切さを教えてくれたわ。その上で私を生まれ直させてくれた……そんな貴女が自分の親を殺したの!?」
親の愛情から最も遠いであろうエリンが、裏切られたような顔で言った。
「……私の両親は仲が良く、一人っ子の私にも良くしてくれました」
「だったらどうして!?」
「レイが言ったじゃないですか」
「私?」
レイが首傾げた。
「あの男は、腕は良いけど性格は最悪なんですよ」
「だからって……!?」
何か言おうとしたエリンはアリシアの暗い笑みを見て口をつぐんだ。
「……真実を話すべきでしょうね。まず、私の対人戦闘力の高さですが、これらは殆ど父に叩き込まれた技能で、そこに私のアレンジを加えたモノもあります」
……成程、だから魔法も剣も双剣も体術も使えるんだ。
「何故、女の私にそこまでやるのかを探ったんです」
「……」
何故か、僕達は嫌な予感がした。
「父が愛していたのは私ではなく、私の“真実を嗤う月”の力で、私を最強の殺戮兵器にするつもりだったのです」
娘を、殺戮兵器に。
僕達はその意味が分からなかった……否、理解する事を本能が拒否していた。
「私の両親は二人とも第二魔法体系持ちで、私に人を殺させ、母が魂を集め、父が支配するつもりだったのでしょう。そしてそれを、世界規模に」
「!!」
つまり、ヴァールハイトは世界征服の為に娘を人殺しの道具にしようとしていた訳だ。
「私は自分の才能と実力を理解していました。その上で、このまま父の教育を受け続けて洗脳されれば、それは可能だと断定しました」
「それでそうなる前に……?」
エリンの問いにアリシアは頷いた。
「父は、私の人格を洗脳するまで即死魔法を教えないつもりのようでしたので、自力で完成させました。それが……」
「〈獄魔雷〉……」
僕達の声がシンクロした。
「はい。その後母は失踪し、私はキャメロン王国を飛び出した末にアルカディアに辿り着きました。そこで私は生計を立てる為に自分の才能を活かせそうな探偵業を始めたという訳です」
「……」
僕達は言葉が出てこなかった。
「じゃあ、アリシアの嘘もヴァールハイトに教わったの?」
「逆ですね。父に私の本心を探らせない為に身につけました。私に殺されるその瞬間まで看破出来なかったようです」
……アリシアの強さはヴァールハイトの野望の為に作られた強さで、アリシアの人格はそれを阻止する為のモノって事か……。
「だから、ヴァールハイト・ライアータが黒幕なんて有り得ません。死者蘇生の秘術は完成されてないんですから」
……成程、でも姉さんが嘘を吐いているようには見えないし、聞き間違えるような名でもない。となれば……
「バルハート卿を名乗る何者かがいる……」
僕とアリシアの声が重なった。
「でも、人を支配する力ってどうなのよ?」
エリンが遮った。
「確かに、道具は使ってなかったわ」
白夜も頷いた。
「闇魔法には、精神支配の術もあります。私も出来ます」
「マジで?」
「嘘です」
「……」
久しぶりに聞いた気がしないでもない。
「ただ……」
「ただ?」
「父の第二魔法体系がそれに特化した力を持っています。“絶対の皇帝”……弱者を強制的に支配し、強者をも闇に呑み込んで支配する能力です」
……完全にソレじゃないの?
「じゃあやっぱバルハート卿本人ね」
その能力を受けた白夜が断言した。
「でも私がこの手で殺した筈です」
アリシアは口では否定しているが、その瞳には僕達は映っておらず、何処か見えない敵を見据えていた。
「それに、父が私とキサラギ姉弟を狙う理由が……いや、まだ世界征服を諦めていないとすれば……」
世界征服に僕達の力を使ってみるとしよう。
白夜の能力で自在に空間を書き換えて捩じ伏せ、僕の能力で強力な魔物や竜種の力を手に入れ、それでも歯向かう者はアリシアの力で上書きする。
おまけに自前で洗脳が出来る。
……うん、無敵だね。
「……食い止めて、再び地獄に送り返してやります」
探偵にあるまじき台詞である。
「待ってよ。そのヴァールハイトは何処にいるの?」
レイの発言に、僕達は固まった。
確かに、止めるも何も何処にいるのか分からない。
そもそも、僕達三人とも此処に揃っているので、ヴァールハイトも手に入れようが無い。
……アレ?ほっといて良いんじゃない?
「あの男なら、多分真澄達と入れ違いになったわよ?」
「……はい?」
「アルカディアに向かったらしいし」
「……!」
……最悪の事態だ。
「戻るぞ、今すぐに!」
「はぁ……」
アレッドに、エリンは溜息をついた。
「なんだよエリン」
「いや、アレッドって思考を省略して動くのね。どうやって戻るのよ」
「どうやってって、船で…………あ」
……そう言えば、撃沈されたんだった……。
最悪の事態、早くも更新である。
「……ビャクヤ」
「何かしら?」
「兵士達をアルカディアやシャンバラにどうやって送り込んだのですか?」
アリシアの問いに、白夜は薄く笑った。
「あら、鋭いわね」
「探偵ですから」
「確かに、転送用魔方陣があるわ。私なら起動できるのがね」
「!」
僕達の顔が明るくなったのを見て、白夜は人差し指でバツ印を作った。
「え」
「でもまだ駄目よ。真澄はともかく、アリシア達がボロボロよ。大切な弟の仲間に、死にに行くような真似はさせないわ」
「……」
何割かは貴女につけられた傷なんですが、という四人の視線を涼しい顔で受け流す白夜。
「明日の朝、アルカディアに送ってあげるわよ。学園内の召喚施設に跳ぶと思うわ」
「……召喚施設……学園長の一撃で半壊しましたけど……」
「…………大丈夫よ、多分」
「多分!?後さっきの間は何なの姉さん!」
「五月蝿いわね!良いから今日は夕食済ませたらさっさと寝る事!真澄、お風呂の準備してきて」
「は、はーい……あ、そうだ。アレッドもついてきて」
「ん?別に良いけど……」
…
僕はアレッドを引き連れて屋敷の裏手に来た。
「風呂が外にあるのか?」
「いや、ウチって薪でお風呂沸かすんだよ」
「?」
……あ、そうか。アルカディアには無かったもんね、知らなくても仕方無いや。
僕は薪を突っ込む。
「この薪を燃やしてその火でお風呂を沸かす、昔ながらの方法なんだよ」
薪が足りなかったらよく燃えないし、入れすぎても空気の通りが悪くなってよく燃えない。
その辺の調整が面倒なのだ。
暫く使われていなかったので、薪が駄目になってしまっている恐れがある。
それを察したのか、アレッドが壁に立て掛けられていた斧を手に取った。
「これで薪作れば良いのか?」
「薪割りね。うん、手伝って」
「分かった」
僕達は割った薪を片っ端から釜戸に突っ込み、アレッドの火力で燃やした。
ぶっちゃけアレッドを連れてきた理由はこっちで、アレッドの炎なら空気の通りが悪くても高火力を維持出来る。
アレッドは湯沸し器扱いされた事に何か言いたげだったが、この際気にしない事にしよう。
…
「お風呂沸いたわよ。誰から入る?」
湯の様子を見てきた白夜が僕達に訊いた。
「……マスミ、浴槽は狭いですか?広いですか?」
「狭いから一回につき一人かな」
「屋敷広いのにお風呂は狭いのね」
……そこ言わないでくれますかエリンさん。
「ここはレディファーストって事で私が」
レイが挙手したが……
「何処にレディがいるのよ」
エリンが冷たくぶったぎる。
「女子の残り湯でマスミが興奮しないか心配です」
「……アリシアは僕を何だと思ってるの?」
不名誉極まり無い心配である。
「因みに言うと、私は男子の後の方が嫌だわ」
……それはまぁ……仕方無い。
「それじゃあ男女交互にしましょうか。最初エリンで」
「分かったわ」
「次がマスミ、私、アレッド、レイです」
「何で僕がアリシアの前になったかは訊かないでおくけど、まぁ良いや」
……アレッドの後は何か嫌だからね。
という本音を胸に留めつつ、承諾した。
「待って、何で私が最後なの?」
レイの異論にアリシアはフム、と口元に手を当てた。
「ときにレイ、カムイにはこんな言葉があります」
「?」
「雉も鳴かずば撃たれまい」
……えええ……やっぱアリシアってレイに冷たくない?
「どういう意味?」
「さっき出しゃばった罰ですかね」
「えええ……」
「じゃ、先にお湯貰うわね」
落胆するレイを他所に、エリンが立ち上がった。
「タオルと着替えはコレ使って。下着までは面倒見れないけど」
と言いつつ、白夜が袋を手渡した。
「ありがと」
エリンはそれを受け取り、部屋を出ていった。
……そう言えば、誰かお風呂場の場所教えたっけ?
案の定、すぐにエリンが戻ってきたので僕が案内した。
白夜は夕食の支度をしているからだ。
……
僕達が全員入浴を済ませると、また大部屋に輪を作った。
白夜が全員分用意した着替えは浴衣で、アリシア達は慣れない様子だ。
「これが、カムイの服ですか」
「うん、動きにくいけど涼しげでしょ?」
「そうですが……少し破廉恥です」
「っ」
そう言うアリシアの胸元からは、胸の谷間が覗いていた。
いつか見たアリシアの裸身を思い出し、僕は赤面した。
……そう言えば、アリシアって着痩せするタイプなんだよね。
「……」
レイは自分の胸元をペタペタと触っている。
……ああ、うん。
「やれやれ」
肩を竦めるエリンのソレは、アリシアより大きい。
胸元ははだけてないが、代わりにキツそうだ。
「まぁ、仕方無ぇよな」
そう言うアレッドは帯が滅茶苦茶である。
「姉さーん!」
僕は見かねて白夜を呼んだ。
「何よ……うわっ」
顔を出した白夜は、すぐに察したようだ。
「僕が廊下でアレッドの浴衣直すから、姉さんはアリシア達をお願い」
「分かったわ」
白夜が頷いて入ってきたので、入れ替わるように僕はアレッドを連れて廊下に出た。
「出来たら呼ぶから」
それだけ言って、白夜は襖を閉めた。
「さてと、まぁ……初めてでちゃんと着れる訳無いよ……ね!っと」
「うおおおおお!?」
僕が勢い良くアレッドの帯をほどいたので、アレッドが独楽のように回った。
「あ、ごめん」
「夕飯前で良かったぜ……何か食ってたら吐いてた」
「廊下は木だからともかく、部屋は畳だから絶対に吐かないでね」
念を押しながら、僕はアレッドに帯を巻き直した。
…
そんなこんなで僕達は夕飯を食べるのだが……。
「……なぁ真澄、コレどうやって使うんだ?」
「え?」
アレッドが箸を握って困惑していた。
アレッドだけではない、エリンも同様で、レイに至っては芋の煮付け箸を突き刺して食べている始末である。
……どうやって教えようかな……?
「百聞は一見に如かず、ですよ」
アリシアは当たり前のように箸を使いこなしていた。
「アリシアは使った事あるの?」
「ありませんよ、見て覚えました。十六歳にもなったんですから、それくらい出来て当然です」
「えええ……」
アレッド達が納得いかない、と言いたげに声を漏らした。
……うん、人間は不平等だよ。
「ま、良いか」
僕はあっさり見捨てて久々の和食を堪能する事にした。
……心が落ち着く。僕は今故郷にいて、仲間と一緒に食卓を囲んでいる。いや、膳だから囲んでいるとは言わないだろうけど。
明日には、全てが終わるだろう。
僕達が勝つか、ヴァールハイトが勝つか。
……絶対に負けない。
僕は決意を固めつつ、箸に悪戦苦闘するアレッド達を横目に箸をすすめるのだった。
さて、遂にアリシアさんの過去が明らかになりましたね。打倒ヴァールハイト!今夜20時頃に次回投稿します!




