首都奪還作戦始動
翌日の明朝に僕達は砦を出発した。
「いくよー、〈光陰隠密の霊盾〉!」
レイ曰く、前方に対して光の屈折を施す事で、前方からは一切見えなくなるという魔術らしい。
砦から首都まで真っ直ぐ突っ込むだけなので、完全に不可視化する〈不可視の光陰〉は必要無いそうだ。
……というか、馬三頭と飛竜一頭の計四騎全員に不可視化魔術が展開出来るとは思えないけど。
「……レイって、馬の扱いアレッドより巧いね」
「えへへ」
僕が褒めると、レイは得意気に笑った。
今回の編成はアリシアの作戦に合わせたモノになっていて、アリシアとエリン、僕とレイが同じ馬、残り一頭にはリディオが乗っている。
アレッドはシルフィンと共に飛竜に乗っている。
作戦上、こうした方が良いのだ。
暫く走ると、首都の外壁が近付いてきた。
「シルフィン、アレッド、第一段階に入って下さい」
「了解!」
アリシアの号令でシルフィンは飛竜を加速させ、レイの魔術の有効範囲から出た。
その瞬間、外壁の上にいる見張り達がパニックに陥った。
それもその筈、向こうからして見れば、何もない所から突然シャンバラのエースが出現したのだから。
「このまま突っ込みます、舌噛まないで下さいよアレッドさん!」
シルフィンが獰猛な笑みを浮かべ、飛竜を更に高く飛翔させた。
「うぉぁぁぁああああああ!?」
……アレッド、高所恐怖症だったっけ?
「違うけど、アレは普通に怖いと思うよ」
「……あ、うん……」
……ナチュラルに心読まないでくれるかなレイさん。
「〈飛竜天下撃墜爪〉!」
「グガァァァァ!」
「ぁぁぁぁぁああああああ!」
凄まじい勢いで首都に向かってダイブする飛竜の咆哮と、アレッドの悲鳴とおぼしき絶叫が朝焼けに響き渡った。
そうこうしてる間に、僕達も首都の入り口まで来た。
鉄格子の門は昨日シルフィンが破壊したばかりである為、がら空きだ。
リディオ以外は馬から降りた。
「それでは皆さん、御武運を!」
リディオは他の馬を引き連れて、来た道を戻り始めた。
彼の役割は砦の防衛で、馬を連れ戻す為だけについてきた。
やがて、都市から火柱が上がった。
……派手にぶっぱなしたねアレッド、民家まで燃やさないでよ……?
アリシアの作戦その第一段階、最大火力を用いた陽動。
ワイバーンライダーのシルフィンと炎使いのアレッドは、要塞にとって最も危険な駒であり、最も目立つ。
敵も陽動の為の囮だと気付くだろうが、放置したり生半可な対応をとったりすれば、そのまま要塞を攻略される恐れがある為、最低限の戦力を残してかなりの戦力を投入する筈だ。
「恐らく、魔物や雑兵はほぼ全てここで切るでしょう。本命の迎撃は遊撃手の闇使いと指揮官の氷使いで行うと思われます。さぁ、第二段階です……レイ」
「おっけー」
アリシアはエリン、レイは僕の手をとった。
「〈影に潜む者〉」
「〈不可視の光陰〉」
アリシアとエリンは建物の影に溶け込み、レイと僕は屈折した光に隠れる事で、僕達四人の姿は完全に消えた。
それでも、と僕達は路地裏を通って首都の中心にある城を目指す。
…
二人の魔術では音は消えない。
故に一切会話はせず、足音も消して慎重に、かつ迅速に進む。
アリシアの作戦の第二段階が当たれば、僕とレイで指揮官を相手取る事になる。
要塞が見えてきた……とはいえ、厳密に言えばこの都市そのものが要塞の役割を持っているらしい。
だからあくまで、僕達が目指しているのは城である。
……さて、アリシアの作戦通りならそろそろだけど……。
と、その時、アリシア達が潜んでいる影から紫色の閃光が爆ぜた。
「っと……」
「……」
アリシアとエリンが弾き出された。
……釣れた。
影から一人の女性が現れた。
「アタシ達が最も警戒しているシルフィンを陽動に使ってドラセナを殺した“月”を本命にする……ガキにしちゃよく考えたじゃない」
闇色で機能性の良い服を着た女性が邪悪な笑みを浮かべて言った。
「見つかってしまったなら仕方ありません、本命は本命らしく敵の主力を刈るとしましょう」
アリシアの右手に闇の剣が錬成された。
「そうね、頭数の差で増援は見込めない……」
エリンはそう言って氷剣を六本生成した。
……勿論嘘だ、本命は僕とレイである。
魔術師は、性質として自分と同じ属性の隠蔽魔術を看破する事が出来る。
最も隠蔽魔術に長けているのは闇属性であるからこそ、彼女が遊撃手を任せられているのだろう。
アリシアの作戦は、それを利用して逆に釣り上げるといったモノだ。
本命らしき部隊を遊撃手が捕捉すれば、そこに戦力を割く。
とはいえ大半が派手な陽動の対処に使われているため、指揮官が手元に置ける戦力は殆ど無くなるだろう、そこを本当の本命で叩くのだ。
闇使いには光属性の隠蔽魔術を看破出来ない。
敵の主力級全員撃破がノルマであるからこその作戦だ。
ついでに、闇使いは逃げるのも得意だ。
敵が逃げようとすればアリシアが魔術的、エリンが物理的逃走経路を無力化出来る。
「たった二人で、このプラム・メメントモリに勝てると思ってるのかしら。あのドラゴンババアと一緒にしないで欲しいわ」
プラムが黒い刃のナイフを抜いた。
……僕にはドラセナとプラムに年齢差があるようには見えないんだけど……?
「私からしたらどちらもババアですっ!」
「言ってくれたわね……許さないわっ!」
アリシアとプラムが同時に地を蹴り、二つの闇刃が激突した。
……今だっ!
僕とレイは駆け出した。
相手が遊撃手なら、恐らく僅かな足音も聞き逃さないだろう。
だが接近戦の真っ最中ならどうだ、意識は相手に集中させねばならないし、外野を最も警戒しなくてはならない。
「足音……まさかっ!?」
「フッ」
プラムが青ざめ、アリシアが嗤った。
……バレたかな?だが関係無い。
「そのまさかよ、追わせはしないわ」
僕達が駆け抜けると同時、エリンが氷の障壁を展開し、道を封鎖する。
「よし……行くよレイ!」
「うん!」
二人なら大丈夫と僕達は信じ、城を目指して走った。
最終段階……僕とレイで敵指揮官を倒し、シャングリラ公国の首都シャンバラを奪還する!
…
「怪我人を中に!」
「戦えるヤツは出ろ!」
「城に近づけさせるなー!」
城の門は敵兵が出たり入ったりで開きっぱなしだった。
……帰ったら囮の二人労わないとね。
因みに、僕達も互いが見えていない。
だからずっと手を繋いだままなのだ。
「入る兵士の流れに合わせて入るよ」
レイが僕に耳打ちした。
何もない所から囁かれるのは軽くホラーである。
僕達はまんまと城への侵入に成功した。
前夜の内に、城の地図は記憶している僕は最上階を目指そうとするのだが、どうもレイが一歩遅れている。
まるで僕に先導させているような……。
……あ、まさかレイ地図を覚えてない……?
僕達は城内の兵士から出来るだけ離れて忍び足で進んだ。
光を屈折させる隠蔽魔術のデメリットは、近づき過ぎると光が曲がっている事を見破られてしまう。
レイ曰く
『私の精度なら半径五十センチが危ないラインかな』
だそうだが、気を付けて付けすぎる事はあるまい。
僕達は誰もいない階段の踊り場で足を止めた。
「レイ、まさか地図を覚えてないなんて事は……」
「というか、見てないよ?」
「………………は?」
……おかしいな、作戦会議の時に一緒にいた筈なんだけど。
「だって、私以外熱心に覚えてたから、良いかな~って」
「……」
見えないが、きっと笑顔だろう。
僕は黙って握った手をそのまま握り潰す事にした。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
レイが悲鳴をあげる。
割りと真剣に痛そうな顔をしているので、やめてあげ……
……ちょっと待って何で顔見えるの!?
「誰だ貴様ら!」
「!?」
隠蔽魔術が解けたようだ、兵士に見つかった。
……数は一、通りすがりか。
そう思った瞬間、僕の身体は既に動いていた。
どうするべきか、そう考えるより早く身体が動くこの感覚……僕の脳裏に思い浮かんだのは、知らない男の右腕が斬り飛ばされるビジョンだった。
……どうするべきか?黙らせろ。
そして、そのビジョンで聞こえた事をそのまま口にする。
「〈初月一閃〉」
兵士の腹に紅い一文字が深々と刻まれた。
「あっ……」
兵士は余りの激痛に、悲鳴をあげる間もなく気絶した。
「マスミ……!?」
「あ、あれ?僕は……」
何が起きたのかは分かる、僕が最速で兵士を斬ったのだ。
だが、理解は出来ない。
本来の僕にどんな力があるのか、今の僕には分からない。
ただ、僕を“世界”として狙う彼らと戦い続ければ、きっとそれが記憶の鍵になるだろう。
「急ごう、マスミ」
「……うん」
レイは僕の手を取り、再び〈不可視の光陰〉を発動した。
どうも、篠風 錬矢です!
ついに作戦開始ですね!
アリシアサンツエーと友人に言われてるので、今回はアリシアにはちょっとフレームアウトしていただきます。
では、また次回お会いしましょう!
До свидания!