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嘘吐き探偵の魔法戦記(エストラッテ)   作者: 篠風 錬矢
第2章 シャンバラ編
16/35

大公拝謁、氷華の想い

「シルフィンです。アルカディアの騎士団をお連れしました」

シルフィンがノックをして、用件を言った。

すると、扉が勝手に開いた。

発展している魔法都市ではよくある事らしい。

シャングリラ公国の首都、シャンバラの支配者……即ち公国最大の権力者という事だ。

どのような人物か、そう思って僕達は部屋に入ったが……

「アレ?」

レイが間抜けな声を出した。

無理も無い、部屋の最奥にあったのは玉座などではなく、普通のベッドだったからだ。

……まぁ、よく考えたらそうだよね。

ここは砦であって城ではない。

玉座や上等なベッドなど必要無いからだ。

それより問題は、何故ベッドなのかという事だ。

「こちらへ」

シルフィンに促され、僕達はベッドの傍らまで行った。

そこには、頭に包帯を巻いた老人が横たわっていた。

「えっと……」

「はい。こちらにおわしますのが、ゲオルク・オーエン大公殿下にございます」

シルフィンが言うと、ゲオルクは細めた目をゆっくりとこちらに向けた。

何というか、覇気を感じない。

本当に大公殿下なのだろうか。

「アルカディアの騎士団、救援に応じていただき、感謝する」

「!」

僕達は息を呑んだ。

その目には猛禽類の如き眼光を宿し、声にも何処と無く威圧感があった。

そこに先程までのゆったりとした老人の面影は無く、伏していて尚、覇気と威厳に満ちた老王そのものだった。

「……!アルカディア代表騎士団団長、アリシア・ライアータと申します。首都シャンバラの救援に応じ、団員と共に参上致しました」

真っ先に我に返ったアリシアが跪いた。

僕達も慌ててアリシアに倣う。

「うむ。このような情けない姿で迎える非礼を許してくれ」

「いえ……」

謝罪は良いから理由をですね、などと思っても言える者がいたら見てみたいものだ。

「城の者達を逃がす為に殿(しんがり)を務めたのでな」

「大公殿下が、ですか……!?」

アリシアは思わず訊き返した。

確かに、俄には信じられない話だ。

チェスでいうところの、キングを餌にナイトやビショップを逃がしたようなモノである。

「うむ。私はもう歳だ、今年で七十になる。そんな老いぼれには奪還戦に参加出来る程の体力は無い。ならば、首都奪還成功の見込みがある騎士を最低限の消耗で逃がすのが最善手だ」

淡々と語るゲオルク。

確かに、戦略としては一理ある。

しかし、囮になるとは相応の実力も要求される訳であり、ゲオルクは大怪我したとはいえ生還したという事は、つまりそういう事だ。

ふと、僕は気になった事があった。

「殿下、一つお訊ねしてもよろしいでしょうか」

「何だ?」

「市民はどうなっているのでしょうか。前線基地に過ぎないこの砦に、首都の住人全員を収容する事は不可能だと見受けられます」

そう、彼は“城の者達を逃がす為に”と言った。

ならば市民はどうしたというのだろう?

「……敵は我々のみを攻撃してきた。寧ろ、市民を巻き込まないように徹底していたようにも見えた」

ゲオルクが言葉を切ったので、リディオが継いだ。

「事実です。連中は後ろに民家がある時はこちらの攻撃を回避しませんでした。恐らく、首都を乗っ取っても支配する民がいなければ無意味、という事でしょう」

「私達が奪還に来るのを返り討ちにし、市民に認めさせる算段かもしれませんね、忌々しい」

シルフィンが毒づいた。

やはり思った通り、シルフィンは振る舞いと性格がかけ離れているようだ。

「貴殿らの力はヴィロワール卿から届いた資料で把握しているつもりだ。リディオ、夕食の支度を」

「承知しました」

リディオは一礼して、部屋を出ていった。

「シルフィンは行かないのか?」

アレッドが首を傾げた。

「何故か私が食事当番の日って極端に少ないんですよ」

「あっ……」

シルフィンの返しに、僕達は察した。

……そうなんですか大公殿下。

僕はゲオルクの顔をチラリと見た。

「……」

彼は黙って頷いた。

「コホン、夕食後、作戦会議を行う」

「はい」



部屋に戻った僕達は、その後リディオに呼ばれて食堂として使われている大部屋に行った。

大きなテーブルには、パンと何かのスープ、サラダとちょっとした肉料理が並んでいた。

「質素な食事で申し訳ありませんが、どうぞ沢山召し上がって英気を養って下さい」

「……ま、そりゃそうよね」

本当に申し訳無さそうなリディオの台詞に、エリンが軽く返した。

しつこいようだがここは砦であって城ではない。

豪勢な食事など用意できる筈が無いのだ。

……僕に言わせれば、十分立派な食事だと思うんだけど。

「大公殿下は先程の部屋で夕食を摂られるのですか?」

確認するかのようにアリシアがリディオに問う。

「はい。お身体に無理が無いように、という事です」

「ま、動けたら寝てないよね」

レイが然もありなんと頷く。

状況からの推測に過ぎないが、ゲオルクは大勢の敵を相手にして、城の者達を最低限の被害で逃がすという判断の迅速さと自ら殿を務める強さを持っていたのだろう。

だが、そんな彼をあそこまで叩き伏せた敵とは一体どれ程のモノなのか。

そんな事を考えながら、夕食を済ませた。



その後、作戦会議の為に僕達はゲオルクの部屋に集まった。

「今、要塞は敵の手の内にある。よって、数で攻め落とすのは不可能だ」

ゲオルクの説明に、全員が頷いた。

首都を守る要塞が、数で攻め落とされたらそれはもう要塞とは呼べない。

……じゃあ何で落とされてるんだろう。

「そこで、陽動を交えた少数精鋭とします」

リディオが地図を広げた。

「敵の中枢は、明らかになっているのは二人です。銃と氷の魔術を使う男と毒と闇の魔術を使う女で、敵の動きから中枢がもう一人いる可能性があります」

リディオは青と紫のペンを取り出した。

青い丸を要塞を兼ねた城に、紫の小さな丸を要塞の外周につけた。

「偵察の結果、氷使いが要塞から指揮を執り、闇使いが外周で遊撃を行っているようです」

「成程……雑兵の数は?」

「不明ですが、仰る通り雑兵……代表騎士の足元にも及ばないと推測されるので、警戒する必要はありません」

僕の問いにリディオが応じた。

……まぁ、確かにそうだ。

彼らの役割は戦力ではなく足止めと見張り及び索敵だろう。

「思ったんだけどよ」

ふと、アレッドが手を挙げた。

「連中、俺らと戦った後撤退してたよな?」

「私の飛竜に対して恐れを為したのでは?」

シルフィンが首を傾げた。

……アレッドの考えている事は恐らく僕と同じだ。

「アイツらの装備、以前アルカディアを襲った奴らのと同じ気がするんだよな」

「その通りです。恐らく、ドラセナと裏で繋がっていたと思われます。そして、私達が来たとあらば、間違い無く対策するでしょうね」

アリシアが淡々と告げた。

ドラセナにもまだ上がいたであろう事は分かっている、その本当の黒幕がいるかもしれない。

「ふむ……アルカディア代表騎士団は伏せ札として扱うつもりだったが……」

ゲオルクがベッドの上で唸った。

僕達を敵にとって未知の切り札として使えばアドバンテージが得られる……そう考えていたのだろう。

「とはいえ、数にモノを言わせた強襲では要塞の防衛装備で一網打尽にされる。やはり少数精鋭の方針は変えられぬ」

「……敵、特に主戦力二人の撃破は必須条件ですよね?」

「うむ、捕縛もしくは撃破だ。ただし、生死は問わぬ。生かした場合は必ず捕縛してくれ」

首都を占拠したのだ、どっちにしろ極刑確実だからその場で執行して良いという事だろう。

そういう事なら、手加減は必要無い訳だ。

「分かりました。それなら、私に妙案があります」

そう言ってアリシアは不敵な笑みを浮かべた。



消灯後、寝付けなかった僕は見張り台に上っていた。

決戦前なので、しっかり睡眠を摂らねばならないのだが。

「マスミ?」

僕は後ろから声を掛けられ、振り向いた。

「……エリン」

エリンも、僕同様に寝付けなかったのだろうか。

「どうしたの?こんな時間に」

「……枕が変わると寝付けないって本当だったのね」

「あぁ、そういう事か」

「マスミこそ、どうしてこんな所にいるのよ」

僕の言い回しから、僕が寝付けない理由が枕ではないと見抜いたようだ。

……確かにそうなんだけど、エリンに話せる事かな。

「……ちょっと考え事をね」

「それって、夕方の事?」

「……」

そう、僕は先程放った技〈月輪散華〉とその時見えたビジョンが気になって仕方が無いのだ。

間違い無く、僕の失われた記憶の一部だろう、それは断言出来る。

ならば何故、あんな風に一時的に蘇ったのだろうか。

「……図星みたいね。貴方を巻き込んだ元凶(アリシア)は呑気に熟睡してるようだけど」

「……アリシアといえばさ、何でエリンはアリシアの事が好きなの?」

これは結構前から気になっていたが、今まで二人きりになった事が無かったから訊けなかったのだ。

「……貴方に近いのよ、私がアリシアと一緒にいる理由」

「あ、そう言えば……」

僕が初めてアルカディア魔法学園に登校した日、グレーディアは言った。

『またテメェか、嘘吐き探偵』と。

「私は捨てられたのよ。それで、放浪してる内にアルカディアに辿り着いて、行き倒れたわ」

「それで、アリシアに拾われたって事だね」

「そうよ。私は記憶こそ失ってないけど、だからこそそれなりに苦しんだわ。私を虐待した挙げ句捨てた両親が憎くて仕方無かった。そんな両親につけられた名前が忌々しかった……!」

拳を強く握るエリン。

……僕は逆だ、僕は名前があったからこそ、自分は自分であると思ってこれた。

エリンにとっては、それこそ忌々しいというのだ。

「でも、アリシアが救ってくれたのよ」

「どういう事?」

「アリシアの第二魔法体系(セカンドグリモワール)は知ってるわよね?」

「うん」

真実を嗤う月(トゥルーハイドムーン)”……嘘を以て真実を上書きする破格の能力だ。

何処まで汎用性があるのかは分からないが、出来ない事の方が少ないだろう。

「アリシアは、その能力で私の名前を上書きしてくれたのよ」

「……え?」

名前とは、個人を定義する要素の一つだ。

書面上で変更する事は可能だが、根幹から改名するというのは、もはや記憶改竄の域である。

「エリン・クリスタルっていうのは、アリシアに貰った名前なのよ。元の名前なんて知らないわ、だってアリシアの能力で無かった事になったんだもの」

「そうだったんだ……」

「ええ、過去に束縛されず、未来に夢を膨らませて欲しいっていうアリシアの想いと、私の力である氷の美しさを水晶に準えた洒落が籠った名前なの」

エリンは嬉しそうに胸に手を当てた。

「うん、綺麗で良い名前だと思うよ」

僕はエリンに笑いかけた。

……成程、命を助けられ、居場所を与えられ、名前まで貰ったんだ、惚れるなという方が難しいだろう。

「ありがと。知ってると思うけど、アリシアが死んだら能力は解ける……この名前も嘘に消えてしまうの。だから私は死んでもアリシアを守ると決めたのよ」

アリシアが好きなのは前提だろう。

エリンがアリシアと共にいる理由は互いの為だという事だ。

「……じゃあさ、僕にも守らせて欲しいな、アリシアの事。僕にとっても恩人だから」

僕がアリシアに事故で召喚されていなかったら、どうなっていたか……それは記憶を取り戻すまで分からないが、まぁろくでもない事になっていたのは確かだろう。

僕はアリシアに指針を貰い、何度も助けられた。

ならば義理があるのはエリンと同じだ。

「……良いわよ」

「!……良かった。じゃあ宜しくね、エリン」

「こちらこそ……」

握手を交わして、僕達は部屋に戻った。

後から知った事だが、この晩アリシアは何度もクシャミをしていたそうだ。

はい、どうも篠風 錬矢です!

エリンの深いところが明らかになりましたね。

ただの百合っ子じゃないんですよ、ええ。

私自身が百合も好物ですが……ま、それはそれとして!

次回お会いしましょう!

До свидания!

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