一つの事件の終わり
「……駄目だ、打つ手が無い」
相性は最悪、さっき防御出来なかった魔法より遥かに大火力、相手は学園長の義姉……勝てる要素が無い。
「〈竜王獄炎界〉」
「……」
最早希望のカケラも与えない、巨大な竜炎。
「最期に、一つだけ質問しても良いかな」
「質問するだけならご自由に。答えるかは内容によるわね」
僕は敗北を、ドラセナは勝利を確信していた。
「僕の“世界”って、何?」
「それは、私もよく」
「〈獄魔雷〉」
「知らない、わぁアアアアアアアア!?」
「えええええええええ!?」
ドラセナと僕の絶叫が重なった。
漆黒の雷電に焼かれたドラセナは骸となって倒れ、竜炎も雲散霧消した。
僕が入り口の方を見ると、アリシアが膝に手をついて立っていた。
「マスミ、時間稼ぎ御苦労様です」
「いやいやいや、えぇっ!?不意打ちで即死攻撃する!?」
会話中のトラップ攻撃よりもとんだ外道が味方にいたもんだ。
会話中に即死攻撃……しかも所謂ボス戦でだ。
「やられたら殺り返す……これ常識で……」
物騒な事を言いながら倒れた。
「アリシアっ!」
僕は慌てて駆け寄った。
「そうだ、治癒魔法!〈治癒の聖水〉」
煌めく水がアリシアを包むが、先程トラップで負った傷は治らない。
「何で!?……あ、そうか、魔力切れだ」
以前授業で聞いた事がある。
純粋に傷を癒せるのは光属性の専売特許で、水属性に出来るのは魔力を活性化させ、回復を促進させるだけなんだとか。
今のアリシアには、活性化して傷を癒す魔力が無いのだ。
「どうしよう……あ」
僕はアリシアの言葉を思い出した。
『古今東西、魔力供給の方法なんて、口づけに決まってるじゃないですか』
「……嘘だよね?」
そこに嘘と言ってくれる者はいない。
助ける方法は、それしかない。
「……ごめんアリシア」
出来れば、こんな形ではしたくなかったけど。
僕はアリシアに唇を重ねた。
脳髄が痺れるような甘い感覚に、僕は驚いた。
出来るだけ長引かせたいという邪念が芽生えるも、僕の残った魔力が凄まじい勢いで吸収されている事に気付き、慌てて離れた。
「……どうか、これで……〈治癒の聖水〉!」
煌めく水が再びアリシアを包み、癒す。
「んっ……」
アリシアが目を覚ました。
「アリシア!」
「私、魔力切れで倒れて……ん?」
アリシアは自身の唇に指を当てた。
「……温かい。マスミ?」
アリシアが僕を見た。
僕は目を逸らす。
「………………!」
察したのか、アリシアの顔が真っ赤になった。
「ご、ごめんっ!無理だって言われてたのに!」
僕は土下座した。
「もう……別にそれは嘘だったので構いませんよ」
「良かった……って、え?」
僕は顔を上げた。
「ま、私の初めて奪った責任は取っていただきますが」
「え?」
ニコリと笑ったアリシアに僕が固まっていると、アリシアが抱きついてきた。
…
翌日、僕とアリシアはヴィロワールに呼び出された。
学園は飛竜の影響でところどころ破壊されていた。
暫く授業が出来そうにないので、休校日が続くそうだ。
それでも僕達が呼び出されたのは、昨日の一件だろう。
「まずはよくやった、と言っておこう。まさかドラセナが黒幕だったとはな」
あの後僕達は学園に戻り、ヴィロワールに報告をしたのだ。
カレンは間に合って、一命をとりとめたそうだ。
「奴は私の父の再婚相手の連れ子でな。もとよりアルカディアの血など流れていない。あの女も、娘をアルカディアの統治者にして玉の神輿に乗っかろうという魂胆は見え見えだった。それを見抜いていたのかいなかったのか、父は私を後継者に選んだ。当然ながら、ドラセナ達は反発し、私達に戦いを挑んだ。あの女は私の父に殺され、ドラセナは私に惨敗して逃げていった……六年前の事だ」
「えぇぇ……」
「じゃあ遺産相続争いの逆恨み的なのに巻き込まれたんですか私達」
ドラセナがアルカディアを狙った事に関してはそう言える。
「でも、僕達が狙われる理由にはならないよね」
「そこは私の方でも調査しておくとしよう」
「宜しくお願いします」
僕達は頭を下げた。
「それより、一つ気掛かりな事があるんだが……アリシア」
「何ですか?」
「君がドラセナを倒した魔法は死体も残らないような威力なのか?」
「え?」
僕達は首を傾げた。
〈獄魔雷〉は確かに、一撃で敵を屠る強力無比な威力を誇る魔法だ。
しかし、死体は綺麗に残る。
ドラセナも、消し飛んでなどいなかった。
「いえ、私が使ったのは……」
その旨をアリシアは言った。
「ふむ……」
「どうかしたんですか?」
「うむ、遺体が見つからなかったんだ。強大な竜属性の魔法が使われた痕跡はあったんだが……」
「え?」
僕達は再び首を傾げた。
確かに、ドラセナは倒した筈だ。
実は帰り際に確認し、死亡確認もとっていた。
起き上がって逃げ出せるとは思えない。
「でも学園長、確かにアリシアが仕留めましたよ」
「あぁ、君達が嘘を吐いているとは思えない。いくらアリシアがいてもな」
一体どういう事だろうか。
「まぁ良い。ドラセナは死んだ、ただそれだけだ」
「ところで学園長、僕の今の力なんですが……」
「分かっている、カレンに貰い受けた魔力心臓を彼女に返すか決めあぐねているのだろう?それは私が決める事じゃない。カレンは死を覚悟して君に託したが、助かってしまったからな……正直、互いに複雑だろうな」
「……私のせいですね……」
「その通りだが、カレンを失うより断然マシだ。よく君達で話し合ってくれ」
「はい」
「とはいえ、まだ意識は戻っていない。面会出来る状態になれば連絡が来る、それまで身体を休めておけ」
「分かりました」
僕達は一礼して、執務室を出た。
…
「さ、早く帰りましょう。暖かいベッドが待っています」
「僕はハンモックだけどね」
僕達は帰ったら何するか、休もうかと話しながら風の門へ向かった。
「やっほ、お疲れ様!」
金髪の少女がそこにいた。
「レイ!」
「無事だったんですね」
「あれれ?今知ったって事は学園長に聞いてないの!?」
レイが愕然とした。
「気になってたけど、訊くタイミング逃したんだよ」
「はい、一方的にもう休めって言われて出てきたので」
嘘だ。
僕とアリシアは、さっさと帰って休養を取りたいが為に話を長引かせなかったのである。
「それで、エリンは大丈夫ですか?」
「アレッドを忘れないでよ、僕のルームメイトだし」
「大丈夫だよ、アレッドはグレーディアと復興作業手伝ってる」
「は?」
あのグレーディアが復興作業を手伝っているというのか、一体どういう風の吹き回しだろうか。
まぁ……アレッドが無事なら良い、問題はエリンだ。
「エリンは入院してるよ」
「二人とも、私の親友に全力攻撃したんですか……?」
アリシアの指先に闇の魔力が集束していく。
「ストップストップ!話を最後まで聞こうよ!?」
僕は慌てて止めた。
「む、それもそうですね」
「えーっと、私達との戦いのダメージより、無理矢理覚醒させられた反動の方が問題みたいで、一週間は安静にしなきゃいけないって」
「エリン……」
「ドラセナ……やはり殺して正解でしたね」
「あはは……」
低い声で呟いたアリシアに、僕とレイは苦笑した。
…
僕達はアリシアの家に戻ってきた。
寮はすぐには使えそうに無いからだ。
「さ、溜まってる依頼を片付けますか!」
「休もうよ!?」
「探偵に休みなどありません、さぁ優秀な助手兼私の初めての相手たる如月 真澄、仕事ですよ!」
「さっき暖かいベッドがどうとか言ってなかったっけ!?」
「あぁ、アレですか?」
あ、来るぞいつものが。
「嘘です」
「やっぱり……」
嘘吐き探偵とその助手に休みは無いそうだ。
まだ解けてない謎はあるけど、僕達の戦いはこれで一つ、幕を閉じた訳だ。
これで終わる訳が無いと僕は確信を抱きながら、アリシアの隣で書類整理を始めた。
でも僕は……
「……これから宜しくお願いしますね、マスミ」
「うん。こちらこそ宜しく、アリシア」
アリシアとならどんな戦いも乗り越えていけると思う。
どうも、篠風 錬矢です!
これにてアルカディア編は幕引きです、有難うございました!
次回より第二章シャンバラ編がスタートしますが、書き溜めていないので、毎日更新は今回で中断です。
夏休みまでには投稿出来るよう尽力しますので、何卒宜しくお願い致します。
それでは、До свидания!