本当に好きな人は あなた
恭介とお試しで付き合い始めたものの、奏多と千紗は、真優と千紗が本当に付き合っていると勘違いしている。
真優は、複雑な気持ちのままでいた。
そんな中、真優は事故に遭い、意識を失ってしまう!!
果たして、真優は無事なのかーー!?
遠くの方で、人のざわめき声が聞こえるー。
重い瞼をゆっくりと開けると、見たことのない天井がぼんやりと瞳に映った。
ここは……何処?
「真優ーー!?」
隣で、お母さんの悲鳴に近い声が聞こえてきた。
「お……母さん?」
あたしは、やっとの思いで声を出す。
「学校の帰りに事故にあって、病院に運ばれたのよ。覚えてない?」
お母さんに聞かれて、思い出そうとしたけど、頭にズキンと痛みが走って、思わず頭を押さえた。
「半日、眠った状態だったんだから、無理に思い出さなくてもいいのよー」
お母さんは、落ち着かせるように言ったけど、思い出せないことにいらだちを感じていた。
「先生、呼んで来るわね」
そう言って、お母さんは病室を出て行った。
事故にあったこと、どうして、思い出せないんだろう?
あたしは、ゆっくりと起き上がる。
足は痛くないし、骨折はしていないみたいだけど、ズキズキする腕の痛みがあった。
しばらく経ってから、お母さんが先生を呼んできた。
先生の話では、腕の骨にヒビが入っている程度で、他に異常はなく、1週間くらいの入院で退院できるみたいだ。
でも、事故の時に頭に強い衝撃があって、記憶が飛んでいたり、混乱する場合があるかも知れないとのことだった。
ようするに、記憶喪失ってこと?確かに、事故のことは覚えていないけど……。
漫画や小説の中では読んだことがあるけど、自分がそうなるなんてピンとこない。
「大丈夫よー。ゆっくり思い出せばいいんだからー」
お母さんはそう言ったけど、動揺する顔は隠せない様子だ。
トントン……。
ドアをノックする音がすると、慌てた様子で女の子が入ってきた。
「真優!大丈夫!?」
女の子は心配そうに、あたしを見たけど、誰だか思い出せない。
「あなた……誰?」
「誰って……友達の千紗だよ。わからないの……?」
「ち……さ……?」
思い出そうとしたけど、また、頭にズキンと痛みが走った。
「ーーッ」
「大丈夫?真優!?」
千紗ちゃんは、心配そうにあたしの背中に手をやった。
「ごめんね、千紗ちゃん。事故の影響で記憶が消えてるみたいなの……」
お母さんが説明すると、千紗ちゃんは驚いた顔であたしを見た。
あたしは、頭を押さえたまま俯く。
「千紗ちゃん。悪いんだけど、今日は帰ってもらえないかしら?真優も混乱しているみたいだし……」
お母さんは、申しわけなさそうに千紗ちゃんに言う。
「……わかりました。また、来ます」
チラッとあたしの方を見ると、千紗ちゃんは病室を出て行った。
「お母さん……どうして、何も思い出せないの?」
「大丈夫よ。そのうち、思い出すわよ」
お母さんは、優しくそう言ったけど、不安な気持ちでいっぱいだった。
それから、2、3日が経ってのこと。
また、千紗ちゃんが来てくれた。
「真優、具合どう?」
「ーーー」
千紗ちゃんに聞かれたけど、思うように言葉にできない。
「考えたんだけど……真優が少しでも思い出してくれるように、あたしで良ければ、お手伝いできればと思って……」
千紗ちゃんが、チラッとドアの入り口を見た。
「真優ちゃん」
イケメンの男の子が心配そうに入ってきた。
誰……?
「覚えてないかな?真優の彼氏で品川恭介君だよ」
千紗ちゃんが説明してくれた。
「彼……氏?」
何も言えず、呆然としていると、その後からもう独り男の子が入ってきた。
「ーー!!」
それは、見覚えのある顔だった。
「奏多……」
あたしは、ベッドから下りると、奏多の所へ歩いて行く。
「真優?」
千紗ちゃんが、不審そうにあたしを見つめた。
「どうして、今まで連絡くれなかったの……?あたし、ずっと待ってたんだよ?」
「ーーー」
奏多は、言葉に詰まって何も言えない様子だ。
「奏多君。待ってたって……どういうこと?」
千紗ちゃんが、呆然としている。
「あ、いや……」
奏多は困った顔で、オロオロした。
「酷いよ!あたしたち付き合ってるのに」
あたしは、気持ちが高ぶり感情的になる。
「えっ!付き合ってる!?」
千紗ちゃんは、驚いて悲鳴に近い声をだした。
「奏多……それ、本当かよ!?」
品川君も驚いて、奏多に目を向けた。
「違う違う。付き合っていたのは、中学の頃で……今は付き合っていないから」
奏多は、ハッと口を押さえた。
「真優が、元カノ……?始めて聞いたんだけど?」
絶句したように、千紗ちゃんは肩を落とした。
「もう、過去のことだし。教える必要はないかなと思って……」
「過去のことだって、奏多君のことは何でも知りたかったのにー」
千紗ちゃんは悲しそうな顔で、奏多を見つめる。
「奏多、この子と付き合ってるの?だから……忙しいとか言って、電話もくれなかったのー?」
あたしの頭の中が真っ白になる。
「あの時は、千紗とは付き合ってなかったし関係ない……真優、思い出せよ?俺達が付き合ってたのは、2年近く前の話だろ?」
「や、やだなぁー。そんなはずないじゃない……この間、高校入学したばかりなのに……。本当は、あたしのこと好きじゃなくなったから、そんなこと言ってるんでしょ!?」
強い口調で、奏多に言ったけど、なんだかモヤモヤした感じが残っていた。
何だろう?この気持ち?
「奏多君ー。真優に何か言ってあげたら?」
千紗ちゃんが、奏多を軽く睨みつけた。
「何かって……2年前までの記憶しかないのに」
「じゃあ、思い出せるように手伝ってあげたら!?そのほうが、真優だって喜ぶじゃない!?」
千紗ちゃんは、つんけんしながら言う。
「千紗、少し落ち着けよ」
奏多は、なだめながら千紗ちゃんを落ち着かせようとしたけど、千紗ちゃんはさっさと病室を出て行ってしまった。
「奏多、追いかけろよ」
今まで、黙っていた品川君が口を開いた。
「でもー」
奏多は、少しためらった。
『大丈夫だから、真優ちゃんのことは、俺に任せろ』
品川君は、小声で奏多の背中を押されて、廊下へ出て行った。
「奏多ーー!!」
急に、奏多が出て行ったので、あたしは廊下まで聞こえる声で叫んだ。
「真優ちゃん。落ち着いて!」
品川君が、優しくあたしの背中をさすった。
「石井さん!どうしました!?」
騒ぎに気がついて、看護士さんが慌てて入ってきた。
「な、何でもないです!お騒がわせして、すみません!」
品川君が、一生懸命謝った。
どうして、この人こんなに謝ってるの?
あたしは只、奏多に戻って来て欲しいだけなのに……。
「個室でも、他の患者さんに迷惑になりますから、極力、大きな声を出さないようにお願いします」
看護士さんは最後に念を押すと、病室を出て行った。
「真優ちゃん。少し、横になろう」
品川君に、ベッドの方へ優しく誘導されて、仕方なく横になった。
「ごめんなさい。さっきは、大声出しちゃって……」
今になって、自分がしたことに気がついて謝る。
「病院だし、大声出したのはまずかったけど、大丈夫だから。少し眠ったほうがいいよ」
品川君は、優しく微笑んだ。
そう言えば、品川君があたしの彼氏だなんて、千紗ちゃんが言っていたけど、きっと、嘘だよね?
それに、千紗ちゃんが奏多と付き合っているなんて、何かの間違いだよ……。
あたしと奏多が付き合っているんだもん。そりゃあ、高校に入ってからは、連絡もくれなくなったけど。
奏多のこと好きだから、千紗ちゃんはあんな嘘ついて、奏多と別れさせて、あたしと品川君をくっつけようとしてるに違いない。
胸がキューと締め付けられて、涙がこぼれそうになってギュッと瞼を閉じた。
それから、一週間が経ち退院することになった。 腕の怪我は、まだ完治していないので、通院することになった。
何日か家で休養してから、学校に登校できることになった。
あたしは、どうやら、高校2年生だったらしい。
2、3日後にはクリスマスも控えていた。
「真優、大丈夫!?事故にあって入院してたんだって?」
学校へ行くとと、知らない子が話しかけてきた。
同じクラスの子かな?
教室に入ると、みんなに話しかけられて、あたしはどう対応していいのかオロオロする。
中には知っている子もいるけど、多分、1年の時から同じクラスの子だったのかも知れない。
「ほら~、席 につけ!」
何て言っていいかわからず、困っていると先生が教室に入ってきた。
「石井、お母さんから事情は聞いたよ。大変だったな」
先生は、優しくあたしに声をかけてくれた。
「石井の席は、窓際だぞ」
先生は、他の子に聞こえないように言う。
あたしが、記憶がないこと、お母さん言ってくれたんだ!
あたしは、ホッとしながら自分の席へ座った。
2年生の勉強がわかるか心配だったけど、何故か解ける問題もあって、自分でもびっくり。
何とか、勉強の方は大丈夫みたいだ。
昼休み。
あたしと千紗ちゃんは目があっても、お互い話することはなく、それぞれ別々にお弁当を食べることに。
千紗ちゃんの気持ちもわかるけど、奏多のこと好きなら好きってハッキリ言ってくれたら、あたしだってライバルとして受け取るのに、どうして言ってくれなんだろう。
その日の夜。
珍しく、奏多から電話がかかってきた。
「奏多から電話くれるなんて、めずらしいね。あ、そっか!クリスマスの予定、決めてなかったし、そのことで
電話したんでしょ~?」
奏多から電話をもらうなんて、久し振りだから、何だか嬉しくなってしまう。
「そのことじゃないんだ。この前、病院で話たことなんだけど……」
「ああ、病院でのことなら気にしてないから。千紗ちゃん、奏多のこと好きなんだよね?だから、あんなこと……」
千紗ちゃんの気持ちも、わからないわけでもないけど、やっぱり嘘はまずいよ。
「……真優……やっぱり、電話じゃなくて直接話そう」
奏多は、電話の向こうから深刻そうな声が聞こえてきた。
「奏多がそう言うならー。じゃあ、クリスマスイヴの日にデートしようよ!奏多と遊園地に行きたい!」
奏多が、困っていることなんて気にもとめずに、あたしは提案した。
「……話するだけなんだけどなー。それに、その日はちょっとー」
「いいでしょ?ずっと、奏多に逢えなくて、あたし、寂しかったんだよ?だから、奏多と思いっ切りデートしたい。ねっ!?」
あたしは、小さな子供がだだをこねるように、わがままを言う。
「……わかった。でも、逢えるのは3時間だけだから」
「うん、わかった……」
どうして?もっと、いっぱい一緒にいたいのにーーー。まさか、千紗ちゃんと逢う約束してるんじゃ!?
ついつい、疑ってしまう気持ちを胸に秘めたまま、デートの約束をした。
あたしと電話を切り終わった後、奏多は品川君に電話をかけたことも、あたしは知るよしもなく、そのことで、デートの日に余計にあたしの記憶が、混乱することも奏多は知らずにいた。