本当に好きな人は あなた
「クリスマス、彼氏と逢えなくなったー」
「クリスマスは彼と、イルミネーションを見に行く予定~」
11月ー。
クリスマスを来月に控え、クラスのみんなは恋バナで持ちきりだ。
「はあ~」
みんなの話を聞いてあたし、石井真優は、大きな溜め息をついた。
「やだなぁ~!溜め息ついて。真優にもそのうち、彼氏ができるって!」
友達の湯沢千紗が、あたしを励ますように、わざと明るく言った。
千紗は唯一、高校入学してから気が合う友達だ。
「そんなこと言われても、花の17才なのにぃ~~。出逢いもないし」
出逢いもないはず。うちの高校は女子高だから、なかなかそんな機会がない。
でも、こう見えても彼氏がいたことがある。
それぞれ、学校が別々になって自然消滅してしまった。
「千紗はクリスマス予定ある?」
「ごめん!真優。彼と過ごす予定」
「そうなんだ……」
独り残された気分で、あたしは溜め息をついた。
千紗は1年生の夏頃にバイト先で知り合った彼と付き合っている。
「もうすぐ、文化祭だし、気分を取り直そう~」
あたしは、気合いを入れた。
「じゃあ、
気を取り直して、次の時間、文化祭の準備頑張ろうね」
「うん」
あたしは、大きく頷いた。
文化祭は、2週間後にある。
うちのクラスは、多数決の結果、すごろくゲームをやることに決定。
すごろくって言っても、人間がコマになって出た目によって止まった場所に課題が決まっていて、それをこなすゲームだ。
文化祭の準備は、毎日、下校時間を過ぎても続き、クラスのみんなの頑張りで何とか間に合うことができた。
そしていよいよ、文化祭の日。
「真優ー!1回休みのお客さん」
「わかった!」
クラスの子に言われて、あたしは、さっそくお茶の準備を始めた。
あたしが、担当する場所は8のマス。
8のマスは、1回休みで紅茶を、おもてなしする。いわゆる、不思議の国のアリスに登場する帽子屋で、「お茶がすむまで待ちなさい」みたいな感じになっている。
他のマスにはコスプレしてもらって写真を撮ったり、風船を膨らましてもらったりと、課題はそれぞれ違う。
でも、お客さんみんな楽しんでやっているので、クラスのみんなは嬉しそうだ。
結構、評判がいいらしく、次から次へとお客さんが入って来て大忙しだ。
「真優と千紗ー!休憩の時間」
やっと、休憩に入って、あたしは千紗と校内を回ろうと誘おうとしたが、千紗が見あたらない。
千紗、何処に行ったんだろう?
あたしは、千紗を捜しに校内をウロウロと歩き回った。
1年生の階へ行くと、ようやく千紗の姿が見えた。
「千紗!捜したんだよ」
あたしは、千紗に駆け寄った。
「ごめんごめん。彼氏が来てたから」
「そうなんだ?じゃあ、あたしはお邪魔だよね……」
あたしは、気を使って帰ろうとした時、目の前から見覚えのある顔の男の子がジュースを持って、こっちに歩いてきた。
「ーー!!」
それは、中学生の時に2年間付き合っていた元カレだった。
「奏多君ー!」
千紗が、奏多に手を振った。
えっ……。
「真優、紹介するね。彼氏の澤谷奏多君」
千紗は恥ずかしそうに、あたしに紹介した。
「……」
知らなかった……。千紗の彼氏が奏多だったなんて……。
「真優?どうかした?」
千紗は怪訝そうに、あたしの顔を覗き込んだ。
「え?あ……」
あたしは何か言おうとしたけど、言葉を喉に詰まらせた。
「始めまして。澤谷奏多です」
奏多は初対面のように、あたしに挨拶した。
「い、石井真優です……」
あたしも初対面のように、挨拶したけど、何処かぎこちなくなってしまう。
「真優、ごめんね。一緒に回れなくて」
千紗はすまなさそうに、両手を合わせた。
「う、ううん。2人で楽しんできなよ」
「ありがとう!」
「じゃあ、また教室でね」
あたしは、千紗と奏多に背を向けると歩き出した。
こんな所で、奏多に再会するなんて思ってもみなかった。
でも、奏多ー。付き合っていた頃より背が伸びて、カッコ良くなってたなー。
「真優!」
そんなことを考えていると、奏多が後を追ってきた。
「奏多……」
あたしはドキッとしながら、奏多を見る。
「久し振りだな……」
「うん……」
「元気だったか?」
「うん……奏多は?」
奏多から、目を逸らしてしまう。
「この通り元気だぜ」
奏多は笑って見せたけど、目は笑っていなかった。
「あの時は、本当にごめん!部活と勉強で余裕がなくて……」
「もういいよ……。奏多の学校って、進学校だから仕方ないことだし……あたしのことなんて、構ってる暇なんてないのは、わかってたから……」
あの時は、高校に入学したばかりで、忙しいことはわかっていたけど、連絡しても電話もメールももらえず、随分、淋しい思いをした。
それで結局、「別れよう」の一言、メールが届いただけで、終わってしまった。
あたしにしてみれば、自然消滅したようなものだ。
「でも、驚いた……。まさか、千紗の彼氏が奏多だったなんて」
「俺も驚いたよ。千紗の友達が、真優だったとはなー」
意外そうに、あたしを見る奏多の眼差しが、何処か懐かしさを感じさせる。
「それで?元カレだって、千紗には気づかれてないよね?」
千紗に知られたら、きっと友達ではいられなくなってしまうかも知れない。
「初対面だと思ってるから、大丈夫だけど」
「良かったー。あっ、千紗を待たせてるんでしょ?行ったほうがいいんじゃないの?」
千紗が遠くにいるのが見えて、奏多を促した。
「あ、ああ。じゃあな」
奏多はあたしに背を向けると、千紗の方へ歩いて行った。
「真優ー。昨日は、本当にごめんね!彼が、文化祭に来るなんて知らなくてー」
文化祭が終わり、翌日のこと。
次は移動教室なので、準備をしていると、千紗が筆記用具を持ってあたしの所に来た。
「そうだったんだ?」
「うん。でも、サプライズだったんだけどね」
千紗は嬉しそうに微笑んだ。
「……」
奏多、サプライズが好きだからなー。
昔もデートで水族館に行った時、あたしが欲しがっていたキーホルダーを、知らないうちに奏多が買っいてプレゼントしてくれたことがあった。
ーって、何思い出してるんだろう。
今は、千紗の彼氏なのに……。
「それでさー。真優、今度の日曜日、暇?」
「え?うん……」
あたしが、頷くと千紗はあたしに1枚のチケットを渡した。
「遊園地?」
期限が明後日までの遊園地のチケットだった。
「奏多君が、バイト先の先輩に何枚か遊園地のチケットを貰ったんだって。だから、あたし達と一緒に行かない?」
「えっ、いいよ。2人で行ってきなよー」
2人のデートの邪魔はしたくない。
「奏多君もOKしてくれているし、いいじゃない。一緒に行こうよ、ね?」
「う……うん」
千紗の強引さに負けて、あたしは仕方なく頷いた。
本当にいいのかな……?
返事をしたものの、何だか気が重いまま、日曜日が来てしまった。
「真優ー!こっちー」
遊園地のゲートの近くまで行くと、千紗がゲート入り口で思いっきり手を振っているのが見えた。
「ごめんー。遅くなって」
「あたし達も今、来たところ。ね?奏多君」
「ああ……」
すました顔で言った奏多の横には、男の子が一緒に並んで立っていた。
「あ、紹介するね。奏多君の友達の品川恭介君。一緒に遊びたいって言うから、奏多君が連れて来たの」
千紗に紹介されたけど、いかにもチャラそう。
「じゃあ、揃ったところで中に入ろうか」
「そうしよう!」
奏多の掛け声に、千紗はさっさと奏多を連れて中へ入っていった。
「千紗、ちょっと待って!」
あたしは慌てて、中へ入ろうとした時、足がもつれて転びそうになっになったあたしを品川君が受け止めた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとー」
慌てて品川君から、身体を離す。
「君って見かけに寄らず、意外とそそっかしいだね」
あたしの顔を見ながら、品川君はニヤリと笑った。
「ーー!?」
な、何て失礼な奴なのーー!?
あたしは、ムッとしながら中へ入った。
「真優、どう?彼ー」
中で待っていた千紗があたしの耳元で囁いた。
「どうって?」
「やだなぁ~。品川君の印象よ」
「印象ね……」
「真優、彼氏が欲しいって言ってたでしょ?だから、品川君なんてどうかな?」
「えっ!絶対にありえない!」
つい、大きな声を出してしまったものだから、奏多と品川君がこっちを見ている。
「品川君、ああ見えて結構良い人みたいだから、考えてみて」
千紗は、それだけ言うと奏多の方へ戻って行こうとした。
「ちょっと、千紗ー。そう言われても……。品川君って、モテそうだし遊んでそうだしー」
自分の思っていることを言ったけど、千紗の耳には入らず奏多のとこに行ってしまった。
あたしも仕方なく戻ると、
「あたしと奏多君は、2人で楽しんでくるから、品川君と真優も楽しんできなよ」
千紗は奏多の腕に手を回した。
「そうだな。ま……石井さんにも恭介のこと少しでも知ってほしいし」
奏多も千紗に賛成する。
「今、10時だから12時に広場に集合ね」
あたしと品川君の返事を待たずに、奏多と千紗は、さっさと行ってしまった。
「じゃあ、俺達も楽しもうか?」
千紗達が行った後、品川君があたしの腕を掴んで歩き出した。
「ちょ、ちょっと!一緒に回るなんて言ってないんだけど」
「いいからいいから。独りよりは2人の方が、絶対に楽しいって!」
気が乗らないまま、強引に一緒に回るハメになってしまった。
でも、いろいろ乗っているうちに、絶叫系が苦手なことが判明。
「ぷっ!誰よ、2人の方が絶対に楽しいって言ったのはー」
目を回して、ぐったりしている品川君を、呆れかえった顔で、ベンチに座らせた。
「ああでも言わないと、付き合ってくれなかっただろ?」
「……」
確かに、それは言えてる。でも、そんなに顔に出てたかな……?
「ここで、休んでて。あたし、何か飲み物を買ってくるから」
あたしは、近くの自動販売機へ向かった。
自動販売機へ行くと、ジュースを買おうとお金を入れた時だった。
「奏多君ー」
近くの植え込みの方で、千紗の声が聞こえてきたので目をやると、奏多と千紗がキスをしている姿があたしの目に映った。
「……!!」
あたしは、呆然と2人を見つめた。
元カレが友達とキスしている所を目撃するなんて、何だか頭の中が真っ白になる。
ドクンドクン……。
心臓の音が激しく鳴り響く。
その場に立ち尽くしていると、あたしに気がついて千紗と奏多がハッとこっちを振り向いた。
「ま、真優ー!!」
恥ずかしさと驚きの顔で、あたしに目を向けた。
「ご、ごめん!見るつもりはなかったの。し、品川君がちょっと、乗り物酔いして具合悪そうだったから、飲み物を買っててあげよえと思って来ただけで……」
少し動揺してしまって、つい声が裏がえってしまう。
奏多と付き合って頃は、手を繋いで外国人が挨拶するみたいなキスをする感じだったのに、今の奏多は別人のように見える。
「品川君、大丈夫なの?」
「うん。向こうのベンチで休んでるからー」
あたしは、ベンチがある方向を指差した。
「ああ見えて、あいつ乗り物に酔いやすいしな。特に動く物とかー」
奏多は、ふと笑みを浮かべる。
車とか船とかなら、飲み物酔いするのはわかるけど、遊園地の乗り物にまで酔うなんて、人は見かけによらないとはこのことだ。
買ったジュースを持ったまま、ベンチに戻ろうとすると、
「そろそろ、お昼だし。あたし達も行こう」
千紗と奏多も一緒に、品川君の所へ向かった。
「さっきは、変な所見られたなー」
先に行く千紗の後をついて行きながら、奏多はバツ悪そうに、あたしの方をチラッと見た。
「奏多もあんなキスするんだ?」
あの頃は、想像もつかなかったことだ。
「何だよ、妬いてるのか?」
「そ、そんなわけないでしょ!ただ、驚いただけ」
「ふ~ん。まあ、いいや。俺だって、中坊の時とは違うってことだけ覚えておいてよ」
「……」
奏多は、男の子から男になったんだって、何となく気づいてはいた。
「品川君、大丈夫?はい、ジュース」
あたしは、ベンチで休んでいた品川君に、ジュースを渡した。
「サンキュー」
ジュースを受け取る品川君の顔は、さっきよりも顔色がよく、落ち着いていた。
「恭介、そろそろお昼だし、何か食えそうか?」
奏多が心配そうに、品川君に言う。
「ああ……」
品川君は、ゆったりとベンチから立ち上がった。
「あたし、沢山お弁当作ってきたから、芝生の所でみんなで食べない?」
千紗が提案すると、
「さすが、千紗。用意がいいな~」
奏多は、感心した顔をしている。
さすがは、千紗。
作ってこなかったあたしが、恥ずかしいくらいだ。
芝生の方へ移動すると、千紗はお弁当を広げた。
色とりどりの惣菜やご飯が、お弁当いっぱいに詰め込んであって見ているだけで、お腹が鳴ってしまう。
料理苦手なあたしにとっては、こんなに上手に作れないかも知れない。
「うまそう!」
奏多と品川君が、揃えて声を上げた。
「食べて食べて」
千紗が、紙皿と割り箸を2人に渡した。
「はい、真優も食べて」
千紗は、あたしにも紙皿を取ってくれた。
「ごめん、千紗。あたしだけ、何も作ってこないなんて、何だか悪いみたい……」
「いいのいいの。真優が料理苦手なのは、わかってることだから」
千紗が、あたしの前にお箸と紙皿を置いた。
「相変わらずだな」
奏多が、ポロッと口から言葉がこぼれた。
「え?相変わらずって??」
奏多の言葉に千紗は、興味本位で聞いてきた。
「あ……いや。あ、相変わらず千紗の料理はうまいなってこと」
奏多はあいまいに、言ってのけた。
「……」
多分、あたしのこと言ってるんだよね。
昔、奏多にお弁当を作ってきてあげたことがあった。奏多は残さず食べてくれたけど、後で味見をしたら、味はイマイチでとても美味しいとは言えなかった。
「あたし、前にお弁当作ってあげたっけ?」
千紗は、奏多の言葉に首を傾げた。
「ま、前に一度だけあっただろ?それより、この唐揚げ美味い」
「あ、これ?これはね……」
奏多が話を変えると、千紗は何もなかったように、唐揚げの説明を始めた。
2人が付き合っていても、どうやら、お弁当を作ってあげる所まではいっていないらしい。
何、2人のこと気にしてるんだろうー。
2人が付き合おうと、あたしには関係ないことなのに……。
あたしは、気にしないでお弁当を食べ始めた。
「千紗、口についてるぞ」
奏多が、千紗の口についていた食べかすを指先で摘まんでとってあげた。
2人のやり取りに、何だかモヤモヤした気持ちになる。
あたし……本当はまだ、奏多のことが好きなんじゃ?
「どうしたの?真優ちゃん。お箸から落ちそうだよ」
お箸で挟んでいた卵焼きが、落ちそうなのに気がついて、品川君が、教えてくれた。
「あ……」
あたしは、慌てて口の中に卵焼きを放り込む。
「ぼーとしてどうかした?」
「べ、別に何でもない……。それより、今日逢ったばかりなのに、下の名前で呼ぶのやめてくれる?」
馴れ馴れしいのもどうなんだろう。
「湯沢さんが呼んでたから、ついー。それに、上の名前知らないし」
「そう言えば、自己紹介がまだだったかも……」
よく考えたら、品川君の自己紹介だけで、自分のは、してなかったかも知れない。
あたしは、とりあえず自己紹介をする。
「じゃあ、石井さん。今度、2人っきりで逢えないかな?」
品川君が耳元で囁いた。
「どうして、2人っきりで逢わないといけないわけ?」
うさんくさそうに、品川君に目を向ける。
「石井さんのことが、もっと知りたくなったじゃ、ダメかな?」
すがるような目つきで、あたしを見る目は、小さな子供のようだ。
「べ、別に……ダメじゃないけどー」
押しに負けて、渋々頷いた。
「じゃあ、今度の日曜日にデートと言うことで」
「デートってわけじゃないからねっ」
あたしは、顔を背けると千紗と奏多に目をやった。
あたし達のことなんてお構いなしに、2人でいちゃついている。
あたしは、イラついた気持ちで2人を見つめた。