小雪、出会う。
ーーパーティ募集中でーす!スカー討伐経験三回以上ある方いませんかー!
ーー始めたての新人さーん!うちのチームに入って気楽に鍛えませんかー!今ならバスターソードか刀、または少しレア度の高いバトルナイフが貰えますよー!
ドアを開けると、集会場と呼ばれている超大型施設の中に出た私は喧騒に心踊らせ、踏み出した一歩から動けずにいた。後ろのドアから出てきた女性プレイヤーとぶつかり怪訝そうな顔をされ、すいませんと謝った後、ふと我にかえる。
「こりゃまた……すっごいねぇ……」
心の底からの声が漏れ出る。何しろ、辺りのどこを見ても、人、人、人。そのどれもがハーフやフルのプレートメイル、それに、際どい格好の女性やいかにも魔法使いですと言わんばかりの格好の女の子や男の子が視野いっぱいにうつるのだ。そんな人数が入っているこの施設にいたっては、端が見えないくらいの広さだ。
そんな中私は一歩踏み出すと、
「あ、あれま、ちょっと!」
今狩から帰ってきたような、フルプレートメイルの集団に巻き込まれ、あれよあれよという間にもと居た地点から大きく外れていく。まずい!これじゃあギルドカードを作るどころか、場所がわからなくてたかしちゃんに会えなく……!
「ちょーっとすいません!俺のツレが混ざっちゃってます!すいません!止まって下さい!」
よく聞き慣れた、といっても、1年ぶりに聞いた声が響き、フルプレートメイルの集団はその歩みを止める。すると、隙間から縫ってくるように一本の腕が伸びてきて、私の腕を優しく掴み、その柔らかな力で私をゆっくりと引き寄せた。
そこにいたのは、紛れもなく孫である#斎藤隆、たかしちゃんだ。たかしちゃんもリアルスペック(外と同じ見た目)でやっているので、娘の旦那と同じくらい高身長、確か187センチとか言ってたかな。そして程よく引き締められた身体。髪は短いがオシャレをしているらしく、ワックスのようなもので固めてあり、娘のような見るものを惹く笑顔で私を見つめていた。
「ばあちゃん久々!ログイン完了したみたいだね」
「たかしちゃん!こっちにいたのね。電話してくれたらよかったのにー」
大きな身長から見おろされる、身長160センチあるかないか程度の私は、ぷーっと頬を膨らませ、目を座らせながら拗ねたふりをしてみる。……私も若い頃は絶世の美女と言われてたくらいだし、可愛く魅せていると思っている。年齢的なことは今は考えない。
そんな内心のせめぎ合いを知ってかしらずかたかしちゃんは、ははっと笑ながら両手で膨らんだ私の頬を包むようにして押し込み、私の口からぷひゅーと空気が漏れ出てしまう。少し恥ずかしい。
「どうせ電話するくらいなら、ドア前……ばあちゃんが出てきた所ね。そこでばあちゃんが来るまで待っとこーって思ってたんだよ」
出てきてすぐに、何故か立ち止まってキョロキョロしたあと、先程の集団に巻き込まれて流されていくさまを見ていたとたかしちゃんは続けて言う。不覚……
「とりあえず合流出来たし、ギルド受付に行こうか。組合員さんと話しをして、カードを貰おう」
「はーい、どこに行けばいいのかしら?」
「んじゃ、俺について来てね」
そう言って踵を返し、歩き始めるたかしちゃんについて行く私。
それにしても、凄まじい人の数だ。改めてそう思う。
「人、多いでしょ」
「そうねぇ、人に酔っちゃいそうよ」
そんな私の様子を見たのか、たかしちゃんがこちらを向き、後ろ足に歩を進めながら口を開く。
「まあ仕方ないよ。なんせ世界で総プレイヤー数500万人を突破した超大型VRオンラインゲームなんだし」
「へー、500万人かぁ、それなら仕方な……500万!?」
凄まじい。現在の日本のゲーマーの殆どがやっているのではないだろうか。
「世界中でやってるのならば仕方ないんでしょうねぇ、だけど、外人さんと会ったらお話しできないなぁお婆ちゃん」
「そこはサポートAIちゃんに説明されなかったんだね。このゲームは万国共通語システムっていうシステムを採用してて、世界中の言語は対象の人物に翻訳されてから伝わるみたいだよ。イントネーションとかもしっかりと」
「あぁ、あのテレビで噂のシステムね。車が宙に浮くより先にバベルの塔をワンフロアにしたっていう」
「ちなみにそのシステムを制作、特許を取得してるのがこのゲームの会社らしいよ」
「へぇー…凄いわねぇ。知らなかったわぁ」
感嘆し、何度もゆっくり頭を上下に揺らす私。たかしちゃんは私のその様子に得意な様子と笑みを浮かべ、それじゃあ受付さんの居る所に行こうかと言って前を向き直して歩み進める。
「たかしちゃん、あの光ってる床は何かしら?」
「あれはね、転移床って言われてるんだけど、まずはギルドカードを貰ってからじゃないと使えないんだよねぇ……」
なんでも、このとてつもなく広いギルドといわれる建物を歩いて、どこに何があるか迷いながら覚えて欲しい、という思惑があるらしく、新人は否応がなく広いこの施設を隅々歩かされるらしい。なんてお年寄りに厳しい造りなんだ。
「あ、そう言えば、婆ちゃん?」
「ん?はあい?」
「婆ちゃんの初期スキルってどんなの?」
「え、ちょっと待ってね……どうやって見るのかしら?」
たかしちゃんにそう言われたので、歩きながら私はVRフォンを触り、起動させる。浮かんできたホログラムに改めて驚き感動していると、たかしちゃんにサポート呼び出しって所を触ってと言われたので、それを触る。すると色々ある項目の中に所持スキルという文字が出て来たのでタッチする。
「おーおー、なんか凄そうなスキル目白押しだね。斬鉄ってあの時のことがスキルになったんだろうし、それにアレもやっぱりあるんだね」
「そうね、まあコレが私の証明ともとれる技だし」
そう言いあって、二人でニヤリと笑う。アレコレと話しているスキルは勿論、不知火のことだ。はたから見たら、私達は中々危ない表情をしているのだろうか?少し気になるので、すぐに表情を戻すと、木貼りの床をわざとらしくコツコツ音を立てて気を取り直す。
それにしても広い。思わず 脳内で愚痴をこぼしてしまった。
「ねぇたかしちゃん、まだまだ歩かないとなのかしら?」
「んー、まだ一キロくらいあるねー」
「うへぇー、……遠いわねぇ……お婆ちゃんくたびれちゃったなぁ」
そう言いながら、右前の方向にある屋台……屋内にあるからお店と言った方がいいのかな?そのお店にでかでかとプリントされているクレープをチラチラと見やると、その視線に気付いたたかしちゃんがクスッと笑って、しょうがないなぁと一言いうと、私はその場で待つように言ってからお店の方へと走って行った。
待っている間、私は上下左右全てを見回す。
時代背景が中世だからなのか、主たる素材が木で造られている超巨大施設は、天井の高さが二十メートル程あり、二階建て構造で、縦にも広いけど、横に向かっては端っこにある物が霞んでしか見えない、中心が吹き抜けの構造だ。吹き抜け部の天井はガラス製で、太陽の光がさんさんと降り注いでいる。その天井には至る所に色ガラスで造られている、方位を示すものがあり、ナンバーが振られていた。今は22と書いてある。
広さが空港並みの、ショッピングモールみたいだなと思った。
~~!
~~!?
ふと私から見て左手側、天井に色ガラスで造られている方位を表す物によると南側に位置する所で、何やら怒鳴り声が聞こえるので、そちらに視線を移す。その場には沢山の人だかりがあり、その中心に何かが起こっているだろう事が察せる。そちらの方を注視していると、
「わっ!!」
「お、イチゴ!よくわかってるじゃない!」
「……ばーあちゃん、少しはびっくりしてよ」
そーっと忍び寄り、私を驚かそうと声をあげたたかしちゃんは、イタズラが失敗に終わった事に落胆しつつ、私にイチゴクレープを渡してくる。そう言われても、気付いていたのだから仕方ない。まあ本当にたまたま影が見えただけなんだけれど。
私とたかしちゃんはホイップクリームたっぷりのクレープに舌鼓をうちながら歩きはじめると、先程の喧嘩?が終わったのか、ギャラリーが散り散りになっていく様が見て取れ、気になったので、たかしちゃんに聞いてみる。
「ねえたかしちゃん、さっきあの辺で人だかりと喧嘩をするような声が聞こえていたのだけれど、なんなのかしら?喧嘩にしては、なんか様子が変だったのだけれど」
「あー、"決闘"か、エリア22だしね。あ、エリアってのは上の数字の事を言うよ」
「エリアはなんとなくわかってたけど……決闘?」
決闘とはなんだろう、文字通りだとは思うけど、深く聞いてみる。
「決闘ってのはね、プレイヤーとの戦いをするための対人戦システムで、色々なルールを定めてからする遊びだね。まあ、問題が多々あるシステムなんだけど……ゾロ目の数字の場所だけ特に開けてることから、その場所は自然と決闘推奨エリアになったんだ」
「ふーん……ひらめい」
「婆ちゃんは極力しないようにしてね。化け物なんだから」
「ばっ……!」
なんて直球で遠慮の無い言い草なのだ。まさか、孫に化け物扱いされると思わなかった。少しむくれてみる。何度も言うが、年齢的なものは考慮しない。
「あ、もうギルド関係者室に着くね、ほらばあちゃん、むくれないの!着くよ!」
そう言われて私ははっとして前を見ると、大きな両扉にギルド関係者室と書かれているのを見つける。ていうか、普通に入って良いのかとか、ここ絶対受付じゃないのでは?とか考えていたけど、たかしちゃんは普通に、少し豪華な飾り付けがされている高さ3メートル程、横に扉一枚が2メートルほどある扉の両方を勢いよく開ける。なんとも豪快な。お父さんにそこは似たのねと思いながらも中に入ると、
「こらぁぁ!だからいつも静かに入りなさいって言ってるでしょぉがぁ!」
従業員室と思われる扉から、ばんっと音を立てながら私より小さい女の子がものすごい形相と勢いで顔を出し、ズカズカと足音を立てたかしちゃんの前に来る。
「あんたは馬鹿力なんだから特に気を付けなさいって何回も!……って、横の方は?」
ようやく私に気付いた小さい女の子は、私を見ながら首を傾げる。
「あー、ギルドカードを作りに受付まで行こうとしたんだけどね、面倒だし運営室でいいじゃんって思ったから来たよ」
「初めまして、かり……ここではアバターネームってのが良いのかしら?小雪です。……えっと、なんかごめんなさいね?」
私がそう言うと、女の子は驚きの表情を見せ、少しの間が空くと、笑顔になってから、
「貴女がこのば……隆さんのお婆様なんですね、彼の口からよく話題が出ます。曰く剣神だとか、曰く魔王だとか。主に魔王と」
「ちょっ!」
言われたくないことを言われたかのように慌てるたかしちゃん。それは事実の裏付けでもあるのに。
にっこりと笑いながらたかしちゃんを見ると、たかしちゃんは無言で首を左右にぶんぶんと振る。さて、どうしてやろう。
「剣神はともかく、酷すぎないかしら、私の呼び名。ねえ、たかしちゃん?」
「え、えっと」
しどろもどろになっているたかしちゃんの耳元で、3000回?と聞くと、顔面蒼白になって、地に頭をつけんばかりに謝ってくる。全く、お婆ちゃんであるのと同時に、師匠なんだからね。たかしちゃん。
その様を見ていた女の子はクスクスと、口元に手を当てながら上品に笑っていると、
「それは一度置いといて……」
そう口を開き、そして態勢を整えると、
「ようこそ中央ギルドへ。私はギルドマスター兼管理スタッフのカグヤです。以後長い付き合いになりそうなので、よろしくお願いします」
そう言って彼女、カグヤちゃんは一礼すると、私達をギルドマスター専用執務室へと誘うのだった。