小雪、チュートリアル。
ーーじゃあ次は、チュートリアルを始めるよ!この世界で必ず一度は体験する出来事を、前もって体験しとく、それは大事なことだから、頑張ってついてきてね!
「わかりました。……んーと、なんて呼べばいいのかな?」
天の声、女性声優さんが出した少年のような声の主に私がそう言うと、少しだけ沈黙が場を包む。ああ、しまった。人工知能(AI)に対して何を聞いているんだろう。あれだ、テレビに話しかけるあれだ 。その要領で話しかけてしまった。
ーー初めてそんなこと聞かれた、ってことは無いですが……ふふっ、この登録の時にしかボクと話す機会なんてありませんので、好きに……んーと、せっかくだし、女の子らしく、チュートリアルからもじってリアちゃんと呼んで下さいっ
そう言って、天の声……リアちゃんははにかんでいるかのような楽しそうな声で言ってくれた。というか、女の子だったんだ。ボクっ娘ではないの。若い頃大好物でしたよはい。
……うん、娘よ、すまなかったとは思ってる。でもまさか高校にはいってもボクっ娘だとは思ってなかったんだ。口調直すの苦労したろうね。まあ娘の旦那の洋一さんも私も、なんとか口調を直したと思っている娘からたまーに出てしまう"ボク"に激しく萌えてしまってるけどね。
うちの娘、もう50になろうとしてるところなのに、まだ16歳位の見た目だし。誰に似たの昌。ていうか、本当に人間なの?とさえ……いや、やめとこう。
ーーではではではでは!!まず最初のチュートリアルですが!なんと!
リアちゃんはとっても元気いっぱいに次の紹介をしてくる。可愛らしいなぁ……
ーー小雪さん!まずは一度、死んでもらいます!
……なんてことはなかった。
「は、へっ、ええ!?」
ーーこれは他意などはなく、言葉通り、この世界での死を一度体験してもらうことが一番の目的です!このゲームは全年齢を対象としていますので、どれだけ安全に、なおかつ、小さなお子様やその親御さまにとって一番の懸念材料であることを前もって経験していただきまして、その不安を解消してしまおう!という目論見です!
ああ、そう言うことかと、一度激しく鼓動した心臓と動揺した精神を落ち着かせるために一息吐き、そしてゆっくりと一度頷く。リアちゃんの言い方が激しいからお婆ちゃんびっくりしちゃったよ。まだ当分お迎えは来ない予定なんだよお婆ちゃんは。動揺で死ぬかと思ったけどさ。
「それでリアちゃん、どのように一度、その、倒されれば良いのかな?」
そう、倒され方も問題だ。目の前で何かがこちらに向かって発砲してくるのに、無抵抗なまま倒される、窒息や毒など、じわじわゆっくり倒されるなど、そういうのであったら流石にすこし怖い。
ーー念のため、一応選択することは出来るけど、基本的にはマスターコードで一度ふっと死ん……倒されてもらいますよ!小雪さんも怖いだろうし、ね!
「ごめんね、わざわざ気を遣って言い直してくれて。それじゃあサクッとお願いしようかしら」
先程から妙に気を遣ってくれたり、話にのってくれたりする辺り、もしかしたらリアちゃんはAIでは無いのかもしれない、と考えていると、急に眠気が遅い、そのままその場に倒れ込んでーー
ーーおはよう小雪さん!どうでしたか?ご気分の方の問題点などはありませんか?
はっとすると、どこから現れたのかわからないベッドの上で目が覚める。場所は先程立っていた位置にそのままベッドが運び込まれているようで、そのベッドの掛け布団に包まれるようにして私はそこにいた。
「これなら確かに安心して倒されることが出来ますね。だけど、このお布団は……」
ーーそれはね、回復ポイントであり復活地点位置にもなるベッド!このゲームでは一度ベッドで仰向けになれば、その場が拠点になるんだよ!と言うことを説明するために、用意しました!ベッドは宿屋や一部フィールドやダンジョンにあるよ!
ーーあ、ベッドは運営権限で絶対に壊れないようにしてるから、回復ポイントとリスポーン拠点破壊ってことにはならないから安心してね!
それと、と続けて、回復する際にログアウトを選択すると、現実世界へと目を覚ます。と言うことと、そのままベッドで寝ると、睡眠することが出来て、その際は目を覚ますとログアウトした状態になっているので景色の違いに驚かないでね、との事、さらには、ゲーム内フィールドどこでも疲れて寝てしまったりすると、強制的にログアウトとなり、ログイン後は最終リスポーン拠点からのスタートとなる、という事。基本的にはログアウト後にヘッドギアを外してから寝る事を推奨している、とのことだ。
ーーそれ以外にも、毒や麻痺、大怪我や小さな怪我、それに、欠損や凍結、やけどなどなど、色々とありますが、経験しておきますか?さらーっと説明しておきますと、毒は身体が寒くなる、麻痺は少しだけその部位または全身が正座をした時に痺れるアレみたいになります。欠損は痛みなどはありませんが、腕や足が無くなるので当然物を持てなくなったり走れなくなります。
ーー凍結は顔まで覆われてしまった場合のみ倒されることになりますが、それ以外はその部位が動かなくなりますし、氷水に手を入れたみたいに冷たく感じますよー。やけどはチクチクと痛むくらいで、ちょっと物を持ち辛く感じる位かな?まあ、それら状態異常やそれ以外の事象など、感じ方は個人差もありますので、参考程度にお願いしますー。
状態異常は怖い、それだけ覚えておこう。絶対に受けたくない。
ーーさてさてー、次に、初期装備の設定になりますー。お好きな武器はなんですかー?二つまで選んで下さいなー。
リアちゃんがそういうと同時に、芝のような草原の地に沢山の武器が現れた。大剣(両手剣)や片手剣といったメジャーなものや、弓やボウガン、変わり種としてはメイスや鎖鎌、はてにはヌンチャクやトンファーなどもある。
「私は刀と弓を使いますよ、リアちゃん」
オッケー!というリアちゃんの声とともに、刀と弓を残し全ての武器が光の粒となって消える。そして、残った刀と弓が浮かび上がっては私のもとにゆっくりと飛んできたので、それを手に持つ。するとそれらも光の粒になって消えた。
ーーじゃあ、最後になりますがー、小雪さんのステイタスの設定になりますー。どのように振り分けますかー?10ポイントを好きなように振り分けてくださいませー。
次はいよいよゲームっぽくステイタスポイントの振り分けが始まるらしく、目の前に白い文字で、筋力・体力・速力、魔力、運という5項目の文字が浮かび上がり、それらの文字の横には、魔力という項目以外1と数字が書かれている。魔力は0だ。
ーーそれらの項目の横にある数字の1は、現在の小雪さんの能力値を1として置いてますー。それが2になれば2倍、3になれば3倍と、現在の身体能力にブーストがかかっていきますですよー。ちなみにですが、他のプレイヤーさんと闘う"決闘"を行う際や、街の外を出る時以外などは、身体能力ブーストは基本的にはかかりませんので御注意下さいー。
ーーあ、もちろん、私達人間に魔力なんてあるわけないので、それは0とさせてもらってますよー。
そこはリアル思考なのか。まあ、それの方が面白いだろうけど。
さて、どうしたものか。特段欲しいステイタスはないのだけれど、どれもこれもあったら便利に思ってしまう。けど、せっかく刀と弓を選んだのだし、体術に関連するものがいいでしょう。なら、欲しいのは……
「体力って、耐久力の事かしら?それとも持久力の事かしら?」
ーー体力は、そのどちらもですよー。主に、精神的なものの向上が体力となりますねー。
ーー筋力は、腕力や脚力などの他に筋持久力や、少しだけ走りが早くなったり物理耐久力も少し上がったりしたりしますー。
ーー速力は瞬発力や反射神経、走りの速さの上昇に伴って、体幹や脚力も上がるんですー。
ほほう、とことんリアリティの高いゲームなんだなぁと感心。確かに、スピードの早い子のキックが弱いなんてこと無いだろうし、鍛えに鍛えた身体を持つ人が、足が遅いとか耐久力が無いとか無いだろうと私は思うし、その辺は面白い設定でありがたい。
ーー魔力や運は第六感枠なので、そのまんまの意味で捉えて下さいねー。ではでは、お好きに振り分けて下さいませー。
運は目で見てわかるものなんかじゃ無いし、魔力なんて尚更の事だし、これが上がるからこれも上がるなんてことは無い、これも面白いなぁ。
ステイタスの説明を聞いた上で、私が振る項目は決まった。それは、
「ではリアちゃん。私は"体力"に全てのポイントを振り分けるわ」
そう、体力。いかに技術や経験があっても、これが無いと活かせやしないことを痛感しているからこその選択。
私がそう宣言すると、リアちゃんが、ふむ、と言って少し黙る。
ーー小雪さん、失礼を承知で言いますが、ご老体の小雪さんが体力を求めることはお察しできます。しかし、俗に言う"極振り"はあまり賢い判断とは思えませんよー?
リアちゃんが言うには、極振りは慣れて来てからすべき行動で、初めからその選択を取る人は大概ゲーム内にて後悔するとの事だ。
そりゃ、筋力があっても、体力がなければすぐに疲れてしまってパフォーマンスの低下を招き、結果的にはありあまった筋力が無駄になりかねないし、速力があっても、武器による決定打を与えることができなければ、こちらもまた体力が無いので、パフォーマンスの低下を招く。
それと同じように、体力がありあまってても、筋力も速力もなければ魔力もないので、決定打不足のせいで敵からされるがままになってしまうのだろう。リアちゃんは私の考えを改めて貰いたいと暗に言っている。
しかし、それらをわかっていても私は答えを変える気はなく、
「それでもやはり私は体力に全てを。なんでも体力がなければどうしようもないのよ?それに、必要性を感じたら他の能力もあげるわ」
と告げる。リアちゃんはむむむっと唸り声を上げ、また少し間が空くと、諦めたかのように承認してくれた。
すると私の身体が1度光に包まれて、やがてその光は収束する、とほぼ同時にいっそう強い風がごうっと吹き抜ける。
ーーこれで全ての設定を終了します!それでは小雪さんっ!
「はぁい?」
私は名前を呼ばれたので返事を返すと、多分満面の笑みで言ってるんだろうなと思うような口調でリアちゃんは言った。
剣と魔法とドラゴンの物語(オール・フィクション)
を心からお楽しみ下さいませ!
その言葉を口切りに、私はまた強い光に包まれて、視界が暗転したのだった。