恐怖の村
ちょっと厳しいかな?
少年は名前を津上哲也、と名乗った。彼は私達が思っていた通り、『麻久利村』に唯一住んでいる小学生で、毎日山を降りた先の学校に通っているらしい。
「成程、それで、学校から帰って来た所で俺達を見つけたって訳か」
「見たことない人たちだったし、それに…少し怖かったから、気になって」
哲也君は和也をちらりと見て恐る恐ると言った顔で答えた。確かに、和也はさっき遭遇したあいつらと同じイマジネーターだから、似たような気配を感じて怯えてしまったのかもしれない。
「じゃあ、哲也君はいつあの化け物を見たの?」
「一週間前。あの日、俺友達の家に寄ってたらバスに乗り遅れちゃったんだ。怒られると思って急いで村に戻ったら…」
そう言うと同時に私達は哲也君の案内で『麻久利村』を一望できる森の高台に到着した。村を見せば、田んぼや畑で作業する老人たちや、数人の若い男女が見えたが、その気配はどこかおかしかった。眼鏡で外景情報をスキャンして分析しても何も出ないけど、いつも通りを知らない私でも良く分からない違和感がこの村にはあった。
「ちょうどここだよ。あの夜、ここから村を見たら、変な奴らが父ちゃんや母ちゃんたちに何かしてたんだ」
「何か?って、分かんないよな」
「うん…だけど、あの紫色のガスを浴びて、すぐにみんなおかしくなったんだ。ここからでも聞こえるくらいに大声出して、走り出したんだ。爺ちゃんたちなんて、いつもは歩くので精いっぱいだったのに」
哲也君の言う通り、村に居る人たちの殆どはお年寄りだ。元気に農作業をしている様には見えるけど、杖や手押し車が彼方此方に置いてあって歩くのにも一苦労なのが見て取れた。
奴らが開発したと言ってた狂化ガスに、もしかしてこんな人たちを暴れまわらせるほどの力があるというんだろうか。でも、変身なんてとんでもないことを実際にやれるようにしてしまうほどの技術が既にあるんだし。
「それで、君はどうして無事だったんだ?あいつらがすんなり逃がしてくれるとは思えないんだが」
「お巡りさんが助けてくれたんだ」
少しだけ嬉しそうに哲也君はその時のことを教えてくれた。
あの夜、村の皆が暴れ始めたのを見ていたのは哲也君だけじゃなく、行方不明になった村の駐在さんもだった。彼は帰りの遅い哲也君を探して山道を降りて戻って来た所で事件を目撃し、暴れ回る村人たちを目撃してまず署に連絡をしたことだろう。そしてその後、何とか村人たちの囲みを突破してこの高台に向かった。
「ああ良かった。哲也君は無事だったのか!」
「お巡りさん?あれ、どうなってるんだよ!?」
「私にも分からん。だが、もうじき下から救助が来る!さあ、逃げるぞ!」
それだけ言って駐在さんは哲也君を連れて今私達が来た道を戻っていった。だけどその途中で、二人の男と遭遇してしまった。先ほども出会った老人と青年、プロフェッサーDとあのイマジネーターだ。青年は化け物に姿を変えて襲い掛かり、駐在さんは哲也君を茂みに隠して一人立ち向かっていき、そしてそのまま行方が分からなくなってしまった。
「あの後、朝まで茂みに隠れて…やっと父ちゃんが探しに来てくれたんだ。だけど…」
「様子がおかしい、と」
「お巡りさんのことを、そんな人知らないって言うし、時々怖い顔をするようになったし、毎晩大人たちは皆どこかに行くし…」
心細そうに石を蹴る哲也君。私はそんな彼に何をしてやればいいのか分からなくてオロオロしてしまうけど、和也は黙って彼の頭を撫でた。
「安心しろ。俺たちは君の味方だ。絶対に君の村は救って見せる」
力強く頷く和也に、哲也君は一瞬だけポカンとしたように黙り込む。だけど不意に和也の手を振り払ってふて腐れたように視線を背けた。
「な、なんだよ、子ども扱いすんな!」
「そいつは済まなかったな」
和也はそれだけ言い残し、村を見渡せるこの高台から一歩足を踏み出した。
「さてと。まずは村がどういう状況下だけでも偵察してくるか。ヒカリ、彼を頼んだ」
「任せて」
私の答えなんか聞こえないうちから高台を飛び下りる和也。飛び出た木の根っこや石を器用に足場にして村まで一気に駆け下りていく。
「すっげぇ…」
「真似しちゃダメだよ?あれは和也じゃなきゃ出来ないことだから」
村に入り込んだ俺は、万が一を考えて村人たちに見つからないように物陰を隠れながら村を回っていく。あの少年が言う話には、村人たちは紫色のガスを吸って別人のように暴れ出したという。もしもそれがあのクソジジイがペラペラ喋ってくれた狂化ガスならば、成分表か中和薬を見つけ出して量産しなければ。まさか、ガスを作って撒くだけ撒いてそれで終わらせるはずも無いだろう。
(にしても、この匂い…)
奇妙な匂いに顔をしかめ、俺は思わず顔を覆いながら身をかがめる。これがあの狂化ガスの残留した匂いなのだろうか。やけに頭がくらくらする。だが、それならどこで奴らがガスを撒いたのかだけでも探れはしないだろうか。
嗅覚に意識を集中させ、村人たちに気づかれないように匂いのキツイ方向に進んでいく。やがて俺は、古びた神社にたどり着いていた。
「ここだ。ここからガスの匂いは村中に蔓延している。だが、こんな奥まった場所で撒いて村中に回るのなのか?」
思わず口をついて出た疑問の答えはすぐに出た。大量の、それも新しい土のついた足跡が神社の石畳についていた。恐らく農作業をしたままの靴、或は土で汚れた玄関に置いてあった靴を履いてここに来ているんだろう。あの少年が言っていた、大人が毎晩どこかに行く、とはここへ集まっていたのだろう。なら、ガスは定期接種しないと効果が薄れるのだろうか。
そんなことを考えていると、ふと気づいた。神社の扉が開いた跡がある。お札の封印はかなり新しく張り替えられた形跡があった。
「…罰当たりだが、止むを得ん!」
お札をはがし、扉を開ける。そしてそこで、俺は驚愕のあまり目を見開いた。
そこにあったのは、大量の死体だった。熊、鹿、野兎、イノシシ、鳥、そして人。ありとあらゆる死体がそこにはあった。
悪趣味かつ罰当たりな光景に言葉を失う俺。その時、俺の後ろに誰かが迫っていた。
「うっ!?」
咄嗟にしゃがめば、頭擦れ擦れに斧が振り下ろされた。咄嗟に反撃しようと蹴りを繰り出すも、襲ってきた相手を見て思わず足が止まる。
相手は、正気を失った老人だった。
「きゃあああ!?」
哲也君を抱きかかえ、私は足裏ジェットを吹かして逃げ惑う。後ろから襲ってくるのは、あのプロフェッサーDとげっ歯類のイマジネーターだ。
「逃げられると思っているのか?天龍寺の娘」
イマジネーターのガスから逃げるので精いっぱいな私をプロフェッサーDがあざ笑う。
「速く高くに飛べよ、姉ちゃん!!」
「ダメよ!ここは木が多すぎて下手に飛び上がれない…!!」
「なら、村に一度向かってくれ!!多分、あっちだ!!」
哲也君の土地勘を信じて村に向かう私達。その途中で村に続く獣道を見つけてほっと一息をついた私の目の前に、どこからともなく飛んできた鉈が迫った。
「…っ!?」
咄嗟に哲也君を抱きかかえて庇う。鉈は私の背中に当たり、集中力が切れてコントロールできなくなった足裏ジェットはでたらめな加速をして私は地面に投げ出されてしまった。
「ね、姉ちゃん…」
「大丈夫…かすり傷だから…」
フライトスーツのお蔭で鉈の一撃も服の背中が切れただけで済んだ。ホッとした私達だけど、既に周囲は武器を持ったお年寄りたちに囲まれてしまっていた。
「じ、爺ちゃんたち…」
「操られてる…」
「その通りだ。私の作り出した狂化ガスの素晴らしさ、君らのような低能にも理解できたかな?」
プロフェッサーDとイマジネーターが森から姿を現し、お年寄りたちが私達に鉈や鎌や斧を向ける。絶体絶命だ。下手に抵抗してこの人たちを傷つける訳にはいかない。
「これこそ芸術品だ…私は私の才能を初めて恐ろしく感じたよ。吸えば理性を失い、その間に私があの新参幹部に隠れて作った新作の薬で自我を失う。私の思うがままだ。これを日本中にばら撒けば、日本ズタズタ計画だけでなく、日本占領も私の手で成し遂げられる。フフフ…実に愉快だ」
「なんてことをするのよ!人間の尊厳をなんだと思っているの!?」
「人間の尊厳だと?私のプライドに比べれば、そんな物など石ころにすら届かんさ!」
「なんだよそれ!そんなん知るかよ!俺の村を返せよ!!」
「言われなくとも返してやるぞ。小僧。何故なら、この村もこの国も世界も、私が掌握しているも同然!お前たちも私の物になるがいい!!」
プロフェッサーDの言葉と共に、イマジネーターが紫色のガスを吐く。アレを吸えば理性を奪われ、そのままあの外道に洗脳されてしまう。それだけは嫌だと足裏ジェットを吹かそうとするけど、私も哲也君も身体を操られたお年寄りたちに掴まれてしまう。
「ううっ…!!」
「放せ!放せよぉ!!」
本気で抵抗すれば逃げられる。だけど、そうすれば私を捕まえている老人たちが怪我をしてしまう。目の前に迫る紫色のガスを前に思わず目を閉じたその時だった。
「トリャア!!」
和也が、いやコミックマンが空から舞い降りてイマジネーターをボードブレードで叩き斬った。
「うぐっ!?き、貴様!!」
「プロフェッサーD!お前の物になる世界も、国も、村も無い!!」
突然の襲撃に動揺するプロフェッサーDを前蹴りで蹴り飛ばし、そして後ろから襲い掛かって来たイマジネーターの攻撃をボードブレードで受け止める。
「ぜりゃああああ!!」
細見の身体、サムライモードに変化したコミックマンは後ろ手で握りしめていたボードブレードを振り上げ、イマジネーターの腕を弾くと同時に全力で切り払った。
爆発するイマジネーター。プロフェッサーDは思わず後ずさりをする。
「ここまでだ。命が惜しければ、ガスと彼らに使った洗脳薬の中和薬を寄越せ」
「くうっ…!!い、命には代えられん…!!」
ボードブレードを鼻先に突きつけられたプロフェッサーDが悔し気に呟き、そして二つの薬を投げ捨てる。和也はそれをキャッチし、視線で嘘をついていないかどうか確認する。
「う、嘘ではない!!だから早く逃がしてくれ…!!」
「いいぜ。アンタ、敵にしておくにはちょうどいい馬鹿さ加減だからな」
ボードブレードを消しながらそう言い放った和也。プロフェッサーDは答えを聞く前に走り去っていったが、その背中は和也の言う通り敵に居て欲しいタイプの馬鹿を絵にかいたような間抜けさだった。
「あ、あんたは…一体…?」
その時、哲也君がコミックマンを見ながら呟いた。どうやら和也だとは気づいていないらしい。和也はそれを聞いて微かに気をよくしたのか、ちょっと右手を掲げて得意げに合図する。
「ヒーローさ。じゃあ、またどこかで会おう」
和也はそれだけ言い残してボードブレードに乗ってどこかへ飛び去って行く。哲也君はその背中が見えなくなるまでずっと見つめていたのだった。
感想待ってます。




