対決!
もうちょっとだけこの茶番は続くんじゃよ。
人間が生きるために睡眠は重要だ。一般的に行って成人で六時間から九時間の睡眠時間が必要とされ、特に学生は八時間から十時間の睡眠を必要とする。八時までに学校に着かなければならず、家から学校まで徒歩十五分。つまり、朝の支度を含めて俺は七時には起きなくてはならない。そうなれば推奨される睡眠時間を確保するには遅くとも十一時には眠らなければならない。勿論、授業が四時半に終わりそのまま帰宅すれば当然のことながらゆっくりと睡眠を取ることができる。
が、昨日は滝先生の懇願もあって相談室なる部活動もどきをしていて五時半まで学校にいた。勿論漫画を書き進めることができたから時間の無駄ではない。むしろあの最新鋭の設備で漫画を書けて満足でした。
けど、その後にわざわざ博士の家に寄ったらそのまま研究の手伝いをさせられちゃいましたよ。しかも六時間もの間。
つまり何が言いたいかというと、今日も絶賛寝不足です。
「あー…気分悪い…」
学校の食堂で注文した日替わり定食を持って一人用の椅子に座る。案の定、目の下のクマのせいで余計に人相が悪く見えてるらしく誰も近づいてこない。まあ、別に混んでるはずなのに左右が空いてたっていいけどさ。むしろ広々してて余裕があるんだ。本当だよ?
定食のサラダをつつきながらブツブツ呟く。傍から見たら明らかに危ない人だよな。
「あっ…」
「ん…」
声が聞こえてチラリと見れば、天竜寺さんが俺と同じ日替わり定食を持って立ってた。しかも目が合った途端に明らかに怯え始めてるし。
天竜寺さん、ちょっと怯えた声で隣の席を指差す。
「こ、ここ…いいですか?」
「別に俺の席じゃない」
意識していないのに、ややぶっきらぼうと言うか怖い声が出ちゃった。まあ向こうも今以上に俺のこと怖いと思い直すこともないだろう。博士の娘さんだからって仲良くしなきゃいけないこともないんだし。
お互い無言で日替わり定食を食べ進める。こっちのほうが先に食べ始めたから当然こっちが先に食べ終わるはずだった。が、隣でカチャカチャ音がしたと思ったら今度は何か袋を開ける音がしたので、ちょっと興味が沸いて隣を見る。
天竜寺さんはすでに日替わり定食を完食し、カバンから大量の菓子パンの袋を取り出して食べ始めていた。ってどんだけ食うのこの子!?見た感じかなり細身なのに、どんどん吸い込まれるように菓子パンが口の中に入っていくよ!?
呆然と見つめていると、視線に気づいた天竜寺さんがこっちに振り向く。
「何か?」
「いや、別に…」
何か?ってなんだよ。何か間違ってますか?ってか。つーか喋ってる間に大きめのメロンパン二つ消えたよ?日替わり定食だってそれほど量が少ないわけじゃないんだよ?そこんとこ分かってる?
不思議そうに肩をすくめると、天竜寺さんは新しくアンパンの袋を開けて口に入れた。あーいうの、本当にいるんだな。
そんなことを考えつつ、俺も昼飯を再開する。天竜寺さんがものすごい勢いで食ってる隣で細々と食べる姿はなんとなく肩身が狭かったが、次第に気にならなくなってきた。だから今何個目のパンを食ったのかなんか知らない。
「おほん!隣、空いているのかね?」
「え?ああ、空いてますよ」
「そうか。それでは失礼」
なんか絵に書いたような偉そうな人がうどんセットを持って天竜寺さんとは逆隣に座る。明らかに生徒じゃないから、教師か。でも、教師が食堂で食うのか?
左右を非常識なメンツに囲まれつつ食事を続ける。やがて天竜寺さんがふた桁目の袋を開けた所で教師のおっさんが口を開いた。
「葦原和也君だったかね?一年生の」
「はい。何か、やらかしましたか?」
「いいや。知っていると思うが、私は美術部の顧問をしているんだが…」
あ、この人滝先生が言ってた教頭先生か。そういや進級式の時に喋ってた気がするわ。
「君は確か、中等部で美術部に居たそうだね。その上とても優秀な成績を収めたとか」
「まぐれですよ。あんまりいい思い出もありませんし」
本当に勧誘に来ちゃいましたよ教頭先生。でも、ここで下手な態度を取るわけにもいかない。中等部の頃みたいに教師の反感をかって無駄な労力を使うわけにも行くまいて。
ただまあ、切り札は手札に入れておくべきだろう。ディスティニードロー!と心の中で叫びつつ、ポケットの中のスマホの録音機能のスイッチを入れる。
「実はな。うちの美術部は去年まで大変優秀な成績を残していたんだ。その部員が卒業してしまって、人材不足なんだ」
「大変ですね」
「全くだ。今年もコンクールで金賞を取って、何としてでも美術部をウチの看板にしたいのだ。四年連続金賞となれば、来年以降も有望な新人が来てくれるかもしれないからな」
「それは大変ですね」
「だが、今の部員にそれだけの実力があるとは思えない。昨日から新入生に勧誘を始めているのだが、昨日の時点では誰も経験者が居ないのだ」
「ありがちですよね。分かります。大変ですね」
「ああ。だから、君も美術部に入ってはくれないか?君ならコンクール金賞も狙えるだろう?」
「お断りします。実は、もう昨日に滝先生の生徒相談部に入っちゃったんで」
あれって部活だったか?まあ、いいか。授業後に活動するんだから部活でいいだろ。
「滝先生には私が話しておく。まだ仮入部期間だ。今から移ってくれ」
「いやあ…俺はあそこが気に入ってるんで」
「そこを頼みたいんだ。それに美術はいいぞ?キャンバスに自分の心を投影し、形にする。現代でこれが出来るのは美術だけだ」
そんなことなら毎日原稿に自分の全部を投影してますけど、何か?って言いたい!けど言ったら終わりだ。俺は波風立たない高校生活を送るって決めてるんだ!
「美術部に入るんだ。下らない漫画やアニメに時間をかけるよりもよっぽど有意義な時間だぞ!」
プチっと何かが切れる音がした。
「下らない…ですか」
「ああそうだ。あんな人を堕落させる低俗な物に関わっていればロクなことにならんぞ!確か六年ほど前にも、馬鹿な漫画家が事故った挙句自殺までしたらしい。私に言わせて貰えば…」
「俺の親父、その漫画家なんですよねー」
あ、教頭先生固まった。まあ、漫画に興味ないなら親父の名前なんか知らないよなぁ。
「知らないでしょうけど、『THE HERO』って漫画で一世を風靡して二年の連載期間の間に四億稼いだんですよ。おかげで、親父が死んで六年経っても何不自由なく生活出来てますし、こうして学費の高い私立高校にも通えてますよー。収入だって印税で毎月大体少なくても五十万円くらい入ってきますし。あ、私立高校の教師の平均月収っていくらでしたっけ」
調べたことないけど、月収五十万は無いだろうが果たして。だが教頭先生は真っ青な顔して目を泳がせてる。ふっ、どうやらマヌケは見つかったみたいだな!
「それに人を堕落させるなんて言ってますけど、それって手塚治虫や石ノ森章太郎にも同じこと言えるか?あの人たちの漫画が、今の日本にどれだけの影響を与えたかご存知ない?それこそ、漫画だけでなくアニメや特撮が日本や世界にどれだけ影響を与えたか知らないわけもないでしょ?」
「だ、だが…」
「それに先生のような方々が良く言っている、漫画やアニメがその他の娯楽と比べて劣っていると言う主張に対しても、俺は納得いきませんね。紙に絵と文字が書いてあって、そこに漫画と小説のどこに違いがあるんです?一枚一枚テープとカットを回してテレビに映る映像に、絵と実写でどのくらいの違いがあるんです?後、一昔前のゲーム脳は疑似科学とされ、実在しないというのが学会の考えであり、また明治の時代には小説脳、昭和の時代には野球脳なる言葉が流行し、それぞれにハマった子供は攻撃的になり頭が悪くなると信じられてきたそうで」
「やかましい!!ゴチャゴチャうるさいぞ!!」
ここに来て教頭先生が力ずくで押さえ込みに来た。これだからこういう大人は汚いんだよな。上からただ見下ろしてゴチャゴチャ言ってくる癖に、言い返されて反論できなきゃ立場が上だと主張してくる。
だがそんなことで怯むか。こう見えても親父や漫画を馬鹿にされたこと、結構怒ってるんだぞ。
「うるさいですか?つまり今の俺の言葉に対する反論はないと言うことでよろしいですか?」
「やかましいと言っているだろう!!私の言葉がわからんのか!?」
「ディベートの基本は分かりますか?相手の主張を聞いたら、それに対してきちんと、論理を立てて反論する。出来ないならおとなしく認める。それが大人のやり方では?」
「それが教師に対する口の利き方か!?大人への礼儀というものを…」
「ならば先ほどの俺の親父への侮辱は?死んだ人への礼節は大人の常識では?」
そう言ってスマホの録音機能を起動し、馬鹿な漫画家が事故って自殺したの当たりを食堂中に聞こえるように大音量で再生する。
当然食堂中の生徒の視線が集まり、教頭はようやく立場が悪くなっていることに気づいたのか口をつぐんだ。
「…美術部入部の件は、謹んでお断りさせていただきます。とても残念ですが…」
ここまでやればもうこれ以上付きまとわれないだろう。なにせ、親父への暴言はこの食堂中に広まったんだからな。下手すりゃ学校中に広まるだろう。はてさてどうなるかしーらないっと。
「そうか…分かった…」
それだけ言って伸びきったうどんセットを持ってそそくさと立ち去っていく教頭。その背中に生徒たちが後ろ指をさしていた。まあ当たり前だろうな。そうなるようにあえて大音量で流したんだし。
「ふぃー…」
なんだかすごい疲れた。思わず背もたれに全身を預けると、隣で天竜寺さんが菓子パンをかじる手を止めてこっちを見ていた。
「何か?」
「い、いいえ別に…」
それだけ言って天竜寺さんは最後の菓子パンを口に入れて立ち去っていく。残されたのは菓子パンの空き袋だけ。って言うかどれだけ食ったんだあの子。
ま、いいか。俺も教室帰ろう。
そう思って立ち上がった所で気づく。また、教師の反感買っちまった…。
感想待ってます。