ながれ星
今回も本筋とはあまり関わりが無い…かも?
「ごめんくださーい」
定食屋『あずま屋』の扉を開けると、そこはいつも通りのガラガラの店内でした。
「あ、いらっしゃ…ってヒカリさん!?」
「何っ!?」
「またぁ!?」
「え、ええと…はい。またです…」
私の顔を見たルリちゃんが叫び、そこ声を聞いた店主とその奥さんが青ざめた顔で飛び出してくる。海外でも良く常連の店に行くたびにこんな顔された記憶があるけど、日本に来ても同じ顔をされるとは思ってもみなかったな。
そんなことを考えつつ、明らかにこっちを警戒しているルリちゃんたち東家の見守る中席に着く。ルリちゃんがお冷を持って来る。その間、まるで西部劇のガンマンの如く私の一挙手一投足を見守る店主たち。
それにしても、今日は何にしようかな。気分は中華って感じだけど、ここは洋食も美味しいし。迷う。
「ど、どうぞー。今日は、和也がいらっしゃらないんで?」
「うん。立花さんに原稿の手直しを持ってったから…注文いい?」
「え”?ア、ソウデスネー。ナニニシマスカー?」
「まずは…特盛ラーメンのチャーハン大盛りセットにから揚げプラス。それとエビチリ、麻婆豆腐、回鍋肉、八宝菜に、シュウマイ、小籠包、ワンタン、春巻き、酢豚、チンジャオロースを願い。後は…そうだ、やっぱり野菜炒め、天ぷら盛り合わせ、レバニラ、ハンバーグ、味噌カツ、生姜焼き、お好み焼き、刺身、大盛りサラダもお願いするね」
「は、はい…全部大盛りでよろしかったでしょうか…」
やっぱり今日も全部。ルリちゃんの質問に小さく頷いて答えると、それを機にあずま屋の三人は厨房へとダッシュ。この店は味も量も悪くないけど、一番の長所はやっぱり出てくる速さだと思う。和也が言うには店員さんの態度が悪くてその全てを台無しにしているらしいけど。
五分ほどで最初の春巻きが届いて、それから次々と料理が届いて来る。ルリちゃんが届けに来たときにチラリと見えたが、厨房で二人がすっごい速度で料理をしているのはちょっと感動的だった。
「ふう…特盛ラーメンお待ち…注文はこれで最後でしょうか…!?」
「あ、ありがとう。いつもごめんね?」
「い、いえ…ヒカリさんが一回来るだけで一日分の利益が出るんで…」
厨房では料理も手伝っているらしいルリちゃんが、息も絶え絶えと言った面持ちで答える。もうちょっとゆっくりでいいよ、と言ったことはあったけど、何でも注文が多すぎて早くやらないと忘れちゃいそうで怖いんだとか。メモがあるのに不思議だ。
「はぁ…はぁ…そ、そう言えば、ヒカリさんって…」
「呼吸が整ってからでいいよ。私もまだ食べてるし」
「既に特盛ラーメン半分食べ終わってる人の言うセリフじゃありませんよぉ!!」
ルリちゃんが悲鳴交じりに叫ぶけど、そんなこと言われてもなぁ。あ、今の最後の麺だったかな。
「…ふう」
「お、終わった?」
「うーん。ちょっと物足りないけど、少しくらい減らせって和也にも言われてるしね。ごちそうさま」
「さ、さいですかー」
心底疲れ切った顔で皿を下げていくルリちゃん。よく見ると後ろの方でおじさんたちが倒れ込んでいたけど、そこまで疲れるならもっと落ち着いてくれればいいのに。
そんなこんなでルリちゃんが戻って来て、ようやく二人一緒のお喋りタイム。同性の友達の中で、今の所ルリちゃんが一番の友達だと思う。
「それで、和也とはどんな感じに?やっぱり進むところまで進んじゃった?」
「どんな感じって言われても…別に、普通だよ。普通。ルリちゃんが想像してるようなことなんて何も…」
「うーわ!うーわ!それじゃダメですよー!一つ屋根の下に暮らしておきながら、一月もお互いお預け状態のままなんて。あれですか?健全なお付き合いをさせてもらっていますーって奴?それともアイツの趣味が…」
「ち、違うよ。お互い、共同生活していく上での越えちゃダメなラインを…」
「それ。お互いあれよこれよと言い訳して、結局最後まで何もしないパターンですわ。あーあ」
「そんなことは…」
そこまで言って、数日前におじいちゃんが帰って来て三人暮らしになってしまったことを思い出す。
「何?もしかして、何か変化があった?」
「おじいちゃんが帰って来て、その…和也が気に入らないみたいで…」
「もうダメになってるじゃないですか!折角の二人暮らしのチャンスを生かせないまま、ズルズルと関係だけを間延びさせた結果がコレ!!この一か月、いくらでもチャンスはあったはずなのに!!」
ルリちゃんの言葉に、どんどん肩身の狭くなる想いを抱えてしまう。なんだか、ルリちゃんのパワフルな言動を前に押されてばっかりだ。
でも、確かに言いたいことは分かる。現におじいちゃんが家に居れば、私は和也と二人で居られる時間が無くなってしまう。普段からヒーローとして影ながら活躍している和也のプライベートタイムは少ないから、一緒に居られる時間が少ないのはお互いにとって苦痛だ。その辺、おじいちゃんはどう思っているんだろうか。
「で、でもねルリちゃん。私も頑張ったんだよ?だけど、和也から暫くはこの関係のままで居ようって…」
「はぁあ!?なんですかそれぇ!!馬鹿じゃないんですか!?そこを『お黙りなさい』くらい言って押し倒すくらいのガッツが無くてあの朴念仁を落とせますか…ってあれ?それ、本人から言われたんですか?」
ルリちゃんに言われて頷く私。今の流れのどこに引っかかる点があったのか。
「もしかして、告白済みですか?」
「え、ええ…そうとも言えるのかな…って違う違う!!そんなことしてない!!」
「へ、へぇ…つかぬことをお聞きしますが、どっちから?どんなふうに?」
「い、言えないわよっ!」
ぐへへと笑い出すルリちゃんの魔の手から逃れるように席を引く。ルリちゃんはそんな仕草も可愛い、なんて言って接近してくるけど、告白の瞬間なんか絶対に喋れるはずがない。
「絶対に言わないからね!これ、お勘定!!」
「あ、逃げたー!いいもん!!いつか絶対に聞き出して見せるから!!」
福沢諭吉を三枚置いてあずま屋から逃げる。全くもう。デリカシーが無いんだから。まあ、言わなくてもいいこと言っちゃった私にも責任はあるんだけどさ。
顔を真っ赤にしながら家への帰り道を急ぐ。火照った顔にちょうどいい涼しい風を受けてふと夜空を見上げてみれば、告白した時と同じような流れ星が煌いていた。
私の家での和也との共同生活を始めて三日目の夜。私は夜も寝れない毎日を送っていた。
(どうしよう…今夜こそは来てくれるのかな…)
毎晩、と言うか家に居る間中ずっと想っていることは和也のことばかり。ただでさえあんな事件があったばかりだった上に、外に出ればどこの誰だか分からない連中に狙われ続けていたこともあってか、この時の私はかなり不安定だった。
そのせいか、常に和也のことばかり考えていた。一挙一動に胸を高鳴らせたり、話をするだけでも気が付くと見惚れていたり。
私は確かに、あの事件の中で和也に惚れている。これから大変なことになるんだから、二人で一緒に力を合わせて生きていこうと誓い合ったのに、これじゃあ一方的な依存関係になってしまうと自分を律しようとしたけど、やっぱり気が付くと和也に甘えてしまう。
(これじゃあダメ。何とかしないと…でも、こんなこと和也に相談なんてできないし…どうしよう…)
「ヒカリ、居るか?」
「っ!?」
その時だった。不意打ち気味に私の部屋がノックされた。
「い、居るよ?どうかした?」
心臓が飛び出るくらいにバクバク言う中で、私は平然を保とうと必死に落ち着いた声を出そうとしたけど、案の定上ずった声になってしまった。
「入っていいか?」
「ど、どうぞ」
「じゃあ、失礼して」
礼儀正しく扉を開いて部屋に入って来る和也。私は緊張したままベッドの上で座りなおす。
「悪いな、夜遅く」
「ううん。私も、寝れなかったし…」
ベッドの脇に立つ和也の顔を見れず、髪を整えながら視線を逸らす。やっぱり、こんな時間に来たってことは『そう言うこと』なんだよね?
「ちょっとベランダに出ないか?話したいことがあるんだ」
だけど、和也は少し寂し気な顔で窓の外を指差した。
「い、いいけど…」
予想外、と言うか勝手に思っていた期待を裏切られて少し肩透かしをくらいながら立ち上がる。そして二人で私の部屋のベランダに出て、夜空を見上げた。
「…なあ、ヒカリ。俺の事好きか?」
「ふえっ!?」
ここに来てのいきなりの発言に飛び上がる私。やっぱり、この話なのかと心が震える。
「…和也は?」
「好きだよ。ちょっと前から」
「そっか。私も」
この時の私は、単純に和也と心が同じだったことを喜んでいた。初恋だし、今まで彼氏なんていなかったし、和也以上の男なんて他には居ないって思っていたし。
いっそのことこのままキスまでしてしようかな。何て思っていた私だったけど、和也は悲しげに私の方を見た。
「ヒカリの気持ちは分かった。出来る事ならこのまま抱きしめたい気持ちだよ。だけど…」
そう呟いて、和也は自分手のひらを見つめる。十五の男子である以上に、ヒーローとしての力強い手のひら。普段ならその手に頼もしさを感じさせてくれるのに、和也の顔は哀しみに満ちていた。
「今の俺じゃ、ヒカリを抱きしめたら殺してしまうかもしれない…パワーが制御できる自信が無いんだ。抱きしめるとき、ほんの少し力加減を誤れば…」
「そんなこと…」
「無いって言いきれないんだよ。他でもない俺自身が。だから…」
和也は苦渋に満ちた顔で私の顔を見る。私はその顔に反論の言葉を失ってしまう。
「だから、告白を保留してくれないか?」
「え?」
「俺が元の体に戻るその日まで、今の関係を続けて欲しいんだ。いつの日になるか分からないけど、全部終わってから改めて告白するから、その時まで俺の事好きでいてくれたなら受け入れてくれ。勿論、待ちきれなくて他の男が好きになったなら…」
「そんなこと、絶対にない…」
「もしもの話だ。もしも、そんなことになったら、遅すぎた俺を捨ててくれ。それなら俺も納得できるからさ」
和也はそう言って寂しげに笑った。
「馬鹿…」
私は思わずそう言いながら和也に抱き着く。和也は私を抱き止めてはくれなかった。ただ、後ろ髪を優しく撫でるだけだった。
「だから、絶対に元に戻るって約束する。それも、出来るだけ早くな」
「当たり前でしょ…もう」
涙ながらに和也の顔を見上げる。寂しそうな笑顔の奥で、私は初めて彼がヒーローじゃなかったら良かったのに、と思った。
「あっ、ほら…あれ。ながれ星!」
「ん?ああ…ほんとだ」
「…きれい。そうだ。お願いしなきゃ」
夜空を流れる流れ星を見上げて、私は和也から離れて祈りをささげた。和也が元の体に戻れますように、と。
「…いつか、きっと」
その隣で、和也は誰に言う訳でもなくそう呟いた。
感想待ってます。




