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COMIC-MAN  作者: ゴミナント
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青春の残り香

漫画家さんたちやイラストレーターさんたちみたいな職業の人って、一体何を考えながらデザインを思いついているんでしょうね。

「いやあ懐かしいなぁ。私たちは、高校時代はほぼ毎日ここに来ていたんだよ」

 オヤジの親友を名乗る天竜寺なるおっさんを自宅に通すと、おっさんは懐かしげに部屋を見渡していた。

「はあ…そうだったんすか?」

「聞いていないのかい?まあ、十年以上も海外に行っていて顔も見せないから、アイツが愛想を尽かしたってことかな?なら先に君に会えたのは幸運か?」

 思わず言葉を失う。どうもこのおっさんは知らないらしい。まあ十年以上海外に居たならしょうがないかもしれないけどさ。

「いや、親父は六年前に死にました」

「え…?」

 凍りつくおっさん。やっぱり知らなかったのか。

「ホントかい?嘘だろう?確かに手紙もろくに送ってこないやつだったけど、そんな簡単にくたばるような奴じゃ…」

「ホントですって。ほら」

 棚から六年前のズバット第二十号を取り出す。そこには、表紙にでっかく『THE HERO』の連載終了と書かれてあった。慌ててズバットを読みあされば、モノクロの巻頭カラー枠で原作者の自殺による第二部の連載の中止のお知らせが書かれ、当時のズバットで連載していた漫画家全員の寄せ書きが載せられていた。

「そんな馬鹿な!!なんで…!!」

 頭をかきむしって叫ぶ天竜寺さん。その姿を見てようやくこの人が親父の親友だってことがわかった。今初めて知ったとはいえ、もう六年も前のことに本気で悲しんでくれていることがなんとなく嬉しかった。

「あの、天竜寺さん。親父って、どんなやつでした?」

「偏屈なやつだったよ。漫画を書くためだけに生まれてきたなんて豪語して、そのくせ困ってるやつを見捨てられないお人好しだった」

 初めて聞く話だった。何というか、親父も母さんも昔のことを話したがらない人だったし、何より覚えている会話が殆ど漫画の書き方とかばっかりだったから。

「それに、幼馴染の桜さんとの痴話喧嘩も学校の名物だったよ。生活力ゼロのアイツを更生させようと奮闘する桜さんと、余計意地になって自堕落になる猛の攻防は見ていて飽きなかった…」

「そんなことしてたんだ。母さん…」

 俺を庇って廃材に全身を貫かれた母さんの姿と頬の痛みが蘇り、右頬の傷痕を撫でる。

「あ、じゃあ定食屋の『あずま屋』の親父は?あの人、親父の学生時代の友達だって…」

「ああ、まだ東の家の定食屋は残っているのかい?店員の態度が悪いって評判の…」

 次第に親父のことだけじゃなく、この町のことについて長いあいだ話し込んでいた。変わったことや、変わっていないこと。ご近所の意外な人間関係。

 気がついたときには、すでに時計は深夜の十一時を過ぎていた。

「遅くなってしまったな。済まない、私はそろそろお暇するとしよう」

「あれ?そう言えば、天竜寺さんはどうしてここに?」

 ふと思い出して気になった。と言うか本当に聞きたいことは何一つ聞いていないことを思い出した。

「実は今ちょっと家庭で問題を抱えていてね。アドバイスと言うか、愚痴を聞いて欲しくてね。そんなことを言えば追い返されるかと思っていたが、まさかね…」

 そう言って頭を抱える天竜寺さん。相当な苦労がありそうだが、家庭の問題か。もしかしたら、今日転入してきたあの娘さんっぽい女子も関係ありなんだろうか。あ、そう言えばこれも聞きたいんだった。

「それと、これ。今日、うちの学校の高等部からの転入生の中に、天竜寺ヒカリって子が居たんですけど、もしかして娘さんですか?」

「あ、ああ。やっぱりあの子もここに来てしまったのか…」

 なんだ。何かまずいことでもあるんだろうか。

「それで、その娘さんの顔なんですけど…」

 カバンからアイデアノートを取り出し、教室で書いた似顔絵スケッチのページを開いてみせる。うん、中々良く書けている…じゃなくて、やっぱり星見アカリに似ている。

「うん?なんでアカリの顔なんだ?ヒカリの顔じゃないのか?」

「いやまあ、最初は娘さんの似顔絵書いて、で、メガネ掛けて髪型変えたら親父の『THE HERO』のヒロインの星見アカリの顔になったんですよ。これってどう言う…」

「いやだから、ヒカリは父親である私が驚くほど妻のアカリにソックリなんだよ…ってヒロイン?」

 お互いかみ合わないから、取り敢えずこっちが戸棚からほこりをかぶった単行本を取り出して登場人物欄を見せる。しばらく天竜寺さんは戸惑うように見ていたが、やがて腹を抱えて笑いだした。

「ははは…なる程、そういう事か!あいつめ…」

「ど、どう言うことっすか?」

「この漫画、登場人物がみんな私たちの高校時代の友人たちがモデルなんだよ。主人公が私で、ヒロインが私の妻。で、その後ろを付いて来る小説家志望のちっこいキャラがアイツ。どうやら自分を主人公にするのは恥ずかしかったらしい」

 そう言って天竜寺さんは懐から高校時代の写真を取り出して見せてくれる。確かに、やたらちっこく書かれている親父っぽいキャラ以外は全員殆ど同じ顔だ。

「キャラデザのコツ聞いてロクに返してくれないわけだよ…」

 かつて、格好良いキャラや可愛いキャラは、どうすれば思いつくのか聞いてみたことがあった。だが、確か親父は半笑いで適当なこと言って逃げ出したんだった。そう言えばなんて言ったんだっけ。

「ほう…なら、君も漫画を書くのかい?」

「ええまあ。今日もズバットの編集部に持ってって、ダメだしされて帰ってきたところですよ」

「見せてくれないか?こう見えても、高校時代はアイツと一緒に漫研に所属していたんだ」

 自信有りげにそう言うと、天竜寺さんはボツになったばかりの『超力探偵PSY』を読み始めた。

 なんだか編集の立花さんに読まれる前よりも緊張してしまう。三十二ページをしっかりと時間をかけて読み終えた天竜寺さんは、ちょっと可笑しそうに笑っていた。

「なんだいこれ?ものすごい中途半端なヒーロー物じゃないか」

「え?いや、これって一応超能力推理物のつもりで書いてるんですけど…」

「まあそうだけどね?結局はスーパーパワーで悪党をやっつけるわけだろ。それに推理モノにしちゃあトリックや犯人の動機はありきたりだし、細かいネタにかける労力や時間があればトリックを練るだけの余裕はあったはずだ。それに何より、超能力発動シーンの元ネタはウルトラ念力だろ?それにタイトルの超力って、そのまんまじゃないか」

 グウの音も出ないとはこのことだ。立花さんとは違う視点からぶった切られた挙句、たどり着いた結論が結局はヒーロー物の手のひらの上で踊っていただけだとは。

「やっぱり、ヒーロー物しか書けないってことかぁ…」

「不満なのかい?」

「そりゃあそうですよ。ヒーロー物の頂点を一番近くで読んでたんです。書いてみれば、同じジャンルで戦えるわけがないって思い知らされちゃいますって」

 それに、いつの日かズバットでプロデビューした時に、ただでさえ親父の息子ってだけで注目されるだろうに、書いてるジャンルが同じヒーロー物だったら当然比較される。親父の漫画より面白くないって俺自身が分かってるのだから当然読者にも分かる。そうなれば、所詮は親の七光りと言うレッテルを貼られて一生付きまとわれるに決まってる。

「勝てないって誰が決めたんだ?もしそれが君の決めたことなら、それはきっと…」

「…『きっとただの思い込みだ。本当に勝てないなら、そんな気持ちすら出てこないに決まってる』。『THE HERO』の主人公が、いじめを受けてる後輩に発破を掛けるときの台詞でしょ?」

「いや、君の母さんの桜さんの言葉さ。高校時代、僕らはそういったことに良く首を突っ込んだものだ」

 そんなの初めて知った。って言うか、親父の漫画ってパクリばっかじゃねーか。

「もう一度だけでもいいから、本気でヒーロー漫画を書いてみたらどうだ?」

「そうっすね…おっし!!そうと決まれば、ちょっと色々考えてみるか!!まずはデザインだな…変身するヒーローか、生身で戦うヒーロー。どっちがいいかな?」

 アイデアノートに向き合い、色々と浮かんできた構図を絵にしていく。今まで苦労はなんだったのかと思うくらいペンが走る。そうだ、親父を見習って主人公はヒーロー漫画を書く漫画家で…。

「私は今度こそお暇するとしよう。そうだ、漫画を描けたら私にも見せてくれないか?」

「あ、そうします!住所は…」

「ここに書いておくよ。じゃあ、また会おう」

 天竜寺さんはそう言って片手を上げ、部屋を出て行く。俺はそれを見送った後、一晩中アイデアノートに浮かんだアイデアを書き続けた。

 朝日が昇ることには、新品のアイデアノートは全ページ埋まっていた。




「おおう…随分とやつれきってるなぁ」

「済まない…今は話しかけないでくれないか…睡眠不足と疲労でひどい頭痛がするんだ…」

 教室の自分の机に突っ伏して眠ろうとするが、脳が逆にハイになって眠たいのに寝れない苦痛。まさに生き地獄とはこのことか。やっぱり一時間でも寝ておくべきだったか。いやでもこれじゃあ多分効果ないだろうなぁ。

「ううっ…まずい、吐き気もしてきた…」

「おいおいここで吐くなよ?せめて保健室行くかトイレで吐け」

「そうさせてもらおう…これじゃあ授業どころじゃない…」

 フラフラになりながら立ち上がり、教室の外に出る。全く、誠のやつはこういう時に役に立たねえんだから。女子だったら喜んで肩を貸すくらいやってやってるんだろ。まあそんなことやられても嬉しくないけど。

 一階の保健室に行くべく階段を降りようと廊下の角を曲がる。その時、一人の女子生徒とぶつかりそうになってしまった。

「おっと失礼…」

「ひっ!?」

 『ひっ』とはなんだ。この学校に土下座のスフィア持ちがいたのかなんてことを考えつつ、重たいまぶたをこじ開けて目の前の女子を見ると、目の前にいたのは天竜寺ヒカリだった。

「し、失礼…お邪魔しました…」

「あー悪い…」

 明らかに怯えた顔で逃げるように教室に入っていく。よほど怖い物を見たらしい。ってか天竜寺さんと会ったことを喋った方が良かったのか?

「まあいいか…今は、取り敢えず保健室だ…」

感想待ってます。

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