真夜中の襲撃
こっから第一章のクライマックス。
カタカタっと入力し、エンターキーを押す。すると一瞬の硬直の後、パスワードが解除された。
「マジか。開いたぞ!」
「ホント!?」
齧り付くようにノートパソコンを見つめる俺たち。いつもなら絶対に近づけないくらい密着しているが、そんなことも気にならないほど興奮していた。
これで、俺の体が元に戻るための第一歩が踏み出せたわけだ。そう思うとなんだか感慨深いな。
「あれ…?」
「どした?」
「変だよ…データなんか殆ど無い…」
一瞬何を言われたのかわからなかった。だけど確かに、画面に写っているのは研究データなんかでは無かった。
「映像ファイルだね…」
「再生してみよう。何か分かるかも知れない」
ここまで来てこのメモリはフェイクだなんてオチだけは絶対に嫌だ。そんな思いだけを抱き、天竜寺が映像ファイルを開くのを見つめる。
『写っているかな?なら、この映像を見ているのがヒカリであることを祈ろう。今頃恐らく私は死んでいるだろうがな』
「お父さん…」
案の定、写っているのは博士だった。今はもうない研究所で撮影している。後ろの時計の日付を見れば、殺される三日前だ。やっぱり、予感はあったんだろうか。
『まずは勝手なことばかりして済まないと謝っておく。だが、奴らの手に私の研究を悪用されれば最悪世界秩序が崩壊することもありうる。そうなれば、ヒカリが住む世界も無くなってしまうだろう。それだけは避けなくてはならなかったのだ。分かってくれとは言わないが…』
申し訳なさそうに俯く博士。そして映像をみて静かに涙を流す天竜寺。きっと、分かってくれているんだろう。彼女はそういう人だ。
『そして、もう一つ謝らなければならない。ヒカリはまず最初にこのメモリを起動した時だけ、意味のわからない映像を見せられたことだろう。これは私がかつて研究していたサブリミナル効果の応用でね。視聴した本人にすら気づかせないまま大量の知識やデータを個人の脳に溜め込ませることができる。つまり、今のヒカリの脳内には、私の全データが詰め込まれているのだ。今頃、フランスにいるお爺の所に解読装置が届いているだろう。できる限り早くお爺の所に行くんだ。現状、これ以外に策は無かったのだ。既に終わりかけたことではあるが、許して欲しい」
「そんな…!!」
とんでもない事実に動けなくなる天竜寺。だけどこれ、もしかしなくても俺の漫画の設定と同じじゃないか。ヒロインのオヤジの研究で怪物が現れ、それを何とかするデータを催眠でヒロインの頭に入れる。そしてそのヒロインをヒーローが守りぬく。これは偶然なのか?
『実はこの作戦の元になった素晴らしい漫画がある。それを書いたのはお前の同級生の葦原和也君だ。手紙にも書いたとおり、彼ならお前を守ってくれるだろう。もしかしたら、お前では解けないであろうこの暗号を解くために協力してくれたかもしれないが…』
ばっちり協力してますとも。それにしても、まさかネームの段階で勝手に読まれていたとは。だけど、まさか俺が博士の変わりにヒーローになってしまっているとは思いもしなかっただろうな。
もしあの時俺が博士の研究所に行かなければ、今も彼女の為に戦っているのは博士だったんだろうか。彼女にとっても、その方が良かったんじゃないだろうか。
いや、やめておこう。今はそんなことを考えている場合じゃない。
『お前には最後まで色々と迷惑ばかりかけてしまった。謝っても許されることじゃないと思うが、私は誰よりもお前のことを愛していると言うことだけは忘れないでくれ』
「分かってる…分かってるよ、お父さん…」
『これで私の話は終わりだ。映像が終わると同時にデータは消去されるだろう。このメモリは敢えて現社長の目のつくところに置いて、そのままフランスに飛んでくれ。旅費はお前が今住む家の現社長の部屋に隠してある。それじゃあ、達者で暮らしてくれ。出来ることなら、この映像が届かないことを祈っているよ』
届かなかった祈りと共に映像が途切れ、メモリ内のデータが消去されていく。博士がここに居た証拠は、これで全て消えてしまった。
天竜寺は声もなく泣き続けている。俺は、その震える肩を抱くことは出来なかった。
結局、私はずっと泣き続けていた。お父さんは、ちゃんと私のことを考えていてくれた。それを感じさせてくれただけで十分嬉しかった。
葦原君は、そんな私を少しだけ距離を置いてずっと見守ってくれていた。やっぱり、この人はいい人だ。今は、葦原君だけが信じられる。私を守ってくれるのは彼だけだ。
やがて泣き止む私にハンカチを渡してクラブハウスを出て行く葦原君。暫くして、滝先生に話をつけてきたと言って私の分のカバンも持って戻ってきた。何でも今着ている体操服を返すのは明日辺りでいいらしい。
体育系の部活帰りに混じって私たち二人、肩を並べて葦原君の家に帰る。気が付けば、今住んでいるはずの自宅よりも葦原君の家の方が居心地よく感じることに違和感を感じなくなっていた。
体操服さえ着ていなければ、傍から見れば夫婦みたいに見えるのかな。でも、葦原君は私のことをどう思ってるんだろう。ただの居候兼護衛対象?それともクラスメイト兼恩人の娘?
どれだけ考えても答えなんか出ない。そもそも、私は彼に依存しているだけなのかもしれない。最初は家族関係に依存して、その家族が居なくなった途端に守ってくれた葦原君に縋り付いている。
お父さんの最後のメッセージを聞いて初めて考えた。いつだってお父さんはみんなのことを想っていた。きっとお父さんは、私だけを考えていたんじゃなくて、世界中のみんなの代表として私を見ていたんだ。だから命を懸けてでも研究を守ろうとしてたんだ。
なのに私は、そんなお父さんの娘なのに小さな関係に依存し、庇護を独占したがっている。こんな私なのは嫌だ。私は、お父さんの娘に相応しい人間でありたい。
「カバン、私の分は私が持つよ」
「別いいだろ。結構重いぞ」
「いいの。私の荷物なんだから」
だから今は、せめてカバンくらいは一人で持とう。いつの日か、葦原君みたいに誰かの分の荷物まで持てるくらいに成長できるように。
肩にのしかかったカバンの重さをこらえつつ、私たちは葦原君の家に到着する。そしてそれぞれ私服に着替え、葦原君が作ってくれたカレーを食べた。うん。やっぱり美味しい。
食べ終わった私がシャワーを浴びてリビングに戻ると、葦原君は新しく原稿用紙にイラストを書いていた。
「で、どうするんだ?フランスに行くのか?」
「え?あ、うん。行くよ。出来ることなら、今すぐにでも行きたいけど…」
「けど?」
原稿用紙から顔を上げてこっちを見てくる。鋭い視線。私の答えを試している目だと思った。
「葦原君にも付いて来て欲しいの。私一人じゃ不安だし…お爺ちゃんに紹介したいし…」
「なんで二つ目が肉親への紹介なんだよ…」
「え、あ、ち、違うの!!ただ私のことを守ってくれた人だから、その…」
なんてこと言ってるのよ、私。これじゃまるで結婚前のカップルみたいですっごい恥ずかしいじゃない…。
言いたいことは、もっとこう、守ってくれてありがとうみたいな?だからもうちょっとだけ付き合って、みたいな?ああもうこんな時にどんなこと言えば良いって言うのよ。
あたふたする私を横目で無言で見つめる葦原君。たまにそんな風に見てくるけど、その目は明らかに可哀想なものでも見る目だって分かってるんだからね!?
「ははは…めんどくさい事言って悪かったよ。俺だって、一刻も早く元の体に戻りたいしな」
「うう…」
弄ばれた…。でも、嬉しいな。なんだか、息が合ってるって感じがして。
「ねえ。フランスから帰って、全部元に戻ってからも、一緒に居てくれる?」
「…そりゃ、飯くらいならいつでも作ってやるさ」
「ホント?それなら、出来れば三食全部お願いしたいな」
「俺を殺す気か!?材料費と労力で二重苦じゃ…!?」
その時、葦原君の顔色が変わった。そして突然立ち上がると私を乱暴に抱き上げ、窓ガラスを割りながら外へと飛び出した。
何?どうしたの?声に出すより先に、何かが風を切る音が聞こえてきて、次の瞬間さっきまで居た葦原君の部屋が爆発した。
爆音で耳がキーンとなり、熱で顔が熱くなる。さらに爆発の衝撃で、私たちは地面に向けて加速させられた。葦原君は私をギュッと抱きしめる。その感触を感じる間もなく私たちは地面に叩きつけられていた。
「大丈夫か、天竜寺!?」
「私は大丈夫…けど、葦原君は…?」
コンクリートの地面に二人分の体重を込めて叩きつけられたせいで、体のあちこちから血が溢れている。けど葦原君は何事も無かったかのように立ち上がろうとしていた。
「俺も大丈夫さ。ヒーローだからな」
そう言う葦原君の体の傷が見る見るうちに塞がっていく。これが、お父さんが作ったナノマシンの効果の一つなんだろうか。
「その娘をこちらに渡してもらうぞ」
「誰だ!?」
まるでこの世のものとは思えないほどの暗さの篭った声と共に、夜の闇の中から二つの影が現れた。
片方は灰色のトカゲ。しかしその体はあちこちが機械化され、右腕は巨大なバズーカに変わっていた。あれで私たちの家を爆破したんだろうか。
そしてもう片方はコウモリ。背中に生えた黒い翼はまるでマントのようで、さながらおとぎ話に出てくるドラキュラのようだった。
「トカゲにコウモリ…トカゲはともかく、今までの奴らを殺してきたのはお前か?コウモリ野郎」
「その通り。私は血液を吸収すればするほど肉体が強化される…そう自分で設定しておいたのでね」
「どう強くなるかを自分で決められるイマジネーターの長所って奴か。今までの敵より厄介そうだ」
私を背に庇いつつ距離を取ろうとする葦原君。だけど、懐に手を入れて顔を青ざめさせた。
「どうしたの…?」
「原稿用紙が無い…くそ、全部燃やされちまったか」
そんな、原稿が無いんだったら変身出来ない。まさかこんな形で追い詰められているなんて。
「やりようは…あるかもしれないな!離れるなよ!!」
葦原君はそう叫び、私の手を引いて近くの公園に向けて走り出した。
感想待ってます。




