変態カメレオンの恐怖!
本当のカメレオンは自分を透明化なんて出来ないのに…
千葉さんに連れられて走ること五分くらい経った。どこかから微かに爆発音らしき音が聞こえてきた。もしかして、葦原君が戦っている音かも。そう思うと足が動かなくなってしまった。
「どうしたんだ?」
「ううん…何でもないです…」
「…そうは見えないが。まあいいか。だいぶ遠くまで来たんだ。もう十分逃げただろう」
そう言ってスマホを取り出す千葉さん。どこかへ連絡しようとしていたけど、しばらく悩んでまたスマホを懐にしまった。
「教えてくれるよな?一体あれは何なんだ?変身とか、触手とか。まさか、あんな化物たちが街中に潜んでいると言うのか?」
化物たち、と言う言葉に思わず胸が痛む。時々葦原君が変わってしまった自分のことを自嘲するように呟く言葉だ。
「葦原君は違います!」
「す、すまん…だが…」
思わず大声が出てしまった。こんな所で、千葉さん相手に怒鳴ったって仕方ないのに。
葦原君は化物なんかじゃない。その一言は、私が葦原君に言ってあげなきゃいけない言葉なのに、私は一度も言ってあげられてない。言えた所で葦原君の心に届くとは思えないけれど。
「聞きたいのは、襲ってきた植物の化物は一体何なのかという事だ。あんな生物は見たことも聞いたこともないぞ」
「あれは、お父さんの研究成果を兵器として使った結果です。お母さんと繋がっている海外の軍需産業で研究されていた、肉体を変質させるナノマシンと、お父さんの想像力を莫大なエネルギーに変える研究を組み合わせた結果、ナノマシンを投与された人間は想像力を基にした怪人になるんです。お父さんは、それを悪用させないために日本に逃げてきたのに…」
「なら、なぜ彼は変身出来るんだ?しかも、あの怪人と違ってしっかりとヒーローみたいな外見に…」
「そんな詳しいことまでは知りません…ただ、私が持ってるお父さんのUSBを調べれば…」
いつもしっかりと肌身離さず持っているUSBメモリを取り出す。千葉刑事もしばらく混乱したような顔をしていたけど、深呼吸して次第に落ち着ていった。
まあ確かに、色々と非現実的過ぎて目の前で起きていなければ私も信じられないし、今も少し夢でも見ているような心境ではあるけれど。
「…出来ることなら応援を呼びたいが、この状況で本部に知らせても、果たして状況が好転するかどうか…」
千葉さんは弱り果てた顔で呟いた。少し前に葦原君が言っていた通り、警察に頼れる状況じゃない。そのことは千葉さんも分かっているんだろうか。
「せめて爆発と車両破壊で連絡するべきだな。不審者については追々私の方から―――」
千葉さんが再びスマホを取り出したその時、突然千葉さんのお腹の辺りを何かが貫いた。
「え…?」
動物の舌みたいな『それ』は千葉さんのお腹から出て行くと、千葉さんは力が抜けたのか膝をついてしまった。おまけに、スーツがどんどん赤黒く染まっていくし…。
「千葉さん!!大丈夫ですか!?」
「早く逃げろ…!!まだ化物が居るぞ…!!」
「そんなこと言っても…!!」
目の前でどんどん血の気が無くなっていく千葉さんを見捨てて逃げることは出来ない。取り敢えず、まずは持っているハンカチで傷を抑える。だけど正面と背中の二箇所から出血しているから私だけじゃ抑えきれない。
「安心してくれ…急所は外れている。それに私は警察官だ。私が一般市民の足を引っ張るわけにもいかないんでな!」
傷口を抑えながら歯を食いしばって立ち上がる千葉さん。だけど今にも倒れてしまいそうだ。
「肩を貸します…!!」
「いやダメだ…私が奴を取り押さえてみせる!」
「無理ですよ!葦原君が来てくれるまでどこかに逃げなきゃ…!!」
無理矢理にでも肩を貸して歩き出す。やっぱり成人男性の体重は重い。全然思うように動きが取れない。
「ケケケ…」
どこからともなく聞こえてきた気味の悪い笑い声。まるで爬虫類のような冷たさとゴツゴツさを兼ね備えた手らしき感触が私の体を撫で回してきた。
「きゃっ…!?一体、どこから…!?」
「ケケケ…」
姿が見えない。一体どこから襲ってきているのかさっぱり分からない上に、変則的にさっきの手の感触が私の体に触ってくる。その度に全身に鳥肌が立つし、何とか手を捉えようとするけど、手を伸ばした瞬間にはもう敵の手はどこにもない。
「一体誰なのよ!?姿を見せなさいよ!!」
「お望みとあらば…」
私の声に反応し、すぐ目の前に姿を現したのは全身緑の爬虫類が二足歩行で立っているような怪人。しかも凍りつく私と千葉さんをよそに、怪人はさっき千葉さんを刺した舌で私の体を舐めまわす。
「イヤ!!やめて…!!」
「心地いい汗の味だ…おまけに感度もいい」
思わず平手打ちが出るが、またしても怪人は姿を消してしまった。
もうやだ。全身をくまなくあの化物に触られているかと思うと吐きそうになる。想像するだけでも十分嫌なのに、実際にそれをやられているなんて。
「ケケケ…」
「くそぉ…刑事の目の前で性犯罪なんかやからしやがって。絶対に逮捕してやるからな…」
「その傷で俺を捕まえるつもりがあるとは恐れ入る。だが、果たして性犯罪だけかな?」
怪人が愉悦の篭った声で言う。まさか、と思ってUSBが入っているはずのポケットに手をいれると、そこには何も入っていなかった。
「USBメモリは頂いた!後は好きにしていいとのことだが…」
「それを返して!!」
あのUSBが無いとお父さんの研究を調べられない。そうなってしまえば、お母さんと天竜寺グループは更に罪を重ねてしまうし、葦原君の体を元に戻すこともできなくなってしまう。
そんなのは嫌だ。彼は私たちの問題に巻き込まれてしまっただけなのに、あの体のままずっと生きることになるなんて悲しすぎる。
「返してよ!!それは私たちの…!!」
「最後の希望とでも言うつもりか?残念だったな。これは俺の出世の第いっ…!?」
その時、突然空からでっかい剣が降ってきて何もない空間に突き刺さった。
「悪いな。遊んでやるだけの余裕がないんだ」
「葦原君!!」
声が聞こえてくると同時に変身した葦原が私たちの目の前に着地する。そして葦原君が敵の方を振り向けば、剣が突き刺さっている空間にあの怪人が姿を現していた。
「カメレオンの化物か?あだ名は…いらねえか」
葦原君は串刺しにされていて動けない怪人に近づくと、そのままUSBメモリを奪い返して剣を引き抜く。くびきを抜かれた怪人は悲鳴とともに爆発すると、後に残ったのは微かに見覚えのある男だった。
「…博士を襲ったオヤジ狩りの最後の一人か…一区切り付いたって所、か…」
そうつぶやくと、葦原君は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「葦原君!?」
思わず駆け寄る。変身も解けてしまっているが、息はしている。疲れきって眠っているようだ。
「…取り敢えず、119番に連絡だな…」
とうとう崩れ落ちた千葉さんがそう呟いてスマホを取り出している横で、私はずっと葦原君を抱きしめ続ける。微かに聞こえる呼吸音だけが、葦原君が息をしていることを確かめさせてくれた。
気がついた時、俺はまたしても病院のベッドの上だった。左腕に違和感を感じるが、どうやら点滴を打たれているらしい。見た感じただのビタミン点滴みたいだ。
「はぁ…」
自分の体のことは、多分俺だけが分かっている。まさかスタミナ切れでぶっ倒れるとは。漫画ばっかり書いてて、体力にはちょっと自信がなかったが、ヒーローになってもスタミナ不足で苦しめられるとは。
思わず苦笑いしながら体を起こす。その時になってようやく、右手を誰かが握り締めていることに気づいた。
「すぅ…すぅ…」
「天竜寺…?」
俺の手を握り締めたまま、器用に座り込んで眠っている。まあ外を見る限りもう夜だし、色々とあって疲れているんだろう。それなのにここに残って俺のことを見守っていてくれたんだろうか。
「ま、勝手にどこか行かれても困るしな」
気づけばフラフラとどこかに行ってしまいそうな残念さを持ってる彼女の寝顔をみて思わず笑ってしまった。思いっきり口元から涎が垂れてる。仮にも女子高生がそんなんでいいのかよ。
それにしても起こしたほうがよさそうだが、どうしようか。下手に手を出せば怪我させかねないし、かといってこのままだと涎が天竜寺のスカートに落ちてしまう。全くしょうがない奴だな。
「起きろ。すっげーアホっぽい寝顔、スケッチするぞ」
「…え…?」
起きた。一体何に反応したのかは分からないが、かなりオーバーリアクションだ。それより涎をなんとかしろ、と左手で口元を指す。一瞬なんのことかわからずキョトンとするが、自分の口元に触ってついに顔を真っ赤にした。
「み、見ちゃダメ!!」
「もう見た」
「忘れて!!お願いだからぁ!!」
忘れろって言われたって、ねえ。ってか何俺の手を握り締めてる方の手で拭おうとしてるの?全く気づいてないし。俺、一応ヒーローだよ?そんなプレイして喜ぶ変態じゃないよ?
「や、やめろ。まずは手を離せ」
「…?…!?…!!」
声にならない叫びで三つの感情を表現してみせる器用な天竜寺さん。慌てて手を離してハンカチで口元を拭うが、真っ赤な顔は全然収まる気配は無かった。
「…今の、全部忘れてくれるよね?」
「いつか漫画のワンシーンに使おうと決意したところだ」
「ちょっとぉ!?」
実におちょくりがいのあるリアクションを取ってくれる。最初の頃の引っ込み思案な様子の彼女とはえらい違いだ。それだけ俺に気を許してくれているんだろうか。
でも、多分それは俺もだろう。思い出せば、六年前にオヤジと母さんが死んでから、こうやって同年代の友達と馬鹿なこと言い合うことなんか全く無かった。誠とかみたいな付き合いの長い連中と喋ることはあっても、それは漫画の感想を聞くとか、逆に学園祭とかのイベントで漫画を書いてくれと頼まれることばかりだった。
俺自身あの事故から壁を作っていたんだ。だけど、彼女と出会って色々とありすぎて壁なんか維持できなくなってきた。
「ありがとうな。手、握っててくれたんだろ?」
「…心配だったから」
真っ赤な顔を背けて答えてくれる天竜寺。この時、俺は初めて自分の意思で彼女を守りたいと思えた。
「…全く、若いっていいねえ」
「立花さん!?何見てるんです!?」
突然聴き慣れた声が聞こえて来て、心臓が飛び出るかと思うほどびっくりしてしまった。振り向けば病室の扉の影からニヤニヤと笑う立花さん。天竜寺も今まで以上に顔を真っ赤にして蹲ってしまう。
俺は思わずナースコールのスイッチを握りつぶしてしまったのだった。
感想待ってます。




