誰がために…
サイボーグ戦士、誰がために戦う?
高城の運転する車の後部座席に座りながら、じっと外の景色を見つめる。いきなり雇われたと言って現れたこの男の運転はいつも荒く、会社の社用車はいつも傷だらけだった。今もほぼ信号無視と言ってもいいタイミングで交差点を渡っていた。ついでに言えば視線も気持ち悪く、まるで舐め回すような目つきにいつも鳥肌が立つ。
お母さんは一体どこからこんな人を連れてきたのか、私は知りたいような知りたくないような気持ちだった。だけど、葦原君の話を聞いて分かった。この男はお父さんを殺した内の一人だ。そして多分、お母さんも。
なんとか本当のことを探り当てて、警察か海外のお爺ちゃんに伝えなくちゃ。じゃなきゃ、お父さんがうかばれないし、お母さんもどんどん悪に染まってしまう。
だけどちょっと、無策過ぎたかな。
思い出すのは、葦原君が食堂で教頭先生と口論になっていた時のこと。確か、あの時葦原君は彼のお父さんを馬鹿にされて怒っていたのに、だからと言って考えなしに動くのじゃなくて、きちんと相手を抑えるだけの準備を整えておいてから反撃していた。
けど思えば、あの時からは少しだけ気になっていたけど、まさかあんな人とは思わなかったな。確かに色々教えてくれたけど、結局は何もできないんだから諦めろなんて。
そんなこと言われたって、私はこんな所で諦めない。絶対に真実を突き止めてみせる。
そう決意を固めた頃には、車は天竜寺グループ本社ビルの駐車場まで到着していた。
「到着したぜお嬢さん。社長室に挨拶に行くんだって?」
「ええ。会って話がしたいから」
「ほー…」
高城がいつものジトッとした視線を向けてくる。思わず身震いしかけるけど、こんな所で怯んでなんかいられない。
高城を車に置いて一人本社ビルに入り、受付嬢のお姉さんの案内を受けて社長室のある最上階までエレベーターで昇る。最上階は会議室と社長室しか無いから迷うことはない。
そうだ。万が一の為にも、葦原君みたいにスマホの録音機能を起動させておこう。
「お母さん、入りますよ?」
ノックと一緒に声を掛けるが、返事は無い。今は色々忙しいんだろうけど、ここに来ることは了承してくれたんだから返事くらいしてくれてもいいんじゃないかな。
社長室に足を踏み入れると、昨日までとは明らかに家具の配置や絵画の数が違うことに気が付く。こんな絵、今まで見たことないのに。
「要件は何かしら。今は色々忙しいのよ」
忙しいなんて、この骨董品の数々を見せびらかしながら言うことじゃない。けど。お母さんは悪びれることすらせずに手元のタブレットを操作し続ける。私に何の関心もないって言うの?
「お父さんのこと。どのくらい分かってるの?」
「そんなこと、警察に聞きなさい。元々離婚調停中だったってこと、忘れているの?」
取り付く島も無いとはこのこと。だけど、こんな所で引き下がるなんて出来ない。せめて一言、何でもいいからこっちに関心を寄せてもらえれば…。
「お父さんから手紙が来たの。多分、先週のうちに私宛に…」
ガタリと音を立てて立ち上がるお母さん。思わずビクッとしてしまう私のことなんか気にしている様子はないけど、やっぱりこれは色々と気になるんだろうか。
「それを今持っているの?」
「持ってないわよ。学校に持っていくなんて出来なかったし」
「なら家にあるのね?」
それだけ言って内線電話を掛けるお母さん。ああ。やっぱり、それにしか興味ないんだ。
「お母さんを信用するな。そう書いてあった。どういう事?」
「ちょっと黙ってて頂戴。ああ、そう。多分部屋にあると思うから…」
私の話なんか聞いちゃいない。いや、この会話の流れからして私の部屋を探らせようとしているの?
そう思うと一気に顔が熱くなるのを感じる。別に変なものを部屋に置いてるワケじゃないけど、まさか私の部屋に誰とも知らない奴が勝手に入って家探しの真似事をするなんて。
「手紙と一緒にUSBメモリもあった。お母さんたちは一体何をしているのよ!」
「USBメモリ?それも一緒にそこにあるのね?なら…」
「そんなの私の部屋にないわよ!」
思わず声を荒げてしまう。なんなのよ。私の話なんか、お父さんの研究を横取りするための情報源にしか過ぎないってことなの?
「葦原君が…お父さんの知り合いが、最近お母さんが連れてきた新人さんたちのこと知ってたよ?お父さんを襲って、研究を奪ったんでしょ!?そんなこと、許されるわけない!」
「落ち着きなさい。どこにそんな証拠があるというの?私はただ、あの人が勝手に持ち出したグループの極秘資料を回収したいだけよ」
「だったらなんで夜道に襲う必要があったのよ!警察にでもなんでも行けばよかったじゃない!」
「そんなことすれば外部に資料が漏れる可能性があるの。それを避けるためにも、今は一刻も早く資料を探さないといけないのよ。さあ、手紙とUSBメモリはどこにあるの?」
もっともらしいことばっか言って。こんな人が、私のお母さんなの?こんな怖い人が…。
「いや…」
「教えなさい。グループのためよ」
「いやよ…私、お母さんのことなんか信じられない…」
「そう…」
声色が変わった。まるでおもちゃに興味を無くした子供のような、何の感情も感じられない冷たい声。
そして、目の前でお母さんは姿を変貌させる。まるで、図鑑で見た毒蜘蛛のような体毛と黒光りする八本の腕。それがこの人の、私のお母さんの本当の姿なの…!?
自分の目が信じられず、一体何が起きているのか分からないままに視界が反転する。薄れていく意識の中で、お母さんらしき蜘蛛が黒くて硬そうな腕を振り上げているのが見えた。
あれで殴られたのかな。私、お父さんにも殴られたことなんてなかったのにな…。
そこで意識が途切れた。
「へへへ…社長さんも気前がいいぜ。こんな上玉、殺さなきゃなんでもしていいなんてよぉ」
天竜寺グループ本社ビル地下駐車場。高城はダンボールに入れられて運ばれてきたヒカリを車の後部座席に寝かせていた。十分前に社長から連絡が入って、あの博士の娘が情報を持ってるらしいから部屋を探れと命令された。だがその直後に、本人に直接情報を聞き出させるから、と命令は捜索から移送に変わった。
「それにしても、やっぱりいい娘だよなぁ。高校生だっつーからガキだと思ってたが…」
整った顔立ちにスタイル。大人しめの性格に似合ったメガネは取り押さえられた時のでひび割れているが、それもまた中々『そそる』物を感じる。
ちょっと味見、と手を伸ばす。制服のスカートから伸びる綺麗な脚に触れると、思ってた以上の柔らかさと弾力に興奮する。
「ん…」
「おっといけねえ。やりすぎると起こしちまうな。さっさと…」
身動ぎをするヒカリにようやく命令を思い出したその時、やたら響く靴音が高城の耳に届いた。
見られるわけにもいかず、車のドアを閉めて鍵を掛ける。靴音は明らかに近づいてきている。
やがて、学生服を来た高校生が姿を見せた。
「おいおい、ここに何のようだ?ガキが来ていい場所じゃねえぞ!」
「化物の居場所でも無いだろ。イマジネーターっつったっけ?」
「テメエ…!?」
なんだコイツ!?イマジネーターを知っている!?いや、それ以前にどこかで…!!
「お前、何物だ!?」
「そこに閉じ込められてる奴の味方だよ」
そう言い放つと、葦原和也は取り出した原稿を炎に変えて変身した。
全速力で地下駐車場を駆け抜け、同じく変身した高城とやらに殴りかかる。見た感じ、まるでカマキリのような緑色の怪人だが、まあ呼び方は本名かどうかはさておき高城でいいだろ。
「とおりゃっ!」
渾身のパンチが当たって高城が吹き飛ばされ、天竜寺さんが乗っているであろう車に激突する。
「おいおい危ないだろ!場所を考えろ!」
「ぶん殴ってきたのはテメエだろ!」
高城がカマキリの鎌で斬りかかってくる。咄嗟に回避するが、高城は両腕の鎌をめちゃくちゃに振り回して追いかけてくる。結構危ないな。あんまり鋭い攻撃じゃないけど、怪人のスペックがやたら身軽なのか追いかけてくる速度が思ってたより早い。こっちに加速装置でも設定しておけばよかったな。
「ぶった切れろ!」
高城が鎌を大きく横薙ぎに振り、それをジャンプで回避する俺。しかし、空中で鎌の軌道を見てみれば、鎌が後ろにあった車を真っ二つにしていた。やばいなあれ。どんな切れ味だよ。
「空中でよけられるか!?」
「くっ…ボードブレード!!」
空中の俺に追撃してくる高城を見て、思わずボードブレードを出して足場にする。こうすれば空も自由自在に飛び回れる訳だが、ここは飛び回るには狭いし低すぎる。一度距離だけ取って、後は手持ち武器として使うか。
そう判断してスケボーの感覚で空を飛ぶ俺。なんだか気分はバックトゥザフューチャーだな。
が、高城の方を見れば、高城も背中から硬そうな翼が生え始めていた。
「カマキリっぽいなと思ってたけど…」
まるで夜寝るときに耳の中に虫が入ってきた時のような不快な音を響かせて飛び立つ高城。慌ててコンクリートの床に飛び降りて避けようとした。だけど避けきれずにあの強烈な鎌が俺の体を切りつける。
地下駐車場の床に叩きつけられ、転げ回った末にどこかの車のドアにめり込む。切りつけられた場所を初めに、全身がかなり痛む。変身してなきゃ即死だったな…なんて冗談言えるくらいの余裕は残ってるか。
「イマジネーター…何でもありだな!」
「当たり前だろう!?テメエだってそうじゃねえか!!」
「一緒にするな!俺はお前みてーに人を襲って喜ぶ性癖なんか持ってねえんだよ!」
手元にボードブレードを呼び出し、それを支えにして立ち上がる。こんな程度で倒れてたまるか。
「お前らは一体何なんだ!?カマキリやら蛇やらサソリやら!なんだってそんな形になるんだよ!?」
「知らねえなら教えてやる。このナノマシンは、俺たちの脳を解析し、心の中で思い描いている強さの象徴に肉体を変えるのさ。最も、そんな漫画みたいな姿は初めて見たけどな!」
「ご親切にどうも…!!」
つまり、この姿は俺の中の強さの象徴があの漫画の主人公ってことか。分からんでもない。
「そらそらそらぁ!!お話は終わりだ!もう一度行くぞぉ!!」
「くそっ…!」
再び飛びかかってくる高城。ボードブレードを構えて迎え撃つが、早すぎて全然見えない。一応、このヒーローの最大の武器はスピードって設定にしたんだけど…!
それ違いざまに再び切りつけられ、今度はコンクリートの壁に叩きつけられた。そのままコンクリの壁を突き抜けて床を転げ回る。今度はかなり効いた。
「もう一丁行くかぁ!!」
三回目だ。今度こそ…。
「たたっ斬ってやらぁ!!」
そうだ。ボードブレードを盾にしよう。
「ほい」
「がっ…!?」
真正面からボードブレードに全速力でぶつかり、高城は怪人からは想像もつかないほど情けない声を上げて動きを止めた。
「前方不注意だ。残念ながら免停だな」
「ぷぺっ…」
情けない鳴き声とともに、すっかり顔の形が変わったカマキリ怪人を蹴り飛ばし、ボードブレードを地面から引き抜く。
「てりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
掛け声と共にボードブレードを巨大化させながら振り下ろす。真っ二つに叩きられて爆発したカマキリ怪人こと高城が怪人から人間に戻る。完全に白目を向いて気絶している。ナノマシンの気配も消えたし、やっぱり俺が倒せば怪人になった奴は力を失うらしい。これが博士の新型ナノマシンの性能なのか。
「まあいいか。取り敢えず、そろそろ誰か来る頃だろうな…」
まだ変身は解除せず、高城の車の所に向かう。戦いの衝撃で窓ガラスが割れていて、中で気絶している天竜寺さんが丸見えだった。
「ここに置いておく訳にもいかない、か」
この天竜寺グループが敵である以上、ここにお姫様を置いていくことは得策じゃない。だからと言ってどこか安全な場所に連れて行こうにもそんな場所知らないし、それに目が覚めたとき、なんて説明するべきだろうか。
「まずは連れて帰るか…」
ボードブレードに再び乗り、天竜寺さんをお姫様抱っこというやつで連れて行く。小っ恥ずかしいが、まあヒーロー物には一回はあるシュチュエーションだし、まあいいか。
感想待ってます。




