依頼主は博士の娘
ヒロインの本格登場。遅いっ!!
月曜の朝は色々キツイ物がある。ただでさえ土日の余韻を粉々に打ち砕く朝のニュースに憂鬱になっている所に朝の朝礼なんて馬鹿げたものがあるからだ。勿論誰も話なんか聞いてやしない。一応体育館の冷たい木の床に座っていてもいいことになっているからみんなウトウトしている。
だが、俺は違う。なぜならついさっきまでヒーローやってたからだ。おかげでほかの学生と違いウトウトなんかしたら速攻で眠りについてしまう。だから今回の朝礼は、眠らないことだけに全神経を集中させて望んだのだ。ってことで授業中は寝ててもいいよな。うん。
それに何より、今週はGWだからな。今日を乗り越えれば明日から三連休だ。素晴らしい。
で、結局放課後まで全部の授業眠って過ごし、放課後は一人相談室で漫画を書く。不真面目ですか?いいえ、学生の夢です。
なーんて馬鹿げたことを考えつつ、丸ペン持って漫画のストックを貯めていく。まあ、どちらかと言えばヒーローのイラストを書いていくだけなんだけどね。原稿丸々一枚漫画を書いて、それを変身に使ったらもったないないし。
さて、そんなこと考えてないで少しでも多く書いておかないと。
「あ、あの!」
「へ?」
「こ、ここ、相談室ですよね!?って葦原君!?」
「君は…」
いきなりドアを開けて入ってきたのは、博士の娘の天竜寺ヒカリだった。
「…相談?」
「え、ああ…うん。ちょっと相談って言うか、頼みたいことがあったんだけど…」
「じゃあ取り敢えず、そこの椅子座ってくれる?緑茶くらい出すから」
一応天竜寺さんに着席を促し、俺は彼女に背中を向けて自分用にと沸かしていた湯でふたり分の緑茶を淹れる。やばい、振り向けない。
この人何しに来たんだろう。やっぱりこのタイミングってことは博士の件かな?でも、俺の名前は新聞にも載ってなかったし、警察がばらす訳もないし、知ってるはずないんだよな。ってか忌引きで学校休んでるはずじゃないのか?やばい。なんか怖くなってきた。
ただ、博士の死に俺は内心責任を感じているんだよな。なんであのタイミングで会いに行ってしまったのか。普通に様子がおかしい時点で警察呼ぶべきだったんじゃないか。色々、後になればなるほどに考えついてしまって余計と居心地が悪く思える。
だけど、博士に娘さんを守ってくれって頼まれちゃったしなぁ。
「安もんだけど、どうぞ…」
「あ、ありがとうございます…」
なぜか一切手をつけていない茶菓子の袋に目が行く。この人、滅茶苦茶なレベルの大食いじゃなかったっけ。
気づけばお互い喋らないまま数分経過。体感時間はその数十倍な気がする。やっぱり俺だけじゃ無理だ!滝先生ー!早く来てくれー!
「あの、一昨日の夜の件で…」
あ、やっぱり。けど、どう話したもんかな。本当のことを言っても頭がおかしいと思われるだけか。まあその場合は目の前で変身するって手もある。けど、この人を戦いに巻き込むのはヤダな。博士に守ってくれって頼まれたんだし、下手に巻き込んで危険にさらすのは悪手だろ。
そんな俺をよそに、天竜寺さんは懐からUSBメモリを机に置いた。
「このUSBメモリが今朝、父からの手紙と一緒に私の所に届いたんです。手紙には、お母さんたちを信用するなと…もしこの手紙が届いた時点で何か起きていれば、同じクラスの貴方に頼れ、と…」
「博士が、俺に?それにそのUSBメモリ…ちょっと失礼」
一応断りを入れて相談室に常備されていた中古のパソコンを立ち上げ、USBメモリを挿入する。中に入っているのは博士の研究データだろうか。研究所で見せてもらった資料と同じ模様や数式が書いてある。だけど、ほとんどのデータが閲覧にパスワードが必要と出てきてロクに内容を確認出来ない。
もしかしたら、これが博士が作った俺の体のナノマシンのデータなのか。つまり、このデータを調査してくれる人に渡せば、俺の体のナノマシンも除去可能なのか?いや、今は関係ないな。
「どういう事なの!?USBからは変な映像は流れるし、お父さんは死んじゃうし、お母さんは信用するななんて書かれるし、なんの関係もなかったはずの貴方がお父さんの知り合いで…」
「お、落ち着け。別に君をだまくらかそうってわけじゃないんだ。取り敢えず博士との仲から説明させてくれ」
今にも掴みかからんばかりに詰め寄ってくる天竜寺さんに気圧される俺。物静かと言うか、ぶっちゃけ内向的なキャラだと思ってたのにすっごいグイグイ来るな。やっぱり、彼女にとっても博士は大切な家族だったってことか。
ってかUSBから変な映像?そんなの今調べた限りじゃなかったが。まあ今はそれほど重要じゃないな。
「俺の両親が博士と高校の同級生で、その縁で最近知り合ったんだよ。で、書く漫画のジャンルについてアドバイスを貰ったから、そのお礼に新作の漫画を見せに行ったら、ちょうど強盗に博士が襲われてるところだったんだよ」
「…それだけ、ですか?」
キッと睨みつつ聞いてくる。やっべ。結構怖い。
「本当だって。ほら、この漫画を見せに行ったんだよ」
机の上に乱雑に置いてある原稿用紙の束を指差す。が、ちらりと見ただけであまり興味を示してくれなかった。
「一応、私もお父さんの研究についてはある程度知ってます。想像力をエネルギーに変える実験ですよね?」
「ああそうだ。俺もその実験を見せてもらった」
「なら、それを使った何かがあるんじゃないのですか?お父さんは、それを作ったことを隠すために日本に逃げ帰ってきたはずなんです!」
詳しいことはまだだけど、大まかなことは結構把握してるみたいだな。だけどこうなると余計に対応が難しいな。なんとか誤魔化してスムーズな学園生活を、って訳にはいかないかもしれない。
「それよりも、手紙には母親を信じるなと書かれてあったと聞いたけど、それってどういう事?」
「…今の母は後妻ですから、血の繋がりはありません。それに、父と再婚してからあまり良くない噂が…」
このあたりは博士もチラッと呟いていた気がする。確か、今の妻とはアメリカで初めて会って、そこで活躍する日本人同士で親しくなったけど、結婚してから軍需産業やらマフィアやらとの繋がりを仄めかす言動が目立ち始めたんだとか。その時はただ、まるで石ノ森章太郎の人造人間ヒーロー物の漫画みたいな展開だなと思ったが、ここまで来ると色々と怪しく思えてくる。
「それに、私も監視されているみたいで怖いんです。今日だって送り迎えなんて言って柄の悪そうな新入社員が学校の前までついてきましたし…」
肌寒そうに自分を抱きしめる天竜寺さん。何というか、そこまであからさまにやる理由があるんだろうか。でも、彼女が怖がっているのも事実だろうしな。
それにしても、柄の悪そうな新入社員か。思いつくのはあのサソリ野郎だ。確かにアイツはガラが悪そうな見た目だった。ただ、あいつは一昨日に逮捕されたはずだ。なら、もしかしたら他にもそう言う奴を集めている可能性はあるな。
その時、天竜寺さんのスマホが振動した。スマホを操作し、メッセージを開いた途端に怯えた顔を見せる。
「…やだ、もう校門の前まで来てるって…」
「それ、誰か分かる?」
相談室を出て、真正面にある校庭と校門を覗ける窓に顔を近づける。目に意識を集中させれば、まるで鷹の目のように遠くまで見渡せてしまう。これも、ナノマシンの影響だった。
「この距離では分かりません…」
「スマホの望遠機能があるでしょ。ほら」
「ん…」
校門の当たり、明らかに不釣合いな奴はすぐに見つかる。しかも、どこかで見覚えのある顔だな。
「あれじゃないか?」
「この距離でよく見えますね…そうです。あの人、確か高城さんって人」
「高城さん、ねえ…」
自分のスマホを取り出し、アルバムから比較的最近の写真を探す。よく資料用にカメラを使うからメモリはいつもパンパンで必要ないデータは即消しだが、そのデータは残ってた。そう言えば、また来たら警察に送ろうと思って残しておいたんだった。
「この人でしょ?」
「そうです…って、これ…!!」
「最初に博士に会った時、博士を襲ってた今時珍しいオヤジ狩りのリーダー。ハッキリ写ってるでしょ」
これでハッキリした。博士を殺して研究を奪ったのは、博士の後妻の天竜寺サクヤとその手下だ。恐らくその後ろには、例の軍需産業やらマフィアが控えているんだろうけど、まずは奴らを叩きのめすべきだろう。
でも、どうやって倒すんだ?まさか真正面から乗り込んで全員の身柄と証拠を取り押さえて、メッセージカードと一緒に警察に突き出すなんて出来るわけないんだし。それに、今日の朝の蛇野郎からして奴らは奪った研究の成果を量産体制を整えつつある。
「…やっぱり、葦原君は何か知ってるんですよね。お父さんたちのこと」
相談室に戻りソファに座る天竜寺さん。そう小さく呟くと、涙が滲んだ目を拭うためにメガネを外す。やっぱり、親父の漫画のヒロインのモデルの娘さんなんだな。瓜二つだ。
「お願い、教えて。のけ者扱いには慣れてるけど、これはもう私の問題なの!」
そうだな。もうここまで来てしまえば彼女は後戻りしないんだろう。だけど、今ならまだ間に合う。後戻りしないだけで、俺にみたいに出来ないわけじゃないんだから。
「俺が知っているのは、博士の研究は、そもそもどこかのグループで兵器使用を前提としたナノマシンを平和利用するための物だったっていう事と、強盗が盗んだのはそのサンプルとデータだったと言うことだけ。勿論証拠は無いし、研究自体が世間一般や警察にしてみれば眉唾物だけど、プロの犯行ってわけじゃないんだ。俺の証言と、まだ警察が把握してるかどうかは知らねーけど、一昨日逮捕された犯人の内の一人が自白すれば警察も動くだろう。ここから先は、俺たちの領分じゃないさ」
なら俺にできることは、できる限り無情な宣告で彼女の心に蓋をすることだけだ。諦めろ、これ以上は立ち入れる世界じゃないんだ。
だけど、彼女は涙目で俺を睨みつけてきた。
「…だから、諦めて無関係を装っていろってこと…?馬鹿にして…!!」
天竜寺さんはそれだけ言ってカバンを引っつかみ、相談室を出て行く。やばいな。もしかしたら、俺は最悪の選択肢を選んでしまったのかもしれない。
「…行くか」
予備を含めて二枚の原稿をカバンに入れ、相談室のドアには『close』のラベルを付け走り出す。既に彼女は、あの高城とか言う野郎の車に乗った所だった。
感想待ってます。




