戦え!コミックマン!!
新作です。前作、前々作はどれもロボットでやけに暗く盛り上がりに欠ける物ばかりでした。ですので今回は痛快ヒーロー路線で行きます。
イメージは昭和の仮面ライダーやスーパー戦隊。さらに言えば石ノ森章太郎のヒーローたち。果たして私のヒーローは彼らの足元に及ぶのか?
人影のないビルとビルの間の細い道。大都会のど真ん中でありながら、普段誰も見向きもしないこの裏路地で、一人の中年が襲われていた。といっても一昔前に流行ったオヤジ狩りとは違い、襲っているのはそのへんのDQNじゃなくて、まるで爬虫類のような肌をした『怪人』だった。
「た、助けてくれぇっ!!」
くぐもった悲鳴を上げるサラリーマンを片手で締め上げる怪人。ようやく到着した俺は引っさげた学生鞄からファイルを取り出す。
そこに書かれているのは、俺直筆の主人公が変身し、現実では有り得ない怪人を倒すという、時代遅れで在り来りなヒーロー漫画。これ単体では何もできないが、俺の体内のナノマシンが視覚と指先を通じて漫画の中身をスキャン。やがて原稿がガラスのように砕け、その破片を浴びた俺の体が変身していく。
足、腰、腕、胸、そして最後にフルフェイスヘルメット型の兜が自動的に装着され、俺はただの漫画家志望の高校生、葦原和也から漫画のヒーロー『コミックマン』へと変身した。
「はあっ!!」
一気に距離を詰め、サラリーマンから怪人を軽々と引き剥がし、怪人に一発キツイのを入れてやる。
無様にコンクリの地面に転がった怪人が俺の姿を見て叫ぶ。
「貴様は誰だ!?」
ヘルメットで見えないことをいいことに思わずヘラっと笑う。そう、俺のヒーローはこんな時に言う決め台詞がある。
「誰って?この人の味方だよ」
襲われていたサラリーマンを背中にかばい、怪人に向かい合う形で決める。そして後ろで腰を抜かすサラリーマンにさっさと逃げるように合図すると、サラリーマンは変な声を上げながら逃げていった。
「ざけんなぁ!!俺の獲物だったんだぞ!!」
「知るか」
狭い裏路地の中、怪人は一直線に俺に向かって突っ込んでくる。それを真正面から受け止め、そのまま腹にキックを入れる。再び転んだ怪人を観察してみるが、外見からは爬虫類系の怪人であることしか分からない。一体どんな生物の特性を発揮するのやら。ま、頭は上等じゃないみたいで助かるが。
「殺してやるぅ!!俺は強いんだよぉ!!」
大口を開けて叫ぶと、口の中にチロチロと細長い舌と二本の長い牙が見える。なる程、蛇型怪人か。
「シャアアッ!!」
「おっと」
そう判断した途端に蛇怪人が首をろくろ首みたいに伸ばして牙を突き立ててきた。意表をつかれた形ではあるが、忍者漫画でこんな敵も居たことを思えば対処は容易い。
回避してガラ空きの首に手刀を入れる。蛇に人間みたいな骨は当然無いが、元になった人間には骨がある。ナノマシンの力で変貌したとはいえ、人体の構造を根本から変えられるわけじゃない。つまり何が言いたいかというと、手刀をくらった蛇怪人が大ダメージを負って悶絶しているということだ。
「悪いが遅刻しそうなんでな。こいつで仕舞いにするぜ」
元の人型に戻った蛇怪人を前に全神経を集中させる。そして左足を一歩後ろに下げて腰を落とし、膝のバネを使って飛びかかり、一瞬で通り過ぎる瞬間に右ストレートを叩き込んだ。
火花を散らしながらコンクリの地面に右こぶしを突き出す形で着地し速度を殺す。真後ろでは蛇怪人が小規模な爆破を起こして倒れこみ、爆発した後には髪を染めた所謂ヤンキーっぽい若者が気を失って倒れていた。
「こいつで終わりっと…こいつで二体目か…」
ヤンキーの身体を変貌させていたナノマシンが正常に除去されたことを確認し、俺はようやく変身を解く。腕時計で時間を確認すれば、すでに時間は朝の八時半。
「やっべ!!このままじゃ遅刻する!!」
地面に放り出していたカバンを拾い、俺は全速力で学校めがけて走る。なんだって俺がこんなことしているのか。
思い返せば、ちょうど高校生活が始まったあの日から始まっていた―――
私立天川学園高等部一年A組。ほぼ全ての学生が中等部からの繰り上がりのため、入学式ではなく進級式を終え、教室の後ろの席でカバンから出した直筆の原稿を目の前の学友に渡す。
「ほー…相変わらず面白いな。お前の漫画」
「その感想は聞き飽きた。もっと何かないのか?絵のタッチが合ってないとか、ストーリーの流れがおかしいとか」
「あのな。俺は編集者じゃないんだよ。技術なんか知ったこっちゃないし、どうすりゃ売れるかなんてわかんねえ。せいぜい面白かったくらいしか言えないんだよ」
「ちっ使えねぇな」
聞こえるように舌打ちし、それを聞いた我が学友犬飼誠はムッとした顔で原稿を突き返してきた。
「大体それ、春休みんときに見せたやつの修正版だろ?確か週刊少年ズバットの編集部に持ち込むとか言ってなかったか?」
「持ち込んださ。で、直して欲しいって言われたところを直して、今日の放課後持っていくんだ」
「ああそう。なら問題ないんじゃないか?これで」
誠は面倒くさそうに言う。コイツ、完全に他人事を通り越して興味を失ってやがる。
「って言うか学校までそんなもん持ってくんなよ。ただでさえ近寄りがたい雰囲気醸し出してんだから」
そう言って誠は俺の右頬の傷を指差す。確かに、この傷のせいで初対面のやつからは大体怖がられるしな。まあ同学年のメンツは大体事情を知ってるからイイんだが、高等部から入ってきた奴らからすればそりゃあおっそろしい形相に見えるんだろうな。別にいいけど。
「ほら見ろ、新入り組がひとり残らずお前を避けてるぜ?」
見渡してみれば、確かにちらほらいる見知らぬ顔が一斉に視線を逸らしてきやがった。べ、別にそんなことされたって悲しくなんかないんだからねっ!?
心にも思っていないが、取り敢えず頭の中だけでテンプレを言ってみた。が、誠にそれを見抜かれた。
「男のツンデレはみっともないだけだぞ?」
「は?戦闘民族の王子なめんなよ。あれ、ツンデレキャラの筆頭だぞ」
「あーはいはいそうですねっと。じゃ、俺はあいつらのメアドでも聞いてくるぜ」
早々に話を切り上げ、取り敢えず手頃な女子に近づいていく誠。長い付き合いではあるが、まあ客観的に見て今時の高校生としては中々レベルの高いルックスを持っていると思う。初見の女子なら連絡先を聞かれれば、下手すりゃスマホごと渡しかねないだろうな。
まあ、あいつが一学年下の幼馴染と付き合ってるって知ればそんなことにもならんだろうが。
「ありがとな。じゃあ次は、君も連絡先を教えてくれないか?」
女子の塊の中に突撃し、手当たり次第に連絡先を集めていく手際のよさ。多分次には浮かれた声して『はーい』とか聞こえて―――
「あ、いいえ。結構です。お構いなく…」
ほう、ここに中々の猛者が居たか。まさかここまですげなく断られるとは思ってなかったのか、誠も引きつった笑顔で「あ、そう?そういうことなら…」と言うだけ言って逃げ出してしまった。当然一緒になって他の女子も付いて行くから、その猛者は入学早々ボッチ確定してしまったようなものだ。
さて、そんな猛者の顔はどんなものかな?ボッチのヒロインの漫画の題材にはちょうど良さそうだ。
右斜め前の座席だから顔は見えないが、後ろ姿で見るからにはスタイルは良さげ。茶色の混じった黒髪が肩のあたりまで伸びていて、こっちからじゃ特にヘアピンの類を身につけているかは分からない。
その時、視線を感じたのか彼女がチラリとこっちを振り向いた。
「――――――っ!?」
一瞬、空気が凍りついたかと思った。向こうはすぐに興味を無くしたのか前に向き直ったが、俺はその後ろ姿をじっと見つめていた。
「いやまさか。そんなはずは…」
取り敢えず書いてみよう。漫画風に似顔絵を書けばわかるはずだ。
カバンからアイデアノートとペン入れを取り出し、丸ペンにインクをつけて書いていく。一瞬だけしか見えなかったが、記憶力には自信がある。それにあの顔は忘れようがない。
「大量大量っと。あいつら彼女欲しいとか言ってたからなぁ。これで何もなけりゃもうどうしようも…って何やってんだ?」
「今集中してる。すまんが後にしてくれ」
「お、おう…丸ペンって学校で使うか普通…」
丸ペンを走らせ、一分もしないうちに完成する。インクが渇くまでは触らないのが普通だが、最近は一瞬で渇かせる専用のインク取り紙がある。それで絵が崩れないよう余分なインクを吸い取る。それを見た誠は怪訝そうな目つきで俺を見てきた。
「なあ。この子ってさっきの子だろ?まさか、お前こういうのが好みなのか?」
「ちげーよ。ただ、ここをこうすると…」
顔のパーツなどはいじらず、髪色を真っ黒に変えて腰のあたりまで伸ばして最後にメガネを外す。
「お…これって、まさか!?」
「ああ…そっくりだ…」
そこに書かれていたのは、親父が十年以上前に書いていた伝説のヒーロー漫画『THE HERO』のヒロイン、星見アカリそのものだった。
「これぜってーアカリちゃんだろ!?なんだってあの子がこんな似てんだよ!?」
「そんなこと、オレが知るか!」
他人の空似にしてはそっくり過ぎる。だけど、理由を聞こうにもあの子は怖いし親父は六年前に死んでるし。
混乱しているうちに教師が入ってきて強制的に全員着席させられる。教師や他のクラスメイトの自己紹介など聞いちゃいなかったが、あの子の自己紹介だけはやけに耳に残った。
「天竜寺ヒカリ、です。親の都合で高等部からここに転入することになりました」
誠を振ったとき以上にオドオドした口調で必要最低限のことだけ言って座り込む彼女。なんというか、この絵を見せて事情を聞こうとする気力がするすると消えていくのを感じてしまった。そしてその後、結局俺はあの天竜寺さんに話を聞くことも出来ずに下校したのだった。
誠たちは早速仲良くなったメンツで遊びに行くらしいが、俺はすでにズバット編集部に行く予定があるので当然キャンセルだ。
バス停まで走り、ちょうど到着したバスに乗ってズバット編集部のある駅前ビル停留所で降りる。ビルに入れば受付のお姉さんがほぼ顔パスで編集の立花さんに連絡してくれる。子供の頃から何度も通っているため、このビルで働く大人は大体一度は顔を見ていると思う。
エレベーターで四階まで上がり、様々なキャラクターのパネルやポスターで飾られた少年ズバット編集部に足を踏み入れる。だが、その途中で見覚えのあるキャラクターを目にして思わず足が止まった。
親父の描いた『伝説』の漫画、『THE HERO』の主人公だ。
「いつまでこんなの貼っとくんだよ…」
思わず吐き捨てるように呟いてしまう。大体もう六年前の漫画だし、とっくの昔にヒーロー漫画ブームは終わったっつーの。
まあだからと言って何か出来る訳もなく、俺はできる限り見ないように視線を逸らして編集部と書かれたドアを開けた。
始まりましたコミックマン。実は前作『ゼロ』を書いている間にはもうこのお話を思いつき、こっちの方に意識が行ってたりしてました。勿論、『ゼロ』も本気で書いてはいたのですが。
ちなみに今回は二十五話完結ではなく、もうちょっとだけ続けるつもりです。どれだけ続くかは分かりませんが。
それと、今作について感想等々お待ちしております。コミックマンのイメージに合ったヒーローソングも是非。