魔法
都合よくいきます。気楽に読んでください。
俺の家(ハルバートの家)からバイト先の酒場までは、ハルバートの記憶によれば走っても1時間はかかっていたはずだ。それが今日は30分。ギフトのおかげだろうが、単純に身体能力を倍にするだけのギフトではないのだろう。なにせまだまだ走れそうな体力は残っているからな。検証が必要そうだ。
「ハルバート!早速だがこの料理と酒を頼む!」
裏口から店に入った瞬間に店長である、グラードから指示が飛ぶ。今日も忙しいようだ。ここグラード亭は、このアマリアードにある酒場の中でも人気の酒場で連日賑わいを見せている。
ここでアマリアードの食料事情だが、アマリアードは険しい山に囲まれ、平地も少なく農作物は少ないが海産物は豊富にとれる。海の魔物は比較的弱く、漁師でも倒せなおかつ食料としても旨いので、基本的にアマリアードの食事は魚介類が多い。
このグラード亭は海側にあり、鮮度の高い魚介類を調理でき旨いと人気があるみたいだ。それにしても今日はやたらと多い。
「グラードさん!今日はいつにもまして多いですね!」
周りの喧騒に負けない声でグラードに問いかける。
「ああ?明日は神休みの日だろうが!それでこんなに多いんだよ!くっちゃべってねえで働け!」
へ~いと軽く返事して仕事に戻る。ちなみにグラードさんは忙しくなくてもあんな感じだ。
神休みの日。日本で言えば日曜日だ。アマリアードに娯楽は少なく、街の大人たちは休みの前の日は大酒食らって次の日は寝る、という人が多い。
(っていうことは明日は学園も休みか……。気付いてよかった。)
まあ、学園には寮があるので誰かしらいるんだが、流石に授業もないのに学園に行く必要もない。
「明日はうちも休業だ!間違えて来んなよ!」
忙しいときは時間もあっという間に過ぎ、バイトの時間が終わった。帰り際にグラードさんに言われ、明日のスケジュールを考える。
「炊事、洗濯、掃除。ハルバートはそれが終わって筋トレをしてたみたいだな。うーん取りあえず魔法の練習でもしてみるかぁ。」
明日のスケジュールを呟きながら、走る。
「おっと、ここだな。」
街灯が少ないので、危うく目的の場所を通り過ぎそうになる。俺の目の前に広がるのは、ごつごつとした岩肌。上を見れば我が家が見え、そこまでは30メートルぐらいの高さだろう。
「おいおい、結構高いな……。よく10歳の奴が登れたな。」
何を隠そうこの場所は、ハルバートが10歳の頃から登っている場所だ。アマリアードは10歳の頃にギフト検査を受け、15歳になり学園に入るまでは自主的にトレーニングを行うものが多い。だがハルバートは、バイトをしているためトレーニングに充てられる時間が少ない。そこで子供ながらに考えたのが、目の前の岩肌を上ること、ロッククライミングだ。
当然当初は猛反対されたが(特にエアリスに)、慣れるまでは長いロープをくくりつけなおかつマリーダ夫妻が監視役としていることを条件に許可が出た。今では命綱なしで登れている。
「ったく。本当に真面目な奴だ。負けてらんねえな!」
ハルバートの自我はもうないけれど、ここまで頑張っていた彼を落ちこぼれのまま終わらせるわけにはいかない。俺は奇妙な使命感に駆られながらも、どこか心地よい気持ちで目の前の岩肌を登り始めた。
「よいしょっと!」
岩肌を登り、我が家の前に着地する。
「おかえりハル君。」
月明かりに照らされ金色の髪が仄かな輝きを放っている人物に声を掛けられ、一瞬体が硬直する。
「エアリスか?びっくりした、今日はこっちに戻ったんだな。」
普段は寮に住むエアリスだが、今日は戻ってきたみたいだ。
「明日は神休みだからね。」
「そうか。それにしてもこんな時間に危ないぞ。エアリスは可愛いんだから、襲われたらどうするんだ?」
俺の言葉にエアリスはキョトンとなり、続けて頬を染めた。
「そ、その時はハル君が助けてよね!」
「あ、ああ……。」
かろうじて返答した俺は、恥ずかしくて俯いてしまう。桃色の空気が二人を包む。
(ああっ……。この後なんて言えばいいんだ?抱きしめる?いやいや!無理無理!)
ハーレム宣言をした俺だが、前世では女性と付き合ったことは無く女性をどう扱えばいいかわからない。一人色々と考えていると先にエアリスが口を開く。
「あのねハル君!私をハル君のチームに入れてくれないかな?」
言われた言葉を理解するのにちょっと時間がかかった。ようは俺のハーレム要因にエアリス自らなりたいと言ってきたことだ。
「えっと、それは嬉しいんだけど……。いいの?エアリスはいろんな所のチームから、誘いが来てるよね?それに今日俺がリュウガに言った事覚えてる?」
俺としては、エルフの美少女がハーレム要因になるのは嬉しい。だが、エアリスの将来が決まるかもしれない大事なことだし、他にも女の子をチームに入れるつもりなのでその辺は確認しておかねば。
「覚えてるよ?可愛い女の子とチームを組みたいんだよね?私は大丈夫だよ。それにずっとハル君とチームを組みたかったんだぁ。」
「そ、そうなんだ。ありがとうエアリス。じゃあこれからもよろしく。」
スッと手を差出し握手を求める。エアリスは差し出された手を嬉しそうに両手で握りしめ満面の笑みを浮かべた。
(そこ、そこよエアリス!そこで押し倒すのよ!)
(ハルバート!男を見せなさい!)
両方の家からヒソヒソと声が聞こえるが、エアリスは気付いてなく俺は無視をした。翌日魔法の練習に付き合ってもらうことを約束し家に戻る。戻った時に母であるエリトリアから、「へたれ」と言われた。この世界にもその言葉はあったんだな…。
翌日、全ての家事を済ませ、エアリスと学園の演習場に行く。休みだが寮生がトレーニングを行う為、演習場だけは使えるようになっている。ここでなら魔法の練習をしても怒られないだろう。
「ハル君。魔法の練習って言ったけど、ハル君が使える魔法って身体強化だけだよね?」
そう、エアリスが言うとおりハルバートが使えた魔法は身体強化のみ。記憶をいくら探しても、それ以外の魔法が成功したことは無かった。
身体強化の魔法が使えるので、決して魔力がないわけではない。ハルバートは勤勉で魔法に関しての知識もある。なのに何故身体強化の魔法しか使えないのか。その答えはもうとっくに出ていた。
ドーランの時と同じだ。ハルバートは誰かを傷つける事を極端に嫌っていた。恐らく、両親が原因なのだろうが。身体強化の魔法も自分の身を守るためにしか使っていない。
俺は演習場に立てられた的に向かい手をかざす。魔力が手の平に集まるのを感じる。この世界の魔法は詠唱を必要とせず、イメージするだけで発動する。そのイメージも結構アバウトな感じでも大丈夫なようだが、自分の魔力を越える魔法は発動できない。
俺はとりあえず炎の球をイメージする。ボッと、空中に炎の球が現れてフラフラと的に目がけ飛んでいく。
「遅っ!!」
「ハル君!成功だよっ!!」
「いや、今のは失敗だ。多分速く飛んでいくイメージも必要なんだろ。」
エアリスが喜んでくれるが、今のでは敵に当たりもしないだろう、次は速さもイメージしてみよう。
再び俺は的にかざす。同じように空中に炎の球が現れ、今度は猛スピードで的に飛んで行きボワッと燃え広がった。
「よし!」
「お~!今度こそ成功だね!それにしてもなんで急にできるようになったの?」
ギクリとするが、あははなんでだろうね~っと笑ってごまかすとエアリスは、「まあいっか」っと興味をなくしてくれた。
「さあってと、次は水か。」
「え?ハル君魔法は一人一つの属性だけだよ?」
「え?そうなの?」
俺の問いにコクリと可愛く頷くエアリス。ああ、確かにハルバートの記憶を探るとそんな事を言っている教師の姿が見える。
「けど、バンドー様は全ての属性が使えたって爺ちゃんが言ってたよ。」
バンドーというのは、100年前の英雄の名前だ。間違いなく日本人だろう。なぜエアリスの祖父がそのことを知っているのかというと、エアリスの祖父はかつて英雄のお供として一緒に行動していたからだ。ちなみに長命なエルフ族なので、エアリスの祖父はまだ生きている。
(なら俺も使えるんだろうな。けど今は止めておこう。後でこっそり確認するか。)
ちなみに身体強化は属性なしなのでカウントされない。それに身体強化の魔法は学園にいる、誰もができる魔法だ。
「じゃあ、エアリス。組手でもする?」
エアリスは嬉しそうに頷くと、弓を速射してきた。
「ちょッッ!?早ッ!!」
「ホラホラ!!魔物は待ってくれないよハル君!」
確かにそうなのだけど、そのニコニコと嬉しそうな顔で矢を射るのはやめてほしい。その日は夕暮れまでエアリスと組み手を行って家に戻った。
お読みくださり有難うございます。