56、サンダーブラフ・後編
誰も寝静まった夜、サンダーブラフ中央台地の東に在る、一回り小さい台地はまだ明かりが灯り、者共の声が沸き立っている。
其処は知恵の台地、タウラリアン族長老達の住処、外交から祭祀まで、国はいつも彼らの知恵を借りている、今風に言うとシンクタンク。それ故世界中のドルイドやシャーマン系組織の幾つも其処に拠点を設けている、その中最も有名なのは「セナリオ議会」と「ホール・オブ・エルダー」。
セナリオ議会は調和を取れた秩序を唱えるドルイド組織、同時に最も大きなドルイド組織でもある、名前の由来は森を仕切るデミゴッド――半神――「セナリウス」、世界各地のドルイド達を指導及び監督する役目を担う、主要メンバーの種族はタウラリアンとトロール、そしてナイトエルフ、近い内に新たな種族メンバーが増える噂が立つか、明らかにしていない。
ホール・オブ・エルダーは中立シャーマン組織「アースンリング」の最高統治機構、構成メンバーは主に公国とアウトローのシャーマン司祭、宗旨はエレメンタルスピリッツの調和と自然均衡の維持。
彼らは思う、エレメンタルスピリッツは無秩序、故破壊的になりやすい、けど万物と共生関係を築けて共に栄える事も出来る、この二面性有る複雑な相互関係こそ星の本質、そして生命の成り立つ根本。
それをさっておき、何故か其処に居る小さなヴィクトリア系メイドレナちゃんこそ俺がまだ醒めている理由。
空間魔法のモニターに映るのは茂みに身を隠す彼女の背中、それを越し、遠方に居るのは篝火を囲んで食事をするレガール一行――「エサ」とブロール、そして手下のオーク二人、レガール本人は篝火近くの大テント内でタウラリアン男性と飲んでいる。
かの男性は図体が大きくて筋骨隆々、大きな角は白くて真っ直ぐ、黒くて長い三つ編みは左右の頬から垂らしている、一番印象的なのは骨製の鼻ピアス、太くて呼吸に妨げそうだ。
身に纏う赤き長ローブには鳥の骨を多数飾る。何故鳥の骨だと分かる?胸と腰に喙が付いた頭蓋骨を飾る故、そして両肩のショルダーピースは羽ばたく鷹を模した彫刻、かなり精巧、多分オーク製。
絵面は西洋ファンタジー作品に描く典型的な部族司祭、でも顔には皺が寄せている、年齢は初老に見える。
「あの洞窟に居るアースエレメンタル、マルガサが仕組んだとわしは前から思う、まさかお主のチャンピオンにやられたとは、これは痛快。」
男性の賞賛を聞き、酒を啜りながらレガールは頷く、返事はないか微かな笑みが浮かぶ。
そして男性は木製椀中の濁酒を飲み干し、テントの外に声を向く。
「おいそこの君、ロア・ゴスに呼ばれたそうだな、何の意味だか分かる?ゴーストウルフだよ。」
男の声に惹かれ、エサはテントの前に行く。
「何故だ、俺の皮膚が白いだけか?」
「たわけ、こりゃ誇り高き名だ、しかも…君に似合いそうだ、来な、座って飲んで食え、話してやるよ。」
男はエサとブロールを呼び入れ、木製椀に濁酒を注いて彼らに渡す。
「ハミュール・ルーントーテムだ、ほら飲んだ飲んだ。」
この者が噂のハミュール・ルーントーテム、ジアンナから貰った要注意人物リストにも載せたな、確か前述のセナリオ議会メンバー兼タウラリアン部族総長顧問だそうだ。
「ロア神は半神の一種、ゴスはその一人、獰猛さで有名な彼は一万年前に生きるらしい、ちょっと魔王の軍勢がこの星を侵す時。」
「ロア・ゴスは大荒原――大災害以前は茂った土地だった――で魔王の軍勢と戦う、魔王軍は残忍且つ強大、彼はどんどん劣勢に陥る、でも彼の意志は歪まない、戦死する前に何千何万の敵を屠った、伝説では彼は死して尚命ある者を救う意志を貫いている。」
「そう言えばナイトエルフも似たような伝承が有るな。」
篝火で焼いた肉を食べるブロールも話に割り込む。
「こっちの名はゴールドリン、一万年前魔王の軍勢がこの星を侵す時、ゴールドリンの霊魂はエレサラス城のナイトエルフを助けだ、直接に戦わないが、肝心の時はいつも重要な防御ポイントを提示する、魔王軍の攻勢を凌げたのもその御蔭。」
「儂らオークも同じだ。」
今回はレガール。
「知っての通り、儂らオークのマウントはワーグ、狼の一種だ、アウトローに行き着いた後、タウラリアンからロア・ゴスの伝説を聞いた、それ以来オークはロア・ゴスを英雄として崇める、何故ならオークは彼と同じ歪まない意志を持つ、死すら儂らの前進を阻まぬ。」
「ほら見な。」
締めにハミュールが乗り出す。
「ロア・ゴスの伝説は世界各地に有り、トロールやゴブリン、ドワーフさえも各自の伝承を持つ、それに全伝承は共通点がある――ロア・ゴス不屈の意志は死して尚彼を信じる民を助け、勇気付ける、故現世までうたわれる。」
話の終わりに、ハミュールは懐から小さき青色の一枚羽を取り出す。
「受け取れ、例の件の謝礼だ、オメェらの役に立つかどうかは知らんかな。」
ハミュールの意表を突く行動に、エサは戸惑う。
「アークドルイドの加護が付与したお守り、そうそうないぞ、受けるが良い。」
レガールの首肯きを得て、エサは安堵した。
「光…光栄に存じます。」
「ロア・ゴスは君の意志の証、でも気をつけろよ、意志の力は諸刃の剣、たまに障碍にも成る、では、調和の道が君とあらん事を。」
約一時間後、エサとブロールはテントから出て、休息用のテントに向く。
「こんな羽根一枚で何か出来る、ハミュール・ルーントーテム、一体何のつもりだ?」
不可解の表情はエサの顔に満ちる、それに対し、ブロールは足を遅らせ、何か考えごとがある様子。
「おいエサ、本気で逃げるつもりか。」
暫くして、ブロールはエサに近づき、囁く。
「急にどうした…ああそうだ、あの啓示は紛い物とは思えん。」
「なるほど、儂もそうだ。」
「じゃ共に行こう、でもどうやって?」
「枷が解いた今こそチャンス、レガールが気付く前にな。」
青色の一枚羽を掌に乗せ、ブロールは魔力を流し込む、とダイアログボックスが表示する。
言うまでもないが、モニター越しでも音声はちゃんと拾える、この一連の会話も全て文字に成ってダイアログボックスに表示する、空間魔法様々だな。
「ハミュールは舵取りのない助け舟を出した、幸い儂はその舵の取り方を心得っている、見てみろよ。」
魔力を流し込む数分後、「古きフェラレスの森に、その呼び掛けに呼応する者が居た。」とダイアログボックスが表示する。
そしてブロールも何かを感じたように走り出す。
「走れ!魂の霊峰へ!!」
それを見た瞬間エサも走り出す。
「何故だ。」
でも理由を聞きたい。
「黙って付いて来い、逃げるチャンスは今しかない。」
話を聞き、エサはブレードを引き抜いて通過したばかりの吊橋の結び目を切断する、彼らの後を追う手下オークの一人は運悪く墜落した。
「ワイバーンだ!ワイバーンで追え!」
どんどん舞い上がるワイバーンを見て、エサは嘆かれずにいられない。
「お前の判断が正しいといいな。」
約十五分後、追手を一時的に撒かれた二人はやっと魂の霊峰に着く、其処は既に誰かが待っていた。
雄々しいかのものの前半身がワタリガラス、後半身が雄鹿、頭上が鹿の角。
何それ。
鑑定を掛かったらヒポグリフォらしい、以前読んだ西洋ファンタジー作品の印象と大分違うな。
ワタリガラスの前半身に覆う羽根はハミュールが授けた物と同じ色、後半身雄鹿の部分はマルーン色、体型は普通駄馬のおよそ一点五倍、二人乗りでも余裕の有る大きさ。
「ヒポグリフォ?!一体どうやって?」
流石のエサでも驚く。
「あの一枚羽で呼び寄せだ、【アークドルイドの加護】が有るだろ?ならその加護を有効活用しなくちゃな、ほら早く乗れ。」
奇妙な事に、追っ手はワイバーンを乗るとしても走る二人を追いつかない。
「レナ は 減速 を 使いました。」
「パッシブスキル「範囲拡大」 により レナの魔法 は 広域化 した。」
隠し芸を持つとは流石領主のメイドさん。
「アルカナ魔法 を 会得した。」
何の前触れもなく魔法系スキルを会得するのは珍しい、しかも括弧中のメイジ、これは彼女がメイジである事を示しているのか?
取り敢えずカンストしよう。
「称号 初心者メイジ を 獲得しました。」
「以下の基礎アクティブスキルを習得した:縮地、隠形、減速、食物創造、分身、時間加速、遠距離転送、空間ゲート、アルカナエクスプロージョン。」
「以下の基礎パッシブスキルを習得した:博識者、完全詠唱、魔力循環、詠唱加速、持続時間向上、クールタイム減少、範囲拡大、呪詛・呪文返し。」
「以下の上位スキルを習得した:(略)。」
多!基礎スキルはともかく、上位スキルの数は半端ない、新たなスキルも有るし、それらと基礎スキルを強化するパッシブスキルも有る、完成度の高いジョブと見られる、後でじっくり見よう。
本題に戻ろう、「減速」と言う魔法の効果は相手のSPDーー速度値を15%~50%落とす、基本持続時間は45秒、減衰量が多くなる程持続時間も減少する、最短は15秒、ダイアログボックスによると、レナちゃんはボロを出さない様、減衰量を細かく調整し、空に舞う追っ手とワイバーンを困惑させて時間を稼ぐ。
支度を終え、ヒポグリフォが舞い上がる頃、追っ手もやっと追って来た。
「レナ は 時間加速 を 使いました。」
魔法「時間加速」の効果は相手時間の流れを捻じ曲げ、行動の速さを30%上げる、持続時間40秒、作用範囲は極めて限定的、故世界からの修正は受けない。
レナの援助により空中戦の形勢は著しくエサとブロールの方に傾く、ヒポグリフォは鋭い喙と爪でワイバーンを攻撃、加えてブロールも支度の時拾った棍棒を使い、二三人のタウラリアン戦士を空から叩き落とした。
そして優勢に成る途端、二人も戦いに執着せず、一気にスピードを上げて追っ手を撒く。
「本便にご搭乗ありがとう!」
エサは大声出して皮肉をする。
「ハァハァ、こりゃマルガサも喜ぶはずだ、レガールはタウラリアンだけのチームを組まなければならない。」
ブロールも負けてない。
言い忘れたか、空間魔法のモニターは複数展開可能、二人が走り出す時、俺はもう一つのモニターを展開してハミュールのテントに留めた。
「儂の手下は彼らを捕まえるかも知れん。」
暫く前、レガールは舞い上がるワイバーンを見て呟く。
「かもな、でもお主は損失を気にしてない様だ。」
今回彼を皮肉するのはハミュール。
「損?ダイレ・マウルの一戦、儂は千倍を稼いた、それに…」
「それに?」
「この日はもうすぐ来ると知っている、奴隷はな、自分がそう認める時だけが奴隷、彼奴等はそうでない、枷を掛けられるけど心は自由だ、歪まぬ強い意志を持てば、何れ心の在処に赴くだろう、さらに…」
「さらに?」
「儂の目を誤魔化せると思う?ヒポグリフォの羽根、しかも加護付き、ブロールならその役を果たせる。」
二人は皮肉しあい、ちょっとその時、青色羽根のヒポグリフォは魂の霊峰から舞い上がる。
「良い個体だ、名前は何だ?」
「シャープタロン、鋭い爪。」
「いい名前だ、最後の試練、逃げ切れるかな。」
後は前述の通り、この脱走劇はレナの援助により幕を引く。
これで終わったと思う?実のところ、俺は全局をモニタリングするため、最初から上空にモニターを一つ展開した、ちょっとあのヒポグリフォが魂の霊峰に到着する寸前、一匹のワイバーンがサンダーブラフ外から飛来した。
操縦者は正にヴァリエラ、あのじゃじゃ馬、レディー・ヘルガーから逃げ出したのか、一日も経てずに。
ハミュールのテント後は大きな岩壁がある、彼女は其処に降り、足を忍んでテント外の茂みに身を隠して情勢を見る。
「ブロールとロア・ゴス、あいつらまだ逃げちまった、あたしを待つ約束は?これだから男は!見て見ろ、あたしも伊達じゃない!」
ワイバーンの所に戻ろうとするヴァリエラは、テント内から歩みだすレガールとハミュールを見に、再び茂みに潜む。
「…奴隷はな、自分がそう認める時だけが奴隷…」
レガールの話を聞き、彼女は憤る。
「レガール、まだあいつの仕業か、あたしのバカ、何故もっと早く気づかんのだ!」
憤っても仕方ないと悟る彼女はやる気を失い、ワイバーンの所に戻ってヒポグリフォの消える方向を見詰めて囁く。
「もう見えない、きっと逃げ切れた、あたしが彼らを助けてあげるのは本来の計画、まぁ自力で解決するのも悪くない、レガールの訓練も奏功したようだ。」
遠方、諦めの悪いワイバーン数匹はまだエサとブロールを追跡していますか、追い付く希望は薄い、同時に、知恵の台地の騒ぎも段々鎮める、この状況を見に、レナは茂みから身を引き、速いスピードでこちらに向く。
その様子だと帰るまであと数分、疑われない為に俺もさっさと寝ましょう。




