20、学問都市ケルサス・四日目
「妾も、ですが?」
夜、ベッドの上、アイリーは頭を傾い、不可解の表情で俺を見つめる。
「関係者に訊ねた、授業を妨げなければ、一人の同行者なら許される、アイリーは俺のメイドだから、問題ないでしょう。」
「けど授業は朝、お言葉ですが、昼ご飯の仕度は間に合わないと思います。」
「気にしない気にしない。」
「はぁ~」
アイリーは掌を頬に当て、俺の強請るに屈した。
「分かりました、ではご主人さまのお言葉に甘えて。」
彼女の微笑みは子供らしく可愛がった。
という訳で、今の俺はアイリーと一緒で教室に来た。
にしても魔法学院のホールは広い、勉強の地故に控え目のインテリアだが、その天高く聳える天井に十字型交差構造、そして静粛の気分を醸し出す垂直で幅広いステンドグラス、如何にも「王立」と言う綴りを恥じない様に建てられた物。
余談だが、自分が初の日から着た商人服は称号のレベルアップと共に外見を変化する魔法が付く物、商人同士はこれでお互いの地位や身分を確認出来る、けれど汚れず壊れずほど便利なマジックアイテムでもない、長ローブ故に洗濯も結構面倒い、なので結構前からアイテムエディターで元世界の普段着を創造した、庶民なので誰も服のスタイルを気にしていない。けど今日は授業、普段着を着るのは余りにも不謹慎だから仕方なく商人服を着た、が、制服や学士服が満たされる教育棟に入ると、嫌でも違和感が出る。
ホールと違い、やや古いロマネスク風格の回廊は各教室を繋がる、分厚い壁と半円アーチの天井は足音すらこだまする、まるでこの静けさを享受する為、通りすがる人々は大声を出さない。けど厚重で防音性のよい木門を押し開いたら、沸き立つ人声が湧いて来る。
一応元世界の大学で見慣れた階段教室、傍聴席は門の直ぐ側にある、着席後、多くの視線がアイリーに集中し、誰も俺という傍聴者を気にしながった。
授業開始までまだ時間が有る為、俺は興味本位で教室を観察する。教室自体は半ドーム構造、外側にある12本の円柱が全体を支え、その上煉瓦でドームを築き上げ、良く研磨した大理石で表面を化粧張りをする。ドーム自体は残響時間が長い故、一番下に位置する講壇から発する声も明白に聞こえる。光源は講壇の背後及び階段の四周にある縦長い窓が提供する、けど先ホールで見たステンドグラスより装飾性が少なく、機能的でより古く見える。
「ハイハイ~静かに。」
講義を叩きながら、ナディアは講壇右にある扉から入る、その行為と共に噪音が止め、教室は静まり返る。
「んじゃ授業始めるよ、ちゃんとメモするんだぞ。」
従って、窓から射す光は段々弱くなり、教室は薄暗くなる、ナディアの右手は講壇上にある講義に当て、左手は袋から真ん丸い水晶玉を取り出す、すると青く光る粒子は彼女の右手から溢れ、水晶玉に集約して宙に文字と画像を投影する。
「昨日は辺獄国アウラヌの建国に至る経緯を整理したな、なら今日はその次なる大事件を述べよ、つまり魔王の侵攻だ。」
講壇にある凹みに水晶玉を嵌め、ナディアは宙浮かぶ数多あるテキストの中に数個を選び、スマートフォンで画像サイズを調整する様に、テキストを拡大した。
「一般学校で学んだ通り、第一次魔王侵攻は歴前600年のごと、跋扈して数十年、後に勇者に殲滅され、無に帰した、まぁこの一般常識を聞きたくてわざわざあたしの授業を選ぶ奴はまず居ないでしょうね。」
微かな笑い声、引き締めた空気はちょっとだけ緩めた。
「本題に入ろ、先ずはこの画像を見よ、あたしが念写した物だ。」
ナディアはある画像をクリック、すると机から青い粒子を放ち、学生達の前で同じ画像が浮かび上がる、つくづく便利な魔法だ。念写とは言え、画像の表現力は既に写真と同然――否、ノイズとモヤは一般のデジタル写真より少ないから、テクスチャーも明白に見える、ざっと見れば普通のデジカメより優秀かも知れん。
画像に映ったのは線状に拡散する砂穴、散りばめた屍骸は白い砂に埋もれ、まるで悔いを表す如し首を仰ぐ、爆心地に彷彿するこの景色に、白衣を着る者が多数居て、発掘や記録をしていた様に見える。
「一見何処にも有る戦争の跡地ですが、その相違点を分かる人…はい、そこの女子。」
「その鎧と武器は歴前600年頃の様式、そして保存状態は余りにも良く、とても千年以上経ったとは思えない。」
回答したのは眼鏡を掛けた二つ編みの生徒、物静かなイメージがする。
「よろしい。」
ナディアは彼女の回答に頷いた。
「彼女の言う通りだ、この画像の出自は公国連合考古調査団が昨年発掘した戦争遺跡、あたしはそのメンバーとして現場に臨めた、実のところ、これを似た遺跡はまだ数個ある、初めてレポートを提出した時学会も一騒ぎをした。」
ちょっと水で喉を潤し、ナディアは続く。
「高位な測定魔法のお陰で、遺跡周辺のマナ濃度が異常に高い事は分かった、高等学部の生徒諸君は知ると思っていたが、集約するマナの在処に必ず魔法が匂う、少なくとも一二工程の残骸がある、だからこの遺跡に誰かが半永久的の魔法式を構築し、鎧や武器はその副作用で状態を保ったかも知れん、勿論あくまでもあたしの推論で、まだ学会に提出していない。」
視点が嶄新なせいか、生徒達は小騒ぎを始めた。
「静かに、まだ授業の途中だぞ。」
戒尺を講壇に叩いて場を静ませるナディアでした。
「とにかく、魔の軍勢に就いて、二回の大戦を経ってでもそのサンプルを取れながった、ダンジョン研究をほぼ諦めた今、これらの遺跡は公国に貴重視され、更なる研究を続き、有志諸君の参加を待ち望むでしょう。」
小騒ぎと同時に、投影する画像が換わった。
「さてはて、此処がポイント、あたしと他数名古代魔法学の権威はマナーのルーツを遡り、逆向工程の解読を励んた、か、異なり過ぎて進展が無い、この講義に羅列したのが工程原文の一部、出来る限り古代ラメニア語に翻訳したが、読んでも無意味と思うな。」
変な図形や符号にしか見えないな、ラメニア語の訳文も支離滅裂で文章に成らない。
すると。
「化神語 レベル0 を 会得した」
「輪廻の囁き レベル0 を 会得した」
こうりゃまだ随分と久しぶりのスキル習得だな、取り敢えずカンストしようと思ったが、どれもレベル10で止まった。スキル名から見ると、「輪廻の囁き」こそかナディア達が解析中の魔法、魔法式の文面に拠れば、膨大なマナーを輪廻を司る神に捧げて施術者の存在を一定範囲内に半永久的に保つ、レベルに応じて保つものの限界も拡大する、レベル1なら精神だけ、レベル10ならほぼ不滅の存在になる、か、魔法自体が不安定、例え微量のマナーをぶつけでも効果が弱まり、キャンセルになる。
不老不死で暮らせたいなら最適の魔法だが、戦闘に不向き。
ならそれらの場所に保存したものは、一体…
そんな時、重くで鈍い鐘音は解析に夢中する俺を呼び覚ました。
「今朝の授業はここまで、復習を忘れるなよ、テストに出すから。」
青く光る粒子は彼女の一拍手により飛び散り、陽は再び窓から射して教室に光を齎す。
メニュー画面を呼び出して時間を確認すると、約50分が過ぎた。
「どうだった?授業は。」
疲れた腰を伸ばして、俺はアイリーに訊ねる。
「はい、面白くで分り易い授業でした、生まれる前の事を学ぶなんで、以前では思いもしません。」
それもそうか、まともな学生生活を過ごした事のない彼女にとって新鮮な体験だ、だから目はキラキラしている、来てよがったな。逆に俺個人は好奇心本位で来たげと、30代も半端過ぎたおっさんが学生気取るのもちょっと難が有りますね。
「んじゃ、休憩にしましょう。」
「はい、畏まりました。」
夏の太陽は厳しい、学院出てからずっと日陰のある処に歩いてる、従って知れざる巷に入った。アーチを潜り、階段を降ろす途端、俺は一つの店に足を止まる
時は午前11時、このまったりした国では、昼ご飯は常に午後の1時から、なので人をのんびり過ごせる場所が多い、「バル」がその一例である。
「バル」は公国語の発音で、直訳すれば酒場って意味、けど一般の酒場と違い主食を提供しない、酒と冷製料理がメインで食事処より社交場に近いな。まぁこの世界に来てから社交なんざどうでも良くなった、敢えて自分のペースに過ごそ。
「おいらしゃい、好きの位置にどうぞ。」
右手で俺達を案内し、口髭を蓄えたオーナーらしき人はカウンターに戻り、洗ったグラスを丁寧に拭く。
先客は居るが、運良く屋内で一番涼しい席がまだ残ってる、俺とアイリーが着いたあと、残り数少ないテーブルも客に占拠した、と言っても、精々7が8席。
先ずは肴として塩鱈薄切りのオリーブオイル漬けを頼んだ、ワインも頼みたいどころだが、果実酒のラオグリアはワインより量が多くで飲み甲斐がある為こっちに変えた。逆にアイリーが白ワインを頼んだ、そう言えばこの世界飲酒の年齢制限がないな、因みに彼女が注文した肴は薄切りのパンにイクラやエビなど魚介類を載せた物。
無造作に喰う俺に比べると、アイリーの食べっぷりはエレガンスの一言、流石元王女。
「どうしたのご主人様?」
俺の視線を気付き、アイリーの頭は傾げる。
「いや別に、ただもしアイリーも学校を通ったらなっと思って。」
「ご冗談を、この身はご主人様を離れぬ。」
「それもそうか、けどアイリーが何かに夢中する姿、初めて見たな。」
「それは…」
一時の沈黙。
「早まらなくでいい、まだ時間があるから、せっかく束縛から解放されたし、少し我侭をしてもよいではないか。」
我乍ら良き言葉と思う。確かに異形なる者達とのリンクがある、か、契約が有る限り災いを起こさないでしょう――根拠は無いげと、いざという時のそれを止める力はある。そしてアイリーが俺に対しての接し方から考えれば、やっぱり「ロアグと同等の力を持つ者」っと認識されている、それも悪くないか、もっと信頼して欲しいな。
「お二人さん、なんで朝から飲んでんの、混ぜていい?」
突然話しかけたのはどこぞのフリュデリカ嬢、二日も会えなく、てっきり飽きたなと思って、幸い今日小娘たちが付いてない様だ。
「ストーカー行為は程々にしてください、うちのメイドさんが困っています。」
「嫌だな人聴きの悪い、偶然だよ偶然、授業サボりの途中に偶然遭っただけ。」
偶然を強調しても誰も信じないぞフリュデリカ嬢、つっか君そう云うキャラだったの?内心のツッコミをほっといて、無表情でワインを嗜むアイリーに対し、フリュの攻勢は止まない、けど妙にしつこい感じがしない。
「あはは、まだ振られちゃた。」
口説き失敗の結果を受け入れ、フリュはテーブルにだら付き、出したばかりのワイングラスに繊細な指で摩る、その気怠い姿は何気にセクシーさを感じ、人は見惚れるでしょう。
「はしたないですぞ、フリュデリカお嬢様。」
声の主は老人と呼ぶにはまだ少し早い者、優雅な髭を蓄え、執事の服で身を縛る。
「あらロベルス、様子はどう?」
「既に整えております、明日の夜で完成する予定。」
「だったらこのお二人も招いたらどう?」
「他言無用。」
「堅いのね…」
とんでも無いメインシナリオ臭が漂って来た。
「くれぐれも時間を忘れない様に、では。」
言葉を終え、ロベルスは店外の日陰に消えてゆく、彼の後ろ姿を見つめ、フリュは軽く溜息をした、先遣り取りの言葉には、それほどの重さが有るのか?鑑定を使って顛末を調べるのは容易いが、俺はそんな野暮な事をしない。
「あ、居った居った、まだこんな所に。」
唐突に、かつて聴き慣れた言語が耳に入った。
「午前の授業まだ終わってないでしょう、サボり過ぎたらエドモン先生怒るぞ。」
少年は言いながらこっちに向いて来る。
「シンジもロベルスも堅物ね。あすまんすまん、こちらはシンジ、あたしの護衛。」
いつもの軽い口調で紹介をするが、元気さが無く、寧ろ気怠くに聞こえる。
「大体お嬢様はな…ん?」
シンジと言う少年の目は俺に釘つけていた、彼の目に、俺は「驚嘆」の二文字を見た。それもそうでしょう、似る顔立ちに同じ黒き瞳、そして黒い髪、同じ地域出身って事はすぐにでも分かる。
「よろしくな、シンジ君。」
肝心なのはこの彼も俺も聴き慣れた言語、即ち俺と彼は同一の言語を操る事。
「あ…あ、はい、こちらこそ。」
彼の表情に、既に疑惑から興奮に変えた。
「んじゃ、そろそろ帰りましょうか、会計頼むぞ、行商人のお・じ・様。」
何時の間にか、彼女のグラスは空に成った、少年を引いて店外に消える彼女の姿を見て、俺は苦笑うしかない、只々、ログウィンドウに表示する少年の鑑定結果を吟味する。
「オカモトシンジ君…か…」




