英国の旅 - 23
男は切らないと高をくくっていたが、そうでもないのか。
伝説の殺人鬼とは、できれば争いたくない。
地の利は相手にあるし、何より友里を危険な目にあわせる訳にはいかない。
「お前は伯爵を探しているんだろう。俺たちを殺したら、それは叶わないぞ」
「私は、貴方が伯爵と呼ぶ男の弟子です。貴方の聞きたい事、知りたければそのナイフをしまってください」
それを聞きいた彼は迷った末にナイフを懐にしまい、数歩下がった。
「伯爵の弟子、随分探したよ」
彼は空を見上げ、その眼から一筋、涙を流した。
「私が最初に殺したのは妻だった」
突然、彼は語りだした。
「理由は、妻が売春婦だと知ったからだ。勿論、我に返って後悔した。涙を流し、再び彼女が目覚めることを祈った。……しかし、彼女は死んだ。その現場を、ある男が見ていた。男は血で染めたような紅のローブに身を包み、私にこう言ったんだ。罪を隠し通したければ、指示に従え。そうすれば犯した罪は無くなり、愛する妻も生き返る、と。私は仕方なく、それに従った。伯爵と呼ばれる男の捜索、それと若い女を殺し続けることだ。伯爵は見つからないし、女を殺した夜はうなされた。……しかし、それも繰り返す度に悲鳴を聞くのが快感に変わってきたのだ。彼女達は売春婦、汚らわしい世界のクズ。苦しみながら死んでいくことで、魂は浄化される」
ジャックは饒舌に自分の人生を語りだした。
重ねた罪を、正義だと思い込んでいるのか。
伯爵を探す紅いローブ……?
どういうことだ?
紅いローブの男が伯爵なんじゃ…………?
いや、今はそれどころじゃないか。
「友里、今のうちに逃げよう」
又とないチャンスだ。
友里は小さく頷いて、少し後退した。
「まだ、話の途中だ」
ジャックは小さなナイフを投げた。
いや、正確には何を投げたかは目視できなかった。
ただ、そう言った次の瞬間に、俺の頬に数センチの切り傷が作られたのだ。
走って逃げるのは難しそうだ。
「そして、私は思った。妻は、私の妻は浄化されたのだろうか。彼女を殺めた時は、胸を一突きだった。…………愛する妻は、救われていない。それに気づいた時、私は自分を恨んだ。何故、救ってあげなかったのかと。……そして感謝した。妻を生き返らせてくれると言ったあの男に。彼のお陰で私は、妻をもう一度殺すことが出来る。最も汚れた部分を切り取って、殺し直すことが出来る。それが、私の愛なのだ。……君たちには、その為に協力してもらう」
冗談じゃない。
こんな男に、伯爵の力は渡さない。
あの力は、時渡りは俺が貰う。
「昨晩、紅いローブの男が言った。伯爵はもう、お前の手の届かない場所にいる。お前はもう諦めろ、と。しかし、その後こう続けたのだ。弟子の女がまだ近くに居る、彼女を捕まえれば伯爵が助けに来るだろう。……さあ、大人しく捕まるんだ。伯爵が来るまでの間は、生きていてもらうが、その後は綺麗に浄化してやる」
手の届かない場所?
まさか!?
「友里。もうこの時代にはいないのか? 」
だとしたら、俺達がここに留まる理由もない。
友里は目を瞑り、この世界に伯爵の存在を探す。
「……もう、居ない…………」
それなら話は早い。
「逃げよう、時渡りだ」
時空街道の為の凍結時間を作り出せば、確実に逃げることが出来る。
「うん。凍結時間に入るね!」
助かった。
流石に殺人鬼と対面するのは神経使う。
世界から色彩が薄まる。
凍結時間だ。
セピアな世界にくっきりと存在する、俺と、友里……と、ジャック。
「なんで……」
震えた声で友里が言った。
凍結時間で動けるのは、時渡りの道具を持つ人間のみ。
「なんだこれは……、お前たち、何をした!!!! 」
ジャックがナイフを抜き、迫り来る。
嘘だろ……。
「友里!! 急いで時空街道を!! 」
「はいっ!! 」
ジャックはナイフを取り出し、逃げる二つの背中に向けて投げた。
その瞬間、彼の腰でボロボロの懐中時計が揺れた。
「時空? ……逃がさんぞ、伯爵の弟子達! 」
迫り来る刃の数々を背中に、俺と友里は時空街道へと続く歪へと飛び込んだ。
ジャックの腰に付いていた時計は何なのか。
彼にに指示を出した紅いローブは誰で、伯爵とどういった関係なのか。
伯爵は何処に居て、何をしているのか。
わからないことは増えるばかりだ。
英国編は終了です。
「紅いローブの男=/悠達の知る伯爵」ってのが伝わってくれたらいいな。




