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二年前。

過去編です。

飛ばしても大丈夫、だと思います。

「おにーちゃん!! いい加減起きてっ!!」

 甲高い声が頭に響く。

 重たい瞼をゆっくりと開き、友人から誕生日に貰った時計に目をやる。

 もうちょっと寝たい。

「もうっ!! 今日から新学期だよ。高校、遅れちゃうよ!!」

 ああ、春休みは終わってしまったのか。

 今日から再び学業に勤しむ日々が始まる。




 課題のない優雅な春休みはピリオドを打ち。再び憂鬱な学校生活が再び幕を開けるのだ。

 しかし、夢のキャンパスライフまで後二年。なんとしても乗り切ってみせる。


 高校に入学した当初、勉強嫌いの俺は、卒業後の進路に就職の二文字を迷わず書き記した。だが、高校生活の最中、先輩から何度も大学の話を聞いているうちに少しずつ魅かれて行った。

 そして、いつからか俺の卒業後の進路は、就職から四年制大学に進学へと180度変化していた。


 カチャとドアノブをひねる音がして、優奈が部屋に入ってくる。

「あっ!! もう、まーだ寝てるよ……。早く起きろっ!!」

 こうして俺の新学期が始まったのである。


 今年の桜は例年より少しばかり早く咲いた。

 三月中旬には見頃を終え、その下旬からこの数日にかけての雨だったり、春一番の強風だったりで徐々に花びらは散り、入学式、入社式シーズンである四月上旬。この時期には桜は殆ど姿を見せなくなっていた。しかし、それでも頭上から時折、着慣れた制服や新任教師の真新しいスーツの肩、人々の頭に白桃のようなやや桃味のかかった白い花びらをひらひらと落としていた。

 いつもと同じ通学路を自転車で走る。まだ少し肌寒いため、首にはマフラーを巻いてきた。季節外れだとも思ったが、余り目立つようなら外せば良い。

 今日の天気は晴れのち曇り。

 雨が降るかも知れないと、心配症な母が折りたたみの傘を寄越した。とても雨がふるようには思えないが。

 いつもと変わらない風景。すれ違う学生も、近所のおじさんも。

 春休み前と変わったのは、頭上に広がる蒼天と、公園を囲む桜の木ぐらいだろう。学校に近づくにつれて、わが校の学生もわらわらと増えてくる。

 クラスメイトや友人ともすれ違い、皆の髪が少し短くなっているのに気づいた頃、俺は高校に到着した。


 愛する春休みと別れを告げ、新学期の始まりを再認識した瞬間である。


 久しぶりに会うクラスメイトも居れば、休みの間遊びに出かけた奴も居る。

 朝は面倒で仕方がなかったが、いざ教室に来てみれば友人もいるし、それなりに楽しいものだ。

 新学期初日ということで、授業はない。と、言いたいところだが。ある。初日から、普通にあるのだ。始業式の後に。


 始業式が始まり、終わった。


 簡単なホームルームの後、授業が始まり、終わる。


 退屈な授業を終えたら、昼休みだ。

 皆、食事の準備を始める。


 俺も、……。

 なんということだ。


 弁当忘れた。


 この学校には食堂が無い。基本的に学生は家庭から弁当を持参し、昼食を摂るのだ。

 仕方ない。コンビニに行ってくるか。


「ユウー。ユウナちゃん来てるよっ!」

 教室の入り口で優奈とクラスメイトの女子が仲良く話している。

 どういうわけか、妹の優奈はこのクラスの女子と仲がいい。


 優奈の片手には俺のものであろう弁当がぶら下がっていた。どうやらわざわざ届けてくれたらしい。

 学校が近くとはいえ、面倒だったろうに。


「お兄ちゃん。お弁当忘れて行ったでしょ」

 呆れたように優奈が言う。

「わざわざ届けてくれたのか、ありがとな」

「はぁ……。しっかりしてよねっ。はい、これ」

 見慣れた呆れ顔がそこにはあった。

「ん、ありがと」

「届けて上げた代わりに、今日の放課後、荷物持ちしてね。ウチの学校の校門で待ってるからねっ!!」

 荷物持ち!?


「…………」

 少しばかり面倒だが、仕方ない。この一件は、間違いなく俺のミスなのだから。

「了解、終わったら行くよ」


 こうして放課後は優奈の買い物に付き合うことになった。


「んじゃねっ」

 走って階段を降りていった。

 やっと昼食だ。




「あの。このクラスに生徒会の朱鷺田さんて居ますか?」

 友人と食事中、教室の入り口で女生徒が叫んだ。

 生徒会の朱鷺田は残念ながら俺のことだ。嫌な予感しかしないが、無視するわけにもいかない。

 渋々立ち上がり、女生徒の下へと向かう。


「朱鷺田は俺ですが、何か?」

「あ、私は生徒会一年の木村です」

 木村、聞いたことないな。


「木村さん。どういったご用件ですか?」

「えっと、今日の放課後、生徒会があるので生徒会室に集合してください。急ぎの集会とのことです」

「了解、生徒会室ね。わざわざ連絡ありがとう」


 生徒会か、めんどくさいな。

 ため息を吐いて、推薦したクラスの友人達を少し恨んだ。




 放課後、生徒会室では新入生に対して行う部活動紹介の会議が行われた。と、同時に木村さんが他の一年生よりも一足先に生徒会に所属した一年生で、二年後には生徒会長と言われていることを知った。俺は大した意見もださずにグダグダと会議の終わりを待っていた。


 空が赤くなり、校庭の運動部が片付けを始めた頃、ようやく会議は終わった。

「……あ」

 優奈との約束。

 携帯に電話をしてみるが、出ない。

 まずい。怒っているだろうか。

 とりあえず一度あいつの学校に行ってみるか。


 徒歩数分、優奈の学校はすぐ近くに所在しており、当然、校門で妹の姿を発見するには至らなかった。

「あれ? 優奈ちゃんのお兄さん?」

 諦めて家に帰ろうとする俺の背後からその声は聞こえた。


「え、うん。君は?」

 見覚えのない顔だ。

 ここの生徒で、優奈の名前を知っている。俺が兄であることに気づいたのは顔が似ているとでも言うのだろうか。


「私は優奈ちゃんのクラスメイトで相沢って言います。何度かお家に遊びに行ったことも有るんですけど……覚えてないですよねぇ」

 それで俺のことを知っていたのか。


「調度良かった。相沢さん。優奈知らないか? もう帰っちゃったかな」

「一時間前くらいまでそこに立ってましたよ? お兄さんのこと待ってたみたいですけど……?」

 と校門を指さした。

 ああ、やはり。あいつ怒ってるだろうな。


「そっか。ありがと、気をつけて帰るんだよ」

 相沢さんにそう言って俺は家路を急いだ。帰ったら怒鳴られるのを覚悟して。


 俺が学校を出た時にはまだ空は朱色に輝いていた。しかし、今では、ただひたすら墨汁のように真っ黒な空が広がっているばかりである。街中の外灯が目覚め、その身に光を宿した。そしてそれを感じた、小さな羽虫が光を求めて集まった。

 あっという間に夜である。


 我が朱鷺田家は両親が共働きで、基本的に家族が揃うのは夜の8時過ぎだ。それまでは俺と優奈とクラーク(猫)の二人+一匹の城である。

 そのため夕食は優奈が作ることが多い。今頃は優奈が悪態を吐きながらもキッチンで腕を奮うっているだろう。

 今日の夕食はなんだろうかと考えているうちに我が家に着いた。リビングの明かりが点いていない。部屋にいるのかと思い二階の見上げるが、やはりそこにも明かりは灯っていない。

 これは間違いない。


 あいつ、寝てるな。


 そう確信して、俺は家のドアに鍵を挿し、回した。

 おや……。

 変だな。

 鍵がかかっていなかった。

 優奈はドアの開け閉めや鍵の施錠などにだらしがない所があった。

 そのため何度も注意を受けていたのだ。

 全く、しょうがないやつだ。

 今日の約束、ぶっちぎった事を攻めてきたら鍵がかかっていなかったと此方からも攻めてやろう。

 そう心に深く刻み込み、俺はドアを開けた。





――


 もう待っていられない。仕方ない。一人で行くかー。


 校門の前で待つこと約一時間。

 帰路につく学友たちを見送るのにも飽きてきた。


 まったくもう。約束したのに来ないだなんて、とんでも無いダメ男だ。

 これだから彼女もできないんだよ。


 ため息を付きながら商店街への道を行く。

 太陽は大きく西に傾き、東の空は黒く染まりつつ有る。その間では黒から赤への美しいコントラストが広がっていた。

 頭上を見れば、つがいのカラスが電線の上から私を見下し、笑っている。段々惨めに思えてきた。


 結局、夕飯の買い物は一人で済ませた。

 丁度お米が切れていたからお兄ちゃんに持たせようと思っていたのだけど。


 もう、夕食の支度をしなければならない時間だ。急いで帰らないと。お母さんとお父さんが、帰ってくるまでには間に合うかな。

「お米、重たいなぁ」

 お兄ちゃんを今すぐに呼び出したいところだが、こんな日に限って携帯電話は家に忘れてきちゃうし。

 忘れ物の多いところはやはり兄弟なのだろう。


 くそう。帰ったらタダじゃ置かないんだからっ!!

 心のなかで愚痴を吐きながら歩く。


「君」


 背後から、兄によく似た声が聞こえた気がした。


――




 ドアを開けると愛猫のクラークが玄関の隅で丸まっていた。

「ゆーなー。帰ってるかー?」

 玄関から叫ぶが返事はない。

 やはり寝ているのか。それとも、まだ帰って無かったり……。

 玄関からリビングへの短い廊下を歩きながら優奈の名前を呼ぶ。

 そしてその廊下を抜け、リビングへのドアを開けると、俺は膝から崩れ落ちた。


 目の前には赤い海。

 日常は消え失せ。

 そこは地獄だった。


 笑う膝を奮い立たせ。


 優奈の側に向かう。


「お、おい。怒ってるのか? 下手な冗談はやめてくれよ……」

 返事はない。

「ゆうな? おい、起きろよ。夕飯作らなくていいのかよ」


 そう言いながら触れた頬は、手のひらは、氷のように冷たく。

 手に付着した血は炎のように真っ赤だった。


 そうして俺は、そのまま気を失った。

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