船旅 - 20
冷たい風が頬を撫でる。
デッキの人集りは随分と解消し、見晴らしも良くなった。
先刻まで居たデッキとは、別の場所のように思えるくらいだ。
純白の月が月光で人々を照らし、凪の海に点々と浮かんでいる氷塊は白く輝いている。
これから起こる悲劇を、ここにいる誰もが知らない。
「無銭乗船していた奴らは、全員捕まったらしい」
アレックスが、ワイングラスを片手に言った。
当然となりには、レオナ嬢が居る。
激闘の末にボロ布と化した彼のスーツは新調されている。が、彼の顔面に残っている黒い痣は、当然癒えていない。
「その中に、あの軍服の男は? 」
アレックスは目を瞑りながら首を横に振った。
「そうか……」
つい、ため息がでる。
伯爵について何か知っているようだったあの男、捉えることが出来なかったのが本当に惜しい。
「あ、あの……。先ほどは、助けていただいてありがとうございましたっ! 」
静寂を切り裂いたのは友里だった。
「見ず知らずの私のために、こんなに怪我を……、ごめんなさい……。」
そう言って大きくお辞儀をした。
「いいのよ! アレックスは体が丈夫なのが取り柄なの、ユウの彼女のためなら怪我をするのは本望なのよ! 」
レオナは天真爛漫に答える。
「か、彼女!? いや、違いますよ!」
友里が咄嗟に否定したが、レオナに茶化されている。
「まあ、無事でよかったさ。お嬢様には、もう少し労ってほしいがね」
隣のアレックスが笑って言った。
「二人共、本当にありがとう。友里が居ないと、俺の旅は続けられないんだ。心から感謝しているよ」
二人に頭を下げ、感謝の意を示した。
「さあ。約束通り日本のお話をしてもらうわよ! お腹も減ったし、レストランに移動しましょう! 」
彼女はそう言って微笑んだ。
同時に、金色の縦ロールが潮風に揺れた。
初めて会った時は、随分と猫を被っていたんだな。
彼女は身を翻し、船内へと向かおうとする。
「……すまない。俺達はもう行くよ」
彼女の背中に告げる。
アレックスは俺の眼をじっと見つめている。
「行くって……、この船はまだ、海の上よ? 面白い冗談ねっ! 」
彼女はくるりと此方を向き、無邪気な笑顔を見せた。
「アレックス、レオナ。……約束を守れなくて、申し訳ない。また会うことがあれば、一晩中だって話をしよう」
「……ユウ、お嬢ちゃん。急ぎの旅なのか? 」
アレックスが口を開いた。
お嬢ちゃんは友里のことだろう。
「ああ、一秒ですら惜しい」
友里と一度目を合わせ、戻す。
「そうか……。だが、お嬢様とのお約束を無視することは許せん。……次会う時は、覚悟しろよ? 」
アレックスは初めて見る優しい表情で俺たちを送り出してくれた。
「ああ、約束する」
彼らに会えて、良かった。
「ユウ、ユリ。……貴方達、何者なの? 」
目の前まで近寄り、上目遣いに俺を見つめるレオナの問に、なんと答えればいいのか。
考えている俺を傍目に、友里が答えた。
「私達は、……時の旅人です!」
素晴らしい答えだ。
あの時は、なんと馬鹿らしい、怪しい答えだと思えたが。(3章)
今では、これ以上ない答えだと感じた。
友里に目で合図を送る。
彼女は頷き、瞳を閉じた。
時渡りが始まる。
黒い小さな歪が現れ、徐々に大きくなっていく。
二人は夢でも見ているように感じているだろう。
当然である。
「じゃあな」「またねっ」
と驚きながらも、手を振る二人に
「必ずまた会おう! 大切な友人達!」
別れを告げて、俺と友里は時空街道に足を踏み入れた。
直後に背中から、
「約束!忘れちゃダメよっー!! 」
とレオナの叫び声が響き、やがて消えた。
忘れないさ。
また会えたなら、気が済むまで話し相手になる。
約束する。
沈みゆく巨大な客船から彼らが無事に脱出し、
こごえる風と海を越えて行けることを、心から祈ろう。
「友里」
先を行く彼女の背中に呼びかける。
「それで、伯爵は今、何処にいるんだ? 」
彼女は、両頬に笑窪を作りながら、振り向いた。
――客船タイタニック号 デッキ
旅立つ彼らの姿を、軍服を身につけた男が物陰から見ていた。
「……時渡り」
そう呟いた直後、彼の姿は闇に消えた。
『旅をすることで彼は力をつけていく、
やがてそれは強大な力となり、
数多の人々の運命を大きく狂わせる事になる。』
長くなりました。
船旅編、終わりです!
次から新編に入ります!
短編です。多分。




