前夜
「さて、とりあえず何から話しましょうか」
席へ着くなり明智はこう告げた。
「まず、失礼でなければあなた方のお名前をお聞きしたいのですが。十年間探し続けていたにも関わらず、恥ずかしながらお住まいどころか名前すらも調べ上げることができなかったものですから」
ふむ。
「そのことだが、やっぱり人違いじゃないのか? ここまで盛大に歓迎して貰って、非常に言い難いのだけれど、俺にはそんな記憶は無いんだ」
中々信じてもらえないようだ。
明智は首を左右に振り、言った。
「いいえ、そのお持ちになっている懐中時計。記憶の中のあのお方の持っていた物と寸分変わりありません。あの時、まだ小さい私と母を背に隠し、賊から守ってくれた貴方の姿は今でも此の目に焼き付いています」
賊?
明智とその母?
益々記憶に無い。まあ、今はいいか。
「私は神原友里と申します。縁あって悠さんと旅をしています」
「俺は朱鷺田悠。ある人物を探して旅をしている」
明智ならなにか知っているだろうか。いや、知っているだろう。他でもない、信長の事だ。
「光秀公、織田の軍に新しい軍師が加入したのを知っているだろうか」
光秀はしれっとした顔で
「もちろんです。相当手強い軍師ですよ。奴は」と口にした。
「詳しく聞かせてくれないだろうか、どんなヤツだ。実際に観たことはあるのか?」
無意識のうちに早口になってしまう。
ようやく奴に近づいてきた。
このまま光秀と共に行動をしていれば出会えるのではないか。
「いいえ、噂だけです。ですが、明日の戦で嫌でも顔を合わせることになるでしょうね。決戦の前日にあなた達に会えたのは、間違いなく神のお導きでしょう」
真剣な眼差しに大きな覚悟を感じる。
先ほど従者に確認したのだが今日の日付は七月一日だった。つまり明日は、本能寺にて織田信長が明智光秀に討たれる。かの有名な本能寺の変が起きた日なのだろう。日付に関してはあやふやな記憶だったが今の明智の話とその様子。従者達の表情からそれは確信となった。
ある者は眉を額に寄せ、又ある者は決意したするどい瞳をしている。
戦の準備はもうできていて、今日の夜中から明日の未明にかけて移動するのだと部屋からの移動中小耳に挟んだ。
館の前には先刻から数名の武士が集まっている。
「あの……」
友里が口を開いた。
「私も……連れて行ってください」
やはり。
流石に此処で引くわけには行かない。
「俺も行く。この手で伯爵を捕まえて、じっくり話を聞く」
「何をおっしゃるのですか。勝ち目の薄い戦に恩人を巻き込むわけには」
「そこを何とか、頼む」
当然のように明智は反対した。特に友里の参加には反対の意思を見せた。が、彼女も決して引くことはなく、遂には明智が折れた。
俺と友里は形式上、軍師として明智の兵達に紹介され、今回の戦いに参加することになったのだ。
出発は真夜中、子の刻。




