それぞれの思い
辺りも暗くなってきた。
そろそろ宿を探さなくては、そう思い友里と泉に背を向けた時だった。
正面から人影が近づいてくる。
念の為友里を背中に隠す。が、それも杞憂に終わった。
木々の間から出てきたのは、見覚えのある男だった。思えばこの場所で人と出会うのは初めてじゃない。
前の世界でもこの場所で出会った。あの無愛想な男だ。
「あなたは!!」
男が目を大きく開いて呟いた。かなり驚いているようだ。
友里の話では、此の世界で合うのは初めてになるはずだが。
俺が違和感を感じているのもつかの間、彼は更に俺を混乱させる一言を口にする。
「お会いできると信じておりました。あの日の恩を必ず返そうと、心に誓っておりました」
彼は膝を地に着け言った。
ん?
「え?」
友里も唖然としている。
「人違いでは?」
出会って早々、あの日の恩だとか言われても。
「いえ、間違いありません。その左手に包まれた懐中時計がその証です」
そう言って俺の持つ懐中時計を指さした。
この懐中時計は俺の居た時代で友里と出会った時に拾ったものだ。伯爵の持っていた時計と酷似していると友里からは聞いている。
「ひょっとしてこの人は悠くんを先生と勘違いしているんじゃないかな?」
なるほど。
「その、探してる人は金髪の紅い外套を身につけた人じゃないか?」
すると彼は、とんでも無いと否定した。
「その紅い外套の男は、母を殺めた男。貴方はあの男の手から私と母を守ってくださったではありませんか」
どういうことだ?
「悠君。心当たりは無いんですか?」
「いや、無いよ。この人とこの時代では初めて会うんだから」
「この時代では……ってことは、別の時代で?」
友里の表情が一瞬険しくなった。
「前回のこの時代で、でもさっきの話では、別人のはずだろう?」
「はい。彼が時渡りをした同一人物であるという可能性を除けば、ですけど」
「いや、それは、無いとは言い切れないが」
中々納得の行く考えが出てこない。
そんな中男は言った。
「取り込み中失礼ですが、もう暗いですし、今晩は是非我が家で夕食を召し上がって行ってください。ご都合がよろしければそのまま泊まっていってくださってもいいですし」
願ってもない。
もしかしたら彼から話を何か聞けるかもしれない。
「申し遅れました。私の名前は明智光秀。旅をなさっている二方はご存じないでしょうが、此処では少し名も通っているのですよ」
明智……え。
「私は」
「ああ、あなた達の事はあとでゆっくりとお話していただきたい。十年越しの再開で少々胸の高なりが抑えられませぬ」
明智って。
嘘だろう?
御門家と似たような造りだが、著名人なだけあり、それ以上に立派な屋敷だった。
門を潜ると同時に、数名の奉公人が出迎え、旦那様と呼ばれる彼を見て改めてあの明智光秀なのだと実感した。
その光秀はすぐに夕食の支度をするように彼らに言いつけ、俺達をそれぞれの部屋へと案内してくれた。
夕食の支度ができるまでゆっくりと休んでくれと言っていたので、友里との数秒の会議の結果、ありがたくお言葉に甘え各々部屋で休むことにした。
気がつけば怪我の痛みは殆ど無くなっていた。
それこそ忘れてしまうほどだった。いや、忘れていたのは痛みが和らいだだけが原因では無いだろう。
突然の時渡り。しかも2回だ。一度目は何処だったのかわからないが。
あれは一体誰が、何の目的で行ったのだろう。
時渡りが出来る人物に俺は心当たりが友里と伯爵しかないが、友里ではないし。伯爵のしわざなのか?
2度目のそれは元の世界に戻るためのものだった。いや、元の世界には戻れないんだった、元の世界によく似た世界か。
考えても答えは出ないのは明らかだ。
それより今、伯爵は何処に居るのだろう。まだこの時代に居るだろうな。
夕食の時にでも確認を取ろう。
光秀の話、うやむやになってしまったが、今更貴方の探しているは私達では無いです。なんて言いづらいな。
彼は昔俺に助けられたと言っていた。しかし当然、俺にはそんな記憶は無い。もっとも、時渡りについて俺はまだ一部のことしか知らないのだろうから、いろんな可能性が出てくる。
此の俺、(仮にaの世界)より未来の俺(a+)が時渡りに類する何らかの技術でこの世界の過去へ行ったのかもしれないし。
これも答えを出すことはできないみたいだ。
懐中時計に見覚えがあると言っていた。しかしこの時計の持ち主だと思っていた伯爵に、彼は救われたどころか命を狙われたとまで言っていた。
どういう事だ。情報が多すぎて頭がいたい。
伯爵といえば……そうだ!!
そういえば信長の新しい軍師について光秀は何か知っているんじゃないか?
少しでも伯爵に近づければいいのだが。
――
ようやく一息入れることができます。短い間にたくさんの出来事がありました。
しかし、不幸中の幸い、こんなに良い屋敷に一泊できるだなんて。夕食も楽しみです。
そうだっ!。先生はまだ此の時代に居る……よね。よかった。
前の世界では先生が浦賀で何をしていたのか、よく分からなかったけれど、もう気にしません。
この手でひっ捕まえて、どういうことかきっかり説明してもらえばいいんですから。
そうすれば今までみたいに先生と一緒にいろんな世界を見て回れるはず。
あ、そうなったら悠さんとはお別れなのかな……。
この旅の中で、悠さんには何度も助けられました。一人旅だったら間違いなくここまで来られなかったです。
悠さんにはものすごい迷惑をかけています。怪我はもう大分よさそうだけど。あの時はどうしようかと。
別れるのは寂しいけど、こんな危険な旅にいつまでも悠さんをつき合わせるわけには行かないですよね。
…………。
「失礼します」
ふすまが開いた。
「ご夕食の準備が整いましたのでご案内致します。こちらへどうぞ。」




