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床の間

 痛みに目が覚めるとそこは林ではなく、何処かの屋内だった。

「うっ……」

 左肩には包帯が巻いてあり、血はある程度収まっているようだ。

 布団の上に寝ているということは誰かに助けられたのだろう。此処には友里が一人で運んでくれたのだろうか。

 痛みに耐えながら辺りを見渡してみる。


 部屋の形は長方形でちょうど俺は「日」の字の真ん中の線に位置している。

 足元には障子の貼られた扉が有り、左を見れば小さなタンスが壁際に設置されている。

 右側には麩があり、その表面には桜の花が描かれている。

 頭のすぐ近くに水と手ぬぐいの入った桶と血だらけの布切れが置いてある。


 友里の姿が見えないな。

 探しに行くため、立ち上がろうとすれば痛みでそれも叶わないことを知った。


 ガラッ


 足元の障子が開く。

 姿を見せたのは友里ではなく、若い男だった。


「おや、目が覚めたようですね。よかった」

 青年は、耳に振れる程度に伸ばした黒髪を揺らしながら俺の横に座り込んだ。


「私は、御門 重兵衛と申します。先刻、流血なさっている貴方と泣き崩れている女性を見かけまして。正しく処置ができるか不安でしたが。いや、目が覚めてよかった」

 ここは彼の家なのだろう。

 随分立派な家だな。


「ありがとうございます。お陰で命拾いしました。申し訳ないが今手持ちの金が無くて。何か仕事があれば……」

「とんでもないっ!! 金など入りませんし、けが人に仕事を手伝ってもらう気もありません。今はゆっくり身体を休めてください。後で食事をお持ちします。お連れの方は隣の部屋で寝ております、彼女が目を覚ましたらお伝えします」

 それでは。と言って部屋から出ていってしまった。


 数分後、うつらうつらとしていると、御門と友里が軽食を持って部屋に来た。


「悠くんっっっ!! よかったですっ、死んじゃうかと思いましたよっ!! 私を庇って怪我だなんて、バカっ!!」

 友里の叫び声は傷跡に大きく響いた。

 泣きながら、罵声と感謝の言葉を述べる彼女の言葉を聞き、俺はもう一度自分のことを心のなかで褒め称えた。

 気を利かせてか、御門はそのまま席を外した。


 念のため廊下に人影がないか友里に確かめてもらう。


「友里、伯爵はまだこの時代にいるか?」

 徐々に落ち着いてきた友里に尋ねる。

 少し目を瞑った後、小さく頷いた。

「……います」

 よかった。寝ている間に逃げられたんじゃたまらない。

「そうか。俺たち、随分危険な場所に居たみたいだな」

「はい、私達が着地したのは戦の最前線でした。少し離れた林の中でしたけど」

 この時代は、後に戦国時代と呼ばれるのだろう。

 有名な武将たちと同じ時を生きているのだ。

「先生も戦に巻き込まれているのかも」

 珍しく友里が饒舌になっている。


「あの戦は誰と誰が将なんだ?」

 友里は質問を予想していたのだろうか既に御門に訪ねていたようだ。


「明智光秀と織田信長です」と、口早に答えた。


 ほぉ。

 二人共、一般常識レベルの超有名武将だ。

 本能寺に向かったという伯爵は、織田の元へと向かったのだろうか。


「友里」

「ダメですよ」

 うっ。


「今は怪我を直すのに時間を費やしてください。それに、今から城へ向かっても戦の真っ最中です。巻き込まれたりしたら、今度こそ死んじゃいますっ!」


 友里が感情的になるのは珍しい。

 普段の作り笑いはそこには無かった。

 彼女の訴えに同意も拒絶もすることなく、沈黙が数秒続いた。

 すると、廊下から足音が聞こえ、御門が姿を見せた。


「お話は一息着きましたか? 少しでもいいので、お腹に入れてください」


 彼の持ってきてくれた食事は既に冷め切ってなんとも言えない罪悪感に襲われた。




 それから、御門から様々な話を聞くことができた。

 自分たちの立場を明かすことができないため、なかなか苦労したが、その分成果は大きかった。

 この時代で数年前に起きた出来事から今の戦まで、簡単に説明してもらった。

 この時代の人間なら誰でも知っているような出来事まで聞かなければならなかった為、稀有な目で見られたが、彼は親切に語ってくれた。


「織田信長の側には、新しい軍師が着任したらしい」と彼が口にし、その特徴を聞いた時、俺は確信した。


 それが伯爵だと。

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