港でのできごと
――港。
朝日が登ってまだ間もない早朝にもかかわらず、港は多くの人で賑わっている。
深青の美しい海の上には幾つもの漁船が列を成す。
船の上に目を向ければ、鯨も捕まえられそうな巨大な網から大量の鰯が雪崩こんでいるまっただ中だ。
海岸では干鰯を扱っている店が多く見られ、それなりに繁盛しているように見える。
風は、磯の香りがした。
「凄いな」「すごいっ」
素直な感想だった。特に漁船の数には圧倒された。
清水(勿論、現代)の港には行ったことがあるけれど、こんなに沢山の船を観たのは初めてだ。
港への道中、大きな木造の造船所を見かけた。
鎌倉時代の造船技術などたかが知れていると思っていたが、それは大きな間違いだった。
男たちが木材を削り、作り上げた帆船は立派なもので、港での活躍に感動さえ覚えた。
さて、この港に彼の手がかりが残っていればいいのだが。
俺達はとりあえずここでもう一度聞き込みをすることにした。
他にできることも無いのだから。
数時間後。
木陰に座って休憩をしていると、友里が近づいてきた。
「先生について何か聞けましたか?」
「いいや、全く音沙汰なし」
「はぁ」「ふぅ」
二人してため息がでた。
随分と日も高くなってきた。日陰の風が心地良い。
風に揺られ撓る樹の枝がキシキシと音を立て、涼風は周囲の喧騒を吸い上げていくように感じた。
ああ。
そういえば寝ていなかったな……。
「――悠君。起きてください」
どうやら眠ってしまったようだ。
起こさず寝かせてくれたのか。
「んー。どれくらい寝てた?」
「2、3時間くらいですよ。それより、なんだか向こうがさわがしいんです。何かあったのかも」
友里が船着場の方を指さす。
「ちょっと聞いてきますねっ」
そう言って一人の男を捕まえて、話を聴き始めた。
数秒後。
「真っ黒で大きな船が港に来たそうですっ!! それも、外国人が乗ってるそうですよっ! 見に行きましょうよっ!」
真っ黒い船。
まさかそれって。
昨日の晩、此の時代に着いたときは七月七日だった。つまり今日は八日か。
「よし、行ってみようか」
噂の黒い船はすぐに見つかった。
人の流れに沿って歩けば迷うことはなかった。
「すいません」
となりの女性に声をかける。
「あんたも船を見に来たのかい? 大きい船だよねぇ。他の大陸の人が乗っているらしいよ?」
「変なことをお聞きしますが、此処は何と言う街ですか?」
もしかしたら。と思い、確認しておきたかった。
「なんだ、旅の人かね。此処は、浦賀という港町さ」
おお、間違いないな。
「ありがとうございました」
此処が浦賀ということは、あれにはペリーが乗っているのだろう。
時渡りの実感が湧いてきた。
人混みを掻い潜り、ようやく俺と友里は船を視界に捉えた。
「これが、黒船か……」
日本史の授業が特別好きだったわけでも、得意なわけでもない。しかし、日本の歴史において誰もが知っている大事件を目の当たりにした感動は言葉にできなかった。
先ほど目にした船とは、残念ながらレベルが違っている。
暫くすると、船から金髪の男性が数名、港へ降りてきた。そしてこの土地の有力者であろう偉い人と話を始めた。
「あそこに居るお偉いさん。昨日も街で外人の方とお話をしていたわね」
「あら、そうなの。今日が初めてじゃあ無いのね」
前に立っている女性達の会話が耳に入った。
昨日も外交があったのか?
つまり七日には黒船は来航していたのか。
しかし、昨日の聴きこみでそういった話は出て来なかったが。
待てよ?
彼女らが話している外人というのは、伯爵のことかも知れない。
この時代だ。金髪の彼は誰が見ても外国人だろう。
今、異国の外交官と話をしている人。彼は伯爵と昨日接触している可能性がある。
話を聞いてみるか。
「もう少し前に行くぞ」
友里は何も分かっていないようだが、黙って頷いた。
俺たちは人の波を掻き分け、集団の先頭までなんとかたどり着いた。
とても話しかけられる雰囲気じゃないな。
「友里、日本側の外交官が見えるだろう。彼が昨日、町中で外人と話をしていたと小耳に挟んだ」
「町中に外国人だなんて、珍しいですね」
「いや、そうじゃない。もしかしたら、それは伯爵のことじゃないだろうか?」
友里は困惑の表情を浮かべた。
「うーん、先生は日本人だって言ってましたよ」
「友里、金髪で異国の服を身につけてたら外国人だと勘違いしても不思議じゃ無い、むしろそう考えるのが自然だろう」
友里も納得したようだ。
俺達は港を後にし、外交官の家を探すことにした。




