もしも売れないアイドルが金髪ホストみたいな容姿の神様と出会ったら
あああああ、またコンサートツアーのメンバーから外されちゃった。もうあたし、先行き見込みないのかなあ……。
あたしは藍川百合。一応アイドル。そう、一応は。デヴューして、はや三年。
高校の芸能コースに通学しながら、大所帯のアイドルグループとして名を馳せる『AHO八十八夜』のメンバーを務めている。だけど……。
春のゴールデンウィーク、あたしは修学旅行に来ている。京都大阪奈良の行程だ。
この時期恒例の、全国縦断コンサートツアー。あたしは三年連続でツアーメンバーから外されてしまった。あたしももう来年三月には卒業だから、結局在学中一度も、春のコンサートツアーに行けなかったことになる。
それで、こうして悠長に修学旅行なんかに来ていられるのだ。ほんとだったら、今頃は。
二日目の大阪。自由行動だった。あたしは友人の上本香苗と連れ立って歩きながら、つい愚痴をこぼしてしまう。あたしの愚痴を聞いた香苗は、ソフトクリームを頬張りながら、ある提案をあたしに話した。
「この近くにパワースポットがあって、結構御利益あるらしいよ。小さい神社なんだけど」
香苗はパワースポットマニアなのだ。全国の神社に通じている。
「あたし、そういうのはあんまり……」
あたしは、最初はためらった。どうも、そういう発想が起きない。神頼みしたところで、仕方がない。
「でも、せっかくこの近くにあるんだから、さ」
あたしはしぶしぶ了承した。どうせ、特にすることもないし。
「確か、ここから歩いて五分くらいよ。この道をまっすぐ行って……」
そう言って香苗がドンドン歩き出す。香苗の後を着いてしばらく歩くと、都会に似合わぬ鬱蒼とした森が現れた。
その森の中に入ってすぐ、なるほど小さい建物がある。その前には賽銭箱。色が煤けていた。
「これがお堂?」
「ここは神社だから、お堂じゃなくて拝殿」
香苗が先に立って柏手を打ち、拝礼する。その時、ぷーん、とソースの芳香が立ち込めだした。
「あっ、たこ焼きだ! ゴメン百合! あたしちょっと買って来るね!」
香苗がたこ焼きの屋台目がけて、一目散に走って行ってしまった。
(まったく、もう……)
香苗はたこ焼きに目がないのだ。今回の修学旅行も、大阪が行程に含まれていることから、本場大阪のたこ焼きを、大層愉しみにしていたらしい。ちなみに、香苗はソフトクリームも大好物である。また、イカ焼きも好物である。わたあめも好きらしい。焼きトウモロコシや甘栗や焼き芋もしょっちゅう食べている。
(香苗はいいな……あたしも体重のことなんか気にせずに、いっぱい食べたい)
あたしはそう思いながら、とりあえず香苗がしていたように柏手を打った。森のしじまに、その音が木霊する。
えーと、願い事願い事……。
「え、えーと、ま、まずは来年度からはコンサートツアーのメンバーから外されませんように。え、えーと、それから次は、ああ、そうそう、秋のお茶摘みイヴェントで、今年こそセンターが取れますように。あ、それからさっきのコンサートツアーですけど、これもセンターでお願いします。コンサートもイヴェントもテレビ出演も、全部あたしがセンターということでお願いいたします。あっ、それから、寮の門限が早いので、遅くしてください。あとそれから、中間テストで一応ヤマ張るんですけど、当たりますように。中間だけじゃなくて期末もついでにお願いしときます。期末のほうが範囲がデカいからです。あっ、もちろん、中間テストもですよ。学年末試験も頼んどこうかな。頼んどきますね。いっそ卒業試験も頼んどきます。えーと、それから、そうそう、食べられますように。これは収入的な意味もありますが、それだけではなく、体重を気にしないでいっぱい食べられますようにという意味も含まれております。食べても食べても太りませんように。もっと売れて収入が増えますように。でもそれを事務所がボッタクリみたいな中抜きをしませんように。ファンがもっともっと増えますように。コンサート会場が、あたしのウチワと幟とタスキで埋め尽くされますように。あっ、それから、映画とドラマのお仕事も大歓迎ですっ。Vシネマでも構いません。あたし、ヤクザ役でも何でもやりますっ。それと、お肌が永久に劣化しませんように。欲しい化粧品が投げ売りコーナーに出ますように。もちろんこれは無料コーナーであれば、尚、ありがたいです。あと、仕事に支障のない範囲で素敵な彼氏ができてラブラブできますように。え、えーと、えーと、それからそれから……」
「こらーっ! ええ加減にせえよ!」
いきなりそんな声が聞こえて来たかと思うと、拝殿の扉が勢い良く開いた。
その中から……金髪ミディアムでラフな格好をした一人の若い男が飛び出して来た。
「あ、あなたは……」
あたしはその若い男を見て、眉をひそめた。
「ホストですか?」
その若い男が、大阪弁で反論する。
「ちゃうわ!」
「分った! じゃあ、『メンズエグエグ』とかの専属モデルねっ!」
「なんでやねん!」
「じゃあ、誰? どうしてこんなところに……あたし、てっきり、行き場のないホストがねぐらにしてるのかなって……」
「誰が行き場のないホストやねん! 失礼な姉ちゃんやで、ほんま」
金髪男が腕組みをしてあたしを睨み付けるかのような目線を注ぐ。
「俺は、この拝殿の神や」
「は?」
あたしは金髪男のドヤ顔を見た。
「どう見ても……神様には見えないんだけど……」
あたしの疑問をよそに、その金髪男があたしにクレームを付け出した。
「姉ちゃん、あんた、さっきから黙って聞いてたら、どんだけ欲が深いねん! 呆れるで! せめて、分割でやってえな。今日のシフトは俺一人なんやで」
「シフト?」
「俺らの業界はシフト制なんや。今日はほんまやったら、翔兄貴と俺と二人の予定やったんやけど、翔兄貴が賞味期限切れたお供えの団子にあたって、食中毒起こしてしもうてな。急遽俺一人になったというわけや」
どうやらあちらの世界も、こちらの世界とあまり変わらないようなところが多いようだ。あたしはなんだかおかしくなった。それにしても「翔兄貴」って……ずいぶんホストくさい名前の神もいたもんである。
とりあえず、嘘を吐いている様子はなさそうだけど……。しかし、油断はならない。
「じゃあ、何か証拠を見せてよ」
あたしのその言葉に、その自称神様の金髪男が八重歯を見せて笑った。その瞬間。
あたしのスマートフォンの着信音が鳴り響く。取り出してディスプレイを見た。マネージャーだ。
「百合! Vシネマの仕事が入ったぞおっ! 『オッパイ戦隊ボインダー』のサブヒロインだあっ! たった今、依頼が来たんだよ!」
(それかよ!)
あたしはそれでも、仕事が入ったのが嬉しかった。
「それだけじゃなくて、サイン会の営業も入ったぞっ! これもさっき来た依頼だ! 場所は巣鴨のトゲぬき地蔵だ! 連休明けの日曜日、午前六時からだ。おじいちゃんおばあちゃんの町内ラジオ体操大会に合わせてのビッグイヴェントだそうだ。いやー、こりゃあ、春から幸先がいいなあ! 良かった良かった! 百合! がんばれよぉ!」
そう言うと、マネージャーからの電話は切れた。
「な?」
金髪男が得意げに鼻をこする。
「わ、分った……正直ちょっと微妙な感じもするけど……あたし、えり好みしてられないし……ありがとう」
金髪男が満面に笑顔を湛える。あたしはそれを見て、なぜか心が騒いだ。
「これはサービスやで。さあ、そしたら、あんたの願い事の中からあと一つだけ、聞いたる」
「えっ、まだいいんですか?」
「ええよ。言うてみい。そやけど、一個だけやで」
「じゃ、じゃあ、お正月のコンサートイヴェントでセンターを取りたいんです。あたし」
「要は、グループの真ん中ポジションというわけやな。正月か。縁起モンやな。よっしゃ。分った。俺に任せとけや」
金髪男が自信満々といった感じで言う。
(ほんとに大丈夫なのかなあ)
あたしが質問しようとした時、けたたましい足音が聞こえて来た。
「ヤバい! 人に見られる! ほな! 俺はこれで!」
金髪男が金髪をライオンの鬣のようにはためかし、踵を返すとお堂……じゃなかった拝殿の中へと引っ込んだ。
「あ! ちょっと待って!」
拝殿の扉が、自動ドアのように閉まった。
「百合、あんたのぶんも買って来たよ。ちょっとぐらいならいいでしょ。一緒に食べようよ」
あたしが振り返ると、そこには、たこ焼きを抱えた香苗の姿があった。
早いもので、もう年末になった。
あの時の大阪旅行で出会った神様。金髪のホストみたいな若い男の姿をして、しかも大阪弁。
「俺は在地の地主神やで。大阪に住んでるんやさかい、大阪弁は当たり前やんけ」
そんなことを言って笑っていたけど。
あの変な出会いから、あたしは上の空になってしまう時が多い。なぜだろう。気が付くと、彼のことが思い起こされる。
「やだっ」
バカじゃないの、あたし。
あんな金髪ホストもどきの、うるさい大阪弁の、しかも口さがなくて、一応力はあるようだけど微妙な成就で……あんな出来の悪そうな神様なんて。
だいいち、そんな人……じゃなくて神を想ったところで……そんな恋が叶うわけがない。
あたしは事務所への道を急いでいた。一応サングラスを掛けていたが、どうせ取ったところであたしの顔を知ってる人は少ないだろう。それでもサングラスを掛けるのは、最低限のプライドだ。
現在のところ、あたしの移動は殆ど電車かバス、さもなくば徒歩か自転車。専用車なんか夢のまた夢だ。
事務所のデスクにマネージャーがいた。なんだか厳しい顔……。あたしはてっきり、センターを外れたと思った。あるいはそれどころか、出番そのものすらないのかもと。
(あてにならなかったな)
あたしの脳裏に、あの彼の満面の笑顔が浮かんで消える。
「今度の正月のイヴェントコンサート、お前のポジが決まった」
マネージャーがゆっくりと噛んで含めるように言う。
「センターだ」
「えっ?」
あたしは一瞬、その言葉の意味が分らなかった。
「センターだよ」
「じゃ、じゃあ」
あたしの心の中に、清新な水が溢れ出すかのような感情が満ちる。
「百合、一応、お前がセンターだ。けど……」
喜びかけたあたしに対してマネージャーが、なんとも言いにくそうな感じで言葉を続ける。
「今度の正月のイヴェントコンサート、センターは獅子舞を舞うことになったんだ」
楽屋。あたしは法被を着て手ぬぐいを頭に被った状態で、獅子の頭が付いた胴幕と一緒に長椅子に腰掛けていた。つい、溜息が出るのを押さえられない。
正月のイヴェントコンサート。
あたしは獅子舞の役をやることになった。決して獅子舞そのものをバカにするつもりはない。でも……。
(誰がやっても同じじゃないの、これって)
獅子舞は中に入っている者の顔は見えない。もちろんあたしの顔も見えなくなる。
売れないアイドルである自分。いくら拒否権などないと言ってもだ。周りの同期、後輩アイドルたちの顔をまともに見ることができない。彼女たちはセンターでなくとも普段から売れている者が多く、正月ゆえに振袖の晴れ着を着て、自らの美しさ可愛さを存分に披露できるという寸法だ。
あたしは、その権利すら与えられなかった。これが新春かくし芸大会とか、またはみんなで獅子舞を舞うのなら話は別だ。それならばまだ納得できる。
彼女たちの美麗さを尻目に、自分は顔を隠して獅子舞を舞わなければならないのだ。しかも真ん中で。
涙が出そうだ。あたしはこの三年間、絶対に涙だけは流さないでおこうと思っていた。けれど、正直限界……。
マネージャーがコーヒーを持って来てくれた。彼も、あたしと同じ格好をしている。
獅子舞は「二人立ち獅子舞」だ。当初は、あたし以外のもう一人は、その道の達人かその筋の者がパートナーを務めることになっていたが、マネージャーがどうしても自分にやらせてほしいと押し切ったのだった。
「百合、俺たちは負けない。しっかり、お前と俺の舞を見せてやろう」
この日のために、二人で猛練習に励んだ。マネージャーはあたしに、お前だけに苦労はさせたくはないと、あえて今回自ら身を投じたのだ。
あたしは感謝したけれど、彼の体調が心配だった。あたしと違って、彼は芸能事務所の社員。定時出勤のサラリーマンだ。あたしのマネージメント以外にも仕事は多い。こういう業界だから残業も当たり前のようにあるし、それと獅子舞の練習を両立させるのはさぞ至難の業だっただろうから。
思えば、あたしが売れないばっかりにマネージャーにも苦労の掛け通しだ。けれどあたしがそれを言えば、マネージャーは目下に否定するのだった。
「俺が悪いんだ。俺が不甲斐ないばっかりに、お前に冷や飯ばっかり食わせて」
そう言う彼は、確かに芸能マネージャーには向いてないようなところも多い。人を押しのけて仕事をさらって来るというような強引さがないのである。
しかし、これに関してはあたしも人のことは言えない。あたしだって、似たようなもんだ。お互い、生き馬の目を抜くと言われる芸能界の水が合わないのかも……。
あたしは頭を振った。ともかく、今は獅子舞を舞い切ることが先決だと。
猛練習の末、なんとか形になるものを作って、いよいよ今日の本番。
迎春。謹賀新年。賀正。そんな紋切り型の文句も、出番前のプレッシャーの前には色あせてしまう。
「本番前のプレッシャーってのは、ここまでのもんなんだな……。お前、若いのによくやってるよ。俺も、初めてお前の立場、出番を待つ演者の気持ちを今味わってるけど、なかなか刺激的なもんだな」
マネージャーはそう言うと、無理に笑顔を作るかのような顔を示す。あたしはなんだかイヤな予感が否めない。
マネージャーの顔色がすぐれないような気がする。もっと血色が良かったはずの顔が、妙に青白く見えるのだ。
「あの、大丈夫ですか?」
あたしがそう言った時は、もう遅かった。
「マネージャー! しっかり! しっかりして!」
彼は、持っていたコーヒー入り紙コップを床に落下させると、その場に倒れ込んでしまった。
「急性盲腸炎です。もう少し遅かったら、危ないところでした。しばらくは絶対安静ですな」
会場掛かり付けの緊急医が、スタッフや出演者、関係者一同に告げる。
「おい、困ったな。どうする? 獅子舞の相方」
コンサートディレクターが腕組みをして唸った。
「誰か、百合とペアを組めるヤツはいないか? 獅子舞が舞えるヤツは」
ディレクターがスタッフたちやアルバイトたちに聞いてはみたが、誰も首を横に振るばかり。
「あたし……」
「どうした、百合」
あたしは意を決して告げた。
「あたし、一人で舞います」
スタッフたちが色めき立つのが分る。
「お前、正気か? これは二人立ち用だぞ。だいいち、お前だって、二人用の練習しかしてないだろうが。無理だよ。そんなこと」
アシスタントディレクターが進言する。
「今から手配してみては?」
「もうあと二十分しかねえんだぞ! ああ、なんてこった……」
ディレクターがうなだれる。
「ネットで叩かれるだろうなあ、これ」
誰かが言うのが聞こえる。
「まったく! あの役立たずは! どうしてこんな時に盲腸なんかになりやがるんだよ! 迷惑な話だ!」
「だから最初っから、プロに頼んどきゃ良かったんですよ」
「事務所のお荷物は、どこまで行っても所詮お荷物か」
スタッフたちが口々に言う心ない言葉の数々。あたしは耳をふさぎたかった。いや、あいつらの口を縫ってやりたかった。
「大丈夫。落ち着けや」
誰だ? スタッフの声ではない。ましてや、出演者の声でもない。アルバイトの誰かの声だろうか? いやそうじゃない。この声、聞き覚えがある。
「俺や、大阪の神さんや」
「神さん」
あたしが同調してそう言った。自分でそう言うのがなんだかおかしくて、笑いそうになってしまうのが変な感じだ。
「落ち着けや。口に出さんかて大丈夫や。心で呟くだけで大丈夫や」
あの大阪の金髪神だ。金髪神だというのは少々奇妙な表現ではあるが、他にいい表現が思い付かないんだから仕方がない。
「大丈夫や」
さっきから大丈夫だの大丈夫だのと同じことばかり言っている。あたしは、つい心の中できつく返答しがちだ。
「大丈夫ったって、何が大丈夫だってのよ。マネージャー、倒れちゃったのよ」
「俺、悪いことしたって、そう思ってる。結局、あんたの願いを叶えてやることができへんかったんや」
「センターで獅子舞が?」
「獅子神に介入されてしもうたんや。俺の本意やない。俺はあんたに晴れ着を着せてセンターに立たしたかった。そやけど獅子神が、そこに割り込んでな。自分の見せ場をこしらえたかったんやろ。最近は正月でも獅子舞が少ないからなあ……。そやけど面目ないわ。俺、初めて大願成就の役を果たせるて思うてたのに、このザマや……ほんまに、俺は神さん失格やわ」
心の中で会話を交わしながら、あたしは、なんだか大阪の金髪神が気の毒になって来た。
「いいのよ。あたしのせいなの。あたしが無理な願いをしたから」
「いや、それに応えるのが俺らの仕事。おい、姉ちゃん、あんた、一人で踊ってみい。大丈夫や。一人であっても一人やない。俺が助けたる。俺を信じろ」
そういうわけで結局、あたしは一人で踊ることになった。
スタッフは当初あたしを止めたが、結局代わりが誰もいないこともあって、彼らは以下のような結論を出したのだ。
「踊れるなら踊れ。ただし、ダメならヘタウマ踊りでお客を笑わせろ」
どっちに転んでもいいような作戦であった。
あたしは最後に出る手筈になっている。出番が近付く。あたしは楽屋の袖からステージ上の進行を見ながら、胴幕を被った。すると。
「よお」
狭い胴幕の中、金髪神の声がした。
「この場は、俺に任せとけ」
ステージ上に着並ぶあたしの同業者たち。色とりどりの豪華な振袖。あたしはそれを見て、猛烈な負けん気が湧き上がって来るのを感じた。
「やってやる!」
「その意気や!」
あたしと金髪神が歩調を揃える。あたしたち二人の獅子舞が、ステージ上へと躍り出る。
「おおっ!」
「なかなか凄いじゃん!」
胴幕越しに、観客の歓声が聞こえて来るのが分る。彼らは一様に驚いているようだ。それは、楽屋の袖から見ていたスタッフにしても同じであるらしく、
「一人だけなのにあんなに舞えるなんて凄いな」
「あれだったら、最初から一人でやらせりゃ良かったんじゃねえか」
などの品評が聞こえて来る。
そう……外から見りゃ一人しか見えないだろう。けど、あたしは一人で舞ってるんじゃない。金髪神も一緒だ。
金髪神の舞のテクニックは、融通自在だった。あたしの後ろで、獅子の胴幕をふくらませて跳ね上げたり、あたしを抱きかかえて、あやつり人形のようにあたしの体を動き回らせる。
まさに神業だ。ステージ上にて、あたしは雲霞のような群衆を前に、完全に金髪神と同化して、ひたすら豪奢洗練なお獅子の舞を舞った。
(これでその獅子神さんとやらも、満足でしょ)
こうしてステージは、大成功のうちに幕を閉じた。
仰げば尊し、わが師の恩。
三月の卒業式。あたしはなんだか感傷的な気分を押さえられない。
結局、高校三年間、アイドルとしてブレイクできなかった。それでも、悔いはない。自分なりに、一生懸命やって来たんだから。
卒業証書を持って事務所に立ち寄った。
「これからは、お前も大人の芸能人になるんだ。今までのような、学生だからとか、そんな言い訳は一切通じない。いいな」
マネージャーの言葉に、力強く頷くあたし。
「それはそうと、百合。俺、実はマネージメント部の企画管理部門に出向になってな」
「マネージャー! 栄転じゃないですか! 良かったですね!」
あたしは喜んだ。企画管理部門と言えば花形の役職である。
けど……だとすると、もうあたしのマネージャーは……。
「会社は同じなんだから、そうガッカリすることもないさ」
「はい……」
「さて、俺の後任なんだが、もうちょっとしたら来るから、顔合わせして行けよ」
「どんなかたが?」
「うん、それが新入社員なんだよ。結構イケメンだぞ。ちょっとホストっぽいけど」
あたしの胸に、ある予感がうずく。あたしは心の中で語り掛ける。返事がない。わざとじらしているのか。
コンコン。ドアをノックする音。
「どうぞ」
「失礼します」
その入室者の声、その関西訛。
あたしがすることは決まっている。そう、快く迎え入れる。あの時の彼のように、満面の笑顔を、いっぱいに浮かべながら。