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紹介、悪夢

 家族四人は一頻り抱きあった後、居間に集まった。居間はキッチンに繋がっていて、四角いダイニングテーブル、磁石で予定表や割引券が所狭しと貼られた古びた冷蔵庫などが置いてある。

 二年前から貼られたままの行事予定表は、汚く黄ばんでいた。隣に張られた真新しい行事予定表とのコントラストに寂寥感を漂わせる。愛されているという自覚が、誠の心を強く握りしめた。


 ダイニングテーブルを囲んで、四人はかつての定位置の椅子に腰掛けた。この机が家族で埋まるのも二年ぶりだ。その事実が再び母と美保の涙腺を刺激するが、父のせき込む音でそれはかき消された。

 泣いてばかりいたら話が進まない、ということだろう。

 



 母は慌てて朝食の準備に取りかかり、父は会社、美保の学校に休むと届け出をだした。

 その間美保は誠の見張り係である。いなくなってしまった時が神隠しもかくやという状況だっただけに、目を離したらまた消えるのでは、と不安を隠せないのだ。

 それには誠は苦笑いで答えるしかなかった。美保に関しては理由を知っているはずなのに、全く自分から目を離さないのだから、嬉しいようなこそばゆいような。


 やがて簡単な朝食が出来上がり、父も電話を終えると食事が始まった。

 当然、食事もただではすまない。


 食器を四つ並べられることに母が泣き、美保がもらい泣き。父は新聞で顔を隠しているものの、震える手から察せてしまう。

 その点、やはり誠が一番冷静だった。今にも泣き出しそうに顔を歪めているが、美味しそうに、幸せそうに、出された食事を食べ続けていた。

 

 そしてその光景をレティシアが冷酷に見つめている。


 誠は家族を見回し、自分は役目を果たせているとチェックをつけた。


 朝食を終え、四人の手元に食後のお茶が配られると、父が意を決したように訪ねた。


「それで、この二年間、どうしていたんだ?」


 その口調は責めるものではない。ただ、純粋に誠を心配している声音だった。だから、母は何も言わずに父に任せようと口を噤んだ。口を開けば泣いてしまいかねないのもあるが。

 その質問に焦ったのは美保だ。兄は、レティシアは異世界から帰ってきた。だけどそれをバカ正直に言ったところで、頭の心配をされるだろうと思っていたからだ。


 そして、誠は一切焦ってなどいなかった。


 ただ一言、冷静に、


「異世界」


 と、言った。


「ぶっ!?」

 

 美保はお茶を吹き出した。まさか本当にバカ正直に言うとは思っていなかった。自分の時は、女の子だったから信じさせるために必要なことだと思ったが、わざわざ親に言う必要はないはず、と。


 美保は両親に振り返る。きっと呆れた顔をしているだろうと思って。


 だが予想に反して、父と母は、


「そうか」

「大変だったわね」


 と、呟いたきりだった。


 訪れる沈黙。混乱しているのは美保一人。


「いやいやいや、おかしいわよね!? どうしてお母さんもお父さんも素直に信じられるの」


「信じていないのか?」

 

 誠が一言悲しげに呟く。


「し、信じてるわよ! そうじゃなくて、」


 私は信じるのに時間かかったのに、と口の中で美保が呟いた。すぐ隣にいる誠が、辛うじて聞き取れるほどの音量だ。


「ならいいじゃないか。俺はこんな時に誠が嘘を言うとは思っとらん。誠が異世界というなら、異世界なのだろう」

「私は、そうね。信じたいから信じるわ。だって私がお腹を痛めて産んだ息子なんですもの」


 美保の方を向くと、ぶつぶつと悲しげに何かを呟いているのが見えた。なにをそんなに気にしているのだろうか。


 


「あー、それともう一つ。あなた方の息子は娘にジョブチェンジを果たしました」


 誠は言うべきか少し迷ったが、これから一緒に住むのだから、言わないでいたほうがよほど危ないと思い、早い内に自身の本当の姿の方も紹介しようと決心した。

 美保の方を見ると、再び頭を抱えていた。

 一番気にしないといけない自分が、さほど気にしていないのが美保には気になるのだろう、と誠は見当違いな結論に達する。

 そして両親は、というと、


「すまんもう一度言ってくれ」

「最近難聴にでもなったのかしら」


 異世界の時ほど軽く信じてくれないのか、と誠は少し面倒に思う。どうして異世界と娘になったことに違いがあるのか、と誠は本気でそう思っている。

 むしろ娘になったの方が、現実にあり得るじゃないか、と。


「気がついたら女の子になっていて、実はこの姿は仮の姿だったり。魔法って便利だよ」


 父は天を仰ぐ。魔法という言葉がぽいと出てきたが、ことさら驚く気にはならない。ただ、息子が娘になったということの方が問題だ。

 母はおろおろとし始めてしまったし、娘は頭を抱えたまま微動だにしない。

 どうしたもんか。そう悩み、誠の言葉を反芻していると、ある引っかかりを覚えた。


「仮の姿? つまり、今俺達が見ているその姿は、魔法とやらで作った姿というのか」

「その通り。でも、本当に俺は父さんと母さんの息子だからね」

「そんなことは端から信じとる。本当の息子もわからないでなにが父親だ」

「わ、私もよ! 私だって、あなた誠だってわかってるんだから」

「……ちゃんと、私も、と付け加えておいて。これでも最初に信じたのよ」


 父、母、妹は三者三様の言葉で信じてると言葉をかけてくれた。幸せを感じれば感じるほど、心は凍てついていく。

 それでも消えない程の暖かい光が胸に点ってしまった。レティシアは、早く一人にならないと、と脅迫にも似た焦りを感じ始める。わたしは、だめなのに、あまりにもこの場所は暖かすぎると。

 

 それは目的であり、戒律である。


 今すぐに逃げ出さないと。


「じゃ、変身魔法、解くよ」


 そう言い終えると同時に、誠の身体は光の奔流に飲み込まれた。その光が疎らになっていくと、輝きともつかない金糸がこぼれ落ちる。光は心細げにちらついて、ストレートの髪の毛がすくい上げるように反射を促す。


 父と母はそれを見て、ほうとため息をついた。造られたお人形の顔は、万人が美しいと感じる魔性の美貌を備えている。それは至高の美術品を前にして、感嘆の吐息を漏らすのと同じことだった。


 前髪で顔を隠しているのに、それだけ人を魅了する。


 いやレティシアは知っている。前髪で瞳を隠しているからこそ、人を魅了する足り得るのだと。

 金糸の奥で自嘲した。淀み濁った人形の瞳など、誰が見たがるのだろうか。その証拠に勝手についてきていた連中は、私の瞳を見て息を呑み、誰も言葉を発せなかったのだから。


 変身を解くと、この場の誰よりも小さくなる。母は能天気にきらきらと目を輝かせ、父は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 美保は少し不満そうだ。


 レティシアは三者三様の表情に、母以外には嫌われてしまった、と感想を抱いた。

 分かりやすい感情表現以外、彼女に伝わることはない。


 なにがしかの言葉を待つために、レティシアは手元のお茶を啜った。

 それはとっくに冷めきっていたが、眉一つ動かさずに飲み干すと、かちゃんと音をたてて机に戻した。 

 

 それを合図に父が言葉を躊躇いながら発する。その顔は心底自分に恥じていると、言葉以上に語っていた。


「すまん。俺は、実の息子に対して最低のことを思った。子供を美術品と同列に考えちまうなんて、どうかしてる」


 なるほど。だから父は苦い顔をしたのか。嫌われてるわけではないようだ。

 

「私は別になにも気にしてないわよ? 息子が娘に変わっても、私の子供だということに変わらないわ。少し着飾る楽しみも増えたくらいだわ」


 そう言いつつも母の瞳はとても輝いて見えた。はたして少しで済むのかどうか。どれだけ着飾ってもこの身は、内からにじみ出る汚さは隠せないだろうに。

 レティシアは、言葉を発さない妹に顔を向けた。


「……私は、できたら兄の姿でいて欲しいわ。その子の姿も、嫌いじゃないけど、どこかに消えてしまいそうで怖い」


 言われなくても、レティシアはそのつもりだ。たとえ上辺だけでも、誠の方が喋りやすいというのも事実である。そしてレティシアにとって、上辺だけで十分にこと足りるのだ。

 父はそんな娘を咎めようとしているようだが、

 

「わかった」


 レティシアは再度魔法を行使して、誠の姿に変身した。


「こっちの方が喋りやすいから、基本はこっちで生活します。寝たり、意識を失うとさっきの姿になるから覚えておいて。異世界に行った後の話とかは、ある程度美保に伝えてあるから聞いていて。そして俺は少し疲れたから眠ってきます」


 有無を言わさず言い切ると、引き留める声を無視して誠は二階への階段を上った。

 レティシアは少しでも早く一人になりたかった。目的のために必要な行為とはいえ、幸せを感じるのにわたしは少々汚れすぎている。そんな資格はとっくに失効してしまった。


 彼女はベッドに入ると、数秒で寝息をたて始めた。


 ・・・・・・・



 このような日は夢を見る。わたしが○してきた人たちの終わりの日のダイジェストを延々と見せられ続けるのだ。

 怨サを絶望を苦痛を叫び声を、ただただ延々と終わることなく。この夢を見る度に、わたしは思うのだ。他人の幸せを奪ったわたしに幸せになる権利なんてあるはずがないと。

 過去の亡霊はわたしに囁く。悪魔め。なにをしているんだ。早く死ね。○されろ。無惨に。苦しみ抜いて。私達を○した癖に。シネ。シネ。シネ。シネ。シネシネシネシネシネシネシネ──


 敵に憎悪され、味方に恐怖され、生きる場所はどこにもない。


 解放された後、たくさんの話を聞いた。勝手に周りに人が増えたりもしたけど、一緒にいても罪悪感しか浮かばなかった。


 わたしは最低最悪の殺戮兵器。それが世間から言われている、勇者レティシアなのだ。


 だから、幸せなんて──


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