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君に送る手紙  作者:
9/14

残暑の記憶 3

 声をかけた石崎透くんは決死の覚悟で顔を上げ、わたしの姿を確認するとそのまま俯き顔を手で覆った。

 なぜだ?


「なんだい。顔を見るなり有り得ない物体に遭遇したかのようにわかりやすく絶望などして」


「あほかぁ!」


 鋭い突っ込みを入れられてしまった。


「お前のその格好は一体なんだ!!」


 ぴしっ!とわたしに指を突きつけられたのでどこか変なところがあったのかと自分の姿を確認する。 でも見下ろして目に入ってくるのは家を出たときと同じ黒の甚平に下駄、腰には団扇、髪にさした簪が私の動きに合わせて揺れれているだけのなんの変哲もないごくごく普通の格好だ。


「?甚平だが?」


そう言うと彼は絶望しきった顔で天を仰ぐ。


「予想をジェット機で斜め上で爆走するぐらい有り得ねぇ!!」


 彼の言っていることが理解できないのだが……さて、どうするべきか……。


「君は一体何が言いたいんだい?」


とりあえず詳しい説明を促してみたら鬼気迫る顔で詰め寄られ絶叫された。


「お前は彼氏との初デートを甚平で過ごすのか!ちょっとはお洒落しようとか浴衣を着たいとか思わないのかぁ!」


 予想外の彼の言葉にわたしの目が驚きで見開かれる。


「でーと?」


「そうだ!」


 鸚鵡返しで問えばなぜだか胸を張って同意されてしまったのでわたしはますます困惑してしまう。


 でーと。男女が二人っきりで出かけること。逢引。逢瀬。

 そんな言葉が咄嗟に思い浮かび思わず本音が飛び出す。


「…………今日は岬結衣くんと君と私の三人で祭りを満喫するのではなかったのかい?」


「は?」


 阿呆のように石崎透くんが口を開く。そんな大きな口をしていると虫が入るぞと言ってやりたかったが今はそんな場合ではない。早急に確認すべきことができてしまった。


「私はてっきりそう思っていたのだが?これはでーとだったのか………」


 でーと。

 其の言葉を飴玉のように口の中に転がしてみる。でーと、でーと。

 不思議と夏の暑さではない熱で体熱くなった気がした。

 妙な熱を感じて頬が熱い私をよそに先ほどまで激昂していた石崎透くんがぴたりとその口を閉ざし、しばし考え込んだ後、まるで何か大きな失敗にでも気づいたかのように頭を抱えだした。

 な、何事だ?

 いったい彼の身に何が?

 気にはなったがそれよりももっと気になることがあった私は意を決してそれを口に出した。

 先ほど彼が口に出した魔法のような「でーと」という言葉の真意。知りたいと思った。

 思い返せば私は少し、浮かれていたのだろう。

 夏の祭りの雰囲気に呑まれたのかもしれない。二人きりで彼と「でーと」。

 そんな幸運なんて私が味わえるなんて思ってもいなかった。


「でーと………君は私をデートに誘ってくれていたのか」


「うっ………い、一応、その、付き合っているからな、俺たち。デートのひとつぐらいした方がいいと思っただけだ」


 なぜだかバツの悪そうな顔で彼はそっぽを向いていた。彼は恋人となったからにはでーとのひとつぐらいすべきだと考えるにいたり私を誘ったとこういう流れなのか。そうか。

 それにしても……。

 特別な意味ではなくても二人きりで夏祭りでーとか……。

 無意識に口元が緩むのも仕方がないといえよう。


「でーと………君と私がでーと………」


「繰り返すな!こっちが恥ずかしくなる!」


 真っ赤になって言い返してくる彼が本当に愛おしく思えてそしてでーとに誘ってくれたことが本当にうれしくてうれしくて私はとびっきり甘い飴玉をもらった子供のように口の中で「でーと」と繰り返す。

 ひとつ繰り返すごとにやさしい光のような幸せが私の胸に宿る気がした。


「そうか………でーと……」


「だから、繰り返すな………って……いって………」


 生まれてはじめての「でーと」。

 それを大好きな人とできる私はなんて幸せ者なんだろうか。


「石崎透くん。………ありがとう」


 その言葉はするりと当たり前のように口からすべり落ちていた。


「おう………さぁ、行くぞ」


 彼は一瞬驚いた顔をして、すぐにぷいと視線をそらし、にぎやかなお祭りの会場に向かって先頭きって歩き出した。


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