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君に送る手紙  作者:
8/14

残暑の記憶 2

八月末日。

石崎透くんと夏祭りに行くと約束した日の朝、私は箪笥の奥に収めていた箱を探し当てていた。

薄く積もった埃をふぅと吹き飛ばし、蓋を開ければきちんとたたまれた黒の甚平が一揃いおさめられている。


「ふむ。これなら大丈夫だな」


「あら………加奈。甚平なんて出してどうし………ああ、今日は夏祭りがあったわね。行くの?」


ぴらりと甚平を広げ、状態を確かめていた私に洗濯物を干し終え、通りかかった母上殿がそう声をかけてくる。なので私は当たり前のごとく首肯した。


「うむ。誘って頂いたので行って来る」


石崎透くんと岬結衣くんと三人で夏祭りか………思えば親友以外の同年代の人間と遊びに行くのはもしかしたら初めてかもしれない。

岬結衣くんはおめかししてきそうだな。石崎透くんはまぁ、無難な格好に落ち着きそうだ。祭りといったら射的にかた抜きにヨーヨーつり。ふむ、楽しそうだ。

うきうきとしてきた私に母上殿は笑っていたが手の中の甚平に気づくとなんともいえない顔になる。


「そう。楽しんでらっしゃい。………それにしても、やっぱり甚平、なのね………」


私の手の中の甚平にそれはそれは重いため息をこぼす母上殿。断っておくが私は浴衣が嫌いなわけではない。むしろ好きなほうだ。だが、私が浴衣を身に着けるとなると致命的な問題が起きるのだ。


「仕方がない。浴衣や着物は着ても数分で脱げる」


「………本当に、なんで加奈が着るとどんなにしっかりと着付けても緩んで肌蹴てくるのかしらねぇ………」


一歩歩けば帯が緩み、二歩歩けば合わせは肌蹴ていく。数分過ぎたらもう歩行すら困難な有様になる。

どんなにきっちり着付けようがプロの人間に頼もうが呪いのように浴衣は脱げて行く。

原因不明。

小さな頃からそうだったため、年頃に差し掛かった今日ではその類の衣類は一切私は着ない。


「せっかく可愛いんだからおめかしさせてあげたいんだけどねぇ………」


「甚平もかっこよいと思うが?」


「……………そうね。カッコいいわね………」


遠い目をされた母上殿に棒読みで返された。何故だ?



せめて、せめてこれだけはしなさいと髪に桜の簪を母上殿が挿す。必死な顔だったのでなんだか断れなかった。

黒い甚平に腰には団扇、足元は下駄と正しき日本の夏の装いだ。


「それではいってきます。母上殿」


「あ、加奈。ちょっと待ちなさい。これをもっていきなさい」


そういって母上殿がエプロンのポケットから取り出したのはオレンジ色の手のひらサイズの丸い何か。紐がついており首から下げれるようになっていた。


「これは?」


「防犯ブザーよ。なにかあったら紐を引っ張りなさい。そしたら音がなるから」


じっと母上殿を見る。


「もって行きなさい。万が一の保険だから」


「母上殿」


「大丈夫だとは思うけどやっぱり心配だからね………異変を感じたら迷わず使いなさい」


怖いぐらい真剣な顔で言われおとなしく頷く。首から提げて、甚平の中にブザーを隠した。



からころと下駄が奏でる音を聞きながら神社へと続く道を歩く。神社の階段を上がったところで鳥居の下に立つ石崎透くんを見つけた。

どうやら岬結衣くんはまだ着ていない様だ。なにやらう~と考え込んでいたようだがあまり深く考えず私は彼に声をかけた。


「おや、早いな。石崎透くん」




声をかけた途端に目の前の肩がびくりと大袈裟なほど震えたのはなぜだろうか?


この時、彼が何を考えていたかなど知らない私は微かに首を傾げるしかなかった。

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