梅雨の記憶
窓を流れる雨をわたしはぼんやりと眺めていた。ズキリと頭が痛む。慣れた痛み。だが、慣れない。
相反する二つの感情が胸の内を渦巻いていた。
ズキリズキリ。
痛みは継続する。痛みを感じれることを喜ぶべきか嘆くべきか。
「………加奈、聞いているの?」
低く、押し殺したような声にわたしはふてぶてしい笑みを作り窓から視線を室内に戻した。
「なんだい?せっかくの綺麗な顔が怖いことになっているぞ」
「ごまかさないで」
「………」
きつい目で睨む親友にわたしは小さく降参のため息をついた。
「あんた、まだ続ける気」
何をとは彼女は言わなかった。わたしも聞き返さなかった。二人の間ではそれを聞き返すことは無意味だったから。
「ああ、やめる気はないよ」
ズキリと痛む。
「………もっと有効に使いなさいよ」
「わたしの勝手だよ」
ああ、ズキズキと痛い。痛い。とても、痛い。
「だが、心配してくれてありがとう」
痛いから、笑う。
痛いのはわたしのはずなのに何故だか目の前に立つ彼女の方がよほど痛そうな顔していた。
そんな顔をさせたくなくて笑って見せても彼女の憂いは晴れない。
「あんたは心配のしがいがないから嫌」
はき捨てるように言った彼女に返せる言葉などわたしにはいくらもない。
「それはすまない」
彼女の心配を感謝しているのは確か。だが、わたしが彼女の言う通りにすることはない。
この手に残るものをどう使うか、選ぶものは何か、それはもう揺るぎないものとして決まっている。
「すまないね。君の事は大切。とても大切だ。得がたい友人だと思っている。だがしかし、一番ではないのだよ」
「あんた本当にいや」
彼女は心底嫌そうに顔を歪め、その表情を読まれたくないといわんばかりに背を向けた。
「すまない」
「聞き飽きた!」
怒鳴りつけた声に泣き声が混じっていたように感じたのはきっと気のせいだ。
しばしの沈黙がわたしたちの間に訪れる。聞こえるのは雨の音と、嗚咽のような雨音。
「加奈、あんた馬鹿よ」
「知っているよ」
ああ、わたしはこの優しい人を悲しませてもやめることができない。止められない。止める気もないのだろう。
わたしは、この心はどこまで利己的で愚かだ。願わくばこんなわたしのエゴに巻き込まれた彼がこんな痛みを感じないことを願う。
「わたしは大馬鹿者だ」
「知っているわ」
意趣返しのように言った彼女にほんの少し頬が緩んだ。
ズキリと痛むのは頭のなのかそれとも別の何かか。
雨が降る。
六月の梅雨が何かを覆い隠してくれた気がしたそんな日の記憶。