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君に送る手紙  作者:
12/14

残暑の記憶 6

 夢は覚める。

 人は夢に生きることはできず、現実に立ち戻らされてしまう。


「結衣……?」


 石崎透くんの視線が彼女に向けられる。当たり前のことだが彼はもう、私を見てはいない。

 先ほどまで確かに私に向けられていたのが嘘のようにその瞳はその人だけを見ていた。

 寂しいと心が軋む。こっちを向いて。私を、見て欲しい。


 私のことを……ただ、あの時のように……悲しくて苦しくて怖くてどうしようもなかったのあの時、私のことを……れた……みたい、に。


 無意識に手が動く。私を見ていない彼の手を掴もうと、こっちに気づいてと子供が親の服を引っ張るかのように手が伸びていく。

 私はどうしたのだろうか。

 

 伸ばした手を見ながら霞のかかったような頭で考える。

 

 願って叶わないのに。

 

 (願いたい)


 彼に想いを返して欲しいだなんて願ってないのに。

 

 (私が思っている分だけ返して欲しい)


 彼を傷つけるとわかっていて無理やり彼の恋人になったのに。


 (嫌だ。このまま……だ、なんて……私は、本当は……!)



 沢山の言葉が理由が理屈が状況が……私を縛り付けてくれる全ての事柄が効力を失っている。

 夏祭りを二人で楽しんだ。

 たったそれだけのことが……私を欲深くしていく。

 私に、気づいて。

 私を、見て欲しい。

 狂いそうなほどこの時、私はそう、願っていた。


 全てを忘れて初恋にしがみ付いてしまいそうだった私に小さいけど確かな鋭さをもった少女の言葉が現実を思い出させてくれた。

 鋭い、射抜くような光を宿したその瞳に伸ばしかけていた手がとまって彼に触れることも気づかれることもなく力が抜けていく。

 強い瞳そして同じぐらいに弱い瞳だ。

 私と同じ、歪んで脆い……たった一つの想いに執着した瞳。

 彼の心と視線を独占していてなお、彼自身を見ていない少女のことをなぜだか私は嫌えなかった。


 たった一人を壊れかけるぐらい好きになって、代わりの人を縛り付けるしか心の平穏を保てていない彼女の心がわかってしまうから。

 きっと私だって同じだから。

 失う覚悟はしているけど。

 つないだ手を振りほどかれる未来を知っているけど。

 失ったら……きっと……私だって……。


「……どうして、こんな時間に二人でいるの?」


 石崎透くんの体が壁になって彼女の姿は見えない。だが聞こえてくる感情の感じられない声に肌が粟立つ。彼女は不安定になっている。

 精神的に追い詰めたら何をするかわからない危なさのある少女だ。特に石崎透くんに関しては異常なまでに過剰反応する。


「私の知らないところで……なんで二人で出かけたりしているの?透も……」


 震える語尾はあまりにも小さくて少しはなれた位置にいた私には聞き取れない。


「結衣!落ち着け!」


 岬結衣くんの不安定さを感じているのだろう石崎透くんがあわてた声をだして彼女の両肩を掴んで自分の方を向かせた。

 何も見るなというように。ただ自分だけを見ていろと言わんばかりに。

 ぎりっと胸のどこかが痛んだ気がして甚平を掴んでいた。


「大丈夫だ。俺はここにいる。お前の傍に……」


 ぼんやりと宙をさ迷う岬結衣くんの瞳が石崎透くんの姿を認める。そして、小首をかける。


「  ?」


 何かを呟いた岬結衣くんに石崎透くんの肩が震えた。そして痛みを堪えるみたいに唇を噛みそしてそれらを隠すみたいに痛々しい笑みを浮かべた。


「あ……」


 私が一番嫌いな笑みを浮かべた後だ。彼はきっと自分を傷つける言葉を吐く。口は勝手に動いていた。


「岬結衣くん!石崎透くん!」


「……!えん、どう……」


「……?」


 私は声を張り上げ彼の言葉を打ち消す。

 さぁ、笑おう。強気で空気を読まず、変人と呼ばれる『遠藤』らしく。

 思い出してしまった感傷を忘れたふりをしよう。

 そして残り少ない日々を楽しもうじゃないか!

 そうだ、これが私だ。うじうじ悩むのも空気を読むのも性に合わない。


「岬結衣くん。奇遇だね?ご機嫌は麗しいかい?本日のお祭りには君は来ていなかったので少々物足りないと感じていたんだよ。ここで出会えたのも何かの縁。時間も遅く残念ながらお祭りは終わってしまったが。何まだ遅くはないさ。三人で夏らしい遊びをしてみないかい?」


「「は?」」


「おや、さすがは幼馴染。言葉の重なり具合といい、呆けた顔といいまるで同調したかのようにそっくりだね」


 あまりにのも同じような反応、同じような顔をして私を見るものだから、笑いを我慢しきれずに噴出しそうになったのは内緒だ。

 


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