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君に送る手紙  作者:
10/14

残暑の記憶 4

 射的・焼きそば・イカ焼き……。

 様々な出店に飾られた提灯に客引きの声、楽しげな人々の喧騒に下駄の歩く音。

 これぞ祭りといった空気に私の気分やいやでも高揚していく。

 さぁ、どの屋台から制覇してくれようか。

 

「石崎透くん。射的屋だ。どれ、私がやろう。君は何か欲しい景品はあるかい?」


「いや……お前普通そういうせりふは男がいうもんだろうが……なんで女のお前が無駄にかっこよく言うんだよ。ってかなんでそんな射的の銃の扱いに手馴れているんだよ」

 

 ばんばんっ!


「ふむ。一年ぶりだが腕はなまっていないようだ。石崎透くん。君はげーむはやるかい?」


「なにしれっと最高景品を落としてるんだよ!射的のおやじが呆然自失だぞ!」


 ぱんぱんぱんっ!


「きみの部屋のいんてりあにてでぃべあはどうだい?」


「言ってるはしから景品落としてやがるし~~!」


 得意の射的でかっこいいところを恋人に見せようではないかと張り切って腕を披露して景品を総なめしていったらなぜだか射的屋の店主には泣かれ石崎透くんからは説教を喰らった。曰く、なんで彼氏がカッコイイ所を見せるべき場面でお前がカッコイイ所を見せているんだ云々かんぬん。

 ……正直、何に対して説教を喰らったのか理解できなかった。

 

 そんな一幕もありつつ私と石崎透くんは時に無駄口をたたきながら時に譲れない信念について熱く語りながら祭りを大いに楽しんでいた。

 時々石崎透くんが「なにか間違ってないか?」などなどつぶやいていたが小さすぎてよく聞き取ることができなかった。


 そんな風に他愛もない(?)じゃれ合いのような話をしながら祭りを私たちは見て回った。

 石崎透くんに綿菓子やリンゴ飴やチョコバナナやらを勧められたが基本的に甘いものが駄目だと伝えたら心底不思議そうな顔をされた。

 どうやら彼の中で女の子は甘いものが好きな生き物だと刷り込まれているようであった。

 ……私に甘いものを勧めた彼に見え隠れする岬結衣くんの影に少しだけ切なくなる自分を奮い立たせるように石崎透くんとともにソース系の屋台を制覇しつつ目的もなく様ざまな屋台を見て回っていた。



「そういえば花火は一体いつから上がるのだい?」


 ラムネを口にしながら私は暗い夜空を見上げまだ見ぬ夏の花のことを思い出した。

 実は石崎透くんと出かけられるということで花火の正確な時間を覚えていなかったのだ。お恥ずかしい。


「え~~っと確か……」


 私とは違いしっかり覚えているらしい石崎透くんが腕時計を見ながら時間を教えてくれる。それに礼をいいながらもう一度夜空を見上げながら一口ラムネを飲む。

 と、横から何か視線を感じて私は瓶から口を離し、石崎透くんを見た。


「ん?どうかしたかい?」


 石崎透くんは何か、まぶしいものを見つけたように目を細めると私の髪に手を伸ばしてくる。

 自分より大きな手が私の手に触れ、指先が髪をなでていく。

 想像もしていなかった彼の突然の行動に身動きすらできない。

 祭りの喧騒もどこか遠くに感じられただ彼の指の動きだけに全神経が集中していた。

 触れていた時間は数秒。

 だけど私にしてみれば永遠のように長く感じられた時間だった。


「……桜……」


 彼の言葉に答えるように頭に挿した簪が涼やかな音を立てる。その音に薄紅の小さな欠片が空一面に舞う幻影がまぶたの裏に浮かんだ。

 彼との始まりの季節にもっとも美しく咲き誇る女王のごとき花の簪。

 そっと触れながら私は彼に説明する。


「ああ。母上殿がせめてこれぐらいはと挿してくださったんだ」

 

 気づいてくれた。

 それだけのことがこんなにもうれしい。

 母上殿には感謝してもしきれないな。


「母上殿はとても優しくて強くて料理上手なんだ!それだけではない心根もとても尊い人なんだ!」


「……お前、本当に母親のことが好きなんだな」


「ああ!わたしはあの人のことがだい好きだぞ!」


 力いっぱい頷く。私はそれぐらい母上殿を尊敬しているし大好きだから。


「それに桜は思い出の花だからな」


「へ?」


「君に想いを告げた時、見守ってくれた花だから」


 春の思い出。

 私はこの桜という花を背に彼に想いを伝えた。


「君との思い出の花だ。だからわたしは桜が一番好きなんだ」


 想いを伝える私を今度は夏の儚い花が後押しするように空に咲く。腕を広げ笑う私に彼は無言だ。


「……」


 何かを返して欲しいわけじゃない。そんなことは望まない。すべてを知って私は君に想いを伝える道を選んだのだから。


 欲がないのかと言われたら否定できない自分がいるのだけども。


「お~~花火か!た~~まや~~!か~~きや~~!」


 ごまかすように空にむかって叫ぶ。堂々と叫ぶ私に周囲にいた人々がぎょっとしたがかまわず叫んだ。

 ひとつ二つと花火が打ち上げられていく中、視界の端で石崎透くんがじっと私を見ていた。視線を向けるとさっと顔をそらされてしまう。


「石崎透くん?どうかしたのか?どうして顔をそらす?」


「~~~~っ!」


 見るなといわんばかりの勢いで顔をそらされた。何か不愉快なことをしてしまっただろうか?

 不安になってそらされた視線の先に先回りしたりしていたら数回繰り返した後に石崎透くんが盛大に怒った。



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