渇望
市川は、それまで、ずっと黙って立ち尽くしている三村に注意を戻した。
出し抜けに聞こえてきた〝声〟が、三村の役名である「アラン王子」の名前を耳にした瞬間、態度が激変した。
三村は全員に背を向け、窓の外を食い入るように見詰めている。
市川は、三村の背中に呼びかけた。
「おい、三村!」
びくり、と三村の背中が緊張し、首がぐいと捩じ向けられた。
「は、はい、何でしょう……」
表情に、以前の気弱な性格が戻ってきている。視線が、おどおどと周囲を彷徨った。
「おめえは、どうなんだ。おめえも、元の世界へ帰りたいんだろう?」
「は、はい……」
一応、市川の問い掛けには返事しているが、まるで上の空だ。
市川は心中「三村には注意すべきだ!」と決意していた。〝声〟の命令が本当なら、五人全員が揃っていないと、現実世界への帰還は難しそうだ。
が、三村の様子を綿密に観察するにつれ、断固として現実世界への帰還を願っているようには、思えない。
確かに自分には、待ってくれている愛しい相手はいない。元に戻っても、相も変らぬアニメ業界の、忙しい日々だろう。
しかし、市川は、それでも構わないと思った。今、市川は、猛烈に、アニメの仕事への渇望が湧いているのを感じていた。